300000hit&10000clap | ナノ

殺し屋探偵と刑事組&黒の組織



※並盛はコナンに登場する刑事組たちの管轄内という捏造設定をかましております。













「…何ですって、通り魔ぁ!? わかりました、すぐに向かいます!」


恋人とのデートにと訪れた動物園のふれあいコーナーの中で、おおよそ場に似つかわしくない発言をした佐藤美和子は、すぐに携帯電話を切った。その隣でモルモットに餌をあげていた彼女の恋人、高木渉は驚きながら、素早い動きで膝に乗せていたウサギを下ろす美和子に振り返る。


「さ、佐藤さん、もしかして事件ですか!?」


「ええ、並盛文化ホールの近くの歩道橋から、女性が突き落とされて意識不明の重体だそうよ! 目暮警部から応援を頼まれたから、私たちも行くわよ高木くん!」


(せ、せっかくの非番で、動物園デートだったのに……)


心の中でガックリと項垂れながらも、美和子の刑事としての正義感に水を差すようなことはできなかったので、高木は半ばやけくそに「了解ですッ!」と敬礼した。急いで動物園を後にして駐車場に留めた高木の愛車のもとに向かうと、当然のように美和子が運転席に乗り込んだ為、高木は助手席に乗り込んで車体の屋根にパトランプを装着した。
目暮から連絡のあった並盛文化ホールは、2人がデートをしていた動物園からそう遠くはない。美和子の運転テク、それからパトランプの効果もあるので、ものの10分程度で現場付近に到着した。野次馬が集まってきたいたものの、既に現場に来ていた警官たちが規制をしていた為、それほどの混乱には至っていないようだ。高木と美和子はすぐに、歩道橋の上にいる目暮のもとへと駆けつけた。


「目暮警部!」


「おお、2人とも! デートの最中だったというのに悪いな」


「い、いえ、仕事ですから!」


心なしかニヤニヤしているような目暮の言葉に、2人とも赤面しながら目を逸らした。しかし、殺人未遂事件が発生したばかりという緊張感もあり、すぐに元の刑事の顔を取り戻す。


「それよりも、被害者は?」


「目撃者がすぐに救急車を呼んでくれたおかげで、今は病院で手当てを受けている。幸い、命に別状はないようだ」


「そうですか、それはよかった…!」


高木がほっと息を吐きながら、被害者が転落したと思われる場所を上から見下ろした。歩道橋の高さは約5メートル、打ち所が悪ければ即死の可能性もある高さだが、運が良ければ骨折程度で済むだろう。しかし、問題は『なぜ被害者は歩道橋から転落したのか』ということだ。


「被害者が歩道橋から落ちた時、目撃者はいたんですか?」


「ああ。こちらの入江政次さんが、ちょうど被害者が転落した瞬間を目撃したらしい」


「ど…どうも……」


目暮に紹介され、入江という気弱そうな眼鏡の男性が、高木と美和子に向かって頭を下げる。人が転落するというショッキングな現場を目の当たりにしたせいか、とにかく困惑しているようだった。


「ちょうど車で、出先から会社に戻る最中で……。そしたら歩道橋の上で、転落した女性と2人組が言いあってるように見えたので、嫌な予感がして念のため減速したら……」


「2人組が被害者を突き落とした、ということですね?」


「はい……。あそこで減速してなかったら、危うく車で引いてしまうところでした。私が救急車を呼んでいるうちに、2人組はいつの間にかいなくなっていました」


「その2人組はどんな人物でした? 男でしたか? それとも女?」


美和子の質問に、入江は記憶を辿るように首をかしげ、ぽつぽつと答える。


「う〜ん……。2人とも黒いコートを着込んでいたので、性別はどっちなんだか……。顔もマスクをしていて見えませんでしたし……」


「そうですか……他に何か印象に残ることは?」


「他にはそうですね、背が高い人と低い人の凸凹コンビでした。あ、あと髪の色! 背が高い方はニット帽を被っていたのでわからなかったんですが、背が低い方は髪の色が赤かったです!」


「黒いコートにマスクの凸凹コンビ、片方はニット帽、片方は赤い髪……。それほど目立つ特徴なら、逃げている最中の姿を目にしている人がいるかもしれないわ。よし、さっそく聞き込みに行きましょう! 行くわよ高木くん!」


