フェンスに体重を預け校庭を見つめる。ここからあそこまで、どれくらいあるだろう。今ここで飛び降りてしまったらここからあそこまで、どれくらいで辿り着くのだろう。ここに来てはいつも考えていた。飛び降りられたらそれでわかるのに、その一歩を踏み出したことは一度もない。だから俺は今も同じことを考え続けている。今日、スコールに嫌われてしまった。今日の俺は不機嫌だった。明日俺の親父が家に帰ってくるらしい。俺は笑っている母親の写真を見て、もう少し早かったらよかったのにと思った。だからいつものように屋上に上がって、いつものように芝居じみたことをしようと思って、そうしたら出演者に愛想をつかれてしまうなんて。俺が馬鹿だったんだなあ、としみじみ思って今日も今日とて晴天な空を見つめる。青くて眩しい。本当はあの空に落ちていけたらいいのにと思う。地面なんかよりも空に向かって落ちて、最後には泡になって消えてしまえたらそれがいい。フェンスを飛び越えることも、もう慣れっこになってしまった。ためらう理由も今日はない。俺はこの日まで踏み出すことの出来なかったあと一歩をそれはとても簡単に踏み出した。

飛び降りてしまえば、そこは孤独の空で、地面にぶつかったら痛いんだろうなとか、フリーホールアトラクションで感じるようなあの浮遊感があるんだろうなとか、そんなことを考え出してしまったのだけど、実際はそんな風にはならなかった。浮いたのは一瞬で、その後に力強い叫び声と俺の腕を痛いほど掴む誰かの体温。

「え、…っうあ、クラウ、ド?」

思いきり校舎の壁に身体をぶつけて上を見上げると、必死の形相で俺の手を離すまいとしているクラウドが見えた。

「早く、上がってきてくれ…」

フェンス越しから腕を伸ばしているようで持ち上げることは出来ないようだ。宙を舞っていたもう片方の手を伸ばして屋上の縁を掴む。そのまま思いっきり力を込めて、俺は屋上への帰還を果たした。倒れ込むようにしてフェンスにもたれかかる。フェンスの向こう側でクラウドはやっと息をついた。掴まれた腕はまだそのままだ。いつもは世の中どうでもいいって顔をしているのに、今のクラウドは顔面蒼白で目も少し潤んでいて、どっちが死にそうなのかわからない。

「体、ガタガタ震えてるよ、クラウド」
「これが、普通なんだ」

結局俺たちは死に恐怖して、それでも生きているんだ。その言葉を聞いて俺は初めて体が震えているのを感じた。フェンスを挟んだまま、俺とクラウドはぽつぽつと話をする。これまでのこととか、ほんの少しだけこれからのことだったりとか。

「俺は飛び降りようなんて思ったことないね」
「なんで?」
「痛そうだ」
「手首切る方が痛そうッス」
「あれは本当に死のうとしてやってないから」

結局物騒な話には変わりないのだけれど、それでも会話をしていたかった。

「そういえばどうしてクラウドがここにいたんだ?」
「スコールからメールがあったんだ。今度こそティーダが死ぬかもしれないって」
「…ふーん」

スコールはきっとバッツたちのところだろうとクラウドが言う。俺もそう思った。

「それより、そろそろこっち側に戻って来ないか?」

俺はまだフェンスのこちら側にいる。二人とも座ったままで話し込んでいた。クラウドはまだ俺の手を離していない。見えないけれど屋上の扉の開く音が聞こえた。クラウドにも聞こえたのか、俺を掴む力が緩む。

「んっとさ、やっぱり、スコールに救われたい」
「わがまま」
「ごめん」
「いいさ」

今度こそクラウドは俺の手を離して立ち上がる。そのまま出口の方へと歩いていく。代わりに一人、俺の方へと近づいてくる。その姿を確認して俺はフェンスを飛び越え、向こう側へと戻る。

「……ごめん、スコール」

スコールはバッツに殺されかけたと俺に話してくれた。ああ、俺の思った通りのバッツだと笑ったら、笑い事じゃないとため息を吐かれた。俺はフェンス越しにクラウドが助けてくれたことを話す。そうしたらスコールは顔を歪めて一つ言葉を呑みこんで、それから口を開いた。

「俺は、ティーダがいなくなったら嫌だ」
「うん」
「だから…どこにも行かないでほしい」
「うん…じゃあさ、一つだけお願いしてもいいッスか」

死んでもいい気がしている。世の中は平和だし俺には良いことばっかり起きるし。だけど気付いたら死ねない理由がたくさんになっていて、今度は生きてみたいって思えるかもしれない。
(こんな俺だけど、どうか一緒に生きてください)

20130224
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