愛憎の炎は地獄のように我が心に燃え2


「エル姐さんが拐われたぁ!?」


「そうっ!! 一刻も早く助けに行かなきゃ!!」


 屋敷に駆け込んでくるなり、とんでもないことを言い放ったアーリィに、スカル団の全員が度肝を抜かれた。カフェを閉め、アローラから出ていくはずのエルが、見知らぬ黒衣の男3人に拉致されたのだという。あたふたと慌て出すしたっぱ達を一喝して、プルメリは小さく舌打ちをした。


「のっぴきならない事情ってのは、そういうことだったのかい」


「きっとエルさん、あいつらから逃げてたんだ! あいつら、エルさんのストーカーなんですよ!」


「こうしちゃいられねえ! グズマさん、捜しに行きま……」


 ディアンが言い切る前に、グズマは既に手持ちポケモンの入ったボールを手に、屋敷を出ようとしていた。その表情は凶悪と言うほかなく、破壊衝動に襲われた時のごとく、瞳孔が開ききっている。プルメリは、そんなグズマを強く制した。


「待ちな、グズマ」


「…天下のスカル団が、縄張り荒らされて黙ってろってか?」


「誰がそんなこと言ったよ。だけど、エルはイッシュから来たんだ、その黒ずくめも同郷なんだろうよ。ウラウラからイッシュ地方に向かう船は、マリエの一番早い便で明日の午前10時。あたいらだけでそれまでに、アイツを捜せるのかい」


 プルメリの言葉は、正論だった。いくら『団』を名乗っているとはいえ、そもそもは不良少年少女の集まりであるスカル団では、物理的な限界がある。


「じゃ、じゃあどうしろってんでスカ! このままじゃエルさん、アローラの外に連れてかれちまうっスよ!」


「クチナシのオッサンに頼るしかないだろうよ。腐っても警察で、しまキングだ。このウラウラじゃ、アイツの権限が一番強い」


「しまキングになんざ頼ってたまるかよ」


 プルメリの提案を、グズマはすぐさま否定した。しかし、それが彼個人の意地であることを見抜いたプルメリは、サワムラーにも見劣りしない蹴りを、グズマの尻にかます。グズマは「っだ!」と痛みに呻き、プルメリを睨みつけた。


「他に方法があるのかい? アイツを助ける方法が」


「……」


「…身内が、知らないところで知らないうちに、勝手にどっかへ消えちまったなんてコト、もう二度とごめんなんだよ」


 そう語るプルメリの声は、平静を装ってはいたものの、僅かに震えていた。グズマは一瞬、ポケットの中のルザミーネの名刺に手をかけたものの、すぐに離してポケットから手を出す。


「…きゅぅ……」


 その時、それまでずっとアーリィの腕の中で大人しくしていたマーシャが、小さく鳴いた。その丸い瞳は不安に揺らいで、今にも涙を零しそうなほどに潤んでいる。それを見たグズマは大きく舌打ちをして、乱暴にマーシャの頭に手を乗せた。


「まめだぬき、んなツラすんな。テメーの主人は、殺しても死なねえようなヤツだぞ」


「…きゅ」


「頭が冷えたんなら、ポー交番に行くよ。アーリィ、アンタも来な。その黒ずくめを見たのはアンタだけだからね」


「は、はい!」


「俺たちも付いていくっスよ!」


「当たり前だぜ、相棒! そのストーカー野郎、ぜってーに許さねえ!」


 こうしてスカル団の面々は、急ぎ足で屋敷から出て、ポー交番へと向かった。



* * *



 その頃エルは、マリエシティの片隅に構える高級ホテルの一室で、養父であるゲーチスと相対していた。ゲーチスがダークトリニティに視線をやると、Cが拘束された状態で床に横たわるエルを起こして、その場に膝をつかせる。するとゲーチスは左手を振り上げ、エルの頬を一打した。急な衝撃に、エルは再びその場に倒れ伏す。


