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付き合ってる白鳥沢W主将のデートを尾行するバレー部の話



負け戦前提で挑んだ決死の告白に成功し、小鳩が若利の彼女となってから1ヶ月が経った。その1ヶ月のうちにインターハイ全国大会は終了し、白鳥沢は夏休みに突入している。白鳥沢バレー部の夏休みとは無論、休みなどとは名ばかりのバレー漬けの毎日となるのだが、それでも自由に過ごせる時間は確保できる。


「それで、いつ小鳩と牛島はリゾラバすんの? 真夏のjamboreeすんの?」


「なっ!? ななななな、なに言ってるの沙羅!?」


「だってホラ、季節は夏、夏といえば恋の季節じゃんか。恋人たちが最もサマードリームしちゃう時期じゃんか。生足魅惑のマーメイドじゃんか」


「空知家のプライベートビーチとか行ったりしないの、小鳩は社長令嬢だからあるんでしょ、きっと。この恋感じて君と二人で夏を抱きしめるんでしょ、きっと」


「うちはプライベートビーチなんて持ってるようなお金持ちじゃありませんっ!!!」


暑さとはまた別の原因で顔を真っ赤にしている小鳩に対し、沙羅と杏樹の双子姉妹は部室に一台の扇風機の前を陣取り、溶けているかのように脱力していた。2人が持ち込んだスピーカーから流れる『沙羅&杏樹の夏セレクション』のうちの一曲が、部室内に響き渡る。今はTUBEの『あー夏休み』が流れていた。


「そそそそ、そうは言っても練習もあるし……牛島くんも忙しいだろうし……」


「えーと、残りの夏休み期間で1日休みはあと1日、午後だけ休みはあと3日ってとこか」


「去年に比べて休み多いよねー。とはいえ普通のJKと比べたら夏は短いぞ、小鳩ー」


「余計なお世話だっての、あんたらは! いつまで扇風機を占領してんだ!」


それまで黙って話を聞いていたこはくが、とうとう我慢できないとでも言いたげに口を挟み、2人から扇風機を取り上げた。こはくの助け舟に、小鳩はホッと一息つくが、今度は巴から追求の矢が放たれる。


「でもさ、高校最後の夏休みなワケだから、1回くらいデートしてもいいんじゃねーの?」


「デッ……!!!」


『デート』というストレートな単語を真正面からぶつけられ、小鳩の顔がみるみる赤くなっていく。茹だる脳内では、若利とのデートの想像、いや妄想が繰り広げられていき、小鳩は今にも爆発しそうになるのを寸でのところで堪えた。


「う、牛島くんとデート…! そんなことしたら私死んじゃう…!」


「本当に死んじゃいそうだから何とも言えない」


「小鳩さんが死ぬとか死なないとか不吉極まりない話はやめてくれません!?」


「美羽、あんたはちょっと黙ってろマジで」


「とりあえずさ、予定だけでも確認しよーよ! 小鳩、この日はイケるとかある?」


「え? えーと…」


巴が差し出す練習の予定表を覗きながら、小鳩は鞄から自分の手帳を取り出してスケジュールを確認する。


「この日は親戚の集まりがあるからダメで…この日は牛島くんが用事があるはずだし…」


「ありゃー、1日休み潰れちゃったよ。タイミング悪いねー」


「大丈夫なのはこの日、かな?」


小鳩が予定表の下の方を指差す。8月26日の土曜日、練習が午後3時で終わる日であった。


「あ、この日だったらお祭りあるよ! 2人で行ってくれば?」


「「お祭り?」」


「おう! あたしが通ってた小学校の近くに、小さい神社があってさ。出店とかも出るし、ここからそう離れてもないし。あとさ、神社のそばに川があって、そこに小さい橋が架かってるんだけど、その橋の下で友達と花火とかしてた!」


