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HQ夢主が1日だけ白鳥沢でバレーする話



ある夏の暑い日だった。その日も、凛々はいつもと変わりなく烏野高校で練習をし、練習後は烏野の面々と坂ノ下商店でアイスを食べていた。


「今日も暑かったなー! おかげでアイスがうめー!」


「そうだね〜。やっちゃん、パピコ半分こしよ!」


「はひっ! せ、僭越ながら頂きます!」


「センメツ?」


「せ、殲滅!? ひええええ命だけは…」


「センエツ、だよ。王様ほんと馬鹿、なんでそんなに馬鹿なの? 死ぬの?」


「死ぬかボゲェ!!」


「センエツってなに? ぐっちー知ってる?」


「自分なんかが出しゃばってすみません、的な意味かな」


「1年は相変わらず仲良くていいなー」


「見てて和むよなー」


いつものようにじゃれあう凛々を含めた1年生たちを、いつものように2、3年生が和やかに見ている。いつも通りにいけば、やがて日が本格的に沈み始める頃にみんなと別れ、帰路について1日を終える。そう、いつも通りの日常を送るはずだった。
しかし、ほんの小さな非日常は、それこそ嵐のようにやってきた。


「…ん? なんだあれ?」


「西谷、どうかしたか?」


「なんか、猛スピードでこっちに向かってくる人影が…」


それまで夢中でガリガリくんを食べていた西谷が、ふと目を凝らして遠くの道を眺めた。その隣の旭が同じように目を凝らすと、確かに自転車かそれ以上のスピードでこちらに走って向かってくる人影がある。西谷と旭が不思議がっていると、その人影に気付いて目を向けた日向が、ぎょっと驚きながら叫んだ。


「ジャパン!?」


「じゃぱん?」


「日本?」


「ん? …って、えぇ!? 若ちゃん!?」


日向につられて視線を向けた凛々が驚愕する頃には、その場の全員が人影の正体に気付き始めていた。そう、その人影は白鳥沢学園高校男子バレー部のエース、『ウシワカ』こと牛島若利であったのだ。


「な、なんでこんなとこに!? っていうかこっち来んぞ!」


「カチコミか! 野郎ども、潔子さんとやっちゃんをお守りするぞォォォ!!」


「なんで凛々は含まれてないんだよ」


「下手したら田中より強いからじゃね」


坂ノ下商店の前まで走ってきた若利は、威嚇する田中と西谷や、怯えてその背中に隠れる日向や仁花には目もくれず、真っ直ぐに凛々のもとへやってきた。驚いている凛々が何も言えずにいると、若利はその腕を掴む。


「凛々、少し付き合え」


「へ?」


「白鳥沢へ行くぞ」


「ふぁっ!?」


そう言ったかと思うと、若利は凛々の腕を掴んだまま、また走り出した。ギュンッ、と若利の手に引っ張られた凛々は「えええええええ!?」と叫びながら、ポカンと口を開けている烏野の面々を置いて連れ去られていった。しばらく誰も二の句を繋ぐのことができず、一番最初に声を発したのは潔子だった。


「…卒業」


「そ、卒業!? 烏野をですか!?」


「っていうか凛々が拉致されたー!! おまわりさーん!!」


「あわわわわ、どどどどどうしよう…! かくなる上は私が臓器を売買して身代金の工面をぉぉぉ…!」


「どんだけ慌ててんだよお前ら。ウシワカと凛々って幼馴染なんだろ? 大丈夫だよ、心配しなくても」


「だって潔子さんが卒業ってー!! ダメだダメだ、凛々は烏野の一員で、俺たちの仲間なんだからなー!!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める日向や田中たちを、大地が苦笑しながら制す。潔子が言った『卒業』とは、主人公が結婚式で花嫁を奪って逃避行をするシーンが有名な映画なのだが、そのことに気付いたのは縁下と月島ぐらいなものだった。








(し、死ぬっ…! 若ちゃん、相変わらずペース速すぎ…!)