「はいッ! 千葉、なにかわかったことがあったらメールで報告してくれ!」


「わ、わかりました」


千葉をはじめとした刑事たちに敬礼されながら、美和子と高木はすぐさま乗ってきた車に乗り込み、聞き込みへと向かった。デート中に呼び出しを喰らったにも関わらず職務熱心な部下に、目暮が一抹の感動を覚えている頃、多くの美和子ファンの刑事たちは「高木爆発しろ」と恨みの念を送るのであった。
















「佐藤さん、千葉から被害者の情報が送られてきました! 被害者は米花町に住む谷亜津子(タニ アツコ)さん、34歳。職業はホームセンターの店員だそうです」


美和子が運転している中、高木は携帯電話の画面に映る千葉からのメールを読み上げた。ちょうど車を置く予定だった駐車場に差し掛かったので、美和子は車を駐車させて高木の方に向き直る。


「米花? コナンくんたちが住んでる町よね? 並盛からは結構離れてるのに、どうしてこの辺りに…」


「本人の持ち物から、今日の13時に並盛文化ホールで行われるお笑いイベントのチケットが見つかったそうです。なので、恐らくそのイベントを見に来たのではないかと…」


「13時……。今が15時半だから、イベントが終わって帰ろうとしたところを、謎の2人組に襲われたってことね」


「通り魔的な犯行の可能性が高そうですが、怨恨による犯行の可能性も拭いきれませんね」


「どちらにせよ、犯人をふん捕まえて吐かせれば、全ての真実が明るみになるわ! さあ、張り切って聞き込みに行くわよ、高木くん!」


(佐藤さん、相変わらず男前な人だ……)


恋人の男前ぶりに高木が惚れ惚れしていると、美和子はそんな高木を置いてさっさと聞き込みに行ってしまい、高木は慌てて美和子の後を追った。するとそこへ、2人にとって馴染み深い人物の声が聞こえてくる。


「おぉーい、高木くんに美和子くんじゃないか!」


「あれ、阿笠博士?」


声をかけてきたのは、何やらたくさんの紙袋を抱えた、買い物帰りらしき阿笠博士であった。阿笠博士は2人を見るなり、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


「奇遇じゃのお、こんなところで会うとは! 見たところ、捜査中のようじゃが?」


「ええ、並盛文化ホールの近くで起きた通り魔事件の捜査で、逃亡した犯人の聞き込み調査をしているんです。阿笠博士はお買い物ですか?」


「おぉ、ふと新しい発明のアイディアが降ってきてな! その材料になる道具が、この辺りにしか売っていなくてのう。必要な分だけ買い集めていたところなんじゃよ」


「阿笠博士、お買い物中に怪しい2人組を見ませんでしたか? 黒いコートにマスクをつけた2人組で、片方は背が高くてニット帽を被っていて、片方は背が低くて赤い髪という特徴なんですが…」


「黒いコートに、背が凸凹の2人組? それならついさっき見たかもしれんのう」


「ほ、本当ですかっ!?」


ぴかりと光る頭をぽりぽりと掻きながらそう答えた阿笠博士に、高木は条件反射的に身を乗り出してしまう。はやる高木を後ろから引っ張って止めながら、美和子が改めて阿笠博士に聞きこんだ。


「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか?」


「もちろんじゃ。わしが見た2人組は、外国人の男女の2人組だったのう。背が高い銀髪の男と、背の低い赤毛の女じゃった。ニット帽とマスクはつけてはいなかったが、どちらも黒いコートを着ていて、2人でタクシーに乗り込んでおった。確か男の方が、運転手に『米花』に行くよう伝えておったと思うぞ」


「米花…! もしかしたら、被害者の家に向かったんじゃ!? じゃあ谷さんが突き落とされたのは、怨恨で…!」


高木がそこまで言ったところで、高木の携帯電話の着信音が鳴った。確認してみると、千葉から捜査情報の続報が送られてきたようだ。高木と美和子はすぐに画面を確認する。


「なになに、『近隣住民への聞き込みの結果、犯人と思わしき2人組のうち背が高くニット帽を被っていた方は、彫りが深く外国人風の顔立ちであったことが判明』……! 佐藤さん、ビンゴですよ!」


