懐かしい夢を見た気がする。泣いている小さい俺の髪に触れ優しく撫でてくれた優しい手。誰とのものかもわからない思い出。もしかしたらそんな思い出は存在しなくて、いつかの願望だったのかもしれないのに。やわらかな日差しと穏やかな笑顔を覚えている、気がする。元の世界のことなどほとんど思い出せないから、嘘かもしれないけれど。

度重なる戦闘で体が疲弊しているのはわかっていた。いつまでも一人で行動していてはいつか命を落とすだろうこともわかっている。けれど、だからと言って仲間と呼ばれる戦士たちと行動を共にしようとは思わない。俺と彼らは、きっと違う。戦士、兵士、傭兵。どうしたって戦いに対する意識が食い違う。俺にとってこの戦いは任務だから、必ず遂行はする。戦闘における信頼は大切だが他に関係を築く気はないと思っている。とは言え体が動かなくなるのは困るから、一度聖域に戻って体勢を調えなければいけなかった。

「ん、」

体を横にして眠る機会は少ない。警戒心を緩めるのが久々のことでなかなか上手くいかなかった。秩序の聖域には女神がいる。それに他の戦士もいることが多いから命を落とすリスクは一人の時より格段に少ない。それに安心したわけではないがいつもより長く眠れた気がした。相当疲れていたのか体が少し重い。戻ってきてよかったかもしれない。瞼を開けて光を取り込む。起き上がろうとして腕に力を込めた。そこでやっと気づいた。横に誰かいたのだ。すぐさま体に信号を送って飛び退こうとする。けれどそれが出来ない。相手は敵ではなかった。あまり話さないが見知った戦士だ。いつもならはねのけられるのにそれが出来ない。寝ている彼女のその表情が、夢で見た姿と重なって、どうしていいのかわからなくなってしまった。

聖域に着くと数人秩序の戦士がいた。女神を守る眩しい奴。それに、たくさん武器を持ってる奴。そして元軍人の彼女だった。彼女とは少しだけ話したことがある。傭兵だと言った俺と、兵士の奴も巻き込んで言葉を交わした。たぶん文明レベルも文化も違う、こんな異常な状況だから少しでも近い存在を探していたのだろう。だから俺は彼女のことを認識しているし向こうもしている。しかし彼女が俺の右腕にしがみついて眠るような間柄ではない。決して。断じて。これは夢かもしれない。そう考えていったん目を閉じてもう一度右側を見た。夢じゃない。俺が動いたのを感じて彼女はしがみつく力を強くした。上腕に押し当てられたやわらかい感触が生々しくて心臓が跳ねて痛い。

「おい…ライトニング……?」

声をかけてみたが返答は何もない。目眩がしてきた。眠る前はこんな状況ではなかった。じゃあ眠ってる間に彼女、ライトニングが隣に来て眠ったとでも言うのか。そんなにも警戒心を失っていたのかと思うとぞっとした。とにかく、彼女を起こさなくてはいけない。気持ち良さそうに眠っている彼女を起こすのは躊躇われたが意を決して右側を向き、彼女の肩を揺すった。

「……起きてくれ」
「ぅ、ん」

彼女はうっすらと瞼を開け、そしてまた閉じてしまった。今までこの状況に反応しなかった自分を不思議に思っていたが、よくよく考えれば彼女がこんなことをするはずがない。深くは知らないがもっと自分に厳しい人間なはずだ。誰かに一服盛られたのだろうか。そんな考えが頭をよぎった。

「おい」
「ん……ホー…か…?」
「誰かと間違えているのか?さっさと起きてくれ」
「どうした…?怖い夢でも見たのか。大丈夫だ。お前は私が守る」
「は……、おい!」

完全に寝ぼけている彼女はそのまま俺の上に覆い被さってきて、頬に手を添え微笑んだ。瞬間、あの夢だったかもしれない映像が脳内で再生され混乱した。こちらの混乱など関係なしに彼女は躊躇いもなく触れているのとは逆の頬にキスをした。それから額、瞼、顔中にキスしていく。どうしてこんなことになったのか理解できないし、どうしたらいいのかもわからない。思考することを捨てようとしていた頭を必死に働かせて、仕上げに降ってきた唇へのキスはさすがに受けられないから、彼女の肩を掴んで止めさせた。

「…っ、頼むから気づいてくれ」

俺はあんたの望んでる誰かじゃない。そう言うのが精一杯だった。そうしたら彼女は顔を歪めて言うのだ。

「知ってるさ」

絶望を知っている瞳だった。その瞳を見たまま、唇が重なる。最後のキスは慈愛ではなく快楽が降り注がれた。


「なあスコール、ライトニング知らないか」
「……」

言葉は発せず顎でテントの奥を示す。あの後彼女は倒れるように眠ってしまった。そういえば彼女も消耗してこの地に帰ってきていたのだとその時気づいた。

「ああ、やっぱりここか」
「やっぱり?」

声の主、たくさん武器を持ってる奴、フリオニールにおうむ返しする。俺と彼女の間に何かそう言われる関係があっただろうか。いや、先程あったのだけれども。

「いや…実は昨日、スコールが寝言を言ってたんだ」
「……俺が?」
「ひどくうなされていたようで、その、聞くつもりはなかったんだが何かあったのかと思って」
「そうか……」

フリオニールに話の先を促しながら額を手のひらで覆った。あまり聞かれたくなかった。心の弱さを露呈してしまった。フリオニールが言うには彼女が俺の様子を見ていると言ったらしい。たぶんうなされてたというのはあの夢の時だろう。お姉ちゃんがいなくなったあの日の夢だ。ああ、俺は覚えていた。誰かの優しい手じゃない。お姉ちゃんの手だ。フリオニールと共にテントを出て聖域を離れる準備を始める。何かしていないと落ち着けそうになかった。彼女は、元の世界では姉だったのだろう。だから俺に触れたんだ。彼女は守るべき弱者を欲した。俺はそれを受け入れた。なんて、なんて浅はかな行為だろう。代替品に価値なんてないと知っていながらそれを求めてやまないこの心は、なんて。

(慰めあいのキス)

20120826
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