一方、何の説明も無しに若利に拉致された凛々は、猛スピードで走る若利に足並みを揃えるのに必死で、一体どうしたのかを聞く余裕もなく白鳥沢まで辿り着いてしまった。他校生の自分が入っていいのかと不安になるが、若利に手を掴まれているので逃れることもできず、そのまま体育館前まで連れてこられる。ようやく若利が足を止めたかと思うと、体育館の扉をガラッと開けた。


「待たせた」


「うわっ、マジで20分で帰ってきたよ!」


「大丈夫か? ほら、水分取れよ」


当たり前だが、そこには白鳥沢バレー部の面々が勢ぞろいしていた。副主将、大平獅音に渡されたドリンクボトルを一気に呷る若利に、凛々は説明を求める。


「ちょ、ちょっと、若ちゃん…! な、なんで私連れてこられたの!? そろそろ説明して…」


「あーっ! 牛島の秘蔵っ子!」


快活な声が聞こえ、凛々は再び体育館の中に視線を戻す。そこには白鳥沢女子バレー部のエースにして副主将、鷲匠巴の姿があった。笑顔で駆け寄ってくる巴と共に、凛々の分のドリンクボトルを持った女バレの主将、空知小鳩もやってくる。


「牛島が呼んできたのってあんただったんだ! 今日はよろしくなー!」


「えっ? あ、あの、何のことかさっぱり…」


「大丈夫? 烏野からここまで走ってきたなら、疲れたでしょ。これ、よかったら飲んで」


「あ、ありがとうございます!」


小鳩から受け取ったドリンクを飲みながら、凛々は若利に視線を向けた。未だに話の全貌が掴めない、自分は何故ここに連れてこられたのか。疑問に思っていると、ようやく若利が説明し始めた。


「今から男女混合で試合形式のゲームをする。人数が足りないから、お前が混じれ」


「んぐっ!?」


そして飲んでいたスポーツドリンクを噴き出しそうになった。ドリンクが気管支に入ってゲホゲホと咳き込む凛々に、小鳩が苦笑しながら背中をさすってやる。


「う、牛島くん、それじゃ小谷さんわからないと思うよ…」


「ほ、ほんとだよ! どういうこと!?」


「あ、あの小鳩さんに背中をさすってもらってる…! ズルいズルい、私だって優しく介抱してもらいたい!」


「美羽、ほんとに気持ち悪いしウザいからやめて」


「泉澄、酷い!」


次第に女子バレー部の面々が集まってきて、凛々の周りが騒がしくなる。その中で申し訳なさそうに眉を寄せながら、小鳩が事の次第を説明した。


「実はね、ウチの男バレと女バレの混合チームでゲームしようって話になったんだけど、参加人数が1人足りなくて…。そしたら牛島くんが、丁度いいのがいるから少し待ってろって言ってね。それで、小谷さんが連れてこられたんだと思う」


「な、なるほど…? …でも、私が混じっていいものなんですかそれ? 私、烏野の人間ですよ?」


「いーじゃん、あたし1回あんたと一緒のチームでバレーしてみたかったんだ! それに『見られることであたしらが弱くなることはない』ってヤツだよ!」


巴に挑戦的な眼で見つめられ、凛々の闘争心に火がつく。なんにせよ、もう練習が終わってしまった凛々にも、まだバレーができるというのだから、凛々の方に断る理由は無い。凛々は巴にニッと笑いかえし、エナメルバッグの中からバレーシューズを取り出して、体育館に足を踏み入れた。


「それじゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いしますっ!」


「まさか、若利の後ろをくっついてたあのちっちゃい子と、一緒にバレーする日が来るとはなぁ」


「獅音、叔父さんかよ」


「うっしゃあ! チーム分けすんべ、あたしエースな!」


「ハイハイ」









身長や実力を考えてチーム分けした結果、男女混合チームは以下のようになった。


Aチーム
牛島若利
白布賢二郎
早房美羽
鷲匠巴
天童覚
柴田(1年)
今藤泉澄

Bチーム
小谷凛々
瀬見英太
空知小鳩
大平獅音
五色工
川西太一
山形隼人


セッターが多い反面、ミドルブロッカーが少ない為、ブロック練習も兼ねて小鳩と男子の1年生、柴田がミドルブロッカーを務めることになった。凛々は若利と同じ、オポジットだ。主審は身長が足りない為、男子ネットではプレーできない諏訪こはくが務め、得点係を戸鷹沙羅・杏樹の双子姉妹が務める。


