お年玉 | ナノ

大谷さんとお家デートする婆娑羅夢


※名前変換は『デフォルト名前』を使用してお読みください。








「大谷様、何を書いているんです?」


彼の使う輿の手入れをしながら、小間使いのナナシはそう問うた。すると、熱心に何かを書き記していたナナシの主君、大谷吉継はニヤリと笑って、包帯まみれの手でナナシを手招きする。ナナシは素直に、業病に侵された彼のもとへ、つつつと駆け寄った。


「ちと声に出して読んでみやれ、ククク」


「…? わかりました」


ケラケラと笑う主君を不思議に思いつつも、ナナシは大谷が書いた書物を受け取り、その分面を読み上げた。


「いつぞハいつぞハとねらいすましてゐたかいがあつて、けふといふけふ、とうとうとらまへたア」


「……」


「いもよりハなをこうぶつだ、なかがふくれあがつて、ゆのやうないんす…!?」


「ヒヒヒッ…!」


「大谷様! 何ですかこの、ふしだらな文章は!?」


自分が声に出していた言葉の意味を察したナナシは、顔を真っ赤にして大谷に迫った。彼が書き記し、ナナシに読ませたのは、男女同士の性行為を赤裸々に描いた、艶本という読み物であったのだ。大谷は引き攣るような笑い声を上げて、ナナシから書物を取り上げた。


「次の戦は長期戦になるのが眼に見えておる。戦場には女を呼べぬ故、兵どもの士気を保つ為のつまらぬ策よ」


「そ、それはともかくとして、それを私に読ませる必要がどこに!?」


「ヒヒッ、それはすまなんだ。ぬしが生娘であったのを忘れておったわ」


ちっともすまなそうではない大谷に、ナナシは「つくづく厄介な人に仕えてしまった」と悔悟した。とはいえ、病床の主の小間使いを務めるのは自分だけなので、辞めるわけにもいかないのだが。
ナナシは元々、大谷の友人であり西軍の総大将、石田三成の配下であった。それも、今のような小間使いとしてではなく、女だてらに戦場を駆け巡る騎兵として、三成のもとで槍を振るってきた。しかし、徳川軍との戦の際に、敵兵の矢を受けて落馬してしまい、それが切っ掛けで戦うことのできない身体となった。三成の役に立てぬならば、と切腹を覚悟したナナシを、大谷が拾ったのだ。自分の身の回りの面倒を託る、小間使いとして。


「我は不幸な者を見ると、手を差し伸べずにはいられぬタチなのよ、ヒヒッ」


ナナシを拾った時、そう言った大谷の瞳には、明らかにそれ以外の思惑が含まれており、ナナシは恐怖さえ感じたものだ。しかし、元主君である三成から命令されたこともあり、そのような経緯でナナシは大谷に仕えることとなったのだった。
…ところが、敵はおろか味方にすら恐れられる大谷吉継という男は、ひとたび甲冑を脱ぎ、輿から降りれば、人をからかって遊ぶのが趣味の軽薄な男という風にしか映らぬのが、ナナシにとって不思議なことであった。艶本を朗読させられるなど、今日に限った話ではない。「良きモノをやろう」と差し出した饅頭に、大量の唐辛子が練り込まれていたことさえあった。大谷曰く、そのような一面を見せるのはナナシと、それから黒田官兵衛だけらしいが、ナナシとしては甚だ納得がいっていない。


「大谷様は本当に不思議です。一体、私をどうされたいのですか?」


「なアに。ぬしは、良き音が鳴る鐘のようなもの。突きたくなるのは人の性であろ」


「…要するに、反応が面白いってことですか」


「ヒヒッ、そう恨めしい顔をするな」


「誰のせいだと思ってるんですか! 全く、大谷様は少しくらい真面目に…」


「これはこれは、我が不満か? ならば我など見捨てて、何処ぞへ逃げるがよい」


意地の悪い笑みを浮かべながら、大谷は怪しげな術を使い、襖をスーッと開けた。外は秋晴れの美しい青空が広がり、暖かな陽射しが降り注いでいる。心地よい風が吹いて、1枚の紅葉の葉が、はらはらと部屋の中に舞い込んできて、ナナシの膝の上に落ちた。


「ほれ、早にここから出るがよい。その脚で、三成のもとにでも戻ればよかろ」


「…本当に意地の悪い。それができぬとわかっておいででしょう」


「ヒヒッ、左様であったか?」


「戦場で落馬した時、私の脚はただの棒きれ同然に成り下がった。それとも、芋虫のように這いずる私をご所望なのですか?」


ナナシがそう言うと、大谷は心底愉快そうに笑った。ナナシの脚は、かつて戦場で負った傷のせいで、全く動かなくなってしまった。歩くことはおろか、立つこともままならぬナナシを、大谷は好き好んで拾ったのだ。それは即ち、大谷以外の誰も、かつての主君である三成さえ、ナナシに手を差し伸べることはなかったのだ。


「言ったであろ、ナナシ。我は不幸な者が、大のお気に入りよ」


「……」


「世を呪い、宿命を呪う者が、我の掌の中でころころと転がる。その様は実に愉快よ、ユカイ」


「本当に、良いご趣味をなさってらっしゃる…」


要するに、ナナシが大谷のからかいの対象となっているのは、ナナシが不幸なのだからであった。忠義の為に戦うことを奪われ、行きたい場所へ行く自由を奪われ、主君の役に立つこともできぬナナシを、哀れで面白い生き物だと思っているから、このようなことをするのだ。ナナシは随分と前にこのことを理解したが、それでも大谷の行為は自分勝手にも程があると思うし、ナナシよりも悪質なからかわれ方をする黒田に同情さえした。


「…まあでも、私は幸福でなくてよかったのかもしれません」


「ほう? それはどういう意味だ?」


「もし私が幸福だったら、大谷様に妬まれ呪われ、不幸のどん底に突き落とされていたのでしょうから。少なくとも不幸だったから、私はこうして衣食住の心配をせずともいられる訳ですし」


「…ヒヒッ、ぬしは誠に利巧だな。暗に爪の垢を煎じて飲ませてやれ」


そう笑う大谷の瞳は、やはり意地が悪そうに仄暗い色を灯していたが、その声は穏やかなものであった。何だかんだ言って、大谷はナナシとの暮らしを気に入っていたし、ナナシもまた、大谷に心からの感謝をしていたのだ。大谷はゆっくりと襖を閉め、陽射しが入らぬ薄暗い部屋に、ナナシと二人きり閉じ籠ったのだった。





※艶本の内容は葛飾北斎の『蛸と海女』より引用したものです。18歳以下の人は現代語訳を調べたらあかんよ!

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