「っ……!」


「まずは褒めて差し上げましょう。この5年もの間、よくこのワタクシから逃げ果せました。しかし、最後の最後で運が尽きましたね」


「くそ…! どうしてここが…!」


「止むを得ずの渡航でしたが、思わぬ僥倖でした。まさかイッシュから遠く離れた、アローラにまで逃げ延びていたとは」


 キッと睨みつけてくるエルに、ゲーチスは余裕綽々といった様子で笑う。


「それにしても…。何です、そのみすぼらしい格好は。まるで何処ぞの田舎娘じゃありませんか。『プラズマ団の聖女』が泣かせる話です」


「…っ! 誰がっ…!」


「髪も、肌も、イッシュにいた頃の面影は、何処にもありませんね。あの頃のアナタの美しさ、ワタクシがそれ相応の大金をかけて、仕立て上げたものだというのに。全く、親不孝な娘です」


「…何度言えばわかる? わたしはアンタのことを親だなんて、一度だって思ったことはない!」


「その減らず口を聞くのも、随分と久しい。しかし、我が身が置かれた状況を、もう少し理解することです」


 ゲーチスは低い声でそう呟くと、うつ伏せに倒れるエルの背中に左手を当て、爪を立てた。その瞬間、昼間にユンゲラーにつけられた傷が疼くように痛み、エルは歯を食いしばって堪える。


「ワタクシの舞台から花形が消えては困ります。幸い、計画の実行までにはまだ時間がある。さあ、ワタクシのもとへ帰っていらっしゃい。そうすれば、この5年間のことは忘れましょう」


「…花形だって? 道化の間違いじゃなくて?」


 首を捻ってゲーチスを見上げながら、エルは挑発的に笑った。するとゲーチスの表情から、その憎たらしいほどの笑みが消える。


「わたしが何も知らないと思った? 知ってるんだよ、アンタがわたしにどんな役を与えようとしていたか」


「…おや、知っていたのですか」


「双子の英雄、2匹のドラゴン…。イッシュの人間なら赤ん坊でも知ってる建国神話、その再現をすることで人心を掌握し、イッシュを征服する…。その為に必要な、2人の英雄」


 エルはその赤い瞳で、ゲーチスを睨みつける。ゲーチスは同じ赤い瞳を、エルに向けた。


「イッシュを賭けて争った2人の英雄、その片割れ役がわたし……。そう、真実の英雄であるNに負ける、アンタの仕組んだ出来レースの為の駒! それがわたしに与えられた、本当の役! 違う!?」


 叫ぶように言い放ったエルの言葉を、ゲーチスは否定しなかった。言葉などなくともその態度だけで、それが間違いではないのだと、エルは悟ってしまう。
 イッシュ地方に古くから伝わる建国神話、それに登場する双子の英雄と、2匹のドラゴンポケモン。一方は理想を、一方は真実を求め、それを旗印に争いを繰り広げた。気の遠くなるような年月をかけ、勝利したのは白きドラゴン、レシラムと共に戦った、真実を掲げた英雄だと言い伝えられている。
 だが、理想を掲げた英雄、即ち敗北者となった英雄については、何も語られていなかった。まるで歴史の彼方に消え失せたかのように、もう1人の英雄のその後は、どの伝承にも記載が無いのである。それが何を意味するか、いとも簡単に想像できる。


「どんなに崇高な理想を掲げようが、所詮は勝った方が正義。敗北した英雄に待つのは、真実を司るポケモン、レシラムの炎なんでしょ? わたしがその炎に焼かれたら、誰がマーシャを守ってあげられる? わたしを慕ってくれた、プラズマ団の人たちはどうなる?」


「……」


「…少しくらいは、わたしのことを大事にしてくれてるのかと思ってた。でも、蓋を開けてみたらコレだった! 殺されるとわかっていて、いつまでもアンタのお人形でなんかいられるか!」


「L、アナタは……」


「Lなんて呼ぶなッ!! わたしの名前はエルだッ!!」


『L』
 それはプラズマ団での、エルの呼び名だった。
 プラズマ団を率いる王、Nと対をなす、敗北する運命の英雄。人とポケモンが手を取り合い、共存する世界を求める、理想を司る聖女。
 それが、今まで隠し続けてきた、エルの過去の姿。そして、ゲーチスによって仕立てられた、偽物の姿であった。