「ほんと、沙羅と杏樹も入ればいいじゃん。あんたらより10cm低い子が入ってんだよ」


「牛島のスパイクをブロックしろとか、こはくはウチらに死ねって言ってんの?」


「絶対ヤダ、死んでもゴメン。小鳩みたいに、アレを受け止められる深い懐はないから」


「ったく、この双子はほんとどうしようもない…」


こはくは溜息を吐きながら、審判台代わりの跳び箱に飛び乗った。しかし、沙羅と杏樹の意見もわからなくもない。なにせ男子選手でも桁外れの若利のスパイクを、女子選手である2人がブロックするなど、無謀なうえに怪我をしかねない。いくらブロック練習をしたいからと言ってブロッカーを買って出る小鳩の方がおかしいのだ。


「ま、気楽に楽しんでくれな。監督もいねえし、ゲームだから」


「え、でもみなさんは練習中なんですよね? 私だけはしゃいでるのは申し訳が…」


「練習でいて、練習でないのがこの時間なんダヨ〜」


「?」


「実はウチの最終下校時刻は夜7時。とっくに過ぎてんの」


「え! 怒られないんですか?」


「そこは強豪校の強みってやつ? 8時半までなら、守衛さんも見て見ぬふりしてくれんの。それ以上やってるとさすがに怒られっけどね」


「ウチってすごく練習厳しいから、中には耐えられなくなって、途中でバレーを嫌いになっちゃう人もいるの。そういうことがないように、桃ちゃんや鷲匠先生…ウチの監督たちが設けてくれてるのがこの時間なの。要は、好きなだけバレーを楽しむ時間なんだよ」


「へぇ〜…!」


小鳩たちの解説に、凛々は目をキラキラと輝かせながら答える。バレーに対する熱の入れようは、やはり王者白鳥沢といったところだろうか。素直に羨ましいと思いつつも、烏野も負けないぐらい練習しなければ、と明日の練習が楽しみになった。


「ちぇっ、あたし凛々と一緒のチームがよかったのに」


「仕方ないじゃん。若利君がバランスブレイカーすぎて、WSは女子2人でないと割に合わないんだもんよ」


「小鳩さんが私のスパイクにブロック飛んでくれるなんて…! 生きててよかった!」


「美羽、柴田がドン引きしてる」


(ひええええ、すげー面子だ…。でも俺もがんばろ、目指せスタメン!)


「白布、凛々に気を遣わなくていい。いつも通り俺にトスを上げろ」


「はい。噂に聞く牛島さん一押しの選手ですから、楽しみです」


若利率いるAチームは、各々自由に力を抜いている。若利や巴など、個の力を重視する白鳥沢らしい面々が集まってる為か、普段のチームに近い印象だ。


「凛々、両利きだったよな? ある程度、トス自由に上げても平気か?」


「はい、私が合わせるんで大丈夫です! 瀬見さんのトスなら信用してます!」


「山形くん、私が前衛の時はレシーブお願いね。多分、川西くんほどちゃんと飛べないから…」


「おう、任せとけ! ま、あんま無理すんなよ、怪我されたら申し訳ねえしな」


「牛島さんが前衛の時には俺がマッチアップするんで、大丈夫だとは思いますけど。でもバックアタックの時とか、気をつけてくださいね」


「工、気合い入れろよー。空知や凛々より活躍できなけりゃ、エースなんて夢のまた夢だぞ」


「はいっ! 特に、牛島さんの幼馴染には絶対負けませんっ!」


一方、小鳩がチームキャプテンを務めるBチームは、個の面々をサポートする側の選手が多い為か、急ごしらえのチームにしては上等なほどのチームワークが垣間見える。中学時代から試合を見に来ていた凛々を知っている、獅音や瀬見などの白鳥沢中等部からのエスカレーター組が同じチーム内にいるためか、1人だけ烏野生の凛々も思いのほか馴染めていた。


「はい、時間無いからさっさと始めるよ! 1セットしかできないからね!」


こはくの合図をきっかけに、全員が位置について構える。サーブ権は凛々のいるBチームからだ。最初のサーバーは小鳩、フォーメーションは以下のようになる。



白布(S) 柴田(MB) 美羽(WS)
    〈泉澄(Li)〉

巴(WS) 天童(MB) 若利(OP)

-------------------------------

川西(MB) 五色(WS) 瀬見(S)

           <山形(Li)>
凛々(OP) 獅音(WS) 小鳩(MB)



「ナイッサーです!」


凛々の掛け声とほぼ同時に、ホイッスルが鳴った。体育館の端でパスをしていた1、2年生が見物に集まる中、小鳩は鋭いフローターサーブを放つ。コートの前方に落ちたボールを、美羽が滑り込みながらレシーブした。


