お年玉 | ナノ

お菊さんで異世界系都市伝説 後編


「…っ、に、逃げろっ!!!」


俺は及川の首根っこを掴んで、すぐさまその化け物の群れから逃げ出した。するとその化け物たちは、この世のものとは思えないような悍ましい声を上げながら、俺たちを追いかけてくる。頭の中が「ヤバい」の一言で埋め尽くされていく中、「ギャーーーッ!?」と間抜けな悲鳴を上げている及川を無視して、俺は電話の向こうの水無瀬に助けを求めた。


「水無瀬ッ、何なんだありゃあ!? ワケわかんねえ化け物がこっちに来てッ…!!」


「何なのもう、ワケわかんない!! 怖いし、グロいし、気持ち悪いーーーッ!!」


『お二人とも、落ち着いてください』


「「落ち着けるかーーーッ!!!」」


図らずも及川と同じタイミングで、全く同じ叫び声をあげてしまった。後になって考えてみれば、電話の向こうの水無瀬にはあの化け物が見えないので、こんなことを言っても仕方ないのだが、そんなことを冷静に考えられる状況じゃない。何とか化け物たちを引き離そうとするが、全身が腐敗しているようなグロテスクな見た目に反して、妙にすばしっこい。焦りばかりが募る俺たちに反して、水無瀬はやけに冷静な様子だった。


『岩泉さん、及川さん。今、何か食べ物を持っていますか』


「は!? 食べ物!? こんな時に何!?」


『もし持っていたら、その化け物に向かって投げつけてください。それでしばらく時間が稼げます』


なに訳の分かんねえこと言ってんだ、と普段ならば言うだろう。だが、すっかり冷静な判断力を失っていた俺は、水無瀬の言う通りに従うことが最善だと思った。


「おいっ、及川! お前、差し入れのお菓子持ってんだろ!」


「えっ、持ってるけど、人からの貰い物を投げるとか…」


「んなこと言ってる場合か、猫被ってねえでさっさとやれや、ボゲが!!!」


変なところで律儀な及川に檄を飛ばすと、及川は「サポーターさん、ごめんなさーいっ!」と叫びながら、小分けにされたお菓子を袋ごとブン投げた。『ぺしっ』という情けない音をたてて、化け物たちに当たったそれは、地面にバラバラに散らばっていく。
すると、先ほどまで俺たちを追いかけてきた化け物が、ピタリと足を止めた。そして、辺りに散らばったチョコやら飴やらカップケーキやらを拾い上げ、それらを食べ始めたのだ。俺と及川は足を止めて驚いたが、今のうちに逃げなければとすぐに思い直し、全速力でその場を離れる。しばらく無心で走り続けると、化け物たちの姿はすっかり見えなくなり、あの気色の悪い水音も聞こえなくなった。


「はあっ、はあっ、はあっ……。逃げれたか……?」


「もうっ…ほんとに…何なのあれ……」


『お二人とも、大丈夫ですか』


肩で息をしながら、ちっとも揺らぐことのない水無瀬の声を聞いて、俺も及川も少しだけ落ち着いた。しかし、辺りはやはり真っ暗で、凡そ元の世界に戻ったとは思えない。結局、あの世とこの世の境に迷い込んだまま、という状況には変わりないようだ。


「夕莉ちゃん〜〜〜! 及川さん、もう心折れそうなんだけど〜〜〜!」


『もう少しだけ耐えてください。すぐに迎えがそちらへ行くかと思いますので』


「そういえば、迎えって何なんだ? まさかタクシーやら何やらが来るワケじゃねえだろ?」


『私も詳しくは知りません。先輩にお願いしましたので』


「えっ、先輩!?」


先輩というのは、水無瀬の所属するオカルト研究部の部長で、学年はおろか名前や性別まで誰も知らないという、あの先輩のことか。そういえばあの先輩は、小さい頃に風邪をこじらせて死にかけたことがきっかけで、『この世のものではないものは大体見える』という強い霊感を手に入れたそうだ。もしかしたら、先輩もこの世界に来たことがあるのかもしれない。


