お年玉 | ナノ

お菊さんと青城メンバー


・花巻&松川編


「あ、お菊さんだ」


「マジで? どこどこ?」


昼休み、購買でパンを買いに行った帰り、花巻と松川はゆったりと歩く夕莉を目にした。以前、突如として夕莉がバレー部の部室を訪れた時以来、2人は夕莉を見かける機会がなかったので、なんとなくそわそわしたような空気になる。


「どうする、声かける?」


「いや、なにその選択肢。かけねえよ、怖いもん」


「でも気にならね? 前に及川がファンの女子からもらったお守り、あれどうしたのかとか」


「あー…いやでもやめとく、触らぬ神に祟りなしだから」


松川が断固として拒否するので、花巻は仕方なしに夕莉から目を背けた。夕莉は今や学校中から恐れられる、一種の都市伝説化した存在だったが、松川は他の生徒たちとは少し異なる印象を持っていた。即ち、『お菊さんはガチでヤバイから触れないのが吉』というものだ。


「松川って、稲川語りが上手い割にはビビリというか、ホラー系は不得意だよな」


「あれは及川で遊ぶ為にやってるだけだから。いやさー、こないだの『部室の扉を開けたらお菊さんがドーン!』事件以来、部屋の扉とか開ける度にあの顔を思い出しちゃってさー…。ちょっとナーバス気味なんだわ」


「どんだけ怖かったんだよ。でも、よくよく見てみるとそこそこ可愛いけどな、お菊さん」


花巻は松川ほどには夕莉を怖がってはいないのか、呑気にそのようなことを口にする。彼らの同期であり、主将と副主将でもある及川と岩泉が事あるごとに『水無瀬夕莉はああ見えて良い子』という話をするのもあって、花巻はそれほど夕莉に対する偏見を持っていなかった。松川のそれは偏見ではなく、実体験に基づく確固たる恐怖心であるわけだが。


「なんつーかさ…昔の日本画にさ、女の幽霊とか描かれてるのあるじゃん。アレっぽい感じの顔だよな」


「結局は幽霊じゃねーかよ。わからないでもないけど、半径50cmの距離でお菊さんを見てみろって。もう日本画感とかそういうのを凌駕した恐怖が身を襲うぞ」


「日本画感ってなんだよ、聞いた事ねーよ。ま、どちらにせよ及川と岩泉は大物ってことで」


「そうだな。及川は神経が図太くて、岩泉は傑物。そんな感じ」


「及川がそれ聞いたらうっさそー。『なんで俺だけそんな言われ様なの!?』とか言って」


「うっわ、脳内再生余裕だった」


くだらない談笑をしながら、花巻と松川は自身の教室へと戻っていった。












・国見&金田一編


後味の悪い結果となった中総体を終え、国見と金田一は言いようのない感情を胸中に燻らせながらも、現実問題として次のことを考えていた。次のこととは言わずもがな、彼らに限らず世の中学3年生の全員に付き纏う、進学である。とはいえ、2人にはバレーボールの才と技術があり、北一でバレーをする者の多くが進学する青葉城西高校、略して青城の監督から声がかかっていたので、特に差したる心配事は無かった。なので、今日行うこととなった青城の見学も、まるで先輩の練習場所を覗きに行くような気軽さで挑んだのであった。


「あっやべ…なんか差し入れとか持ってくべきだったか?」


「いいんじゃねーの、どうせオイクラたちが山ほど差し入れしてんだろうし」


「オイクラ?」


「及川さんクラスタの略」


燦々とした太陽が雲間を覗く真昼、青城の敷地内へと足を踏み入れた金田一と国見は、真っ先に体育館に向かって並んで歩いていった。青城に来たのは今回が初めてではなく、前に北一OB達との練習試合という名目で、青城側から呼ばれて試合しに訪れたことがあった。それは青城の入畑監督が、北一にいる目ぼしい選手を見つけるために提案したことだとだと知ったのは、後になってからである。


「おっ、来たね! 可愛い後輩たちよ!」


「お久しぶりです、及川さん! 今日はよろしくお願いしぁすッ!」


「しあーす」


2人を待ち構えていたのか、それとも偶然か、体育館の入り口前からヒラヒラと手を振ってきた及川に、金田一は一礼した。北一時代の印象が強いためか、自分の着ているものとは違う青城チームのジャージを羽織る及川の姿に、妙な違和感を感じてむず痒くなる。一方、国見は先輩への敬意のカケラもない態度に表情で、眠たそうに挨拶をした。


「けど、タイミング悪いところに来たね、2人とも。今から俺ら、食堂に昼飯食いに行くところだよ?」


「えっ、今日の練習って午後からじゃ?」


「午前に体育館使う予定だったバスケ部が、他所との練習試合入って空いたから、急遽1日になったんだ。そうだ、2人もご飯食べれば? うちの食堂のカツカレー、めっちゃ美味いよ〜」