「上がった! 白布、カバー!」


(牛島さんも天童さんもスパイクの為にレシーブに参加しないから、コートの前方は後衛がカバーしなきゃならない。その穴を狙ってきた…。さすが空知さんだな)


相手のサーブを冷静に判断しながら、白布はトスに向かう。レフトには男子のエース、ライトには女子のエース。贅沢な選択だと思いながら、一発目のスパイクに繋がるトスを上げた。


「牛島さんっ!」


高く上がったオープントスに、若利が飛んだ。全国でも3本の指に入るほどの威力を持つスパイクは、ブロックに飛んだ川西と瀬見の壁を突き破り、相手コートに落ちた。まずは1ー0、Aチームの得点だ。


「ナイスキーです!」


「くっそ、もう後衛かよー。白布、あたし全然バックアタック打つかんな!」


「はい、わかってます」


「巴のサーブは強力だよ。気、引き締めてね」


「はいっ!」


小鳩がリベロの山形と交代する為、凛々に声をかけてからコートを出た。すぐにホイッスルが鳴り、巴が強力なフローターサーブを打ってくる。サーブは真っ直ぐに凛々のもとに飛び、凛々は体勢を低く構えてレシーブを上げた。ふんわりと上がったレシーブに瀬見が入り、五色がスパイクを打った。しかしそのスパイクをサーブから帰ってきた巴がレシーブし、白布のトスに繋がる。


「むっ…!」


「工、ブロック!」


獅音の掛け声に従い、ライトの若利に上げられたトスに五色と川西が飛びつく。若利の強力なスパイクは川西の手に当たり、威力が削がれながらもBチームのコートの後方に吹っ飛ぶ。凛々はすぐ追おうと足を踏み出したが、既に山形が追っていた。


「瀬見!」


山形が上げたレシーブは、瀬見のほぼ頭上に落ちてくる。瀬見は川西にクイックトスを上げ、素早い速攻スパイクがほぼノーマークで決められる。完璧な状態でトスに入れた瀬見のフォームに、ゲス・モンスターと称されるほどのブロッカーである天童ですら、トスの予測ができなかった。


「んにゃろっ、英太君のクセに生意気だ」


「ばーか、これでも元正セッターだっつーの」


お互いの実力を知り、それを信頼しているのだろう白鳥沢の面々に、凛々の心の奥底にあるものがざわつき始める。思わず笑みを浮かべながら、今すぐにでもバレーボールに触りたくなるほどの昂りを感じた。


(やっぱり、レベルが桁違いだ…! さすが白鳥沢のバレー部、絶対に負けられない…!)


これで1−1、次は瀬見のサーブ、そして凛々が前衛に上がる。高揚する気持ちを抑えきれぬままネット前に向かうと、レシーブに参加しない為に相手コート側のネット前に立っていた天童が、ジィっと凛々を見下ろしてきた。


「な、なんでしょう?」


「ふーん、キミが噂の若利君の幼馴染チャンね〜。近くで見たらかわいーじゃん?」


「天童さん、なに試合中にナンパしてんですか! 鷲匠さんはいいんですか!?」


「工、後で十字固めの刑な」


「なんでですか!?」


五色が天童に意を唱えているのも気にせず、こはくはホイッスルを鳴らした。瀬見の強力なジャンプサーブが放たれる前、凛々は天童にギロッと見られたような感覚がした。


「美羽どいて、私が取る!」


Aコートの中で一番レシーブが不得手である美羽を狙ったサーブに、リベロの泉澄が美羽を押しのけてレシーブに向かった。レシーブはやや乱れつつもしっかりと白布に繋がり、天童へクイックトスが上がる。しかし、天童の速攻スパイクは獅音にレシーブされ、瀬見がすぐさまボールの下に入る。


(トス、トス、トス! 瀬見さん、ライト!)


散歩を待つ犬のようにうずうずとする凛々に、瀬見がトスを上げた。トスを上げた位置からして、左手で打たせるためのトスだ。待ってましたと言わんばかりに凛々は助走に入り、右足で踏み込んで高く飛び、左手でスパイクを放った。





バチンッ!!!