「先輩が直接迎えに来てくれるってことなのかな?」


『すみません、急でしたので詳細は聞きそびれてしまいました。お二人から先輩に、直接聞いていただいた方が早いかもしれません』


「そうだな。おい、クソ川。お前のスマホで先輩に電話かけろ」


「はーい、と言いたいところだけど、もうかけてるんだなコレが〜」


クソムカつく返事ではあったが、行動が早いのはまあいいだろう。及川がスマホで電話をかけると、1コール目が終わるか終わらないかというタイミングで、先輩が電話に出た。


『やあやあ、及川くん! 夕莉から聞いたよ〜、黄泉醜女(ヨモツシコメ)に追いかけられて大変だったんだって?』


「ヨモツシコメ?」


『あれ、知らないんだ? 古事記とか読んだことない?』


「なんかよくわかんねえが…あの化け物どものことか」


『そうそう。ま、あいつらに捕まらなかったら、元の世界に帰れるからね。また危なくなったら、何か食べるもの投げて気を逸らしときな〜』


「及川、まだ差し入れの菓子、持ってるか?」


「さっきので全部投げちゃった…。次は走って逃げるしかないね」


『ありゃりゃ。ま、大丈夫でしょ。なんせ2人は、強豪バレー部の主将とエースだからね!』


水無瀬の平淡な声と、能天気な明るい先輩の声を聞いていると、青城のオカ研の部室にいるような気分になってきて、俺も及川もだいぶ気が楽になった。とはいえ、油断は禁物だ。さっきの化け物にまた追いかけられても、食べ物を投げつけて時間を稼ぐという手段はもう使えない。そもそも、何であの化け物は俺たちを追うのをやめてまで、及川が投げたお菓子に食いついたのか、甚だ謎だ。


『先輩、つい先ほどお願いした迎えの件ですが』


『あー、任せて! もうお願いしたいとから、すぐに2人のところに行ってくれるよ!』


「え、先輩が来てくれるわけじゃないんですか?」


『だってボク、死人じゃないもん。あの世とこの世の境なんて行けないよー』


「俺たちだって死人じゃねえわ!!」


思わず俺がそうツッコむと、先輩は電話の向こうで「アハハハ」と笑った。縁起でもねえ、こっちの身になってみやがれってんだ。


「で、その迎えっていうのは、どんな人が来るんですか?」


『えっとね、それは……』


その時、先輩の声がいきなり、ブツンと切れた。驚いた俺と及川がスマホの画面を除き視ると、充電切れを示す画面が表示されている。どうやらこのタイミングで、及川のスマホの充電が切れて電源が落ちたらしい。


「てめぇ、クソ川ァ!! 充電ぐらいちゃんとしとけ!!」


「いたっ、蹴るのはやめて! 仕方ないじゃん、こんなことになるなんて思ってなかったし、それに最近バッテリーが寿命っぽかったんだもん!」


「くそっ、仕方ねえ。水無瀬、先輩に電話し直すから、一旦切るな」


『はい。お気をつけて』


水無瀬に断りを入れてから、俺は電話を切った。及川のスマホが使えないので、俺のスマホを使って再度、先輩にかけ直そうとする。
だが、連絡先から番号を探している最中、急に後ろから肩を叩かれた。俺は一瞬、及川がまた何かちょっかいを出してきたのかと思ったが、振り向いてすぐにそれが違うことを悟った。
そこにいたのは、ニコニコとした笑顔を浮かべた、人の良さそうなオッサンだった。知らない人のはずだが、何だかどこかで見たことがあるような、そんな顔をしている。そのオッサンは俺と及川に向かって、ニコニコ笑いながら手を振ってきた。


「やあ、お待たせ」


「えっ」


「君たちを迎えに来た者だよ。さあ、行こうか」


人柄の良さそうな雰囲気そのままの穏やかな声に、俺と及川は揃って顔を見合わせる。迎えに来た、ということは、この人が先輩が手配した『迎え』ということだろうか。しかし、あまりにもいきなりすぎる登場に、俺が少し戸惑っていると、及川は心底ほっとしたのか、情けない声を洩らした。


「あ〜、よかった〜! ようやく帰ってご飯が食べれる!」


「ははは、こっちだよ」


「ありがとうございます! 岩ちゃん、早く行こうよ」


「お、おう」


オッサンが手招きしていく方へ、及川は何の疑いもなく歩いていく。とにかく早く帰りたいという一心からか、その足取りは妙に軽かった。だが俺は、何となくだが妙な空気を感じ、オッサンについていくことを躊躇ってしまう。だって、ついさっきまでこの場には、俺と及川以外の誰もいなかったというのに。あんなにも急に、何の前触れもなく人が現れるなんて、そんなことあるのか?
そこへまるで見計らったようなタイミングで、俺のスマホから着信音が鳴り響いた。画面を見てみると、どうやら先輩からの電話のようだった。すぐに電話に出ると、先輩は相変わらず能天気そうな声でヘラヘラと笑っていた。


『やあ、岩泉くん! ごめんごめん、及川くんとの電話切れちゃったみたい!』


「いや、あれはクソ川のせいなんで。それより先輩、迎えって……」


『ああ、そうそう! それを言う前に切れちゃったからね〜』


先輩と電話しながら、俺は及川の方を見る。及川は心底ほっとした様子で、オッサンと談笑までしている。だが俺は、この後に先輩が発した一言のせいで、その光景をぶち壊さざるを得なくなった。


