目覚めはそんなに悪くなかった。夢の内容は、よく覚えていない。思い出せるのはガラスみたいに光を反射する何かと沈んでいく俺。それからスコールがでてきた気がする。夢の中のスコールはいつもより優しい顔をしていたような気がして、それを本人に言ったら拗ねられてしまった。

「さっさと支度しろ」

朝食をとる時間はもうない、とスコールは言った。だったら起してくれればよかったのに。そう言ってもスコールはこっちを見ただけで何も言わなかった。今日は機嫌が悪いらしい。もしかしなくても俺が寝坊したからかな。
ベッドを這い出して、寝間着にしていたTシャツと短パンを脱いで床に放って、ワイシャツに腕を通してズボンをはいた。ベルトを締めながら欠伸をひとつ。姿見に自分を映してネックレスをつけた。シルバーの、かっこいいやつ。スコールの付けているものとはブランドが違う。ワイシャツの胸元を開けてそれがよく見えるようにした。それからズボンの裾をまくる。それが終わったら今度は洗面所へと駆けこんで冷たい水で顔を洗って歯磨きしたら、最後の仕上げに寝ぐせのついた髪の毛を少しでもましになるよういじる。途中両耳のピアスの様子を確認して両頬を軽く叩く。ワックスは付けない。水の中に入ったらどうせ落ちてしまうし、そうでなくても俺の髪は無造作ヘアーってやつになってるし。

「今日は朝錬、ないのか」
「そっス。今日はブリッツのプールの調整するらしくて丸々オフなんだ」

珍しくブリッツの練習がないから、だからあんな夢を見たんだろうか。どんだけ俺は水が好きなんだよ。苦笑をもらしたらスコールにせっつかれた。

「遅刻は嫌だからな」
「わかってるっつの」

履きなれた革靴を押しつぶすように履き、教科書もろくに入っていない鞄を肩にかけて先に外に出ているスコールの後を追う。スコールの恰好は俺と同じ制服で、だけど俺とは違ってあんまり着崩していない。まあ目立つ獅子のネックレスはしてるし指輪もピアスもしてるから優等生には見えないけど。ぐう、と胃が空腹を訴えた。朝飯無しだときついなあなんて考えながら一階へと続く階段を降りる。カツン、カツンと良い音がした。学生寮の二階、右端の角部屋。それが俺とスコールの住んでいる所。ベランダは南側だし二段ベッドと机二つは備え付けてあってそれなりに快適だと思う。駐輪場に停めてある自転車をひっぱりだしてきてサドルに跨った。スコールが荷台に乗ったのを確認してペダルを強く踏む。最初のひと踏みはやっぱり重い。普段俺は朝錬で早く出てしまうからスコールは徒歩で学校まで行っている。だけどこうやって登校時間が重なったら一緒に行くんだ。自転車を漕ぐのはいつも俺の役目。いつかスコールにも漕がしてやろうって思ってるんだけど、なかなか成功しないんだよな。にじむ汗をそのままに俺はとにかく自転車を漕いだ。なんせあと二十分で始業のチャイムが鳴るんだ。夏の痛い日差しを浴びながら学校までの道をひたすら走り続けた。


「あーっ、これで当分授業なしかあ」

ぐっと背伸びをして椅子に体重を預けた。始業ギリギリ、そのまま体育館に向かった。聞いてるだけで眠くなる魔法のかかった終業式に参加してそれから教室に戻ってホームルーム。かかとの潰れた上履きをパタパタさせながら、休み中の諸注意を話すアンドロイドのことは見ないで外を眺めて過ごした。それもさっき終わって、つまり今は夏休みだ。

「なあスコール、夏休みどっか行く予定立てた?」
「いや……、ティーダは部活か?」
「そうなるかな。今年の大会が最後だしさ」
「…そうだな」

クラスメイトが少しずつ減っていく中、俺はスコールと机を挟んで話している。さっきの終業式は本当につまらなかったとか、夏休みの宿題はやりたくないだとか。そんな愚痴にスコールは言葉を返してくれる。部活が休みだから普段できないことが出来て楽しかった。クーラーの効いていない教室で友達と話して、帰りたくなったら帰る。ただそれだけのことなのにそれはとても魅力的なんだ。

「おっす、お二人さん。夏休みの予定は決まってんのかい?」
「よっすジタン。まだ未定かな」

中等部のジタンがやってきた。部活の何かで飛びまわっているらしかった。ジタンは最初スコールの友達だった。それから俺とも知りあって、友達になった。小さいけど男前で、面白い奴。中等部からの付き合いで、高等部に上がった今年度からはなかなか会う機会がないから少し寂しい。

「時間作れるようなら皆で遊びに行こうぜ」
「おう」
「ああ」

それだけ言ってジタンは走って行ってしまった。元気に跳ねている姿を見てやっぱり楽しい気持ちになる。
それから少しして、昼飯と夕飯の買い出しをして帰ろうってことになった。スーパーに寄って今日の特売品は何かなって考える時間も嫌いじゃない。いつもはスコールが夕飯を作ってくれるから今日は俺が料理をしようと思った。駐輪場から自転車を引っ張ってきてスコールの横に並ぶ。汗でベタベタのシャツを体から剥がしたり無駄だとわかっているけれど手で扇いでみたり。スーパーでアイスを買っていくことを提案しようとしたところで、その光景が目に入った。

「あ、フリオニールだ」

駐輪場の隣には園芸部の愛する庭園がある。そこにはたくさんの花が植えられていて、フリオニールは誰よりもその花たちを愛している。だからフリオニールがその庭園にいることは何らおかしくない。だけどそこにる彼はいつもの優しい笑みを浮かべてなくて、表情も無く泣いていた。それを見て、自分の顔が強張るのが分かった。ちらりとスコールの方を見たら俺と同じように動きが止まっていた。フリオニールがこちらに気付いて驚きの表情を見せた。その後で罰の悪い顔をしてそして笑った。その笑みの理由を俺は知っているけれど、知らないふりを今までしてきた。だってそれを考えたら辛いんだ。俺はぎこちなくだったけど笑みを返した。いや、ちゃんと返せてなかったんだろうな。ごめん。


この世界は十七歳に満たない子供たちとその子たちを支えるアンドロイドたちで構成されている。生身の人間は学生だけ。クラスの担任も、スーパーのおばちゃんも、みんな、みんな機械仕掛けだ。十七歳以上の人間が存在しない世界。十七歳の夜を越えられない、世界。それは悲劇でも何でもなく、俺たちの日常だ。俺たちは十七回目の誕生日を迎える日に死ぬんだ。
(俺たちの輝ける青春は、あと一年ほどです)

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