影山双子姉と月島の話
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「えっ、影山って姉ちゃんいんの!?」
「おう」
とある日の練習後のこと、クールダウンの最中に日向と影山が交わしていた会話に、月島は密かに耳を傾けていた。影山に姉がいる、というのが初耳だったらしい上級生たちが、続々と影山のもとに集まってくる。
「影山に姉貴!? なんだ、お前も姉貴持ちか! 俺と同じだな!」
「つっても双子なんで、冴子姐さんみたいな感じではねえっすけど」
「しかも双子!? スゲーじゃん、影山に似てんの?」
「顔は結構似てるらしいですけど、全然正反対です。あいつ運動音痴だけど、めちゃくちゃ頭良いし」
「へー! 姉ちゃんも烏野にいんの?」
「ハイ、っつーか月島と山口と同じクラスです」
それまで黙って話を聞いていた月島は、いきなり話題を振られて注目を浴びてしまい、居心地が悪そうに眉を寄せた。案の定というか、日向が「なぬっ!?」と驚いたように目を見開いて、月島のもとに直進してくる。
「そうなのか月島!?」
「…そうだけど、それが何」
「ずりーぞ、なんで教えてくれないんだよ! 俺、影山に姉ちゃんいるって今初めて知ったのに!」
「なんで僕が、そんなことをわざわざ教えてやらなきゃいけないワケ? っていうか、山口も同じクラスなんだから山口に言ってよ」
「山口ィー!」
「うわっ、つ、ツッキー! 俺に振らないでよ!」
月島の言葉に乗せられ、日向はすぐに山口へ飛びかかる。日向にまとわりつかれて困る山口をそのままに、月島は影山のもとへ行って、その丸い頭をがしっと鷲掴みにした。
「いでぇっ!! 何しやがんだ、月島ボゲェッ!」
「自分が質問攻めされるのめんどくさいからって、僕に話振るのやめてくれない? 僕がもっとめんどくさいんだけど」
「フッフッフ、遅いぞ月島ァー! 影山の姉貴がどんな子か話すまで、今日は帰さねえぜぇー!」
「ああもう、だから嫌だったのに…」
ノリノリの田中と西谷に両脇を掴まれ、月島はウンザリとした様子で溜息を吐く。3年生はその様子を見てゲラゲラと笑っていたが、さすがに可哀想だと思ったのか縁下が悪ノリする2人を止めてくれた。ところがそれもつかの間、今度は影山が仕返しとばかりに新たな燃料を投下する。
「でも、お前ら仲良いんだろ。ナナシ、よくお前のこと話すぞ」
「なにィッ!?」
「……委員会が同じだから、同じクラスの男子と較べればよく話すだけでしょ。練習あるからって、委員の仕事ほとんどやってもらってるし」
「そう全否定するとは、逆に怪しいな…。ま、まさか月島と影山双子姉、付き合ってるんじゃ!?」
「月島コノヤロォォォーッ! 俺らを差し置いて彼女持ちかァーッ!」
「違いますし! 断じて違いますから、そういうのやめてくれません!?」
「お、おぉ…。月島のこういう反応、なんか新鮮だな…」
「よかった、月島も男子高校生なんだな…」
「その目やめてくれません!?」
大地や菅原から近所の子を見るかのような生暖かい目で見られ、月島は不快感を隠しもせずに眉間に皺を寄せた。縁下の静止を振り切って再び飛びかかってきた田中と西谷を躱し、恨めし気に影山を睨みつける。影山は意地の悪そうな笑みを浮かべていたので、なおのこと腹が立った。
影山ナナシ。月島と山口のクラスメイト、そして影山の双子の姉である。そして月島はこの場では否定したものの、彼女は月島の恋人であった。
「ちょっと」
「ふぎゃっ!?」
翌日、月島は練習を終えて教室にやってくるなり、自分の席でうとうとと船を漕いでいたナナシの丸い頭を鷲掴みにした。いきなり夢うつつの世界から呼び戻され、ギリギリと頭を締め付ける感覚に襲われたナナシは、脚をバタバタと動かして抵抗する。
「いたたたたた、いたいいたいいたい! け、蛍くんどうしたの!? 私なんかしたっけ!?」
「厳密に言えば君のせいではないけど、君の片割れのせいだから甘んじて受け入れなよ」
「いたーーーいっ! と、飛雄め、また何か言って蛍くんを怒らせたなーっ!? 帰ったらよく言っておきますから、お願いだから離してーっ!」
涙目で叫ぶナナシに、月島は悪い顔を浮かべつつも小さく吹き出した。さすがに可哀想になったのか、山口が慌てて止めに入る。
「つ、ツッキー、ナナシの頭とれちゃうから!」
「山口くんの言う通りっ! あともうちょっとでナナシの頭とれちゃうよ!?」
「じゃあ『すみませんでした月島さん』って言ってくれる?」
「すみませんでした月島さーんっ!」