「高木くん、すぐにタクシー会社へ連絡して、阿笠博士の見た2人がどこで降りたのか確かめて! 阿笠博士、ご協力本当にありがとうございます! このお礼は後日必ず!」


「いや、お役に立てたなら何よりじゃ。2人とも、気を付けるんじゃぞ!」


阿笠博士に深々と頭を下げ、高木と美和子の2人はすぐに車のもとへと戻った。高木はさっそく美和子の指示に従い、並盛町で営業しているタクシー会社に電話を掛ける。これ以上の被害が出る前に、なんとしても犯人を捕まえなければ。2人の刑事は義心に燃えていた。














高木がタクシー会社に聞き込みを行った結果、阿笠博士の見た2人は米花町の駅前で車を降りたらしい。被害者の家ではなく駅で降りたということから、犯人は被害者の家を知らない可能性も浮上したものの念のため、美和子は被害者の谷の自宅に捜査員を張り込ませるように指示し、自身は高木とともに容疑者2人が降りた駅周辺を探すことにした。


「外国人の2人組? 確かあっちの方に歩いていったと思うけど」


「ご協力ありがとうございます! 行くわよ、高木くん!」


「はいっ!」


駅前でティッシュ配りをしていた若い男から証言を聞き、美和子と高木はさっそく問題の方へと捜査の手を広げた。容疑者が歩いていったという方角は、マンションやアパートが立ち並ぶ集合住宅地だった。この辺りに被害者の自宅はないものの、千葉からの情報によれば被害者は先月引っ越したばかりらしいので、もしかすると被害者が引っ越す前の住居と勘違いしているのかもしれない。


「…あれ、ここって毛利探偵事務所の近くですよね?」


「そういえばそうね、飛んで火にいる夏の虫ってワケね!」


そしてこの辺りには、高木にも美和子にもお馴染みである名探偵『眠りの小五郎』こと毛利小五郎が営む、毛利探偵事務所があった。小五郎だけでなく、小五郎の娘の蘭、そして毛利家に居候しているコナンに幾度となく事件解決の手助けをしてもらっている2人からすれば、彼らのお膝元であるこの近辺で捜査を行うというのは、何となく心強い気がする。そんな話をしているせいか、2人の足はついつい事務所の方へと向かっていった。


「せっかくですから、毛利さんたちの手を借りるっていうのも…」


「高木くん! ここまで犯人を追い詰めておきながら、私たちだけで解決できないなんてなったら刑事の名折れよ!」


「アハハ、ですよねー……。アホな発言してホントにすみま……」


ふと、苦笑いで美和子に謝ろうとした高木の表情が固まる。高木の反応を疑問に思った美和子が彼の視線の先を辿ると、そこにあったのは毛利探偵事務所、そしてその1階に構える喫茶店『ポワロ』であった。そして、店の窓からわずかに見える店内に、2人の外国人男女の姿がある。


「さ、佐藤さん、あれって……!」


「しっ! 高木くん、裏口から回って、まず店員を一旦避難させてちょうだい。中に客が何人いるのか聞いたら、私に合図して」


「わかりましたッ!」


美和子の指示通り、高木はポワロの裏口から店の中へ入った。高木も美和子も、ポワロには何度か訪れたことがあるので、店員も大人しく指示に従ってくれるだろう。しばらくすると、高木から美和子の携帯電話に連絡が入った。


『店長と店員の梓さんの避難が完了しました! 店内に客はあの2人だけだそうです!』


「よし、それじゃあ2人で店に入って、あの2人に聴取しましょう。少しでも抵抗すれば、その瞬間に公務執行妨害でしょっぴくわよ」


『え、でも応援を待った方がいいのでは?』


「大丈夫、もう呼んだからすぐに来るわ。さあ行くわよ!」


美和子が強気な発言に、高木は電話越しに溜息を吐いた。自分も美和子も刑事、危険は承知の上とはいえ、やはり恋人である美和子が危険な目に遭うのは忍びない。しかし刑事としては上司と部下の関係であり、何より美和子は言っても聞かない性分なことはわかっているので、高木はすぐに覚悟を決めて美和子のもとへと戻ってきた。


「よし、まずはフツーの善良な刑事のフリをしてね」


「は、はいっ」


「それじゃ行くわよ」


一度深呼吸をして、美和子はポワロの扉を開いた。カラン、とベルの鳴る音が店内に響くも、誰もその音に振り返ることもなかった。窓際の席に座る容疑者2人も、全く興味がないかのようにゆったりとコーヒーを飲んでいる。


