肺が酸素を必要としている。早く新しい空気を吸い込まなければならない。心臓が馬鹿みたいに強く脈打って生命の危機を伝えている。苦しい。頭の芯が揺らいで視界もはっきりとしなくなってきた。何がどうなっているのか、理解できなくなっている。ダメだ、このままじゃ本当に死んでしまう。どうにか自分の首を絞めている腕を掴み、けれど力が入らないからどうか緩めてくれと訴えた。その行動に反応したのか、はたまた遠くから聞こえるもう一人に止められたのか首にかかる圧力が減った気がした。少しして、完全に手のひらが離れ、まともな呼吸が出来るようになる。

「……、っ、は、っあ……!」

霞んでいた視界が元に戻って辺りを見回すことが出来た。最初に天井を捉える。急に押し倒されたから腰が痛んだ。それから視線をずらして二人を見る。やっと出来た呼吸に精一杯で言葉が出ない。二人は俺を見ていた。俺の首を絞めていたバッツの手を今はジタンが押さえている。

「……ごめん」

バッツは表情もなくそう言った。俺は何がなんだかわからなくて軽く相槌を打ってしまい、俺の代わりにジタンが混乱を表現してくれていた。

「何、やってんだよ…バッツ!」
「だってスコールはこうしたいんだと、思って」
「お前本気で言ってんのか!?」

この場にいる誰にも、何が起こったのかわからなかった。締め付けられた首を押さえ、少しさする。まだ心臓がうるさいけれど問題は無さそうだ。バッツは俺のことを見ていた。バッツは俺が望んだから首を絞めたと言った。それは俺の望みじゃない。ティーダが望んでいることだろ。


「俺、今度こそ死んじゃいたい」

もう何度目になるかもわからないティーダのその言葉は少し掠れていて、泣いているんじゃないかと思ってしまった。何かあったのかと聞くには今更、そう今更すぎたんだ。

「もう、なんつーかさ、限界かも」

ティーダは屋上を囲む柵の前でうずくまって動かなくなった。限界ってなんだ。ティーダはいつも死にたいと言う。だけどティーダは不幸な人間じゃあない。むしろ恵まれている方だ。何が不幸なのかを決めるのは本人だとしても、それでもこの男は恵まれている。最初に会った時もこんな風に屋上でティーダが空を仰いでいた。クラスではうるさいくらいに元気でこんなに幸せそうな奴も珍しいなんて思っていたのに、そこに居たティーダはただただ空虚で半分くらい消えかかっていた気がした。死にたいと嘆く太陽みたいな男は絶妙なバランスで生を保っていた。それからずっとティーダのそばにいる。クラスが変わっても屋上に足を運べばティーダはいた。死んでほしくないと募った時もあった。それでもティーダは悲しそうに笑っていただけだったからだったらいっそ一緒に死んでしまおうと思った。死んでやるとティーダに告げればあいつはものすごく驚いて、そして俺に生きる理由を見出してしまった。神様はひどい。俺はティーダのことを結構気に入っていたんだ。死んでほしくないんだ。もう誰にも居なくなって欲しくないんだ。なのに、それなのに死ぬだの死なないだの、少しずつ頭の中が麻痺していっているのはわかっていた。

「スコールは死なないでいいから」

それは何の脅しだ。俺が、俺が今までどれだけのお前を殺してきたと思っているんだ。夢の中であんたは何度も死ぬんだ。必死に止めた日もあれば一緒に飛び降りた日も、先に俺が死んだ日もあった。ティーダが死んで俺が生き残って、そうしてティーダだって俺の中でずっと俺を責め続けるんだ。そんなの、もう嫌だ。

「俺居なくなっても皆がいるから…」
「死ぬなら、死ぬなら勝手に死ねばいいだろ!」

そのフェンスを飛び越えて真っ逆さまに落ちたらいい!俺はもうあんたなんて知らない。勝手にしろよ。叫びたいだけ叫んで俺は階段を下った。屋上へと続く扉の閉まる音が響く。それ以上は何も聞こえなかった。


「それでティーダがそのまま死んでたら、スコールならどうするかなって考えたらさあ」

スコールはたぶん死んだと思うよ。バッツはそう言った。随分な言われようだが自分でもそうしたと思った。結局俺は一緒に死ぬ以外してやれることがないんだ。窓の外から燃えるような夕陽がこの部屋を照らしている。太陽が沈む。もう一人の太陽を想って小さくため息を吐いた。

「……ティーダのそばにいたい」
「そっか」
(今世紀最大級の青春劇、開幕です)

20130212
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