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HQ夢主が大怪我をする話


「あー…これは見事に折れてるねぇ。ざっと全治3カ月ってところかな」


「さんかげつぅ!?」


病院の診察室の中で、凛々は生まれて初めてと言っても過言ではないほどの大声を出した。診察医や隣に立つ看護師は申し訳なさそうに笑い、ぽっきりと折れている凛々の骨のレントゲン写真に視線を向ける。


「3カ月といっても、骨が完全にくっつくまでの凡その期間だからね。折れた骨が元通りの硬さに戻るまでには、まだまだ時間がかかるよ。もちろんその間は腕を動かせないから筋肉も衰えるし、衰えた筋肉を元に戻すリハビリもしなきゃならないし…」


「つ、つまりどういうことなんですか!?」


「つまり、しばらくの間バレーはできないということだね」


本人にとっては世界の終わりとも言える宣告に、凛々は絶句しながら力なく丸椅子に座りこんだ。医師の説明も、看護師の心配する声も、何一つ耳に入ってこない。頭の中を占めるのは、『バレーはできない』という事実だけだった。


(ば、バレーができないなんてそんなの……ムリ……死んじゃう……)


本当に死にそうな顔色を浮かべながら、凛々はギプスに包まれた右腕を見た。どうしてこんなことになってしまったのか。不毛な考えであるとわかっていながら、そう思わずにはいられなかった。
もともと、今日は白鳥沢学園高等学校の入学試験当日であり、それが起きたのは凛々が入試会場へと向かっている最中だった。本来、勉強ができるとはとても言えない程度の頭脳だった凛々は、今までしたことがないような猛勉強の末、白鳥沢の入試へと挑むはずだった。ところが、目の前の試験に気を取られて周囲への注意が欠けていたせいか、信号無視の車に気付かずに横断歩道を渡ってしまい、もろに乗用車と衝突してしまったのだ。幸い、命にかかわる事故ではなかったが、右腕がとんでもない方向に曲がっていたので、急遽入試を取りやめにして病院に運ばれたのだった。その結果、見事に骨折していたというわけである。


「小谷さん、大丈夫ですか?」


「は、はい…大丈夫です…」


「今日は入試だったんだよね? 学校側に事情は話した?」


「してないです……。っていうか、右手じゃないと文字書けないし、こんなんじゃもう試験とかできないですし……」


「あぁ……それは気の毒だったね……」


医師も看護師も気の毒そうに眉を寄せるが、凛々にとってはそんなことは大した問題じゃない。『バレーができない』、それが一番の問題であった。どこの学校に行こうとバレーはできる、だが肝心の自分自身がバレーをすることができないのであれば、自分の人生は終わったも同然だ。以前にも小さい怪我をしてバレー禁止令を出されたことはあるが、それもほんの少しの期間だけ我慢すればよかった話であり、3カ月以上もバレーができないなど凛々にとっては考えられないことなのである。


(『バレーできない』……『バレーできない』……)


凛々はもはや、それ以上のことを考えることができなかった。













帰り道をとぼとぼと歩きながら、凛々は白いギプスに包まれた自分の右腕を見た。その一切の汚れが無い完璧な白さに、凛々の心は鬱屈となっていく。ショックが強すぎるせいか、痛みはあまり感じなかった。


(やばい、なんか泣きそう……)


今にも涙が零れてきそうな眼を、空いている左手で押さえる。診察を終えて両親に電話をした時、驚くほど優しい声で「とりあえず気を付けて、ゆっくり帰ってきなさい」と言われたことを思い出して、余計に泣きそうになった。迎えに行くという父の申し出を断って1人歩いて帰路についているのは、今誰かの優しさに触れたら泣き出してしまいそうだったからだ。


(若ちゃんになんて言えばいいんだろう……しばらくバレーできないなんて……)


沈んでいく夕陽の色が、体育館のオレンジがかった照明を思い出させる。徐々に暗くなる体育館で、1人輝いて飛んでいた若利の姿が、妙に恋しかった。あの美しいスパイクが、毎日の弛まぬ努力の積み重ねから生まれていることを知っているのに、自分は最低3カ月もバレーできずに過ごしていくのだ。ますます、あの憧れの姿から遠のいていく自分が、酷く憎く感じる。


(……やっぱり私には、バレーする資格なんてないってことなのかな)