「パーフェクトだ、巴。夏の青春を全て詰め込んだシチュエーションじゃん」


「夏セレクション、ホワイトベリーの夏祭りに変えるわ」


「余計な茶々を入れるなあんたらは!」


こはくの怒鳴り声を受け流しながら、杏樹がスピーカーに繋がってる音楽プレーヤーを操作すると、甲高いボーカルとピアノの音が流れ始めた。小鳩はその歌声を聞きながら、歌詞のフレーズから若利とのお祭りデートの様子を想像して、まだ祭りに行ったワケでもないのに心臓がバクバクと鳴り始めていた。














一方、その頃。男子バレー部の部室では、隣の部室から聞こえてくる音楽に対抗して、天童がチョイスしたマキシマムザホルモンの『恋のメガラバ』が大音量で流れている。そんな中、つい先程の女子のやり取りと、全く同じやり取りが繰り広げられていた。


「若利君、空知ちゃんとデートとか行かないの? YO! SAY! 夏が胸を刺激したりしないの?」


「妖精?」


「そのネタが若利に伝わるワケねえだろ! でもまあ、夏休みだしな。そういうことがあってもいいよな、うん」


「羨ましそうだな、英太」


「『英太君バレーばっかでつまんない』とか言われて彼女にフラれたばっかだもんな」


「獅音、隼人、うるせーぞ!!」


顔を赤くしながら怒る瀬見に、獅音と山形は反省する素振りも無くケラケラと笑っている。そんな様子を見ながら「?」と首を傾げる若利に、天童がしつこく絡んでいった。


「夏といえば恋、恋といえばデート! 高校最後の夏休みなんだから、デートにくらい連れていってあげなきゃ、空知ちゃんに愛想つかされちゃうよ〜?」


「そうか、それは困る」


「でしょ〜? それじゃ早速予定をチェーック! 真夏のデート大作戦開始ダヨー!」


天童が大仰な仕草で練習の予定表を取り出し、「パンパカパーン!」と効果音を口に出しながら若利に押し付けた。若利は律儀にも「ありがとう」と礼を言ってから受け取る。


「…行けるとしたら26日だな」


「あ〜、その日の練習3時までだもんね〜。つーか改めて見るとウチって休み少なすぎ! 殺す気か!」


「今更だろ。そういえば、その日はこの辺の神社で祭りがあるんじゃなかったか?」


「お祭り!?」


獅音がぼそりと呟いた言葉に、若利よりも先に天童が大げさに反応した。


「小さな祭りだったけどな。でも出店とかも出てて、人も結構来てたな」


「何それ何それ、俺が白鳥沢に来てから初めて聞いたんだけど! なんでそういうことをもっと早く言ってくれないワケ!? みんな俺抜きで夏祭りをエンジョイしてたワケ!? ヒドイわ、恨んでやるッ!」


「一昨年も去年も、この日は遠征被ってたろ。エンジョイどころかガチで死にかけてただろ」


「祭りか……。しばらく行っていないな」


「だろ? せっかくだから2人で行ってきなよ、若利」


「ああ、そうする。空知を誘ってくる」


思い立ったが吉日と言わんばかりに、早速若利は立ち上がって部室から出た。若利を追って他の3年面子が部室を出てみると、ちょうどタイミングよく小鳩をはじめとした女子陣たちも部室から出てきたところで、若利と鉢合わせていた。


「あれれ、空知ちゃん?」


「空知、ちょうど良かった」


「う、牛島くん……! あ、あの……!」


小鳩は若利を見るなり、熱した鉄板のように顔が赤くなっていたが、隣に立つ巴から肘で小突かれると、何やら気合を入れるように拳を強く握りしめる。そして2人が、全く同時に口を開いた。


「あのっ、わ、私とデートしてくれませんかッ!?」


「俺とデートしてくれないか」


息ピッタリに同じ内容の誘い文句を口にした2人は、ビックリしたような顔でお互いを見つめ合う。一瞬の沈黙の後、小鳩はただでさえ赤い顔をさらに真っ赤に染め、無言でコクコクと頷く。若利がそれに応えるかのように一度頷くと、周囲のチームメイトたちから笑い声が上がった。


