お年玉 | ナノ

グズマとデートする話(単体)


夢主=ゲーム主人公設定。
名前変換は『デフォルト名前』を変換してください。














「グズマさんっ、デートしましょう!」


いきなり人の部屋に転がりこんできたかと思えば、唐突に言ってのけたその言葉に、グズマは飲んでいたエネココアを噴き出しそうになった。
よく言えば天真爛漫、悪く言えば自分勝手なこの少女の名前は、ナナシといった。弱冠11歳ながら、このアローラの全トレーナーの頂点に君臨する、ポケモンリーグの初代チャンピオンだ。
一方、グズマは改心したとはいえ、かつてアローラ中から恐れられ、爪弾きにされてきたスカル団の元ボス。普通であれば、グズマがナナシに殴り込みに行くならまだしも、ナナシからグズマのもとへ会いにやってくるなど、考えられないだろう。
ところが不思議なことに、この少女は異様に自分に懐いている。その馴れ馴れしさといったら、まるで何年も前からの知り合いであったかのような態度で、グズマの後ろを付いて回るのだ。グズマからすればその思考は全く理解できないのだが、ナナシはそんなことは気にせずに、ニコニコと笑顔を浮かべてグズマの手を引いてくる。


「ほら、早く早く! おひさまが沈んじゃいますよ!」


「んなっ、引っ張んな! 第一、デートってどういうこと……!」


「それは行ってみてのお楽しみです! リザードン、おいでっ!」


グズマを無理やりに外へ連れ出し、ナナシはライドポケモンのリザードンを呼んだ。何が何だかわからぬまま、グズマは半ば拉致されるような形で、ナナシのリザードンに乗らされる。ナナシはグズマの前にちょこんと座ると、リザードンの翼の付け根をポンと叩いて合図し、アローラの美しい空へと飛びあがった。















「………オイ、デートってまさかここでじゃねえだろうな」


「はい、そのまさかです! 最高のロケーションだと思いません?」


「何が最高のロケーションだ、こういうのはクソ辺鄙っていうんだよ!!! ポニの大峡谷じゃねえか、ここ!!!」


リザードンに乗って飛ぶこと数時間、『デートスポット』だと言われて辿り着いた場所は、何とポニの大峡谷であった。意図がわからないなりに、マラサダショップにでも行くのだろうか、とか、フォトクラブにでも行くのだろうか、とか、年頃の少女が行きそうな場所を想像していたグズマは、そのギャップに度肝を抜かれつつナナシを睨む。ナナシは「てへっ」とでも言いたそうに舌を出し、いつの間にかボールから出していたらしいデンヂムシを抱き上げている。


「だってだって、デンヂムシちゃんはポニの大峡谷でないと、クワガノンに進化しないっていうんですもん!」


「だからって何で俺を連れてきた!? デートだなんだとワケわかんねえ理由まで拵えて!」


「それはホラ、むしポケ大好きグズマさんですから、クワガノンに進化するところが見たいんじゃないかなって」


「テメェは俺を同年代のガキだと思ってんのか!?」


ナナシよりも遥かに高い目線から怒鳴り散らすグズマに、ナナシは物怖じ一つせず、あくまでおどけたように舌を出している。ナナシの日焼けした細い腕の中に収まるデンヂムシまでもが、何故か得意げな顔だ。グズマは怒りでわなわなと拳を震わせたが、それを振るうようなことはせずに、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。


「まさか本気で、デンヂムシの進化するところを見せる為に、このグズマさまを連れてきたんじゃねえだろ。何が目的だよ」


「むぅ、目的だなんて野暮な言い方ですね! 実はですね、デンヂムシちゃんが進化するためのお手伝いを、グズマさんにお願いしたくて」


「はぁ?」


「つまりですね、わたしとここでバトルしてくださいっ!」


それまでのふざけたような表情から一変、ナナシは好戦的な眼でグズマを見つめ、ニヤリと笑った。それまで不機嫌さを隠しもしなかったグズマだが、このような台詞を言われて大人しくできるほど、ポケモントレーナーとして日和見になったわけではない。いわば、ナナシのデンヂムシがクワガノンに進化するための経験を得る為、グズマのポケモンを利用させろと言っているも同然なのだから。グズマはポケットの中からモンスターボールを取り出すと、ナナシの前に掲げながら、ニヤリと笑う。


