もしも掃き溜め夢主と月島が付き合ってたら
※原作の2年後、夢主たちが高3の話です。
「ねえ」
「どしたの、ツッキー?」
「僕、君のことが好きみたいなんだけど」
「……はい?」
早咲きの桜が花開いた、3月のこと。凛々は、思わぬ人物から、思いもしなかった言葉を贈られた。
「…………」
「ちょっと、思考停止してないで何か言いなよ」
「…え、ツッキーが、私を? からかってるんじゃなくて?」
「僕、そういうの嫌いだって知ってるでしょ」
「し、知ってる、けど…」
夢を見ているんじゃないか、と凛々は一瞬思った。月島とは、初めて出会った日から約3年間、共にバレーに熱中し、友情を築き上げてきた仲だと、今の今までそう思っていた。だが、月島の眼鏡の奥に光る眼は、バレーの試合中と同じく真剣そのものだった。
「だ、だってツッキー、いつも私のこと、チビだのアホだの野猿だの…」
「それは事実を言ったまでだけど」
「はあ〜!? ヒドイ、好きな子に対してそんなこと言う!?」
「…逆に、好きでもない子にそんなこと、言う? 言ったとしたら、そいつはただの無神経なクズでしょ。君は僕のこと、そう思うワケ?」
「そ、そんなワケないじゃん! だって私も、ツッキーのこと…」
そこまで言いかけて、凛々はハッと息を呑んだ。自分が今まさに述べようとしていた言葉の意味を改めて理解して、その白い頬がみるみる真っ赤に染まっていく。その様子を見た月島は、心底おかしそうにくつくつと笑いながら、少し屈んで凛々に視線を合わせた。
「で、返事は?」
「あ、あの、えっと、その」
「まだるっこしいな、早く言っちゃいなよ」
「だ、だってぇ〜っ…!」
「…5、4、3、2、」
「わーっ、待って待って! 好きです、私もツッキーのこと好き!」
カウントダウンを始めた月島に乗せられ、凛々は慌てて『返事』を返した。恥ずかしさと敗北感で、涙目になりながら「うぅ〜」と唸る凛々を、月島は愛おしそうに眺めて、その大きな手を凛々の頭に伸ばす。ポンポンと優しく頭を撫でられると、凛々の眼からすっと涙が引き、にまにまと笑い始めた。
「えへへへ…」
「急に何、気持ち悪い」
「いきなりヒドすぎない!? あの意地悪なツッキーも、こういうことするんだあと思っただけ!」
凛々は頬を膨らませて、意地の悪そうに笑う月島を見上げる。しかし、月島の手から逃れようとしないあたり、頭を撫でられること自体はまんざらでもないようだ。
「僕、君の頭好きなんだよ。掴みやすくて」
「掴みやすいってなに!? ヤバイ、怒らせたらまたギリギリされる…!」
「ぷっ、ホントに君、見てて飽きないね」
不機嫌そうな表情から一転、恐怖に青ざめる凛々に、月島はとうとう堪えきれなかったのか噴き出してしまった。同じチームの日向から「お前は人を馬鹿にする時しか笑えないのか?」などと言われるような月島であったが、凛々のコロコロと変わる表情を見る度、無邪気に笑ってしまうのだ。
さながら、子猫を眺めている感覚というのだろうか。愛おしいものが喋り動く様を見るだけで、心が満たされるのだ。
「ねえ、今日の放課後、予定ある?」
「え? と、特にないけど…」
「じゃあ、デートしよう、凛々」
あまりにもストレートな誘い文句に、凛々はまたもや思考が停止して、硬直してしまった。だが、お互いに好き合っている2人がそこにいて、その誘いに乗らない理由など無い。硬直から解けた凛々は、真っ赤な顔で頷いた。
「は、はい……!」
…などと啖呵を切ったはいいが、実際のところを言うと、月島は困っていた。何故ならば、月島はこれまで女子をデートに連れて行ったことなど、一度も無い。月島に好意を持つ女子から、幾度となく「2人きりでどこかへ行かないか」と誘われたことはあったものの、そういった女子のギラギラした眼に苛まれるのが嫌で、その全てを拒否していたのである。
「八田さん、女子がデートに連れて行かれて喜ぶ場所って何かある?」
「ラスベガス」
「うん、君に聞いた僕が馬鹿だった」
3年生になって同じクラスになった翠にアドバイスを求めても、本気なのか冗談なのかわからないトーンでそう返され、月島はほとほと呆れかえった。翠はまったくの無表情で「冗談冗談」と言うと、ようやく考え込むような素振りを見せる。
「体育館」
「いや確かに凛々は喜ぶだろうけど、毎日行ってるからそこ」
「じゃあ何か食べさせておけばいいよ、そうすりゃ黙るから」
「癇癪起こした子供をなだめに行くんじゃないんだよ。八田さん、協力する気ゼロでしょ」
「だって何かムカつくじゃん。凛々のこと取りやがって、って思うと」
それまで無表情だった翠が、ほんの少し寂しそうな眼で、月島を見た。女同士の友情の面倒くささというのだろうか、友人の幸せを素直に喜ぶのも本心だが、友人の心を射止めた相手のことが気に入らないのも、また本心なのだ。
「凛々って妙なことに、素直じゃない面倒くさいヤツによく好かれるよね」
