お年玉 | ナノ

掃き溜め夢主と月島が2人でお出かけする話


月島視点の話です。時期としてはインハイ予選のすぐ後ぐらい。












朝から妙に運が悪かった。通学中、全ての横断歩道の信号で赤に引っかかったり、いつも自販機で買っている飲み物が、今日に限って売り切れだったり。それでも何とか1日を過ごしていたというのに、挙句の果てがこれだ。


「うわぁぁあぁーーーっ!! つつつつつ、ツッキー大丈夫!?」


「…うるさいよ、山口……」


「だ、だって、ツッキーの眼鏡が、パリンって!!」


放課後の練習中、サーブの流れ弾が僕の眼鏡にかすって、床に落ちた拍子にレンズが割れてしまった。幸い、怪我をすることはなかったが、日常生活を送る上での必需品である眼鏡が、完全に使い物にならなくなってしまったのだ。眼鏡を外すと何も見えないという訳でもないが、生活に支障が出る程度には、僕は視力が悪い。僕の周りをうろちょろしてる山口の顔も、ぼんやりとしか見えなかった。


「月島、大丈夫か? とりあえずコートから出とけ、破片は俺らが拾うから」


「はあ、すみません…」


「うっわ、完全にバラバラじゃんか! おい誰だー、月島の眼鏡ぶっ壊したの?」


「……わ、悪いとは思ってる」


この声は、王様か。ということは、あのサーブを打ったのは王様こと影山だったようだ。道理でかすった程度にしては、凄い勢いで眼鏡が吹っ飛んでいったと思った。声だけ聞くぶんには申し訳なさそうだけど、実際にはどういう顔をしてるのか、視界がぼやけてるせいでよくわからない。


「もう壊れたものは仕方ないでしょ。とりあえず、スペアで何とかするから、いいよ」


「つ、月島が優しいだと!? 変なものでも食ったか!?」


「おいチビ、僕はいつだって優しいんだけど」


失礼な物言いをする日向をぼやけた視界越しに睨みつけると、日向は「ひいっ」と叫んでコートの中へ逃げて行った。1人だけチビだから眼鏡無しでも判別がつきやすい。


「はいツッキー、スペアの眼鏡だよ」


「ん」


山口からスペアの眼鏡を受け取って、とりあえずかけてみる。…だいぶ前に作った眼鏡だからだろうか、度は問題ないのだけれど、フレームがちょっとキツくて耳元が痛い。今日の練習はこれで何とかなるだろうけど、日常生活をこの眼鏡で送るのは、正直嫌だ。


「メンドーだけど仕方ないな…。練習が終わったらショップに寄らないと」


「あ、つ、付き合うよ、ツッキー!」


「いいよ、今日は嶋田さんと約束してるんでしょ。1人で行くから」


「うぅっ、そうだった…! 気を付けてね、ツッキー…!」


「ガキじゃあるまいし大げさな…」


山口にほとほと呆れつつも、視力の問題は解決されたので、僕は練習に戻った。こんな不運があって、僕はこの日の練習が終わってすぐ、烏野商店街のメガネショップに行く羽目になったのだ。















「そんじゃ気を付けろよ、月島ー」


「夜道は暗いから、慎重になー!」


「別に見えてないワケじゃありませんから」


余計な心配ばかりしてくる先輩連中をあしらい、僕は一足先に体育館を後にする。最後まで山口が怒られてる子犬みたいな目で「ツッキー、一緒に行けなくてごめんね…!」などと言っていたのには、ほとほと呆れた。王様は僕の眼鏡のことなんて頭からすっかり抜けていたのだろう、僕が帰ろうとしていることにも気づかないで日向にトスを上げていた。ホントにあの変人コンビ嫌い。


「くそ、耳のとこ痛い…」


練習中の激しい動きで擦れたのか、フレームの締め付けがきつい部分がヒリヒリする。こんなことなら、高校に上がった時にスペアも新調すればよかった。そんな些細な後悔をしつつ、ショップのある烏野商店街へと向かっていると、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれっ、ツッキーだ!」


ムダにテンションの高い明るい声に、気分が一気にげんなりとしてくる。一瞬だけ無視しようかとも思ったが、それはそれでうるさそうなので、仕方なしに振り向いた。そこにいたのは予想通り、ヘラヘラしたアホっぽい笑顔を浮かべながらこちらへ駆け寄ってくる、凛々だった。