しかし、凛々のスパイクは天童のブロックに阻まれ、こちらのコートに叩き落とされた。ドシャットを決めた天童はニヤリと笑って、凛々を見下ろしてくる。


「その身長で、しかも男子ネットでそれだけ打てるんなら大したモンだネ! 身長があと5cm高かったら、ワンチ程度で終わってたかもな〜」


「ぐぅっ…!」


「大人げないぞ、天童。ナイスファイト、次だぞ!」


悔しさに歯を食いしばる凛々に、後ろから獅音が声をかけて落ち着かせる。凛々は平静心を取り戻し、素直にスパイクの反省をした。


(飛ぶことばっかり考えて、ブロックのこと頭になかった…。天童さんが凄いブロッカーなのはわかってる、次は絶対決める!)


普段練習している女子ネットより遥かに高い男子ネットでスパイクを打つために、凛々だけでなく女子選手は助走に集中せざるを得ない。高いジャンプは良い助走から、しかし、それだけではスパイクは決まらない。どこを目掛けて打つか、ブロックにどう対応するか、スパイクを決める為には多くのことを意識しなければならないのだ。


「天童、安全サーブなんか打ったらぶっ飛ばすかんな!」


「へーへー」


「柴田、五色は俺がマークする。お前はセンターに飛べ」


「は、はい!」


だがここでローテーションが周り、天童は後衛に下がる。スパイカーにとって、天童が前衛にいるのといないのとでは大きく違う。五色や川西がほっと息をつく中、凛々はサーブの為にコートから出る天童の背中を、鋭い視線で見ていた。













お互いが10点台に突入し始めるころには、ローテーションは一周していた。現在の点数は13−10、Aチームがリードしている。凛々も徐々にチームに馴染んできたのか、持ち味であるボールカバー能力をいかんなく発揮していた。


「獅音さんっ!」


若利のスパイクをレシーブしきれなかった五色のカバーに入り、後衛の獅音に向かってトスを上げた。アタックラインの少し前に上がったトスに獅音が飛び、力強いバックアタックが放たれる。これで13−11、2点差まで追いついた。


「ナイストス、凛々! さすがだな」


「いえ、獅音さんこそナイスキーです!」


「ぐぬぬぬぬ、次はカバーなんて必要ないくらい完璧に上げるからな!」


「うん、お願いね!」


悔しそうに凛々に指を指して宣言する五色に、凛々が笑顔で応える。同じチームでプレーをしたことで仲良くなったらしい凛々と五色の1年生コンビに、瀬見や獅音、小鳩が微笑まし気な表情を浮かべる。


「ナルホド、若利君の言ってる意味がわかったわ。確かに『繋げる』のがメチャクチャうまいね、あの子」


「あぁ」


「まぁでも、器用貧乏になっちゃってる感じはあるかな〜。使い道に困るタイプだよね」


天童の言葉に、若利は眉を寄せ、珍しくわかりやすく表情を変えた。それに気付いた天童は、冗談交じりに釈明をする。


「いやいや、あの子がとんでもなく上手いことは百も承知だよ? あれでもう少し身長が高くて、バネかパワーがあったら、女子じゃ敵なしでしょ。惜しいなーって感じ?」


「確かに、身長が高いに越したことはない。だが、凛々にとってそれはさしたる問題ではない」


「?」


ローテーションが周り、瀬見がサーブの為に後衛に下がり、凛々が前衛に上がった。凛々に気付いた天童が挑発的な笑みを浮かべると、凛々も挑発的な、それでいて無邪気な笑みを浮かべる。


「次は、絶対ぶち抜きます!」


「やれるもんならどーぞ、次も叩き落してあげんよ」


ホイッスルが鳴り、瀬見の強力なジャンプサーブが相手コートで構える巴に飛んでいく。巴のレシーブはネット際に上がり、白布がツーアタックで相手コートに返す。


「はいっ、私いきます!」


レシーブが上がった位置からツーを警戒していた凛々が、すぐさま反応してレシーブを上げる。高めに上がったボールの下に瀬見が入る隙に、凛々はライトに移動してスパイクの準備に入った。


(天童と当たるのはここだけ、凛々にリベンジさせてやっか。右か左か、どっちで打たせるか。左が駄目だったから右、は安直だな、天童にはバレる。左で任せた、凛々!)


(凛々チャンにリベンジさせたげる、左が駄目だったから右、は安直すぎるから左。英太君だったら、こんなところでしょ)


瀬見が素早いトスをライトに上げる。凛々が助走に入り、トスが上がる前に既にライトに向かっていた天童がブロックの準備をする。凛々は天童がブロックに構えていることに気付くと、冷静に頭の中で選択肢を紡ぎだす。


(だったら、天童さんの推測の、その先へ!)