【そこのお2人、ちょっとすみません】


相手が外国人とのことで、美和子が英語で声をかける。そこでようやく容疑者が振り向いた。阿笠博士の証言通り、背の高い銀髪の男、それから背の低い赤毛の女だ。


【突然声をかけてごめんなさい、私は日本の警察官です。お2人にお話を聞きたいんですけど…】


「…う゛お゛ぉい、その下手クソな英語をやめろ、余計わかりづれえんだよぉ」


すると、見るからに日本語などできそうにない銀髪の男の方が、いきなり流暢な日本語を話し始めたので、高木も美和子も驚いてしまった。女は黙ったままコーヒーカップを置き、高木たちに視線を向けてくる。


【警察?】


【ああ、そうらしいぜぇ】


どうやら日本語ができるのは男の方だけらしく、女の方は英語ですらない言葉で男に話しかけた。言葉の響きから察するに、恐らくイタリア語だろう。


「に、日本語お上手なんですね」


「仕事の都合でなぁ。で、俺らに何の用だぁ?」


「え、えーっと…。実はこの辺りで通り魔事件が起きまして、現場で外国人らしき2人組の姿が目撃されてまして。念のため、お2人にもお話をお伺いしたいんですけど…」


高木が低姿勢を装ってそう言うと、男は盛大な舌打ちをして、女へイタリア語で何かを伝えた。どうやら高木が言っていることを通訳しているらしい。話を聞いた女は一切表情を変えることなく、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。


「で、俺たちは何すりゃいいんだぁ? パスポートでも出せばいいのかぁ?」


「いえ、私たちはお話が聞きたいだけなので。今から1時間ほど前、どこにいたのかお聞かせ願えますか?」


「『サンシャインホテル並盛』っていうホテルに2人でいたぜぇ。ちょうど1時間前にロビーに鍵を預けたから、聞いてみりゃあいい」


「なるほど、2人はどうして米花にいらっしゃったんですか?」


「観光だぁ。…観光客には見えねえってかぁ?」


「いえ、そんな……。ちなみに、この喫茶店にはどうして? 有名な観光スポットという訳ではないと思いますが」


「…そこにいるそいつが、重度のポワロフリークでなぁ。店の名前を教えてやったら、どうしても行きたいとか言い出したんだぁ」


「あら、私も大好きなんですよ、名探偵ポワロシリーズ! ちなみにどの話が一番お好きですか?」


全くボロを出さない男の回答にしびれを切らすことなく、美和子はあくまで親しみやすい刑事の顔をして、黙ったままの女の方に声をかけた。一方が落ちないのならばもう一方を攻める、聞き込みの基本中の基本だ。


【おい、ポワロシリーズではどの話が好きか、だとよぉ】


【『ABC殺人事件』】


「へえ! 『ABC殺人事件』が一番お好きとは、僕と同じですね! 僕もあの話が大好きで、デヴィッド・スーシェ主演のドラマ版を何度も見返しましたよ」


そこへ、この場にいた4人の誰のものでもない第三者の声が聞こえ、高木と美和子は思わず「へ?」と間抜けな声を洩らしてしまう。声のする方に振り返ると、そこには黒いエプロンを身につけて爽やかに笑う、ポワロのアルバイト店員でもある安室透の姿があった。


「あ……安室さん!?」


「こんにちは、高木さんに佐藤さん。今日はお客様としていらっしゃったんですか?」


(ちょ、ちょっと高木くん、どうなってんの!? 中にいた店員はみんな避難させたはずじゃ…!)


(ぼ、僕が梓さんたちを避難させた時にはいませんでしたよ!?)


「それより、梓さんたちがどこにいるか知りませんか? 今日のシフト勘違いしてたせいで遅刻しちゃったんで、謝らないといけないんですけど…」


「あ、ち、遅刻したんだ! そ、それでさっきいなかったわけ……」


思わず口を滑らせた高木を、美和子が脚を踏んづけて黙らせた。その様子を見て捜査中だということを察したのか、安室は容疑者となっている2人組に視線を向ける。


「お客様に何があったのか知りませんが、よければ僕がお力になりましょうか?」


「え? で、でも……」


「ご心配なく、僕も探偵です。毛利先生のもとで勉強した成果をお見せしましょう」


探偵、という言葉を口にした一瞬、安室は煙草を燻らせる赤毛の女をちらりと一瞥した。女の方は安室の視線に気づいていないのか、それとも視線を返すつもりもないのか、正面を向いたまま動くことはない。高木と美和子は躊躇しつつも、安室の推理力が小五郎やコナンにも並ぶほどのものであることは知っていたので、これまでの事件の経緯や情報を安室に話すことにした。