「どうしたの、今日は居残らないの?」


「…その言い方やめてくれない? それに君の方こそでしょ、いつも居残り練習してるのは」


「今日、タマちゃん…じゃなくてコーチが、どうしても早く帰らないといけないらしくて。それで、いつもより早く練習終わっちゃったのー…」


凛々は妙に不満そうな様子で、頬を膨らませながらそう言った。練習が早く終わったら、僕なら喜んでさっさと切り上げるけど、コイツにとってはそうではないらしい。あのチビといい王様といい、これだから脳筋は。


「…あれ? ツッキー、いつもとなんか違う気がする…。ひょっとして髪切った?」


「切ってないけど。気のせいじゃないの」


「いや、気のせいじゃないね! ぜーったいにいつもと違う! でも、どこが違うんだろ?」


そう言うなり、至近距離で僕の顔をじろじろと見ては、うんうんと唸りだした凛々に、ついイラッとしてしまった。見世物じゃあるまいし、他人からじろじろ見られて良い思いになるはずがない。そんな僕の気分など露知らずで、好き勝手にああでもないこうでもないと言っている凛々の頭を掴んで、思いっきり力を入れてやった。すると凛々は、「いだぁーっ!?」と叫びながら涙目になって、僕の腕をどかそうと必死の抵抗をしてくる。


「いだいいだいいだいーっ!! それだけはホントやめてーっ!!」


「人の顔をモノみたいに、じろじろ見てくる方が悪い」


「もう見ない、見ないからーっ!! ごめんなさいっ、ツッキーっ!!」


相変わらず面白い反応をするなぁ、と心の奥底でほくそ笑みながら、凛々の小さい頭から手を放した。僕が掴んでいた部分を摩りながら、涙目で睨みつけてくるその姿は、ちょっといじめすぎた後の小動物みたいで、何度見ても飽きることは無い。兄ちゃんあたりは「女の子に対してそれはダメだろ」とか言ってきそうだけど、平気で男子選手のスパイクにブロック飛ぶようなヤツ、女子としてカウントしろという方が無理な話だ。


「うー、ツッキーめぇ…!」


「ハイハイ。僕、これでも忙しいから、君に構ってるヒマないんだよね」


「じゃあ頭掴むのとかやめ……って、あぁっ! メガネ!」


「……は?」


「メガネ! いつもと違う! なんか違かったのはそれかぁ!」


納得したように頷きながら、またもや僕の顔を至近距離で覗いてきたので、つい乱暴に押しのけた。…このパーソナルスペースの狭さ、どうにかならないかな。本気でやめてほしいんだけど。


「いつものどうしたの? 壊れたの?」


「どこぞの王様のせいでね」


「あちゃー、影山ってことは練習の時かぁ。影山、ああ見えてマジメだから、すごい反省してるんだろうなー」


「…僕が帰るのに気づきもせず、日向にトス上げてたけどね」


「…あちゃー……」


王様のぶすっとした顔を想像したら、何だか腹が立ってきたが、そんな話をしている場合ではなかった。早く眼鏡を新調しに行かなければ、もう時間も遅いし、店が閉まってしまうかもしれない。しかし、目の前の凛々は興味を引かれたのか、僕の周りをチョロチョロしてきてまだ離れそうにない。…無視して置いていこう、うん。


「あ、ちょっと待って、ツッキー!」


「何、邪魔くさいな…」


「むっ、邪魔とはなにさ、邪魔とは! せっかくついていってあげようと思ったのに」


「…は? なんで?」


いきなり何を言い出すかと思えば、凛々が僕の後ろを小ガモみたいについてきた。いや、意味わかんない、何の目的で?