「若利君と空知ちゃん、息ピッタリか!」


「「お似合いカップルかー」」


「よかったじゃん、小鳩! デート楽しんできなよ!」


「う、う、う、うん……!!」


デートの申し込みを承諾されただけにも関わらず、感極まって泣きそうになっている小鳩に、巴が後ろから抱き付く。「巴、ありがとう〜…!」と巴を抱き返す小鳩を見て、若利は少しムッとした表情を見せたが、抱き返された相手が小鳩の親友である巴ということもあり特に言及はしなかった。


「じゃあ、当日に向けて準備しないとな」


「は? 準備?」


「モチのロン。お祭りデートに相応しい浴衣美女に小鳩を仕立ててみせようじゃないの」


「ファッションと音楽のことならこのサブカル双子、沙羅ちゃんと杏樹ちゃんに任せといて」


「サブカル双子ってなんだよ、そんなん自称すんなよ」


「若利のことだから普通に練習用ジャージで行きかねん。男用浴衣なら俺に任せてくれ」


「出た出た、白鳥沢イチの伊達男、大平獅音! 英太君とは大違い!」


「天童テメェ、俺を引き合いにするんじゃねえ!!」


当人2人より周りが盛り上がっている中、小鳩と若利は「楽しみだね」「そうだな」と、小さな声でやり取りをしていた。こうして白鳥沢のチームメイトの全面協力による、2人の主将のデート作戦の火ぶたが切って落とされたのであった。












厳しい練習の日々を過ごしていると、デートの日はあっという間に訪れた。午後3時で練習を終えた白鳥沢バレー部は、1時間だけ自主練習に励み、その後はお互いの準備をするために一度解散し、17時に現地の神社にて集合することとなった。とはいえ、若利は今夏から学生寮で寮生活となっているため、デートができるのは寮の門限である午後20時までの3時間だけである。小鳩は女子バレー部のチームメイトと一緒に、神社に一番近い巴の家に赴き、急いでデートのための準備に取り掛かった。


「そういえば、浴衣の着付けって小鳩できるの?」


「うん、前にお母さんから習ったから。それよりもその浴衣、私にはちょっと可愛すぎるんじゃ…?」


小鳩は恥ずかしそうに顔を赤らめて、沙羅と杏樹がチョイスした浴衣を見る。白地に淡い藤色と桜色で牡丹の柄が散りばめられているそれは、一目見ただけで可愛らしいという印象を抱かせる。浴衣の柄より幾分か濃い藤色の帯を手にした沙羅は、小鳩を安心させるかのようにポンと肩を叩いた。


「大丈夫、ウチらの見たてに狂いはない」


「で、でも、私みたいな図体の女がこんな可愛い浴衣着て、牛島くん変に思わないかな?」


「小鳩にはコレしかないと思ってチョイスしたんだから、自信持っていいよ。もしなんか言ってきた奴がいたとしたら、そいつは最低のセンスの持ち主認定するから」


「そいつにはファッションセンスが瀬見以下の称号が与えられるから」


白い牡丹の髪飾りと、赤と白の網目模様の鼻緒の下駄を手にした杏樹が、躊躇する小鳩の背中を突いて鏡の前に立たせる。巴とこはくはその様子を外から見ながら、普段の練習時より張り切っているかもしれない沙羅と杏樹に感心した。