「げっ…俺らもう食ってきたんですけど」


「食ってその細さかよ。いいから食え、奢ってやるから。食って筋肉つけろ」


2人に気付いたのか、体育館の中から出てきた岩泉がそう言った。奢ってやる、の一言に、金田一は反射的に「ありがとうございます!」と頭を下げたが、国見は嫌そうな表情を隠しもしない。岩泉の言う『食え』がどれくらいの量の食事を想定しているのか、食の細い国見は否が応にも知っていたからだ。


「ま、いずれ入学する高校の案内も兼ねて、ね。食堂はこっちだよ」


「確かに、体育館には来たことありますけど、校舎の中は入ったことなかったですしね」


金田一は素直に、国見は嫌々といった風に、食堂に向かう及川と岩泉のあとをついていく。初めて訪れる校舎内は、よく清掃の行き届いた小奇麗な学校、といった印象だ。食堂は1階にあるらしく、及川と岩泉が慣れたように廊下を進んでいく中、一同は男子トイレを通り過ぎようとして、ふと足を止める。


「あ、そういえばさっきテーピング外したばっかだ…。俺、ちょっと手洗ってくるねー」


「そういや俺もだな。悪ぃ、お前らちょっとそこで待ってろ」


「は、はいっ」


食事前ということで、及川と岩泉が手を洗いに男子トイレの中へ入っていく。慣れない場所に取り残された金田一は、物珍しそうにあたりをキョロキョロと見回す。一方、国見はつまらなさそうな表情で、自身のスマホを弄っていた。


「…ん?」


ふと、金田一が不審そうにそう呟いたので、国見は顔を上げた。金田一はちょうど真正面にある窓の向こう、別の教室棟の廊下の方を見ている。国見もそちらに眼を向けてみると、そこには何やら黒い長髪の女子生徒が、ゆったりと廊下を歩いているのが見えた。


「なに」


「あ、あの人、なんか……」


「なんか?」


「なんか…透けてないか?」


「はあ?」


金田一のあまりにも非現実的な発言に、国見は素っ頓狂な声でそう返した。人が透けて見えるなどと、まさか本当に透けているはずがない。光の向きや加減でそう見えるだけじゃないか、そう言い含める為、国見はもう一度向かいの棟の様子を伺う。
しかし、なんとその少し眼を話した瞬間のうちに、その女子生徒は消えていた。ほんの5秒もしないうちの出来事だっただけに、国見は柄にもなく驚いてしまう。しかりその後の金田一の真っ青な顔色を見て、何とか平静を保った。


「き、きききき、消えた…!?」


「単純に角を曲がっただけだろ。透けて見えたのは…光の向きとか、加減のせいだろ」


「いっ、いやでも俺、聞いたことあるんだよ! 青城に女子生徒の幽霊がいるって話…!」


「俺は知らないから。以上」


「国見〜〜〜!!!」


涙目になりながら縋りついてくる金田一を、国見はうざったそうに払いのけたが、内心では金田一の話が本当である確率が多少はあるな、などと考えた。なにせ、先ほど目にした女子生徒の雰囲気の異様さは、窓越しにでも十分に伝わってくるほどだったのだ。生きている人間のように見えない、とでも言うのが正しいだろうか。彼女はその時、廊下を歩いているはずなのに、その身体が呼吸などによって上下に動くこともなく、スゥーッと真横へと動いていた。まるで、ホラー映画の1シーンのように。


「ふ〜お待たせ! さ、食堂いこっか〜」


「お、及川さん、1つ質問なんですけど…」


「ん? なになに、金田一?」


「ここって、お祓いちゃんとしてますよね…?」


「何そのシュールな質問!?」


感じた疑問、不安を馬鹿正直に言葉に出す金田一に、国見は「馬鹿だなコイツ」などと思いつつ、その気持ちが少しわかるような気がした。この女子生徒の正体が『お菊さん』と呼ばれるれっきとした人間で、透けて見えたのは本当に光の加減によるものであり、消えたように見えたのも角を曲がっただけであった、ということを2人が知るのは、今から約半年後、彼らが青城に入学した後である。












・渡&矢巾&京谷編


1年C組にヤバイ女子がいるらしい。渡がそんな噂を聞いたのは、入学して間もなくのことだった。


「ヤバイって…ヤバイほど可愛いってこと?」


「いや、とにかく『ヤバイ』としか言いようがないっていうか…。とにかく見りゃわかるから、HR前に覗きに行こうぜ」


「いや、それはどうかと思うんだけど、モラルとして…」


その『ヤバイ女子』を目にしたらしい矢巾は、妙に興奮気味で渡を誘ってくる。まだ青城に入学したばかりだが、入学前から所属するバレー部の練習でちょくちょく会っていたので、矢巾という人の人となりは知っているつもりだ。矢巾は普段、多少の軽薄さはあれど、礼儀はしっかりとした人物だったので、渡は少しだけ驚きつつも矢巾に付いていった。