凛々は咄嗟に助走を一歩多く踏み込み、左足で踏み込んで飛び、『右手』でスパイクを打った。


「!」





バヂッ!!





凛々のスパイクは天童のブロックに当たり、天童とネットの間、相手コートに落ちた。こはくが一瞬眼を見開き、ホイッスルを鳴らす。13−12、Bチームのブレイクだ。


「ナイスキー、凛々! 今のよく右手で打ったな!」


「くそう、ぶち抜けなかった…。あ、瀬見さんナイストスです!」


「ぐぅっ、絶対に負けないからな…!」


盛り上がるBチームとは対照的に、天童は静かに自分の掌を見つめ、ギロッと凛々に視線を移した。若利は眉間のしわが和らぎつつも、天童の背中をポンと叩いて声をかける。


「天童、切り替えろ」


「…知ったような口きいたりしてスミマセンでした」


「次はドシャット決めろよ!」


「いっだ!」


巴に思いっきり背中を叩かれ、天童が痛みに呻く。コート外に立つ柴田はその様子を見ながら、ポカンと口を開けて驚いていた。


「あの天童さんが、吸い込みするなんて…!」


「「沙羅ちゃんと杏樹ちゃんの解説た〜いむ」」


得点係を務めていた沙羅と杏樹が、柴田と同じようにコート外に出ていた小鳩を連れてやってきた。ギョッと驚いて一歩後ずさる柴田に、全く同じ顔を近づけながら喋りはじめる。


「今のスパイク、天童は何で吸い込んじゃったんでしょーか」


「え、えっと…。タイミングが合わなかったから、ですか? でもあの天童さんがタイミングを合わせられないなんて…」


「正解だけど、不正解かな。あれは相手がタイミングをずらしてきたんだよ」


「え?」


「小谷さん、両利きでしょ? だから天童は誰が打つかということだけでなく、右と左どちらの手で打ってくるかということまで推測する必要がある。さっきのスパイクは、天童は左手で打ってくると推測して、実際に瀬見くんも左手で打つためのトスを上げた」


「牛島幼馴染はそれに気付いて、途中で右手スパイクに切り替えてきた。左手で打つスパイク、右手で打つスパイク、たとえ打点が同じでも打つ『コース』は全く別のものになる」


「タイミング、高さ、手が当たる位置、角度。それらが少しでも合わないと、ブロックはどうやってもハマらない。その結果、天童はタイミングをずらされて、吸い込んじゃったってワケ。ウイングスパイカーつったってブロックは飛ぶんだから、勉強になるっしょ」


「な、なるほど…!」


「ま、本人は悔しいだろうけどね。ミドルブロッカーにとって最も屈辱的なのは、ブロックアウトでもノーマークで打たせることでもなく、吸い込みだから」


「天童、ブロックに関してはプライド高いからねー」


双子の予測通り、バレーを楽しむ時間であるにも関わらず、天童は眼を見開いて口の端を吊り上げ、恐怖さえ感じさせるような表情を浮かべていた。それを見て白布が面倒くさそうに溜息を吐き、瀬見や獅音は苦笑している。凛々は楽しくて仕方ないとでも言うかのような、輝くような笑顔を浮かべた。


「さぁ、次いきましょう!」













時刻は8時25分になろうとしている。試合は、まだ続いていた。汚名返上とでも言わんばかりに乗りに乗ってきた天童のブロック、すっかりチームに馴染んでスパイクにサーブにレシーブに大活躍の凛々、相も変わらず圧倒的な破壊力の若利や巴などのスパイカー陣、白熱する試合の展開にお互いが一歩も引かなかった。現在は27−27、デュースに突入している。時計を気にしながら試合を進める主審のこはくは、苛々としながらホイッスルを鳴らす。


「早く決着つけろ、あんたら! あと5分で片づけなきゃならないでしょーが! 次の次までに決着つかなかったら、強制終了だから!」


「ここで終われるかっつーの! ウチが勝つ!」


「絶対に負けませんよ! 凛々、絶対勝つぞ!」


「うんっ!」


五色とハイタッチをし、凛々は最初のフォーメーションの位置につく。ローテーションは何周か回って、試合開始時のものと同じローテーションになった。急いでいるためかいつもより短いホイッスルが鳴り、小鳩のサーブが巴に向かって飛ぶ。巴がレシーブを上げ、白布がトスに向かった。