「めっちゃ張り切ってんのな、沙羅と杏樹!」


「あの2人は前から小鳩のことを着せ替えしたがってたからね」


「だってこんな完璧な素材を前にして料理すんなって言う方が無理でしょ」


「巴にもこんなん似合いそー的な構想はあるけど、今回は小鳩をお願いシンデレラしちゃうよー」


「よ、よし、覚悟を決めた! お願いします、沙羅、杏樹!」


「「らじゃー」」


小鳩は深呼吸をしてから、現在身に纏っているジャージに手をかけた。











約束の時間である17時を目前に、祭りが行われる神社では静かな賑わいを見せていた。近所に住んでいるらしき子供が金魚すくいやヨーヨー釣りで遊び、年配の参拝客たちがそれを微笑まし気に見守っている。中にはちらほらとカップルらしき男女の姿も見えたが、どのカップルもひけらかすような真似をすることはなく慎まし気に寄り添っており、穏やかな雰囲気だった。
まだ空も明るい中、獅音の見立てたシンプルな紺色の浴衣を身に纏った若利は、古びた鳥居の前で小鳩を待っていた。時間はまだ17時になる十数分前だったが、どうしても女より男の方が早く準備が終わるので、先に来て待っていることにしたのだ。若利にとって待つことは差ほど苦ではなかったし、その不愛想な表情からは伺いにくいが、本人は今日という日をそれなりに楽しみにしていた。その最中、身長189cmの浴衣の男がじっと立っている姿はやはり目立つのか、鳥居近くのリンゴ飴の屋台の店主から声を掛けられた。


「お兄ちゃん、彼女と待ち合わせか?」


「そうです」


「わはは、青春してるねぇ! お兄ちゃん男前だから、特別にリンゴ飴1本持ってっていいよ! 待ってる間食べてなよ」


豪快に笑う店主から真っ赤なリンゴ飴を差し出され、若利は「ありがとうございます」と礼を言って素直に受け取った。一口食べてみると、特別美味いというわけではないものの、どこか懐かしい甘さが口の中に広がる。咀嚼しつつ視線をリンゴ飴から上げると、一際背の高い浴衣の女性が小走りでこちらに向かっていた。


「…空知?」


カタカタと下駄を鳴らして駆け寄ってきたその人は、白い浴衣に身を包んでいた。左手に桃色の巾着を持ち、右手で花の髪飾りを押さえながら、若利のもとへやってくる。普段見慣れない化粧をしたその顔は、その場にいた者がたちまち振り返るほど美しかった。


「ご、ごめんなさい、遅くなって…! 牛島くん、待ってたよね…!?」


白い浴衣の女性、小鳩はここまで走ってきたのか、大きく息を吐いて乱れた呼吸を整えている。しばらくすると赤らんだ顔で若利を見上げてきて、若利の浴衣姿に感動したのかもっと顔が赤くなっていった。若利は食べていたリンゴ飴を飲み込み、携帯電話の画面に映る時計を見た。


「いや、それほど待っていない。まだ集合時間の10分前だ」


「そ、そっか、よかった。……そ、それよりも牛島くん! そ、そそそその浴衣、ととととっても似合ってます!」


「ありがとう。空知もよく似合っている。一瞬、空知だと気付かなかった」


若利がそう言うと、小鳩ははじめ嬉しさのあまり飛び跳ねそうになっていたが、『一瞬、自分だと気付かなかった』という一言で「や、やっぱりお化粧はしない方がよかったかな…!?」と不安に駆られ、挙動不審に目を泳がせた。するとそこで、小鳩は若利の手の中のリンゴ飴に気付き、懐かしそうに顔をほころばせる。


「あ、リンゴ飴! 久しぶりに見た気がする…」


「好きなのか?」


「うん、小さい頃はお祭りに行くと、必ず親にねだって買ってもらってたなぁ。私も買おうか……」


「そうか、なら食べるといい」


若利はそう言って、小鳩に向かってリンゴ飴の飴の部分を差し出した。持ち手ではなく、飴の部分を差し出されたので、当初小鳩は「え?」と戸惑っていたが、すぐにその意図に気付いた。いつだったか自分が若利にしてみせたように、若利が自分に向かって「はい、あーん」をしているのだ。


(えええええええええええ!? うううううう牛島くんの食べかけのリンゴ飴……! かかかかか間接キス…!)


