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殺し屋探偵の休日




殺し屋という職業は自由業である。自由業の良いところは、時間に束縛されないことであると、メルは思っている。


「…とはいえ、急な休日は嬉しいものだね」


依頼主からの電話を切った後、今まさに羽織ろうとしていたコートをソファに投げ捨てながら、メルはそう呟いた。本来であれば今日の午後3時より、常連客である家光から依頼を受ける予定となっていたのだが、どうやら急なトラブルが発生したらしく、家光の秘書であるオレガノからキャンセルの電話がかかってきたのだ。今日はそれ以外に予定は入っておらず、従って思わぬ休日が舞い込んできたというわけだ。


「ローザは仕事中だし、久しぶりに静かな休日が過ごせるかな」


毎度メルの自宅に入り浸っている友人のローザも、殺しの依頼のために現在はアメリカにいる。休みのたびにああだこうだと言って自分を連れだしたりする人間がいないので、何の気兼ねも無く休むことができそうだ。


「…さて、何をしようか」


まずはじめに、メルは時計を見た。時刻は午後2時、普段ならば行きつけのレストランで昼食を取るが、今日は予定のために既に自分で済ませてしまった。どこかのバーで酒を呑んでもいいが、真昼間からすすんで飲むほど酒好きという訳でもない。煙草はつい昨日カートンで買ったばかりで、「煙草を買いに行くついでにどこかへ」などという気にもなれない。そもそも、メルはどちらかといえば無趣味な人間であるし、自分の知的好奇心が疼かない限りは行動的な性質でもない。


(よくよく考えてみれば、別に休日が欲しかったわけでもないし、そもそも疲れていないからな)


自分が予期せぬ休日を謳歌できるタイプの人間ではないと気付き、なんだか妙にもったいないような、そんな気持ちになった。そもそも他の人間、例えば裏の世界とは無縁の堅気な人間は、どんな休日を送るのだろうか。家族や友人とどこかへ出かけたり、日曜日ならば教会へ行くかもしれない。どれもメルとは無縁な話だ。
ならば、裏の世界の人間ならばどんな休日を送るのだろうか。ローザであれば、土産に酒でも持ってきながらメルの自宅を訪れて、テレビでくだらないメロドラマなんかを流し見しながら、世間話をするのがお決まりだ。自分の馴染み、スクアーロならば、聞いた試しはないがどうせ剣の修行だとでも答えるだろう。ザンザスはともかくとして、ヴァリアーの幹部連中などは各々好き勝手に休日を過ごすに違いない。そう考えてみると、休日をどのように過ごすか迷うことがないというのは、羨ましいことなのかもしれないとメルは思った。
するとそこへ、先ほど切ったばかりの電話が再びかかってきた。別の仕事の依頼か、それとも家光の予定がまた変更になったのか、出ない理由も無いのでメルはすぐに電話に出る。


「Pront?」


『Buongiorno. ご機嫌いかがかな? 親愛なる我が友人よ』


「…ソロモンか。仕事の話なら先約があるから別の奴にしてくれない」


電話の相手はメルの『友人』ということになっている相手、世界一の情報屋ことソロモンであった。電話口の声を聞くからして、どうせワシントンに構える趣味の悪い屋敷の庭で、紅茶でも飲んでいる最中なのだろう。


『なに、偶の休日を過ごしている友人のもとに電話をかけただけだよ。それと沢田家光のトラブルが解決するのにそう時間はかからないだろうから、安心して構わないよ』


「…なんで知っている、というのはもはや無粋だね。ただ、私の仕事事情を勝手に掴むのはともかく、それを私に知られるような真似をするのはやめて。不愉快極まりない」


『これは失礼、君がそこまで繊細な女性だったとは知らなんだものでね』


この男は人を不快な気分にさせるために電話をよこしたのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。彼にとっては冗談であるとともに、メルの事情など簡単に掴むことができるという脅しでもあるのだろう。この男との友人関係というものは、半ば契約関係であるのだから、これも仕方ないことではあるのだが。


『君は神が与えた休息日を有効活用できるほど、自分のことに器用な人間ではないからね。今日という1日をどう過ごすか、考えてるところなんじゃないかと思って電話してみたのさ』