「……というわけなんだけど」


「なるほど……」


安室は少しの間、顎に手を当てて思考にふけっていたが、すぐにいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべた。


「高木さん、佐藤さん。この2人は犯人ではないと思います」


「え……!? ど、どうしてそう言い切れるの!?」


「まず、背の高い方はニット帽を被っていた、と仰いましたよね? ご覧のとおり、彼は髪がとても長いですから、ただ帽子を被っているだけでは他の人に彼の髪が見えてしまいます。この銀髪はとても目立ちますし、目撃者が覚えていないというのは不自然です。もし帽子の中に髪を全て収めていて見えなかったとしても、それならこんな綺麗なストレートにはならず、多少なりともクセがつくはずですし」


「う゛お゛ぉぉい、勝手に俺の髪に触るんじゃねえ!!」


「あ、これは失礼しました。それに背の低い方が赤い髪、というのも不自然です。確かに彼女はいわゆる赤毛ですが、実際の欧米人の赤毛というのは本当に真っ赤なわけでなく、赤っぽい茶色や金色というのが一般的で、実際に彼女も赤みがかった茶髪のように見えます。日本人は欧米人の赤毛というのには馴染みが薄い、それなのに『髪が赤かった』と言い切るのは不自然ではありませんか? 僕がその目撃者だったとしたら、『赤っぽい茶髪だった』と証言すると思いますが」


「た、確かに……。阿笠博士ならまだしも、あの目撃者は如何にも普通のサラリーマンって感じだったし、赤毛の人には馴染みが薄いかも……」


「なら、犯人は一体誰なの……?」


「……そこで、これは話を聞いたうえでの僕の推理なんですけど。被害者が見に行ったお笑いイベントというのは、これのことですよね?」


安室はカウンター席に置いてあったチラシを手に取り、高木と美和子に見せてきた。そのチラシは間違いなく、本日並盛文化ホールで行われるお笑いイベントのチラシであった。有名な芸人の写真を中心に、その周りを囲うようにあまり知名度のない芸人たちの写真が載っている。


「あっ、あーーーっ!! 佐藤さん、これ!!」


急に高木が大声を上げながら、チラシに載っている芸人の写真を指差した。そこに載っていたのは、若手芸人といった様子のお笑いコンビ2人の写真だ。ニット帽を被った背の高い男と、如何にも染めたような真っ赤な髪色をした背の低い男が、並んで笑顔を浮かべている。


「こ、これってまさか……!」


「目撃者の証言に、よく似てますよね? お笑い芸人でしたら、顔バレを防ぐためにマスクをつけるというのはよくある話ですし」


「で、でもニット帽の男の方は、外国人風の顔立ちだったって証言があるのよ!? この男はどう見ても日本人顔じゃない!」


「実は僕、深夜にやってるバラエティ番組で、この2人のコントを見たことがあるんです。日本語学校の教師と外国人の生徒っていう設定で、外国人の生徒は先生が教えた日本語を全部間違えて覚えてるってコントだったんですけど、結構面白くて。もし今日のイベントで披露したネタがそれと同じだったら、外国人のように見えたのは舞台用のメイクと考えられませんか?」


「な、なんですってぇ…!?」


度肝を抜かれている美和子に追い打ちをかけるように、高木の携帯電話の着信音が鳴る。今度は千葉からのメールではなく、目暮からの電話であった。


「めっ、目暮警部! 犯人の2人組ですが…!」


『おぉ、それなんだがな! どうやら犯人の2人組が出頭してきたそうなんだ!』


「しゅ、出頭?」


『ああ、被害者が行っていたお笑いイベントに出演していた、お笑いコンビの2人組だ。どうやらあの女性はそのコンビの悪質なファンだったらしく、イベントが終わって控室に戻ったら2人の私物が被害者に盗まれていて、あの2人が取り返そうと被害者を追いかけて争った弾みで突き落としてしまったらしい。マネージャーの男性と一緒に、えらく反省した様子で出頭してきたそうだ』