「いらないのか?」


「いっ! い、いいえっ、あの……い、頂きます!」


若利の厚意を無為にしてはならないと、小鳩は覚悟を決めてリンゴ飴にかじりつく。シャク、とみずみずしい音をたててリンゴ飴を口にした小鳩は、目の前のリンゴ以上に顔を真っ赤にして、今にも倒れそうだった。2人の後ろでリンゴ飴の屋台の店主がニヤニヤと笑っており、またそこから離れた別の屋台の影にもニヤニヤと笑いながら2人の様子を見る者たちがいる。言わずもがな、小鳩と若利のチームメイトたちである。


「空知の浴衣、凄い可愛いな。さすがは戸鷹双子のファッションセンス」


「「だべー」」


「牛島の浴衣もシンプルでいい感じじゃん。さすが獅音ってとこか」


「俺的にはもうちょいハデな感じでもいいんじゃない?って感じだったんだけどね〜」


「それは覚の趣味だろ。若利にはシンプルなのが一番似合うよ」


「っていうかお前らはジャージなのな、浴衣でなく」


「いやん瀬見ってばエッチ〜。巴の浴衣姿期待してた〜?」


「ちげーよ!!! いや違くねえけど……」


「マジレスすると小鳩の浴衣一式とメイクセット代で軍資金使い切った」


「おめーらうるせー! 2人に気付かれるだろーが!」


「いや巴が一番うるせーよ」


当人は声を潜めているつもりではあるものの、大人数でわいわいと騒いでいる面々に、小鳩は遠巻きながら気付いてはいたが、極度の緊張状態であったので彼らに突っ込めるほどの余裕が無かった。ちなみに若利は全く気付いていないようだ。


「…腹が減ったな」


「あ、それじゃあ何か食べようか。たこ焼きとか焼きそばとか」


「ああ。行こう」


そう言って若利は、空いている右手を小鳩に差し出す。小鳩は一瞬たじろぐも、おずおずと左手を若利の大きな手に重ね、手を繋いだ。その様子を沙羅と杏樹がちゃっかりと写真に収めていたので、こはくは黙って2人の頭を引っ叩いた。

















3時間だけのデートは、あっという間に時間が過ぎていく。小鳩は中学以来、若利に至っては小学生以来のお祭りを、2人は存分に楽しんでいた。はじめにたこ焼きや焼きそばで小腹を満たした後は、射的や輪投げなどの屋台で童心に帰って遊びもした。小鳩はどれも器用にこなしていたが、若利は普段スパイクでキレキレのコース分けを難なくこなすにも関わらず、意外にも射的でも輪投げでも散々たる有様であった。本人は無表情ながらも心底悔しそうだったので、小鳩は悪いと思いながらも笑ってしまったものだ。


「そろそろ暗くなってきたな」


「あ……そうだね。牛島くん、門限は大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。だが、空知を家まで送る時間を考慮すれば、デートができるのはあと15分程度だな」


「えぇ!? そ、そんな気を遣わなくていいのに…!」


「そういうわけにはいかない。空知は女性なのだから」


「うっ、うぅっ…! 牛島くんが眩しい…! わ、わかりました…お言葉に甘えて…」


「ああ。最後にどこか行きたいところはあるか」


「あ、それだったら…!」


小鳩は思い出したように手をポンと叩き、急いで巾着袋の中から何かを取り出しす。それは、線香花火が詰められた市販の花火セットのようだった。


「も、もしよろしければなんだけど、牛島くんと花火したいなと思ってて…! お、おすすめの場所を巴から教えてもらったんだ…!」


「花火か、わかった。どこでやるんだ?」


「あ、あそこの橋の下がおすすめスポットなんだって! じゃあ行きましょう!」


若利の返事を聞くなり、小鳩はパァッと表情を明るくさせ、浮足立った足取りで若利の手を引き、橋の下へと案内した。その様子を数メートル離れたところから見ていたバレー部メンバーは、各々自由に購入した綿あめやチョコバナナなどの食べ物を片手に、2人の後を尾けていく。