「…あんたは情報屋が廃業になったら、探偵でも食っていけるんじゃない」


『親しい相手にだけさ。ただ、私の予測はどうやら当たってるようだ』


「まあね。…とはいえ、あんただって休日を謳歌できるような人間じゃない。いついかなる時でも、首元を気にしていなきゃいけない休日なんてね」


『これは痛いところを突いてくれる。私だってこんな仕事をしていなければ、娘と息子をテーマパークに連れていくぐらいの親らしい真似をしたいと思っているのだけれどね』


「娘は殺人兵器、息子は情報屋の後釜としてしか見ていない男の台詞とは思えないね」


『それは誤解さ、メル。私にとっては2人とも、私なんかの身よりよほど大切な、愛しい子供たちなのだから』


「ああそう、それは見上げたものだよ。…本当に話すことがないんだね、電話代の無駄だから切るよ」


『そうかい、それは寂しいことだ。…ああ、その前に一言いいかな?』


「『Have a nice day』とでも言いたいのだったら結構だよ」


メルがそう返すなり電話先から小さな笑い声が聞こえてきて、メルはそのまま黙って電話を切った。本当にそう言うつもりだったようで、あの男は本当に意地が悪いのだと改めて思い知る。このまま家の中で何もせずに1日を終わらせるのも、何だかあの男の思うツボのような気がして腹が立つ気がするので、メルは「酒でも買いに行こう」と自らを思い立たせ、先ほど投げ捨てたコートと財布と愛銃を掴んで家を出た。














メルは家を出て真っ直ぐに目的の酒屋へ赴いた。路地裏にひっそりと佇むその店は、店主が常にショットガンを手にしているような店といえばわかりやすいだろうか、つまるところは裏の人間用の店であった。そんな店なので、店に入ってまず目についたテキーラ売り場の前の男の姿も、不思議と馴染んでいた。


「スクアーロ君」


「あ゛ぁ!? …何だ、メルじゃねえかぁ」


酒屋にいたスクアーロは、メルが声をかけると怒りの形相で振り向いた。歴戦の殺し屋ですら怯え竦みそうなほどに凶悪な眼をしているところを見ると、明らかに機嫌が悪い。その手には相当な値打ち物のテキーラ瓶を持っており、私服ではなく隊服姿であることから、スクアーロの目的を察するのは容易だった。


「ザンザスさんのお使いか、大変だね」


「う゛お゛ぉい、俺はまだ何も言ってねえぞぉ!」


「その手に持ってるものを見てわからないのなら、そいつはザンザスさんを知らないか、余程の間抜けかだよ。強いて言うなら、どうしてその辺の下っ端じゃなくて、幹部のスクアーロ君がお使いをする羽目になっているかってことだけど」


「あのクソボスが所かまわず銃をぶっ放しやがって、本部にいた俺以外のクソカスどもがまとめて病院送りになったからだぁ!!!」


「ああ、そんなことだろうと思った」


メルはつい数時間前に起こったであろう惨状が簡単に想像できてしまい、怒りのあまり手に持っているテキーラ瓶を割りそうになっているスクアーロに同情した。とはいえ、彼は本当に気に入らない命令には絶対に従わない性格であるし、望んで暴君そのもののボスに仕えているので、さほど同情には値しないのではないかと思い直す。


「それより、テメェはこんなところで何してやがる?」


「酒を買う以外の目的があって酒屋に来る奴はいないと思うけど」


「いちいち癪に障る言い方をしやがるアマだな!!」


それはスクアーロ君がいつも以上に苛ついているからだと思うけど、と喉元まで出かかった台詞を、メルは飲み込んだ。これほど苛立っているところを見るに、今回のザンザスによる被害は相当なものだったのだろうか。過去に本部が半壊した時のスクアーロの様子はこれほどではなかったので、もしかしたら今度は全壊したのかもしれない。


「う゛お゛ぉい、どうせテメェが飲むもんなんぞ安酒だろぉ? 奢ってやるからさっさと選んで来い」


「…? 機嫌が悪い割には随分太っ腹だね」


「どうせ経費で落ちるからなぁ。むしろ山ほど買え、億単位で買いやがれ! あのクソボンゴレ本部を破産させてやるぜぇ…!!」


「…ザンザスさんが暴れたのは本部関係ってワケか。今の無期限謹慎に加えて追加の制裁でも喰らったの」


「ザンザスが裏で手を回してヴァリアーに回るようにしていた殺しを、チェデフの野郎が掠め取りやがったんだぁ!!! あの腰抜けジジイと家光の野郎、あくまで俺達を飼い殺しにしたいらしいなぁ!!!」


