晴れた日だった。昼下がり、小高い丘を太陽が照らし風は冷たく、お前のためにと添えられた花が揺れている。会葬者が鼻をすすりながらその光景を見ていた。出棺だ。あの中には死体が眠っている。その死体の父親が喪主として一番そばで見届けている。その隣にはあいつが立っていた。SEEDの正装を身に纏い、前髪を後ろに撫でつけたその姿はバラムガーデンの司令官以外の何者でもない。その男は鼻をすすることもなく涙ひとつ零さない。瞳に意志はなく、けれど眼差しは鋭い。人形の様というのはこういうことなのかもしれない。何も感じていないような表情をしている。喪主とその男の後ろに先の戦いの英雄たちが続いている。ハンカチを顔に当て泣いている女。暗い表情で帽子を胸に当てる男。そいつらの反応はこの場にふさわしい自然なものだ。だから余計あの男の姿が目立った。何もかもを置いてきてしまったその男はただそこに立っているだけだ。
棺から遠いこの場所で全てを見届ける。風がいっそう強く吹く。雲の流れが速い。カラカラに乾いた空気が雨は降らないことを知らせている。棺が掘られた穴に鎖でつり下げられ祈りの言葉が唱えられた。俺自身も目を閉じて祈ってやる。どこにでもある葬儀の光景だ。何も変わらない。
そうやって一人の魔女はたくさんの人間に見守られながら死んでいった。




「死ぬ場所は宇宙がよかったのにな」

小さすぎて聞こえないような声でリノアはそう言った。繋がれた機械が命を数値化している。心拍数とか、詳しくは知らないが生きるために必要な活動を把握して生きてるのか死にそうなのか判断しているらしい。あっけないものだ。もうすぐこの女の命は終わる。意識があるのが不思議なくらいの状態だった。

「あの時死ぬはずだった私を、スコールが救ってくれた、から」

その場所で終わりにしたかったなあ、と言ってリノアは涙を零した。そんなことは本人に言えよと言ってやるとリノアは俺を見ながら笑った。そんな泣きごと最愛の人間には言わない、ということだろうか。いや、こいつは我儘な女だからスコールの前でも泣くに違いない。泣いて謝ってそれでも愛してと囁くのだ。そうやって誰も彼もの記憶に残ろうとするのだろう。
数時間前、リノアは撃たれた。ティンバーでのことだった。ただ街中を歩いているだけだった。ただそれだけでリノアは撃たれた。人は弱い生き物だ。恐怖や不安を消化できない。怖かったから、それだけの理由でリノアは殺される。人間にとって魔女もモンスターも変わりはない。両方とも恐怖の対象だ。リノアが撃たれた瞬間を思い出す。まるでスローモーション映像でも見ている気分だった。時間の流れは遅く、聞きなれたはずの銃声が新鮮に聞こえ、そしてリノアがゆっくりと崩れ落ちていった。最初に女二人が叫び声を上げながらリノアに近づいた。回復魔法を唱えるが気休めにしかならない程、リノアの傷は重症だった。リノアを撃った弾は特殊な銃弾だったようで、回復魔法で傷が塞がらないとキスティスが泣き喚いた。リノアの体は真っ赤な水溜りに横たわっている。ゼルが威嚇するように叫んだ。俺は、動けなかった。立ちつくしていたわけじゃない。スコールを、押さえつけていた。
リノアが倒れてゆく瞬間スコールは動き出していた。愛してる女に近寄るよりも前にガンブレードを握りしめ、撃った奴を殺そうとしていた。俺はスコールの肩を掴んだがそれだけでは止まらない。振りほどこうとするその体を地面に沈めて押さえつけ、スコールを怒鳴りつけた。スコールを止められるのは俺しかいなかった。少しして、スコールは正気に返ったのか泣き始めた。血だまりの中へ這っていき最愛の魔女を抱きしめ泣いた。魔女の騎士はその責務を果たせなかったのだ。

「サイファー」

ガチャリと個室のドアが開き、面会の時間は終わりだとセルフィが知らせに来た。ベッドの横にある機械を見る。先程よりも数値が低くなっている。俺とリノアに与えられた時間はもう終わりらしい。

「じゃあな」

別れの言葉にしては味気なかったかもしれない。けれどリノアはそれを聞いてまた笑った。
部屋を出るとそこにはスコールがいた。リノアの最期の時間はスコールが奪っていく。

「…悪かったな」
「いや、いい…」

別れくらい言わせろと無理にスコールを追いだしてしまった。悪いとは思ったが他の人間がいるところで何か言えるとも思えなかった。スコールがドアを開いて部屋の中へと消えていく。リノアの命を表す数値はどうだろう。せめて二人の気が済むまでの時間はあって欲しいと願う。がらにもないとセルフィが言う。その通りだと思った。




いつかの夏、リノアは笑っていた。次に出会った時あいつはたくさん苦しんだ。そして人間ですらなくなった。そうやってリノアを悲しませた人間の中には、俺もいる。

「よお」

途中の花屋で見繕った花束を墓石の前に置く。葬儀から数日、俺は一人でここを訪ねた。今日の仕事は全部他の奴がやっている。あれからバラムガーデンは上手く機能していない。というのも中枢にいる人間たちが役に立たない状態なのだから当たり前だ。

「勘弁してほしいぜ」

一番ひどいのは当然だがスコールだった。仕事はこなしている。だけど、ただそれだけだ。初めて見る顔だった。エルオーネがいなくなって泣いていた時も、ガーデンで俺と喧嘩ばかりしていた時とも、あの戦いで俺と対峙した時とも違うスコールがそこにいた。正直、見ていられない。見ていたくない。

「恨むぜリノア。びーびー泣いてたスコールも他人を信じなかったスコールも、お前が救ったスコールも全部連れていきやがって」

今のあいつには何も残っていない。俺たちが今まで見てきたスコールの全てをリノアが奪っていった。それを思えばリノアは本当にひどい魔女だ。このままでは俺がつけてやった傷跡まで消えてしまいそうだとも思った。それは嫌だなと、自分の顔面にある傷をなぞって薄く笑う。こんなことになるんならあの時リノアを俺の女にでもしておけばよかったのだろうか。そうしたら、いや、それじゃあ今この世界は存在していない。馬鹿らしいことを考えてしまった。
墓石には俺が置く前からたくさんの花が添えられていた。これだけたくさんの人間が魔女だったリノアを愛していた。リノアの力を受け継いだ少女のことは良く知らない。どうでもよかった。魔女の騎士になりたかったはずなのに、このざまだ。結局俺は騎士にも革命家にもなれずただの人間をやっている。今はただ、全てが虚しい。俺も重症だ。

「あと数十年もしたら全員そっち行くんだろうから、それまでおとなしく待ってろよ」

化けてでたらチキンあたりが卒倒しそうだ。そう言って俺はその場を後にする。数歩進んで、振り返る。言い忘れていたことがあった。今日伝えに来ようと思ったことだ。

「リノア、お前はもう魔女じゃない」

見事恐ろしい魔女を撃退した英雄は魔女の騎士に殺されることなく逃走した。その英雄のその後は知らない。いつかどこかで死ぬのだろう。

20121011
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