理不尽な月島の要請に必死で応えるナナシに、とうとう堪えきれないとでも言うかのように月島がくつくつと笑い始めた。後ろから見ると弟によく似ているナナシの頭から手を放すと、ナナシは痛みによる生理的な涙を流しながら月島を見上げてくる。
「け・い・く・ん〜〜〜…!」
「君、家で僕のことよく話してるんだって? 王様が言ってたよ」
「え!? そ、そんなことないと思うけど…!」
「なに、じゃあ無自覚で僕の話してるわけ?」
月島が笑いながらそう言うと、ナナシの顔がみるみる赤くなっていった。どうやら月島の言うことを全否定できない程度には、心当たりがあるようだ。
「あ…あうぅ……」
「君、咄嗟に嘘つけないところとか、王様にそっくりだよねぇ」
「ご、ごめんなさいぃ…。飛雄には内緒だってこと、わかってるんだけど…!」
「ほんと、君のせいで危うくバレかけたんだから。ちゃんと発言には気を遣ってよ?」
(多分、3年あたりには察されてると思うけどなぁ……)
山口は心の中でそう思ったものの、そのことを言うと再びナナシの頭が被害に遭うことが予想できたので、黙って口をつぐんだ。
月島とナナシが初めて知り合ったのは、烏野高校に入学したまさにその日であった。月島は中学時代から、彼女の弟である飛雄のことは知っていたものの、姉であるナナシのことは知らなかった。お互いに完全に初対面であったにも関わらず、お互いに一目ぼれであったという。ナナシと初めて会った日の帰り道、月島がぽつりと呟いた言葉に、山口は度肝を抜かされたものである。
「ねえ、山口」
「どうしたのツッキー?」
「…僕、あの子のこと『影山さん』って呼ぶの嫌だから、『ナナシ』って呼ぶから。僕だけってのも嫌だから、お前もそう呼びなよ」
そう呟いた月島に、山口はとうとうこの日が来たかと、妙に嬉しくなったものである。そう、山口が知り得る限りでは、ナナシこそが月島の初恋だった。それから山口やクラスメイトたちの全面協力により、月島とナナシが付き合い始めたのが1か月前のことである。
「…でも、よくよく考えてみればツッキーとナナシ、なんで付き合ってるのを影山に内緒にするの? 影山、別に2人の仲に反対とかはしないんじゃないと思うけど…」
2人の間に唯一、問題があるとすれば、それは2人が付き合っていることを周囲に、特にナナシの弟である影山には秘密にしていることであった。2人の関係を知っているのは、山口を含めた1年4組のクラスメイト達だけである。山口の問いに、ナナシは顔を赤くしながら答えた。
「飛雄、あの通りあんまり気遣いできるタイプじゃないから…。仮に話したとして口止めしたとしても、ぽろっと言っちゃいそうで…」
「あー……。まあ、あんまり言いふらすようなことじゃないもんね……」
「王様の口から田中さんとか西谷さんあたりにバレたら、めんどくさいのは僕なんだから。だからナナシには発言に気を付けてもらいたいんだけどねぇ…」
「ご、ごめんなさいっ! だから頭掴むのやめて!」
ニヤリ、と悪い笑みを浮かべた月島に、ナナシは条件反射的に自分の頭を覆い隠した。このやり取りだけを見ると、まるで月島が暴力を振るい、ナナシがそれに怯えているかのように見えなくもないが、実際のところは2人ともこのやり取りをそれなりに楽しんでいたりする。なので、山口も他のクラスメイト達も、2人のやり取りを微笑まし気な視線で見守っていた。
「…まあ、いずれは王様にも言うことになるとは思うけどね」
「え? 珍しい、気が変わったの?」
「王様、ああ見えて結構シスコンなところあるから。『君の大事なお姉さん、僕が盗っちゃったから』って言ったらどんな反応するか、想像してみると面白くない?」
「と、盗るってそんな、私は同意のもとで蛍くんと一緒にいるワケだし…!」
月島に頭をぽんぽんと撫でられながら、ナナシは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。このような冗談を口にする月島の姿を、山口は長い付き合いの中でも全く見たことが無い。ナナシと出会って、月島は山口すら知らない様々な表情をするようになった。そのことに寂しく思う気持ちが無い訳ではないが、それよりも月島の恋を素直に喜び、応援したいと思う気持ちの方が大きかった。
「ナナシ、ホントにツッキーのことお願いね」
「むしろ私の方がお世話になってる感じだけど…」
「ホントにね」
「蛍くん、そこはもっと謙遜してもいいところだと思うな!」
「はいはい。それよりも山口、あんまり余計なこと言わないで」
「ごめんツッキー!」
今日も今日とて、1年4組は賑やかだ。