* * *



 その頃、クチナシが駐在するポー交番に大挙して押しかけたスカル団は、眠そうな様子のクチナシに事情を説明した。クチナシは一瞬、驚いたような表情を浮かべるも、すぐに冷静になって「今日は厄日かね」と呟いた。


「ンなこと言ってる場合かよ! アンタ、警察官だろ!? アイツを拐ったヤツら、とっ捕まえろよ!」


「落ち着け、坊主ども。もうちっと情報が欲しい、その黒ずくめの特徴は他にねえか」


「えぇっと…なんかこう、ぬーっとしててオバケみたいなヤツらだった!」


「アーリィ、説明がふわっとしすぎっスよ!」


 唯一の目撃者であるアーリィが必死で説明するも、クチナシはおろかスカル団の面々まで首を傾げる始末である。困り果てたアーリィが半泣きになっていると、ふとアーリィに抱かれていたマーシャが腕の中から抜け出た。マーシャはぴょんっとデスクの上に降り立つと、無造作に置かれているペンをくわえて、アーリィに見せる。


「ぐぅ!」


「え? …あっ、そうか! 描けばいいんだ!」


「描く?」


 ふと何かを思いついたアーリィは、マーシャからペンを受け取ると、すぐ近くにあったグランブルのロゴの入ったメモ帳(アローラ警察の公式グッズらしい)をひっ掴み、素早くペンを走らせた。ものの数十秒で何かの絵を描き終えたアーリィは、クチナシにメモ用紙を見せる。


「こんなヤツら! 3人とも同じ格好で、同じ髪型だった!」


「…! でかした、嬢ちゃん」


「そっか、アーリィは絵が得意だったっスカ!」


 アーリィが描いたものは、エルを拐った黒ずくめの男、ダークトリニティの似顔絵だった。長い銀髪に特徴的な黒い服、血の気のない亡霊のような顔立ちまで、ラフな絵柄であるものの本物そっくりに描けている。アーリィの描いた似顔絵を見て、クチナシはある記憶を思い出した。


(こいつら、国際警察のブラックリストに載っている、コードネーム『Scale-CDE』か…? ってことはあのねえちゃんは、まさか…)


「クチナシさん、どうしたの? 早くエルさん助けないと……!」


「…お前たち、ポニ島にある、海の民の村に向かってくれるか。おじさんのライドギア貸してやっから」


「海の民の村? なんでっスカ?」


「無理やり拐った人間を連れてくのに、観光客用の客船なんて目立つモンを使わねえだろ。このアローラで一番人目が無くて、イッシュまで行ける船が出る港といえば、ポニのあの村しかねえからな」


「さすがお巡り、そういうことなら任せろっつー話だぜ! グズマさん、プルメリ姐さん、行きやしょう!」


「…あぁ」


 意気揚々と交番から出ていくしたっぱ達に背を押され、グズマとプルメリはどこか釈然としない表情ながらも、ポニ島へと向かうため、交番を出て行った。騒々しさから一転、シーンと静まり返った交番内で、クチナシは小さく溜息を吐く。


「…この時期、海の民は商いで海に出てるし、迷惑はかからねえだろう。後であの爺さんに、頭を下げねえとな」


「…ぐぅー」


 クチナシの独り言に返事をするように、デスクの上に座ったままのマーシャが鳴いた。スカル団の連中には着いて行かなかったようで、真っ直ぐな瞳でクチナシをじっと見つめている。クチナシはバツの悪そうな表情を浮かべて、マーシャの頭を撫でた。


「別に悪気があって騙したんじゃない、だからそんな目で見てくれるなよ。もし、あのねえちゃんを拐ったのが、俺の予想通りの連中だったら、あいつらの方が危ねえ」


「…ぐっ」


「安心しろ、ねえちゃんは俺が取り返してくる。これでも、この島のキングだからな」


 クチナシは、一番の相棒であるペルシアンの入ったモンスターボールに触れて、ニヤッと笑った。



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