平和な社会は人を殺す緩やかな戦場だ。この男を見ていると本当にそう思う。ついこの間もあの屋上から飛び降りようとしたらしいから、そろそろ夕方のニュースで「プロデビューを控えたブリッツボール選手、自殺か」なんて見出しの特番が組まれてもおかしくないかもしれない。俺も通っていたことのあったあの学校でこの男は死を夢見ている。そんなところが俺と似ていると思っている。まあ、高校時代の俺の方がまだましだったとは思うけれど。

「そんでさあ、結局スコールは何もしないんだよ」
「へえ?スコールってそういうの怒鳴って止めるもんだと思ってた」
「最初はそうだった気もしたけど…」

何の連絡もなしに人の部屋に上がりこみ、勝手に冷蔵庫から飲み物と軽いつまみを持ってきてくつろいでいるろくでなし二人の会話が聞こえてくる。一人は俺のベッドに寝そべって、もう一人は俺と同じく床に座ってはいるが俺の愛用のクッションを下敷きにしている。昼過ぎに現れた二人はぐだぐだと過ごしていて、もうすぐ夕方だ。

「クラウドの家って落ち着くよなあ」
「大学生ってかっこいいッス」

一生ここで暮らしたい、と一人が寝がえりをうちながら言った。もう一人はクッションを押しつぶしながら同意した。まずこの部屋は八畳一間とキッチンと風呂とトイレしかない小さなものだから男二人を受け入れるスペースは存在しない。それから俺のベッドを占領している方の男は俺と同じで一人暮らしをしているから自分の家に帰れと言いたいし、俺のクッションをいいようにしている男はもうすぐプロデビューするのだからもっと良い家を自分で買えばいいと思う。

「男三人で寝る場所なんてない」
「クラウドは俺と一緒にベッドでティーダは床」
「バッツひどい!」

昼間から開けてしまったビールに口をつけてため息を吐いた。何が悲しくてバッツと同じベッドで寝なくてはいけないんだ。二人とも床で俺が一人でベッドに決まってる。

「もしかしてクラウド呆れてる?」
「そんなことはない」
「バッツ追い出すなら手伝うッス」

二人の掛け合いを適当に聞き流しながらビールをもう一口飲んであまり興味のない雑誌を開いた。そうしている間にも二人の会話は続いていて、またティーダの自殺未遂の話に戻ったようだ。ティーダは一見そんな風には見えない。太陽のようだと誰かが言っていた。だけど俺たちは知っている。ティーダにはいつだって生きる理由が足りていない。

「ティーダは何故死にたいだなんて思うんだ?」
「それはこっちの台詞ッス」

間髪いれずに返された。喉に重い何かがつっかえていて気持ち悪い。ビールを流しこんでそれをなかったことにしようとしたが、上手くいかなかった。だって、俺なんかがいたってしょうがないじゃないか。迷惑ばかりかけてきた。取り返しのつかない過ちばかりだ。俺は許されちゃいけない人間な気がしている。そんな世界だからいなくなりたい。世界なんて、興味ないね。

「そんなこと言うから友達出来ないんだろ」
「友達未満ばかりなバッツに言われたくないね」

横に座るティーダが声を上げて笑った。バッツが起き上がって俺から缶ビールを奪っていく。飲みたいのなら冷蔵庫から持ってくればいいのにと言うと何も言わずににやりと口を歪めてその缶を飲み干してしまった。

「俺のことはいいから、ティーダはどうなんだ」
「俺は…うーん、」
「じゃあなんで死なないでいるんだ?」

質問を変えた。ティーダはその問いに目を見開いて、それからとても嫌そうな顔をして床をドンと叩いた。

「だから!俺が死ぬとスコールが死んじゃうから死なないんだって!」

ティーダはそれしか理由はないと言わんばかりの口調でそう言った。バッツはそれを聞いて口をポカンと開けたままで、なんとも締まりのない顔をしている。

「いいなあ。俺もスコールに死んでもらいたい」
「クラウドじゃどうッスかねー。つーかそんなこと言ったらクラウド殺される」
「だろうな」

俺は小さく笑ってしまった。物騒な台詞の応酬だと自分でも思った。だけどティーダが羨ましいのは本当だ。スコールはそういうことに関しては優しくないから、きっと俺が目の前で死のうとしたら泣かれてしまう。俺の為には死んでくれない。泣いて俺を責めるんだろう。というか一度スコールの前で手首を切ったことがあった。その時嫌というほどスコールに嫌われたから、きっと次は泣いてもくれない気がする。

「お前たち二人が死にたがってて、じゃあスコールは?」
「何言ってんだよ。スコールは俺たちの中で一番の生きたがりだよ」

バッツが口をはさんだ。それにティーダが答える。生きたがり、確かにそうだ。俺もティーダも常日頃から死にたがっているけれどスコールは違う。俺たち三人の中で誰よりも死に近い空気を持っている彼が一番生きたがっている。

「あ、そう」

興味はないと体で語ってバッツは俺のベッドで本格的に寝ようとしだした。ティーダは用事があると言って夕飯は食べずに帰るらしい。玄関までティーダについて行く。途中冷蔵庫を開けてビールを二缶持ち出して、少しだけ頭の芯がぐらついた。少しだけ、酔ってしまったようだ。玄関のドアを開ける音がする。ティーダが別れの挨拶を口にした。それに手を振って、酔った頭がストッパーをはずしてしまう。ティーダには生きる理由が足りていない。だけど、それでも生きてる理由としての他人がいることがひどく羨ましい。

「ああやっぱりスコールと一緒に死にたい。ティーダ、代わってくれ」
「やなこった」

20121112
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