学生閑話

 烏野男子バレー部での3対3の試合も終わり、ようやくバレー部の一員として学校生活を迎えることができた日向と影山は浮き足立っていた。それはもう、バレーボールをやりたいという欲求を抑えることができず、昼休みに弁当を光速で食べ終えると体育館に直行し、どちらからともなく打ち合いを始めるほどに。


「なあ影山!」
「なんだ」
「おまえ、凛々の中学時代のことって知ってるか?」


 影山が打ったスパイクを、日向がレシーブし損ねた。あさっての方向に飛んでいったボールを拾いに行く途中で、日向がそんなことを口にする。


「…知らねえ。が、話はちらっと聞いたことがある」
「え、どういう!?」
「…中学最後の試合中に、ユニフォームを脱ぎ捨てて試合放棄したとか。あと、顧問を怒鳴りつけたとか、そんな話だ。詳しくは知らん」
「…そっか。おれもさ、ちょっと話聞いたんだ。ひどい引退のし方したって」


 友達であり、類まれな技術の持ち主であるプレーヤー、小谷凛々。彼女の中学時代の話は、凛々の出身中学である仙条中学出身者から少し聞くことはあった。しかし、日向は凛々にそのことを確かめることもしなかったし、仙条の生徒から話を聞くこともしなかった。興味本位で詮索するようなことではないと、直観的に感じたのだ。それは、影山も同じだった。


「何年もバレーをやってたら、揉めることも一度くらいはあるだろ」
「お前が言うとなんか説得力あるな」
「しばくぞボゲェ!!」


 そう叫んで影山が打ったスパイクを、日向がレシーブしてまた打ち合いが始まる。それ以降は、どちらも凛々の話を蒸し返すことはなかった。



* * *



「あ!」
「…あ」


 トイレに向かう最中の廊下で、凛々は月島と出くわした。先日の3対3を見に行って以来、顔を合わせることもなく今日まできたが、自分の約20cm上にあるその顔を見て、思わず凛々は意地の悪い笑みを浮かべてしまう。


「これはこれは、翔陽影山田中さんトリオに見事敗戦を帰したツッキー君じゃありませんかぁ! どうよ気分は? 見下してたおチビちゃんと天才に負けたご気分は?」
「…」


 月島は明らかにイラついた顔で、無言で凛々の頭にチョップをかました。全力で振り下ろされた月島の大きな手に思いっきり頭をはたかれて、凛々は大声をあげて頭を抱える。


「いった!! なにすんの!?」
「別に、ただイラッとしたから」
「試合前にあんな挑発した張本人がそれ言う!?」


 自分の発言を棚に置いて責められて、凛々は痛みで半泣きの目で月島を睨んだ。月島は屁でもないとでも言うように、凛々を見下ろしてくる。


「ま、所詮平民の僕じゃ、天才の王様と将来未知数の野生動物には敵わないってことだね」
「…なんじゃ、その言い方」
「そのままの意味だよ。どうせ君だってそう思ってるんでしょ」


 月島の発言に、凛々は正直驚いた。まるで、自分には才能がないと諦めているかのようだった。190cm近い長身に恵まれ、技術だって特別下手という訳でもなく、まだまだ伸びしろのある選手であるはずの、月島が。


「…まあ、影山は天才だし、翔陽は未知数すぎて怖いほどだけどさ。でもツッキーだって、将来は未知数じゃん」
「……」
「背だって高いし、練習すれば細かい技術だって身につくし。ま、1年生同士、仲良くしなよ! チームメイトなんだからさ」


 凛々が笑いかけると、月島はふいっと視線を逸らして溜息を吐いた。その様子にカチンときつつも、凛々は笑って月島の高い肩をバシバシと叩く。


「そんじゃ、放課後ね!」
「は?」
「女バレって練習終わるの早くてさ。最終下校時刻まで男バレの練習混じるから! 大地さんの許可は取ってあるし」
「何それ、なんでそんなに練習したがるの」
「だってわたし、バレーボール好きだし」


 けろっとした顔の凛々を見て、月島が眉をしかめた。


「…意味わかんない」
「いいじゃんか、もー。そんじゃねツッキー、練習来なよ!」


 もともとトイレに行こうとしていたこともあり、昼休みを終えるまでに用を足したかった凛々は月島の横をすり抜けてトイレへと向かった。残された月島は、足早に去っていく凛々の背中を見ながら、凛々に叩かれた肩をそっと摩る。


「…馬鹿なんじゃないの、ほんと」



* * *



 凛々がトイレから教室に戻ると、教室前で見知った小柄な背中が教室の中を覗いていた。頭からぴょこっと出た結んだ髪の毛を見て、その背中の主を思い出す。凛々はそろりそろりと小さな背中に近付き、肩をぽんっと叩いた。


「うひゃぁっ!!」
「おわっ、びっくりした! なにしてんの、谷地ちゃん」


 背中の主は、何日か前に典型的ヤンキーによるナンパからの逃亡を手助けした、谷地仁花だった。仁花はあわあわと慌てふためきながら、振り返って凛々と顔を合わせる。


「凛々ちゃん!」
「どうしたの、うちのクラスの誰かに用事?」
「あ、あの、凛々ちゃんに用事っていうか、なんていうか、お礼があって来たの」


 どうやら自分を探していたらしく、張本人に会えて安心したのか仁花が花咲くような笑顔を凛々に向けた。そしてその手に持っていた何かを、凛々に差し出す。綺麗にラッピングされたクッキーだ。


「この間のお礼なんだけど、私の手作りだから味とか気に入らなかったらほんとごめんなさいっていうか、他人の手作りのものとか食べたくないとか、そもそも甘いもの自体嫌いとか、そういうのがあったら全然断ってくれていいから! 人にあげても捨てても全然大丈夫だから!」
「え、そんなひどいことしないよ…。っていうか、谷地ちゃんの手作り!? すごい、めっちゃ美味しそー!」


 凛々は大喜びでクッキーを受け取り、即座に封を開けて中のクッキーを取り出した。どうやら、抹茶クッキーにチョコチップを混ぜたもののようだ。先程弁当を食べたばかりだというのに、手作りクッキー特有の香ばしい香りに腹が減ってくる。涎が垂れる前に、クッキーを一枚口の中に放り込んだ。


「んま〜!」
「ほ、ほんと? 抹茶の味とか濃すぎない?」
「全然、むしろこれくらいが好き! やっちゃん、料理上手なんだね!」
「や、やっちゃん?」
「谷地ちゃんだから、やっちゃん。嫌?」
「そ、そんなことないよ! ただ、あだ名とかあんまり慣れてないから、ちょっと気恥ずかしいね…」


 そう言って恥ずかしそうに笑う仁花の笑顔はまるで妖精のように愛らしく、凛々は胸がきゅんと高まるのを感じた。そんなやり取りをしているうちに昼休みの終りを告げる鐘が鳴ったので、仁花は慌てて「そ、それじゃ!」と自身の教室へ戻り、凛々は残りのクッキーを急いで平らげることにした。


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bkm
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