太閤をあの狸に殺されてから3日。三成はまるで魂が抜けたようになってしまった。


「三成。」


「・・・。」


「三成、せめて水くらい飲め。干からびるぞ。」


「・・・。」


刑部が毎日のように、やれ飯を食え、やれ寝ろと口喧しく言うが、全く反応しない。太閤に頂いた鎧と刀の前で、ただ座って、どこかを見つめるだけだ。


「・・・退き、刑部。」


「ナナシ。」


「三成、粥を作らせてきた。食え。」


「・・・。」


「いきなり固形物食うても胃に悪い。はよ食え。」


「・・・。」


「・・・三成。」


三成は動かない。昔、からくりじかけの人形を、太閤から賜った。ねじまきを巻けば、カタカタと足を動かして歩くという人形だ。女、しかも幼子に何を贈ればいいかわからぬ、と照れ臭そうに渡して頂いた。しかし、年を追うごとにからくりは狂って、ねじが外れてはピタリと動きを止めてしまった。太閤に賜ったものだからと、何回も修理した。修理しては壊れて、修理しては壊れてを繰り返すえちに、そのうちに動かすのをやめてしまった。
三成はまるでからくり人形だ。誰かがねじを巻かねば、動くことができない。だがそのねじは、太閤が殺された時にどこかへいってしまった。


「三成、お前は何してる。」


「・・・。」


「死ぬのか。お前は豊臣に残された、たった一つの希望なんだよ。」


「・・・豊臣・・・。」


「忘れたのか。お前が、太閤の左腕だということを。」


「・・・私は無力だ・・・!秀吉様の左腕だと持て囃されながら、何もできなかった・・・!」


「・・・アホか、お前。」


私は我慢できなかった。三成の胸倉を掴んで、その目を睨みつけてやった。


「辛いんが自分だけとでも思てんか。」


「・・・。」


「あの日、城でただひたすらに太閤やお前らの無事を祈っとった私は、何やと思っとんねん!お前はそうやって太閤の死から逃げとるだけや、この軟弱者!私やったら、あの狸をこの手でズタズタに殺してやるがな!」


「・・・。」


「いつまでもそうしとれ、このアホが!そんでそのまま死んで、太閤と半兵衛様に怒鳴られてきぃや!お前、何豊臣をほったらかしにしてんねん言うてな!!」


思わず、普段隠している故郷の訛りが出てしまった。私は三成から手を離す。粥はそのまま置いておく。これだけ言ったら、少しは生きる力も沸いて来るだろう。あとは刑部に任せよう。


「・・・ヒ、ヒヒッ。ぬしはまっこと真っさらな女よの。墓穴をまんまと掘りよって。」


「刑部はなんだかんだ言いながら三成に甘いからな。言えないだろ?三成がさらに沈みかねないこと。」


「聞こえぬなぁ。・・・ぬしが言いよったのでな、我も気が楽よ。」


「あとは任せる。お前も少しは休め。一日中三成を見張ってるじゃないか。」


「・・・はて、何のことやら。」


私はその場を去っていった。三成が使えない今、大阪城を守るのは私だ。あの狸に、付け入らせないようにせねば。





「それに、ぬしの方が三成にはよく効く。」


刑部の言葉は、ナナシには届かず、曇り空の湿った空気に消えた。




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