「チャンピオンが知らねえ訳がねえだろうが、先輩トレーナーとして1つ教えてやるよ。ポケモンってのはなぁ、バトルに負けて進化するってことは無えんだぜ」


「わたしのデンヂムシちゃんを甘く見てもらっちゃ困りますよ! どんなポケモンが相手だろうと、最後には勝ちきる子です!」


「はっ、どうだかな。そのセリフ、確かめてやらぁ! 行け、グソクムシャ!」


「デンヂムシちゃんっ、頑張って!」


結局のところ、いとも簡単にナナシのペースに乗っかったグズマは、それから日が暮れるまで、大峡谷でのバトルに興じることとなった。














「ん〜〜〜! Zヌードルおいしい〜〜〜!」


「…………」


「はい、クワガノンちゃん、あーん! 進化した記念だからね、いっぱい食べていいよ!」


「…………」


「あ、グズマさん、ごちそうしてくれてありがとうございます!」


「その一言が随分と遅かったなァ、あ゛ぁ!?」


心から幸せそうにZヌードルを啜るナナシと、ナナシから与えられたZヌードルの具材を頬張るクワガノンの姿を見て、グズマは眉間の皺をますます深くした。ナナシの手持ちであるデンヂムシの進化の為、わざわざポニの大峡谷まで駆り出された挙句、見事にナナシのデンヂムシに敗北し、クワガノンへ進化する手助けをしてしまったのだから、グズマからすれば屈辱的にも程がある。更には「進化したお祝いに」とナナシにねだられ、Zヌードルを奢る羽目になったのだから、不機嫌になっても致し方ないというものだ。そんなグズマの様子など気にもせず、ナナシはZヌードルを啜りながら、沈んでいく夕陽を窓越しに見つめる。


「はあ、おひさまが沈んじゃう…。今日はすごく楽しい日だったなぁ」


「俺からすれば、今日ほど不毛な1日はなかったがなぁ…!」


「あ、グズマさん! 今日はデートに付き合ってくれて、ありがとうございました!」


「何がデー……デート? お前、まさか今日のバトル、本気でデートのつもりだったのか?」


「? 違うんですか?」


あまりにも曇りのない眼でこちらを見上げてくるナナシに、グズマは思わず毒気を削がれた。グズマが思い返すに、今日の出来事といえば本気のポケモンバトルを繰り広げたことくらいで、それは凡そデートとは言い難い。


「ママから教えてもらったんです! デートっていうのは、大好きな人と一緒に、楽しいことをすることだって! わたし、ポケモンバトルよりも楽しいことってないから、だから今日はデートですよね?」


「なんだそりゃ…相変わらずブッ壊れてやがるな、お前」


晴れやかな笑顔でそう言うナナシに、グズマは呆れたような口を利きながらも、小さく笑った。幸せそうにZヌードルを頬張る姿は、如何にも田舎育ちの子供といった様子なのに、頭の中はポケモンバトルのことばかりで、そのアンバランスさがナナシの最大の魅力と言ってもいい、とグズマは思うことがある。少し前までは不愉快でしかなかった、ナナシのポケモンバトルへの真っ直ぐな情熱が、今では微笑ましくさえ感じた。そんなことを考えながらZヌードルを啜ったその時、グズマの脳裏にふと、ある一言が引っかかった。


「……ちょっと待て、なんて言った?」


「? ポケモンバトルよりも楽しいことはない、って」


「違う、その前だ、その前」


「デートっていうのは、大好きな人と一緒に、楽しいことをすることだって、ママが言ってました、って言いました!」


ナナシの母曰く、『デート』とは『大好きな人と一緒に楽しいことをすること』。そしてナナシは、それこそがデートだと信じ切っている。そして今回のデートの相手に、他ならぬグズマを選んだ。それらが意味することを知り、グズマはZヌードルを食べる手を止めて、頭を抱えた。急に黙り込んだグズマを、ナナシが不思議そうに見つめてくる。


「どうしたんですか、グズマさん? お腹痛いんですか?」


「……あんまりそういうことを他の男に言うんじゃねえぞ」


「???」


「いいから食え、麺伸びるぞ」


動揺を隠すようにナナシの頭を小突きながら、自身の顔が僅かに赤くなったのを感じ、グズマは我ながら浅ましいと思った。自分よりも一回りも年下の子供にこのようなことを言われて、少なからず嬉しいと思っているなどと、かつてアローラ中に悪名を轟かせたスカル団のボスの名が泣く。ナナシが『大好き』の言葉が持つ真の意味をわかっていないことにほっとしつつ、グズマは豪快にZヌードルのスープを飲み干すのであった。

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