「なんて名前なの、その子?」


「えーっと…たしか隣のクラスの奴が『お菊さん』とか言ってたっけ」


「お菊さん? この時代に?」


「いやでも、マジでその名前で違和感ないんだって」


「どういうことだよ、それ…」


HR開始まであと5分ほどだったので、渡と矢巾は急ぎ足でC組の教室へと向かう。自身のクラスからそう遠くはない距離にあるその教室は、教室棟の1階の一番西に位置し、昼間などは建物自体に陽の光を遮られ、辺りが影になっている。春とはいえ、陽の光の差さないその一帯に足を踏み入れた渡と矢巾は、肌寒そうに身をすくめた。


「やっぱ寒いよな、この辺」


「それもお菊さんのせいなんじゃないかって噂だったり…」


「なんだそりゃ、どんな子なんだ?」


「…あっ! いたいた、あそこ!」


急に矢巾が声を潜めながら、内窓から覗ける教室の中を指差した。「人に向かって指差すなよ」などと苦言を呈しながら、渡が言われた通りに矢巾の差す方を見る。そこにいた人物を目にした瞬間、渡の背筋をぞぞぞっという寒気が襲った。
そこにいた人物は、まるで夜の闇のように真っ黒な髪と瞳、そしていっそ恐怖さえ感じるほどの無表情をしていて、まさに幽霊のような女子生徒だった。外見だけを見れば、少し暗い性格の子なのだろうかという程度の普通の女子だったが、彼女を異様たらしめているのはその独特の雰囲気だ。何の感情も読めない、何の音さえ発しない、どこを見ているのか窺い知れない黒い瞳が、ただ真正面を向いている。本当にそこに存在しているのか、見ているこちら側が疑問を抱いてしまうかのような風貌に、渡は一瞬「俺はなにかヤバイものを見ているのでは」と思ってしまったほどだ。


「な? ヤバイだろ?」


「た、確かに…えっ、あの子は人間だよな? 幽霊とかじゃないよな…?」


「やっぱそう思うよな…。俺なんて昨日、練習終わったあとに忘れ物取りに教室行ったら、夜の暗ーい廊下で出くわしてさ…。危うく叫びかけたもんな…」


「おい」


『お菊さん』を遠目に、2人でひそひそとそんな話をしていると、急に後ろから低い声が聞こえてきた。渡と矢巾が同時に振り返ると、そこには同じバレー部の同期、京谷がぬっと立っていた。スポーツバッグとコンビニの袋片手に、如何にも不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる京谷に、矢巾はムッとしたような眼で見返す。渡はというと、わざわざ別のクラスに噂の女子生徒を見に来たところを見られた、という後ろめたさが沸きあがってきて、いたたまれなさそうに身をよじった。


「な、なんだよ」


「邪魔」


「あ?」


「そこ、俺のクラス。邪魔だから、さっさとどけや」


鋭い眼で睨まれ、矢巾は何か言いたげにしつつも、素直にそこをどいた。京谷はわざとスポーツバッグを矢巾にぶつけるようにしてそこを通り、教室の中に入っていく。その行為に怒ったのか、額に青筋をたてながら京谷に向かっていこうとした矢巾を、渡が慌てて抑えた。


「落ち着け、落ち着け! もうすぐHRだろ」


「だってなァ…! あいつマジで、人のことキレさせるために、ああいうことしてんじゃねえの!?」


「わかったわかった、お前の言い分はわかったから。とにかく教室戻るぞ」


怒りに震える矢巾と、矢巾を窘めながら自身の教室へ戻る渡を尻目に、京谷は自分の席に着く。さっそくコンビニ袋の中からハミチキを取り出すと、もうすぐHRが始まるのも気にせず、むしゃむしゃと食べ始めた。ハミチキを食べながら、京谷は自身の斜め前の席に座るクラスメイト、『お菊さん』こと水無瀬夕莉に話しかける。


「なあ」


「……」


「オマエに話しかけてんだけど」


「はい、何でしょう」


「嫌じゃねえの」


「何がでしょうか」


「さっきみたいに、知らんヤツからじろじろ見られて、あれこれ言われんの」


「いえ、特には」


律儀に身体ごと後ろを向いた夕莉が、相変わらずの死人のような無表情でそう言った。京谷は「そうかよ」と言いつつ、食べ終えたハミチキの紙袋をコンビニ袋の中に捨て、サンドイッチを取り出してまた食べ始める。


「…俺、家が寺だったから、昔はよく坊主だ坊主だってからかわれて、ある日ブチ切れてそいつのことタコ殴りにしたら、誰も何も言ってこなくなった」


「はい」


「なんつーか…なんかしら行動に起こさねえと、ずっとあんなんが来るぞ」


「特に、然したる問題はないので。お気遣いありがとうございます」


「…そうかよ」


京谷なりの気遣いを一言で片づけられ、京谷はむすっとした表情でそっぽを向いて、サンドイッチを一口で飲み込んだ。もう京谷が自分に話しかけてこないと悟った夕莉は、ゆったりとした動きで前を向いて、その黒い瞳で黒板の文字をじっと見つめるのだった。

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