「あれっ、あの橋の下行かれたら見れなくね? 詰んだんじゃね?」


「えーっ! …いや待てよ、誰にも見られない絶好のスポット、おまけに線香花火でムードは満点…。これはついにウチの主将カップルの初ちゅー来るか!?」


「それは見たい、どう足掻いても見たい。なんとか見れるポイントを探すべ」


「いい加減にしろやアンタらは! 2人の邪魔をするんじゃない!」


「諏訪も最初は結構ノリノリだったじゃねーか…」


2人の姿が見えなくなってもがやがやと騒いでいるバレー部メンバーを背に、小鳩と若利は神社の脇にある石段を下り、緩やかに流れる小川に架けられた小さな橋の下へと降りた。川のせせらぎと蝉の声、参拝客たちの笑い声が聞こえる中、小鳩は用意してきた水の入ったペットボトルとライターを取り出し、線香花火を若利に渡す。ライターで花火に火をつけると、小さな火花がパチパチと音を立てて輝き始めた。


「花火なんて何年ぶりだろう、嬉しいなぁ…」


「空知は花火が好きなのか」


「いや、実は昔は火が怖くてできなかったの。今でもロケット花火とか、激しく燃え上がるタイプの花火は苦手で…。できるのは線香花火くらいなんだ」


「そうか。俺は線香花火は初めてだ」


「え、そうなの?」


「花火は昔、両親が花火大会に連れていってくれた時に見た、打ち上げ花火くらいしか縁が無い。それ以来、夏は練習ばかりしていた」


「そっか、じゃあ私との花火がはじめてってことなんだね。…な、なんだか嬉しいけど、恥ずかしくなってきた…!」


小鳩の花火を持つ手が、恥ずかしさと感動のあまり震えだした。震えが花火にも伝わったのか、小鳩の線香花火からぽとりと火の玉が落ちる。「あっ」と小さく呟いて、小鳩は次の花火を取り出した。


「…これから、夏は花火どころじゃなくなるかもしれないけど、でもまた牛島くんと花火できたら嬉しいな…」


小鳩がぽつりと呟く。その瞬間、若利の持っていた線香花火からも火の玉が落ちた。若利は小鳩から新たな花火を受け取り、もう一度火をつける。美しい火花が散り散りと、辺りを照らし出す。


「ああ。また一緒にやろう」


「ほ…本当に!? い、いや、わがままを言うつもりはないんだけれど…!」


「我儘くらい言ってくれて構わない。恋人同士なのだから」


「あ、あうぅぅ…! そ、そうですね、恋人ですもんね…!」


顔を真っ赤に染めながらも、嬉しそうに笑う小鳩を見て、若利は微かに表情をほころばせた。花火の光に照らされる小鳩の笑顔に、自然と若利の口から言葉が漏れる。


「空知、お前は綺麗だな」


小鳩は一瞬何を言っているのか理解できなかったのか、「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。ところが時間が経つにつれ、顔は真っ赤を通り越して真っ白になっていき、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。バターン、と大きな音を立てて倒れた小鳩に、目の前の若利は驚いたように目を見開き、数メートル離れた地点からは女子陣の大声が聞こえてくる。


「小鳩ーッ!? どうした、大丈夫かーッ!?」


「あっ、こら巴…! 2人にバレちゃうでしょうが!」


「牛島、ウチの主将めっちゃウブなんだから加減しなよー」


「そうだよ、箸が転がっただけで笑っちゃうレベルのウブなんだからー」


「そうか、すまん空知」


「い…いえ…私が悪いので…」


若利に起こされた小鳩は、幸福感やら何やらで打ち上げ花火のごとく爆発しそうだった。とある夏の終わりの、2人にとっての幸福の記憶の話である。


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