見えないところにいる神様が、自分を罰しているように感じて、凛々はますます気持ちが暗くなっていった。あの日、仲間であるはずのチームメイトを捨てて、自分にとって気持ちの良い場所へ逃げた自分。仲間とも自分とも向き合ってこなかった自分。きっと今のこの姿は、その時の報いなのだ。やっぱり私には、バレーをする資格なんて――――


「凛々」


その時、その丸まった背中を誰かにポンと叩かれ、凛々は驚いて振り返った。そこにいたのは、どうやらロードワークの最中だったらしい、若利の姿だった。少し不機嫌そうに眉を寄せる若利の顔を見て、それまでせきとどめていたものが決壊していく。


「何度も呼んだだろう。ぼーっとして歩くんじゃない」


「……わかちゃん……」


「? どうした、様子がおかしいぞ」


「うわああーーーん!!! ごめんなさいーーーっ!!!」


いきなり子供のように泣き出した凛々に、若利は驚いた。そこでようやく、コートの中に隠された凛々の右腕のギプスに気付き、何か事情があるのだということを悟る。若利は、えぐえぐと嗚咽する凛々の小さな頭に、その大きな手をポンと置いた。


「何があったのかは知らんが、もう泣くな。怒ってなどいない」


「だ、だってっ、わたしっ、バレーできないわたしなんか、ただのグズだしっ」


「いいからとにかく泣き止め。酷い顔だぞ」


「ひっ、ひどいかおってひどいーっ! どうせわたしはお母さんみたいな美人じゃないけど、ぐすっ……」


「そんなことは言っていない。…お前の泣き顔を見るのは嫌なんだ。だから泣くな」


「ぐすっ、うぐっ、ブスな泣き顔でずみまぜんでした……」


若利にポンポンと頭を撫でられ、凛々は深呼吸して嗚咽を抑える。左手だけで四苦八苦しながら鞄の中のハンドタオルを取り出し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭いた。明瞭になった視界で改めて若利を見上げると、止まったと思っていた涙がまた溢れてくる。


「う゛ぅ〜〜〜……」


「その腕はどうした、何があった?」


「会場に行く途中で車に引かれた……。全治3カ月だって……」


「引かれた? 他に怪我はないのか」


「他は大丈夫、けど……。腕1本折れるくらいなら、頭でも打った方がまだマシだったよ、うわああん!!」


「だから泣くな、腕に障るぞ」


再び泣き始めた凛々に、若利は呆れたような視線を向ける。しかし、頭の上に乗せたままの手は、相変わらず優しく凛々の頭を撫でていた。


「治らない怪我など無い。いつか絶対にバレーができるようになる。だからそれまで我慢しろ」


「うっ、で、でも……」


「今は耐えて、他にできることをやれ。腕が使えなくても、バレーに繋がる何かはできるだろう」


「……そ、そっか……。いつだって、やれることはたくさんあるもんね。やっぱ若ちゃん、強いなぁ……」


「お前が悲観的になりすぎているだけだ」


「うっ、否定できない……! 確かに、すぐ思考回路止まるの、私の悪い癖だよなぁ……」


若利の言葉を受けて、凛々の頭の中にも冷静さが戻ってくる。若利の言う通りで、右腕が使えなくても、左腕も両足も使うことができるのだから、他にできることはたくさんあるはずだ。壁にぶつかった程度で立ち止まってはいけない、壁の乗り越え方は1つだけではない、そのことを凛々は若利から学んでよく知っているはずだったのだ。


「……うん、泣き止んだ、泣き止んだよ! 私、骨折なんかに負けないで頑張るよ!」


「そうか」


「そう! …若ちゃん、ありがとね。やっぱ私、ぜんっぜん若ちゃんに敵いそうにないなぁ」


「……とにかく、家まで送る。痛くはないか」


「うん、大丈夫! …はあ、でもやっぱり気が滅入るなぁ。今日からいっぱい牛乳飲もう!」


真っ赤になった眼を擦り、凛々は決意を胸に前を見据える。立ち直るのが早いところは、凛々の美点でもあった。若利はそんな凛々を見下ろして、ひとまず凛々が泣き止んだことに一安心した。そして、しばらくすれば凛々が「バレーやりたいー!」などと言い出して、その度に凛々を抑えることになるであろう自分の姿を予想できてしまった。


「………」


「若ちゃん、まだ渋い顔してない!? 私なんか言った!?」


「いや、なんでもない。早く帰るぞ」


「あ、待って! …っていたたた!」


いつもと同じように走り出すと、折れた右腕にジンジンと痛みが伝わってきた、凛々はショックから忘れていた痛みを思い出して半泣きになるのだった。


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