「ライト!」


「よっしゃ、来い!」


ライトの巴にトスが上がり、巴のスパイクは五色と川西のブロックの隙間を塗って、後衛に構えていた小鳩のレシーブを弾いて明後日の方向へ飛んでいった。これで28−27、Aチームのマッチポイントだ。


「うっし! なんか小鳩にスパイク打つって新鮮!」


「いたたた、やっぱり巴のスパイクは凄いなぁ…。ごめん、次お願いね」


「ナイスファイト、空知。任せとけ!」


交代している小鳩と山形を急き立てるようにホイッスルが鳴り、巴が強力なサーブを放った。しかし、そのサーブはネットの白帯に当たり、コートの前方に落ちてくる。


「んがっ!」


瀬見が慌てて片手でレシーブを上げ、レシーブはそのまま相手コートに返ってしまう。天童が冷静に上げたレシーブに、白布がすぐさまボールの下に入る。そして、ライトに待ち受けるエース、若利にトスを上げた。


「若利君、ラスト!」


若利は高く上がったトスに合わせて踏み込み、羽を広げる鳥のような美しい姿勢で飛ぶ。その一瞬、凛々は若利の身体の真正面、クロスコースに入り、レシーブに構えた。スパイクを打たんとする若利と、目が合ったような気がした。





ズガァンッ!!!





若利の大砲のようなスパイクが凛々の真正面に飛んでくる。凛々は姿勢を低くして、スパイクの勢いを殺そうとする。しかし、余りの威力に凛々の身体が吹っ飛ばされ、上がったレシーブは相手コートの外に吹っ飛んでいった。


「…〜っ、今回はいけると思ったのに…!」


尻もちをついてしまった凛々が悔しさに唇を噛むと、こはくが短くホイッスルを鳴らす。試合は29−27、Aチームの勝利だ。


「はい、終了! 守衛さん来る前に、さっさと撤収!」


「ネットは緩めるだけでいい。荷物だけ持って体育館の外へ出ろ」


「窓の戸締り忘れないでね。はい、急いで!」


若利と小鳩、2人の主将に呼びかけられ、白鳥沢の面々は慌てて片づけをし始める。凛々も何か手伝わなければと周りを見渡して出来ることを探していると、若利が凛々のもとへ近づいてきて、手を差し出した。自分が尻もちをついたままであることを思い出した凛々は、その手を取って立ち上がる。


「お前がいてくれて助かった、礼を言う」


「ううん、私の方が楽しんじゃったから!」


「白鳥沢に来れば、毎日だって同じ事が出来る」


「私は烏野で戦うの! それより、急いでるんでしょ? 私も手伝うよ、なにしたらいい?」


「そうか。ならば、床下の窓を閉めてくれ」


「わかった!」


若利に要請を受け、凛々は白鳥沢の広い体育館の端から窓を閉めに向かった。その背を見ている若利のもとに、天童がやってくる。


「若利君のスパイクを嬉々としてレシーブしに行く女子なんて、巴以外に初めて見たよ」


「あいつは、いつもああだ」


「勿体ないねー、あんな上手くて烏野なんて。白鳥沢来ればよかったのに」


「…毎度のことだ、言っても聞かないからな」


「プッ、若利君も男子だね〜! 思い通りにならない子ほど可愛いってワケだ」


「どういう意味だ?」


「さてね〜。さっさと部室行こ、そろそろ守衛さん来るよ」


凛々と若利を交互に見ながら、天童が笑った。












翌日


「凛々−−−っ!!! だいじょうぶか、なんもされなかったか!?」


「え? うん、白鳥沢で試合形式のゲームに混ぜてもらっただけだよ?」


「ぶ、無事でよかったぁぁぁ〜…。何かあったらいつでも臓器売るから言ってね…」


「やっちゃんどしたの!? 臓器!? なにごと!?」


「凛々−っ!! 俺たちより先に卒業なんて許さねえからなーっ!!」


「物事には順番ってもんがあるんだからなーっ!! 俺より先に逝ったりしたら許さねえぞーっ!!」


「ノヤさんと田中さん何言ってんですか!? すいませんスガさん、大地さん、一体なにが!?」


「半分くらいは清水のせいだな」


「ま、凛々はウチの子だぞってことだよ」


「???」

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