今にも人を殺しそうなスクアーロの様子に、メルはスクアーロの機嫌がいつにも増して悪かった理由を知ると同時に、家光からの依頼が先延ばしになった理由をも知ることとなった。オレガノからの電話にあった『急なトラブル』とは、過去にクーデターを起こし現在は謹慎処分とされているヴァリアーに、秘密裏に暗殺の任務が回りそうになっていたことを9代目が察知し、ヴァリアーが動く前に家光が率いる門外顧問組織チェデフを動かしたというところだろう。ザンザスの裏工作により、ボンゴレ内部にどれだけザンザスの支持者がいるかどうかわからない状況では、チェデフに任せるのが一番安心だといったところか。


(そうなってくると、私も肩身が狭くなってくるな)


これを機にチェデフとヴァリアーの対立が根深いものになっていけば、どちらにも接触の機会があるメルにも影響が現れることも予測できる。ビジネス関連で良い信頼関係を築けている家光が率いるチェデフ、個人的に友好関係のあるスクアーロのいるヴァリアー、いざとなればどちらかを切り捨てる選択をする必要も出てくるかもしれない。しかし、もし命を狙われるのだとしたら、どちらからもごめんだというのが本音だ。こうなってくるとメルには、事が荒立たないことを祈るしかない。


(…ソロモンに言った台詞じゃないけど、『いついかなる時も首元を気にしていなきゃいけない休日』なんてのはごめんだよ)


「う゛お゛ぉい!!! さっさと決めやがれ、いらねえんだったら俺は戻るぞぉ!!!」


「じゃあスクアーロ君が今持ってるそれと同じやつでいいよ」


「ケッ!! テメェといいザンザスといい、こんな高ぇだけの酒飲むんだったら消毒液でも飲んでやがれってんだぁ!!」


スクアーロが吐き捨てるように言った言葉に、ショットガンを手にした店主がピクリと眉を動かしたのを、メルは見過ごさなかった。

















酒瓶の入った袋をぶら下げながら、メルは薄暗い路地裏を歩く。イタリア国内でも指折りの治安の悪さを誇る界隈ではあるが、それでもボンゴレのおかげで秩序的にはなってきた方だ。少なくとも、表の世界の一般人をこの界隈に出入りさせることは、裏の人間が阻止している。なので、懐に持つ銃を気取られないよう配慮する必要もない。とはいえ、休日の散歩には向かない。


(ソロモンや私じゃなくても、この業界で仕事をする以上は心休まる時なんて無い。最近、殺しの仕事をあまりしていないせいか、そのことを忘れてたな)


そんなことを考えながら、諍いに巻き込まれることもなく自宅へ戻ると、家を出る前にしっかり閉めたはずの鍵が開いていることに気付いた。盗みにでも入られたかと思ったメルは、すぐに銃を構えて音を立てないよう扉を開ける。しかし、玄関にある自分のものではない黒いブーツを見て、その心配が杞憂に終わったことを悟った。


「ハァイ、一か月ぶりだったかしら? 相変わらず男っ気のない部屋ねぇ、メル」


「…ローザ、勝手に入るのはともかく、鍵くらいは閉めてくれない?」


「盗られて困るものなんてないでしょう?」


我が物顔でソファに寝転がっているローザの姿に、メルは呆れたように溜息を吐いた。相変わらずこの友人は、勝手に人の家へ上がりこんで悪びれもしないのだから、呆れざるを得ない。挙句の果てに人の煙草を勝手に吸いながら、ローザはランプの光る電話機を指差した。


「オレガノからメッセージが入ってたわよ。依頼の話は明後日の夜に改めて、ですって」


「あぁ、そう。…って、あんたまさか、勝手に受けたんじゃないでしょうね」


「どうせ暇じゃないの、依頼の重複はしない主義でしょう?」


「…まあいいけど。それより、仕事は?」


「もちろん完璧にこなしたわ。あなたの退屈を紛らわせるぐらいの土産話もあるわよ?」


メルの手にある酒瓶を指差しながら、ローザが笑った。


「…それは願ったり叶ったりだよ」


まだ日は長く、休日は終わりそうにない。その時間を消費するならば、酒とローザの土産話は持ってこいだ。メルはテキーラ瓶を袋から取り出しながら、きっとヴァリアー本部ではザンザスがこの酒を呑んでいるか、もしくはスクアーロの頭に叩きつけているのだろうかと、そんなことを考えた。



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