『迎えだけどね、ボクの知り合いの女の人が行ってくれるからね』


「……は?」


一瞬で、全身の血の気が引いた。先輩が用意した『迎え』は、女の人だって? じゃあ、今まさに及川の隣に立つ、あのオッサンは誰だ? それを理解するよりも先に、俺は及川のもとへ駆け出して、その首根っこを掴んで引っ張った。


「このッ、クソボケ!!!」


「うわっ、なに!?」


「いいから逃げるぞ!!! 走れ!!!」


及川の首根っこを掴んだまま、俺は一目散に走り出す。及川は何が何だかわかっていないようだが、俺の剣幕から何やらただごとではないと感づいたのか、大人しく俺に付いてくる。及川の首根っこから手を放し、全力で走りながら一瞬だけ振り返ると、オッサンは変わらずニコニコと笑顔を浮かべながら、俺たちを追いかけてきた。優しそうな笑顔なはずなのに、その様子がやけに恐ろしく、気味悪く感じた。


「い、岩ちゃん、もしかしてなんだけど、あの人って…!」


「先輩が呼んでくれた人じゃねえ! とにかく走れッ、追いつかれるな!」


こっちは全力で走ってるのに、オッサンはゆったりとした歩調で歩いている。なのに、ちっとも距離が離れない。しかも、振り向くごとにオッサンの人の良い笑顔が、みるみるうちに腐敗して崩れていくのがわかって、吐きそうになった。


「くそッ、先輩ッ! 迎えっていつ来るんスか!?」


『えぇーっと…つい5分前くらいに頼んだから、そうだね〜』


やけに呑気な先輩の様子に、「ふざけんなこっちは死ぬか生きるかの瀬戸際なんだよ」とキレそうになったが、背後から急に強い光で照らされて、俺と及川は驚いて振り向く。その瞬間、『キキーッ』というブレーキ音が響くと同時に、『ドンッ!』という大きな異音が聞こえた。
そこにあったのは、この真っ暗な山中でひと際目立つ、真っ赤なスポーツカーだった。しかもただのスポーツカーではなく、タイヤの下に先ほどまで俺たちを追ってきたオッサンを轢き潰している。あまりにもいきなりすぎる登場に驚くと共に、ヘッドライトの光が眩くて、俺は眼を細めた。
すると、車から1人の綺麗な女の人が出てきて、俺たちを手招いた。俺と及川は状況が呑み込めていないのと、ついさっきオッサンに騙されかけたこともあり、その場から動けないでいる。そんな俺たちを茶化すように、先輩の明るい声がその場に響いた。


『あららっ、もう着いたみたいだね? 真っ赤なスポーツカーに乗った美人さん、そこにいるでしょ?』


「い…いますけど……」


「じゃあ、あの人が本物の『迎え』ってことか…!?」


『そ! 早く乗りな、その人は安全だから!』


先輩に背中を押され、俺と及川は慌ててその真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。俺たちが乗り込むと、運転手の女の人がアクセルを踏み込み、猛スピードで車が発進する。あのオッサンを轢き潰した衝撃からか、車体が大きく揺れて、俺と及川は慌ててシートベルトを絞めた。


オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!


車の外から、この世のものとは思えないような、奇妙な音が聞こえてきた。恐る恐る窓の外を覗くと、最初に俺たちを追いかけてきた化け物たちが、猛スピードで走る車を追いかけてきている。あまりにも悍ましい、ゾッとするような光景に、俺も及川も気を失いそうになった。


『あんまり見ない方がいいよ。でないと、こっちに戻ってきた時に、気が狂っちゃうから』


まるで、今の俺たちを見透かしたような先輩の助言に、俺たちは慌てて目を瞑った。すると、徐々にあの音も車の揺れも気にならなくなってきて、次第に睡魔が襲ってくる。恐ろしさが消えたわけではなかったが、疲労感からか眠気に逆らうこともできず、俺はそのまま意識を手放した。














目が覚めると、自分の部屋のベッドの上で、しかも朝だった。母ちゃん曰く、昨日の俺は異様に疲れた様子で家に帰ってきて、飯も食わずに眠りこけていたらしい。それは及川も同じだったらしく、お互いに死ぬほど空腹な状態だったので、普段の3倍以上の量の朝飯を食った。たまたまその日は練習が休みだったので、すぐさま水無瀬と先輩を適当なファミレスに呼び出して、あの後どうなったのかを聞いた。