「だって、今のツッキーはメガネが本調子じゃないんでしょ? 夜道とか暗いし、危ないじゃん!」


「…いや、フレームが問題なのであって、度は全く問題ないんだけど」


「細かいことはいいの! ほら、早く行かないとお店閉まっちゃうよ!」


「…ツッコむのもめんどくさい……」


バレーボール大好き人間は、総じてゴーイングマイウェイで、身勝手な傾向でもあるのだろうか? っていうかコイツ、僕がこういう不運に見舞われてるのを面白がってるだけじゃないの。むしろコイツの存在が不運そのものなんだけど。そんなことを口走ったら、もっと面倒なことになりそうだから、僕はせめてもの抵抗として凛々の頭をぐわしっと掴んだ。


「いたたたたたーーーっ!!!」
















「最近のメガネ屋さんって凄いんだねぇ…。30分くらいでメガネできちゃうなんて」


「君が店の中をチョロチョロしてる30分の間、僕はさっさと帰りたくて仕方なかったけどね」


フレームを新調してもらい、ついでにスペアをもう1個作ってもらって、僕と凛々は店を後にした。ようやくあのキツい眼鏡から解放されて、何となく爽快な気分だ。
よくよく考えてみると、今日が練習だったからいいけど、これがもし試合だったとしたら、なかなかの大ピンチだったかもしれない。バレー中、ボールが当たっても支障が出ないように、対策を考えた方がいいかな。


「よかったね、ツッキー。これで明日の練習もバッチリじゃん!」


「練習だけじゃないけどね。これがなきゃ、黒板だってろくに見えないんだから」


「あっ、そっか! 進学クラスだもんね、ツッキー」


「こういう時に勉強の方に考えが行かないのが、如何にも君らしいっていうか」


「うぅっ、耳が痛い…!」


烏野商店街の通りを歩きながらそんなことを話していると、すぐ近くからふっと、いい匂いがしてきた。僕が何だろうと思ったその瞬間に、凛々が信じられないスピードで匂いの方へ振り向く。今の振りむき方、差し入れを持ってきてもらった時の日向みたい。


「コロッケ…!」


「は?」


「お肉屋さんのコロッケ、揚げたてだ…!」


無駄にキラキラと光ってる凛々の眼の先を追うと、そこにあったのはどこの商店街にもありそうな肉屋で、店先で店主らしい女の人がコロッケを揚げていた。そういえば、そろそろ部活動を終えた烏野高校の生徒たちがこぞって帰る時間帯で、僕たちバレー部は坂ノ下商店にたむろするのが専らだけど、中にはここでコロッケを買っていく生徒もいるのだろう。案の定、まるで吸い寄せられたように、凛々が肉屋の方に駆けていった。


「お、美味しそう…! すみません、2つください!」


「は〜い。1個90円だから、180円ね〜」


これから家で夕飯だろうに、2つも食べるのか、コイツ。そんなことを思いながら、よだれでも垂らしそうな間抜け面でコロッケを受け取る凛々を見て、ちょっとだけ笑ってしまった。坂ノ下商店で肉まん買う時と全く同じ顔だから、ちょっと面白かったのだ。


「ツッキー、見て見て! コロッケすごい大きい!」


「見せなくていいから、子供じゃあるまいし」


「だって、普段ここ通らないから、コロッケ初めてだもん。ツッキーだって初めてでしょ」


「そもそも買い食い自体、あんまり好きじゃないし」


「えー、美味しいのに。ほら、ツッキーのコロッケ!」


凛々はそう言うと、笑いながら僕にコロッケを差し出してきた。…2つのうちの1つって、僕の分だったのか。誰も食べるなんて言ってないのに、ホントに自分勝手というか、何というか。まあでも、確かにここのコロッケは食べたことないし、変人コンビほど異常ではないが僕も食べ盛りの男子高生ではあるし、買い食いは好きじゃないけど空腹には代えられないから、僕は凛々からコロッケを受け取った。


「ん〜〜〜! 衣サックサクで、お肉ゴロゴロで、じゃがいもフワフワで美味しい〜!」


「熱っ…。よくそうバクバク食べれるね」


「揚げたてが一番美味しいんじゃん! ツッキー、猫舌なんだね。なんかイメージ通り!」


「あっそ」


「ほら、そういう冷たいところ! 熱いのめっちゃ嫌いそうな感じ!」


実際に、温度に限らず人間に限らず、熱すぎるのは大嫌いだ。だから特に、日向のチビなんて嫌いの最頂点にいるし、目の前のコイツも例に漏れずなんだけど。…まあでも、今日のところは新調した眼鏡と、このコロッケに免じて、ちょっと楽しい思い出として消化できる程度にはなった。本当に、本当にちょっとだけ、だけどね。

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