「そうそう、月島くん含めね。なんかこう、『あー自分の子供はこんな子が良いな、私には絶対に似るな』って思うよね」
「今の嫌味だったんだけど」
「私のも嫌味なんだけど」
「…はあ、不毛だからやめよう、このやり取り」
「賛成。それじゃあちょっと真面目になりますかね」
やはり今まではふざけていたのか、とツッコミを入れそうになりつつ、月島は大きなため息を吐いた。翠との付き合いも約3年になるが、相変わらず彼女の言動には翻弄させられる。お互いに似た者同士であることを理解しているからこその、この接し辛さというのだろうか。
「正直、どこに連れて行かれても、凛々は喜ぶと思うよ。基本、肯定から入るタイプだし」
「まあそんな気はするけどね。けど、一番最初なんだから、ちょっとマウント取っておきたいというか」
「うっわ、今のご時世にそんな台詞吐く? コンプライアンス的にどうなの?」
「別にそういう意味じゃないよ。…この人と一緒にいたら楽しい、って思われたいじゃん。最初に刷り込んでおけば、後はちょっと適当でも誤魔化せるかなって」
「見事に誤魔化されそうだもんね、凛々のヤツ。っていうかそんな素直じゃないこと言わないで、一番最初のデートぐらいカッコつけたいって言いなよ。それだったら思春期男子の可愛らしい一面だと思えたし、老婆心で全面バックアップしたのに」
「なんかそれもイヤだからいい」
本当のところは翠の言う通りなのだが、月島はあくまでシラを切った。別に慣れている男だと思われたいわけでもないが、ただのデートにそこまで躍起になっているとも思われたくない。翠が言うには『思春期男子の可愛らしい一面』だが、月島にとっては『童貞臭い』の一言に尽きるのだ。
「多分、凛々の方も悩んでるんじゃない。『デートの時に女の子はどう振る舞えばいいのか』って」
「……」
「『それはそれで可愛い』と月島くんが言っております」
「勝手に人の心の中をアフレコしないで」
あくまでふざける翠に対し、軽い殺意のような感情を抱き始めたところで、月島はこの話題をやめることにした。
「どどどどどどどどどうしよう…!? デートの時って、どんな風にしたらいいの!?」
「お前は何故それを、俺に聞いた? 参考になるはずがないだろ」
「自信満々に言わないでよ、影山のばかぁー!」
所変わって、デートに誘われた側の凛々は凛々で、翠の予想通り頭を悩ませていた。月島が女子とデートに行ったことがない一方で、凛々もまた男子とデートなどしたことがない。藁にも縋る思いで、同じクラスの影山に相談してみるも、何故かドヤ顔でそう返されて、藁どころが蜘蛛の糸もいいところだった。
「影山だって、女の子に対して『可愛いな』って思うことくらいあるでしょ!? そういうの参考にしたいの!」
「…………全く思い浮かばねえ」
「たっぷり時間をかけてそれなの!? 影山だってモテるくせにー!」
割と時間をかけて考えたにも関わらず、何の解答も答えられなかった影山に、凛々は憤慨した。烏野に入学してから3年間、アプローチを仕掛けてくる女子には困らなかった影山ではあるが、本人は至って真面目かつバレー一筋の為、そもそも女子に対し関心が薄いのだ。影山ファンの女子たちが草葉の陰で泣いていそうな話である。
「じゃあっ、ツッキーの女子の好みとか! 影山も男の子なんだから、男の子同士そういう話するでしょ?」
「『うるさくない女子』が好きだって言ってた」
「もうアウトじゃん! 私、めっちゃうるさいもん! 自分で言うのも何だけど!」
自覚しているのなら改善すればいいのに、などと影山は思ったが、敢えて口にはしなかった。確かに凛々は騒がしい存在だが、その騒がしさを含め魅力であるのだと、女子に関心が無いなりに理解しているのだ。
「別に、月島の好みが何であれ、お前はそのままでいんじゃないのか」
「だ、だって…。最初のデートだもん、ちょっとくらい可愛いと思われたいじゃん」
「もう思われてるんじゃねーのか? そもそも『可愛い』と思わないヤツとは付き合わないだろ、月島のヤツ」
「うっ、影山のくせに妙に鋭い…!」
確かに影山の言う通り、凛々に対し『可愛い』と思っているからこそ、月島が凛々に告白してきてくれたことは、さすがの凛々にも理解できる。だがそれと、可愛いと思われるための努力をしないことは、全くの別物だ。好きな相手にもっと好かれたい、だからそのように振る舞う、それが女心というものだろう。
「影山さては、釣った魚に餌をあげないタイプ?」
「釣った魚は食うだろ、なに言ってんだ」
「もーっ、影山と恋愛話できなーいっ! 誰かやっちゃん連れてきてー!」
「???」
きょとんとする影山に、凛々は深い溜息を吐いた。
結局、様々な葛藤の末、2人が行きついた結論は「デートするにはまだ準備不足だ」というものであった。その為、その日の放課後のデートは急きょ、烏野体育館でのバレー練習になったという。後日にそのことを聞いた翠が「2人揃って馬鹿かよ」と言ってのけたので、凛々も月島も揃って憤慨したという。