「ああ、記憶がハッキリしない? 異世界から戻ってきた時にはよくあることだから、気にしなくていいよ〜」


「気にするわ!! っつーか、俺たちは何であんなところに行く羽目になったわけ!? 電車で居眠りしてただけなのに!!」


「理由は私たちにもわかりかねます。運が悪かった、としか言いようがありません」


「ああ、確かに運は最悪だったがな…。何にせよ、生きて戻って来られて本当によかった…」


ファミレスの安いハンバーグステーキが妙に美味い。何にせよ、あんな異常な世界から帰還できたことを喜ぶべきだし、助けてくれた水無瀬と先輩に感謝するべきだろう。それから、あの赤いスポーツカーを運転してた女の人にも。


「…ってそういや、あの人は誰だったんですか? 先輩の知り合いって言ってましたけど」


「ふっふーん、それはナイショ。ま、彼女が誰なのか、そう遠くないうちに知ることになるかもだから、その時を待ってね〜」


先輩が意味深なことを言ってるのも気になったが、とにかく生きて戻れたという安心から深くは言及せず、その日はメシだけ食って別れた。もちろん、水無瀬と先輩のメシ代は、俺と及川で割り勘した。2人とも小食で助かった。
それから1週間経った後のことだった。俺と及川はその日、また他校での練習試合があった為、青城から車で1時間ほど離れたところにある、いつもは訪れない町を訪れた。練習試合先の学校は、やけに交通の量が多い道を通り抜けた先にあるところで、俺と及川が先頭を切って青城の連中を連れて、そこへ向かっていた。


「…ん? あっ、岩ちゃん!」


「あ?」


「あれ! あそこの写真!」


急に及川が俺の肩を叩いてきて、横断歩道のすぐそばの歩道を指差す。そこには、たくさんの花束と缶ビールが置かれている。どうやら、交通事故で亡くなった人へのお供えのようだった。
そのお供えの真ん中に、1つの写真立てが立掛けられている。何と、その写真に写っているのは、きさらぎ駅に俺たちが迷い込んだ時、真っ赤なスポーツカーに乗って迎えに来てくれた女の人だった。驚愕しながらその写真を見ていると、すぐ近くを通りかかった派手な格好の女の人が、俺たちに声をかけてきた。


「アンタら、そいつの知り合いかい?」


「えっ! し、知り合いっていうか…助けてもらったことがあるっていうか…」


「ああ…。アンタらもそのクチかい。いい子だったからね、あいつは…」


「あ、あの、この人って亡くなったんですか?」


「そうだよ。そこの道路で、居眠り運転のトラックに正面から突っ込まれて…。あれからもう半年くらい経つね…」


「…は、半年?」


俺と及川があの世界に迷い込んだのが1週間前、俺たちを助けてくれた女の人が亡くなったのが半年前? つまりどういうことか、それを理解した瞬間に、及川の顔色が真っ青になった。


「車好きな子でさ、貯金叩いて真っ赤なスポーツカー買って、納車当日だったんだよ…。もっと乗り回したかっただろうに、大好きな車と一緒に逝けただけ良かったのかもね…」


「……岩ちゃん、とりあえず、何かお供えしとこっか……」


「今ばかりはお前に賛同する……」


俺たちを助けてくれた人が幽霊だった、という事実にゾッとすると同時に、やっぱり感謝の気持ちが湧いてくる。それから、そんな幽霊と知り合いだという先輩の得体の知れなさに、脳みそが破裂しそうな気分だった。

とまあ、これが俺たちが体験した、あの世とこの世の境であるという『きさらぎ駅』に迷い込んだ際の、悪夢のような恐怖体験の話だ。このことがあってから、俺は電車で居眠りをするようなことがなくなった。何故かって、また電車でグースカ寝てる最中に、あんな訳の分からない世界に迷い込もうものなら、たまったものじゃない。「あの時、電車で寝たりするんじゃなかった」という後悔を教訓として、日々の行動を改めている、というわけだ。
もし、電車で居眠りするクセがついてるヤツがいたとしたら、是非とも気を付けた方がいいだろう。目覚めた時、本来自分がいるべき世界にいるなんて確証、どこにも無いのだから。

















解説

・きさらぎ駅
2ch発祥の都市伝説で、実際には存在しない駅。
この話に書かれているきさらぎ駅の描写は、管理人の創造や考察が盛り込まれている、当サイトオリジナルのものとなっております。

・黄泉醜女(ヨモツシコメ)
日本神話に伝わる黄泉の鬼女。投げられた食べ物を食べて足を止める、というエピソードは古事記のイザナギとイザナミの伝承由来の描写です。

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