「そ……そうなんですか……」


目暮が嬉しそうに話した内容に、高木は思わずがっくりと項垂れてしまった。目暮から聞いた話を伝えると、美和子も同じように力なく項垂れて、深い深い溜息を吐く。


「と……とんだ勘違いでご迷惑をおかけしました……」


「俺らの疑いは晴れたんだなぁ? 日本の警察も大したことねえなぁ!」


「か……返す言葉もありません……」


明らかに苛立った様子の男に、高木も美和子もただただ謝るしかなかった。脱力する2人を励ますように、安室が爽やかな笑顔で2人の肩をポンと叩く。


「まあまあ、お2人が慎重に捜査なさったおかげで、誤認逮捕には至らなかったわけですから! こういう日もありますよ、きっと!」


「あはは、励ましてくれてどうも……」


安室の優しさが逆に痛いと、高木と美和子はほぼ同時に思った。
















思わぬ結末に終わった事件の捜査を終え、高木と美和子の刑事2人は喫茶店ポワロを後にした。恐らく、業務の邪魔をしてしまったことを店長や店員の梓に詫びてから、捜査本部に戻るつもりなのだろう。安室は梓たちが店に戻ってくる前に、いつも通りの好青年の笑顔を湛えて背後の2人に振り返った。


「危ないところでしたね。……刑事事件などに巻き込まれると、厄介な身の上でしょう」


銀髪の男、S・スクアーロは鋭い視線で安室を睨みつけた。今にも人を射殺さんばかりの眼に睨まれ、安室は背筋がざわつくのを感じる。剥き出しの殺気を向けられるのは、随分久しぶりのように感じた。


「う゛お゛ぉぉい、俺はテメェなんぞに用はねえんだよぉ!! その気持ち悪いツラをこっちに向けるんじゃねぇ!!」


「おぉ、怖い怖い。さすがはイタリア中のマフィアが恐れる、暗殺部隊ヴァリアーのナンバー2。わかっていますよ、僕に用があるのはそちらの彼女の方ですよね?」


「わかってるんだったら話が早い」


それまで沈黙を貫いていた赤毛の女、メルが口を開く。メルはまず火のついた煙草を灰皿に押し付け、カップに残っていたコーヒーを飲み干してからようやく本題を切り出した。


「私の周りでチョロチョロしているハエどもが邪魔でね。仕事に支障が出る前に、何とかしてほしいんだけど」


「僕は単なる組織の末端です。あなたの周りにいる連中を除けたいのなら、もっと力のある構成員に頼んでほしいのですが」


「私には良い友人がいてね。その気になればこの世界の全ての情報、あんたの上司やあんた自身の正体まで知ることができる」


その時、安室がわずかにその完璧な笑みを崩した。メルはその様子を鼻で笑って、傲慢とも言えるような態度で足を組み替えた。


「私が言ってるのは、あんたの『本業』の方のことだよ。まあどうせ、私はソロモンへの監視の煽りを喰らっているだけだろうけど、それにしたって邪魔なんだよ。私は自分が貰う金と、目の前の謎にしか興味が無い。さっさとどけてもらえる?」


「……わかりました、彼らには僕から言っておきましょう。確かに我々はあなたをそこまで重要視してはいない。ですが、ソロモン・グランディだけは十二分に警戒しておかないと、下手を打てば国家レベルの問題ですのでね」


「それならいいんだけど。…スクアーロ君、付き合わせて悪いね。本来の仕事に戻ろうか」


すくっと立ち上がり、足早に店を出ようとするメルを、安室は目で追った。メル・ジャッロ、イタリアでは『segugio(探偵)』と呼ばれている殺し屋。公安警察だけではなく、世界中のあらゆる警察機関が警戒する情報屋、ソロモン・グランディの数少ない『友人』でもあり、安室が潜伏する『黒の組織』のボスである『あのお方』に気に入られているという、底の知れない妙な人物だと、安室は認識している。しかし、彼女はその一方で、ごく単純な人間であるとも感じていた。行動理念はたった一つ、自分の好奇心を満たす何かを探し、その好奇心に純粋に従う。ただそれだけだ。


「コーヒー1杯だけでよろしいのですか? 他にフードメニューもありますけれど」


安室がそう問いかけると、メルは振り向きもしないでこう答えた。


「仕事中でね。『酒』は結構だよ」


メルとスクアーロが去り、カランと涼し気な音を立てた扉のベルに、『バーボン』の名を持つ男は小さく笑った。



[ back to top ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -