お年玉 | ナノ

まったりするpkmn連載夢主とクチナシおじさん


「んーっ、気持ちいい天気! こんなカラッと晴れたの、久しぶり!」


「ぐぅ!」


雲一つない青空を見つめ、エルとマーシャは大きく息を吸い込んだ。ここはポータウンの元ポケモンセンター、現エルが営むカフェの前。午前11時から午後3時までのランチタイムが終わり、つかの間の休息を取っている最中である。
エルが現在住む町、ポータウンの特徴として、いっそ不自然なほどに雨が多い。勿論、年がら年中雨が降り続くわけでなく、晴れや曇りの日もあるのだが、山沿いなこともあってか湿気が多い。なので、今日のような雲一つない、カラッとした快晴は珍しいのだ。


「せっかくのいい天気だし、今日はちょっと長めに休憩もらっちゃおうか」


「きゅあう!」


「そうかそうか、嬉しいのかマーシャ〜! ああ、ほんとにうちの子は世界一かわいい、晴れてるから尚更にかわいい!」


晴れていることは一切関係ないのだが、マーシャのふかふかの毛並みを堪能してから、エルはウラウラの花園へ向かった。エルとマーシャが休憩のたびに訪れる、ウラウラ島有数の名所だ。なのだが、悪名高いポータウンが近くにあるせいか、アローラの各島にある他の花畑と較べると、観光客が少ないらしい。


「お、さすがに今日は霧も晴れてるね」


花園に到着するなり、美しい赤い花々がエルたちを出迎えた。普段は近くにある湖の影響で発生する霧が、今日の天気故に晴れており、この上なく花の美しさが鮮明になっている。心なしかぞっとするほどに赤々とした花弁の色に、マーシャは少しだけ怯えたようで、エルの足元に擦り寄った。


「ん、どしたの? いつもと違うから怖い?」


「きゅいぃ…」


「じゃあ、違うとこで食べよっか。んー…クチナシおじさんのとこでもお邪魔するかね」


エルが真っ先に思い付いたのは、ポータウンを訪れたその日から散々世話になっている、クチナシのもとだった。
交番として最早機能してない交番に、大量の保護ニャースたちと暮らすクチナシは、一見すると人嫌いなようにも伺えるが、そういう訳ではないことをエルは知っている。エルとマーシャが訪れれば、やれやれと頭をかきながらも、律儀にお茶を出してくれるだろう。
そんなことを考えながら、エルはマーシャと共に踵を返し、ポー交番へ向かった。













「おじさーん、お邪魔しまーす」


「うにゃあー!」


扉を開けるなり、ヒステリックなニャースの鳴き声が聞こえてきた。驚いたマーシャはびくっと飛び跳ねて、慌ててエルの肩によじ登る。
ニャースたちは何故か、狭い交番の中を走り回っていた。その様子は、何かから逃げようとしているかのようにも映ったが、妙にコミカルな雰囲気だった。ニャースの滑らかな毛があたりに飛び散る中、1匹のニャースがエルが開けた扉から逃げようとしていたので、エルは咄嗟にそのニャースを捕まえる。


「ちょっ、どうしたの、これ?」


「みぎゃあー!」


「わっ、ごめんごめん! いたたた、噛むのはやめて!」


ぞんざいな持ち方をされたことに怒ったのか、ニャースがエルの手を噛んできたので、エルは慌ててニャースを放した。本気で噛まれたわけではないので傷はできなかったが、手の甲にしっかりと歯形がついている。すると、交番の奥からクチナシがやってきて、その腕に抱いていた1匹のニャースを放した。


「ほい、お疲れさん」


「みゃう」


「そんじゃ、次はお前さんだな」


「ぎにゃう!?」


「ちょちょちょ、クチナシおじさん? なにがあったのさ、これ?」


エルが声をかけると、クチナシはようやく来客に気付いて、「何だ、ねえちゃんか」と呟いた。新しく抱き上げたニャースが暴れ狂うのも構わず、クチナシはエルのもとへやってくる。近くで見ると、いつも着ている警察官の制服のジャケットが、酷く濡れていた。


「悪いな、驚かせて。ちょっとニャースたちを洗ってた」


「あ、ああ、それでこんな暴れ狂ってるわけか。アローラのニャース、綺麗好きなのにシャンプー嫌いだからね…」


「フーッ!!!」


「きゅ…きゅいぃぃ…」


余程嫌なのか、所かまわず威嚇しだすニャースに、マーシャがすっかり怯えてエルにくっついた。マーシャを怖がらせる者には容赦のないエルも、流石にポケモン相手にブチ切れるわけにもいかず、少しでも安心させようとマーシャを抱きしめて撫でてやる。


「ほれ、暴れてないで大人しくしてろ」


「みぎゃあああーーー!!!」


「す、すごい暴れ様だなー…。おじさん、私も手伝おっか?」


見るに見かねて、エルは腕まくりをして、手伝いを申し出た。何せ、この交番で保護されているニャースは十数匹にもなる上、その1匹1匹がこれほど暴れては、全てのニャースを洗ってやるのにどれだけの時間がかかるか計り知れない。クチナシもそれをわかっているのか、しばらくの沈黙の後、深い溜息を吐いた。


「ちと甘えてもいいかな、ねえちゃん。そこで暴れてるニャース、全部相手にせにゃならんからよ」


「そ、それは気の遠くなる話だなー…。マーシャ、ちょっとの間だけ、降りてもらっていい?」


「きゅうぅん…」


マーシャは不安そうに瞳を潤ませながらも、エルの言う通り近くのソファへと降りた。するとすぐさま、辺りを飛び回るニャースに足蹴にされ、「きゅあう〜!」と泣き声にも近い鳴き声を出して、床に転がり落ちた。見かねたクチナシが、懐からモンスターボールを取り出して、彼の手持ちであるアブソルを繰り出す。


「アブソル、面倒見ててやってくれ。ニャースどもは、まあやりすぎない程度にこらしめていいぞ」


「ふぁう」


あくタイプの中でも特に気性の大人しいアブソルは、クチナシの命令に忠実に従い、床の上で縮こまっているマーシャの乱れた毛並みを舐めて、毛づくろいをしてやる。マーシャも次第に怯えが抜けたのか、気持ちよさそうに眼を細めて、「ぐるるる」と喉を鳴らした。


「大丈夫、マーシャ? アブソルと一緒に待てる?」


「きゅい!」


「大丈夫そうだな。ニャースを洗うのは俺がやるから、ねえちゃんは乾かすのを頼む」


「オッケー、任せて!」


「ぎにゃあああーーー!!!」


ニャースの叫びがこだまする中、エルとクチナシは洗い場へと向かった。













「ふぅ〜、終わった終わった! マーシャ、お待たせ!」


濡れたニャースと格闘してるうちに、すっかりずぶ濡れになってしまったエルは、タオルで身体を拭きながらマーシャのもとへ戻った。エルを待っている間に随分とアブソルと仲良くなったのか、マーシャはアブソルの背中にちょこんと乗り上げ、2匹仲良く昼寝の最中であった。そのあまりにも可愛らしく、和む光景に、エルは思わずのけぞった。


「うあああーっ、可愛いの大渋滞! おじさん、ポケファインダー持ってない!?」


「ねえよ」


「くそう、今度から持ち歩こう! 今はこの光景を目に焼き付ける!」


ギラついた眼でマーシャとアブソルをガン見するエルだったが、その視線に気付いたアブソルがパッと目覚めて、エルの方をじぃっと見てきた。その一点の曇りもない眼差しに、次第にいたたまれなくなってきたエルは、「ごめん…」と呟いて明後日の方を見る。まだアブソルの上のマーシャは眠り続けていたので、クチナシはアブソルをボールに戻さず、そのままにしておいた。


「随分と時間がかかっちまったな。ねえちゃん、店は大丈夫か」


「あー…。まあ、『休憩中』の札は出してあるし、大丈夫! 今はちょっと、一息つきたい…」


ニャースに引っかかれたり、噛まれたり、蹴られたりされ続けたエルは、全身を脱力させてその場に座り込んだ。水嫌いのマーシャですら、シャンプーの際にあんなに暴れたことはないというのに、ニャースときたらそれは凄まじい暴れ様だったのだ。それだけの労力を使って洗われたニャースは皆、いつものおすまし面になって、各々のお気に入りの場所で毛づくろいをしている。本当に気ままなポケモンだな、とエルはしみじみ思った。


「ほれ、お茶」


「ありがと。しかしまあ、おじさんはこれを、いつもは1人でやってるんでしょ? 大変だねえ」


「スカル団のガキども相手に店をやるのに較べちゃ、大した労力でもねえよ」


「あははは。あれは半分、私の趣味みたいなモンだから」


クチナシが淹れたお茶を飲みながら、エルはほっと息をついた。クチナシの好みなのか、渋めに淹れたジョウト茶が、ニャースたちに散々にされた身体に染み渡る。クチナシは続けて、棚の上の方に置いてあった箱を取ってくると、中に入っていたお菓子をエルに差し出した。


「つまんねえものだが、食ってくれ。礼にもなんねえがな」


「え、これってチョウジのいかりまんじゅう? うわあ、めっちゃ久しぶり〜! ジョウトにいた時、チョウジタウンで箱買いしたくらい好きなの!」


エルは眼を輝かせて、クチナシが差し出したいかりまんじゅうの封を切り、一口でぱくりと平らげた。甘い餡が、渋めのジョウト茶とよく合い、とても美味しい。頬が緩みきったエルは、次々といかりまんじゅうに手を伸ばした。


「あー美味しい! おじさんがジョウトびいきでほんと得した!」


「贔屓ってわけでもねえがな。これだって、マリエの飯屋で土産にって貰ったモンだしよ」


「こういうのって、他所の地方で買おうとすると高くつくからさ〜。たまに無性にフエンせんべいが食べたくなる時あるんだけど、アローラでまともに買おうとすると、関税かけられて相場より高くなっちゃって。なんか損した気分になって、結局買わずじまい」


「…あるぜ、フエンせんべい」


「うそっ!? 食べたい!」


エルにキラキラした眼で見られ、クチナシはまたもや棚の上に置かれた箱を取り出して、エルに渡した。そこにあるのはエルが「無性に食べたくなる時がある」と話した、温泉の町フエンタウン名物のフエンせんべいだ。エルはさっそく1枚手に取って、ボリボリと小気味いい音をたてながら平らげていく。


「そうそう、この味、この硬さ! ありがとう、クチナシおじさん!」


「美味そうに食うなぁ、ねえちゃん。おじさんも1枚頂くかね」


「頂くも何も、もともとおじさんのでしょ。あー、これまたジョウト茶との相性抜群! 無限に食べれるわ!」


労働の後の食事、もといお菓子は、何にも耐えがたき至福である。エルはその後、マーシャが眼を覚ますまで、いかりまんじゅうとフエンせんべい、それからジョウト茶を平らげ、結局カフェに戻ったのは、空腹のスカル団がカフェの扉を叩く夕飯時になってからだった。


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