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HQ夢主と牛若のクリスマス




ウシワカが高2の時の話です。














牛島若利が最後にクリスマスをまともに祝ったのは、小学6年生の時である。というのも、12月24日、並びに25日というのは、冬休み期間に入るわけである。白鳥沢学園の中等部、高等部双方のバレー部では、冬休みが始まったその日から年末にかけて長期合宿が行われる。監督の鷲匠は見てのとおり、クリスマスだからといって合宿中のどんちゃん騒ぎを許すようなタイプの監督ではない。「クリスマスだぁ!? そんなもん祝ってる暇があるんなら練習しやがれってんだぁ!!」とでも言うのが妥当なところなのだ。更に全国大会の常連となっている白鳥沢は、1月に開催される春高の全国大会を目前に控えていることがほとんどなのだから、なおさらである。
そもそも若利は幼いころから、あまりクリスマスという行事を楽しみにするような子供ではなかった。若利はだいぶ早い段階からサンタクロースというものを信じていなかったし、クリスマスプレゼントもさして欲しいとは思わないような、欲のない子供であった。強いて言うのなら、クリスマスになるとその日の夕食が豪華になることが楽しみだったぐらいだ。そんなことを合宿の真っ最中にチームメイトに話すと、信じられないといった顔をされた。


「うっそーーーん!? クリスマスが楽しみじゃない子供なんているのぉ!?」


「そこまで妙なことなのか」


「だってクリスマスだよ!? イルミネーションに彩られた街! キラキラのクリスマスツリー! チキンにケーキにプレゼント、あとサンタクロース! このワードに心躍られない子供なんて普通いないよ!?」


早朝、しかも食事中だというのに、天童は相手をしている方が疲れてくるようなハイテンションで叫んでいる。若利が相変わらずの仏頂面で「そうなのか」と受け答えしていると、獅音が苦笑しながら助け舟を出した。


「でもまあ、ある意味若利らしいだろ」


「まあ、確かにらしいといえばらしいんだけどさ」


「むしろ日本のクリスマスなんて、アメリカとかの本場に比べたらまがい物以外の何物でもないからな。もともとは家族で祝う日であって、カップルがイチャつく日じゃねーんだぞ」


「やっだ〜、英太君がリア充に嫉妬してる〜」


「うるせー!!!」


ニヨニヨと笑う天童に、瀬見が赤面しながら怒鳴りつける。獅音と山形がケラケラと笑いながらその様子を見ている中、若利は黙々と膳の上の朝食を食べていた。ちぐはぐなように見えるが、白鳥沢では専らおなじみの光景であった。


「じゃあさじゃあさ、その最後にクリスマスを満喫したときはどんな感じだったの? プレゼントとかなに貰った?」


「天童、やけにクリスマスにこだわるな」


「今日がいつだと思ってんの! 12月24日! クリスマスイブ! なのにこんなむっさい奴らと鬼の練習メニューに鬼の合宿飯! 色気のある話の1つでもしてなきゃやってらんないじゃんよ〜」


「いや色気は無いだろ」


「プレゼントか…。両親からは新しいシューズを貰ったな」


「ほら色気無いじゃねーか」


「あと、凛々から全日本のレプリカユニフォームを貰った」


「なぬっ!?」


若利が発した『凛々』というワードにすぐさま天童が反応し、にやあっと笑みを浮かべた。


「そうそう、そういう話を待ってたワケよ〜! 女の子からのクリスマスプレゼントとか、さすが白鳥沢イチのイケメン!」


「でも、それは俺らも初耳だな。小6の頃ってことは、凛々が小4の頃だろ?」


「ああ。俺が全日本入りできるようにと、願掛けに貰った」


「キャ〜、見せつけてくれちゃってぇ!」


「で、そのユニフォームはどうしたんだ?」


「押し入れの中に仕舞ってある」


山形からの問いに対し、余りにもさらっと返ってきた答えに、その場にいた全員が思わずずっこけた。平然としながら味噌汁を啜る若利に向かって、天童と瀬見が非難げな視線を向けて突っかかる。


「おまっ…押し入れぇ!?」


「チョットー! 『部屋に飾ってある』とかそういう答えを期待してたのに、押し入れってナニさそれ!」


「? 服は飾るものではなく、着るものだろう。当時より背が伸びたから、練習着や普段着にすることもできないからな。むしろ外に出している方がかえって汚れると思った」


「ひえぇ、ある意味では若利くんらしい…。ちなみに凛々ちゃんはそのこと知ってんの?」


「ああ」


あっさりとそう答えた若利に、天童はもはや乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。普段から無自覚に女心をへし折りにかかるような人物であったが、まさかこれほどとは。こんな調子では、女子バレー部の主将である小鳩がよく泣かされるのも無理もない。


「しかしまあ、よく幼馴染は怒らなかったな…。相手が空知だったら1週間は凹んで立ち直れねえぞ…」


「凛々は若利の行動と言動に慣れきってるからなぁ」


「それは自慢になるんでスカ? ちなみに凛々ちゃんは押し入れ事件については、なんて言ったの?」


天童がそう質問した時、若利はデザートのヨーグルトを食べている最中だった。クリスマスについて雑談しているわずかな時間のうちに、膳に盛られた大量の朝食を全て平らげてしまったようだ。若利は最後の1口を飲み込んでから、涼しい表情で天童の問いに答えた。


「『そう遠くないうちに本物のユニフォームを着るのだから、いいんじゃないか』と言っていた」


「ごちそうさま」とでも言うかのような、さらりとした声色でそう答えられ、天童は思わず黙り込んでしまった。まるで、若利は必ず全日本入りするとでも言うかのような、信頼に満ちた言葉だった。そんな信頼を向けられても平然としているどころか、むしろ自身もその言葉通りになることを疑わない様子の若利に、その場にいる全員が「ああ、この男はやはり白鳥沢のエースだな」と改めて実感する。


「ま、来年のユースは絶対に若利君が選ばれるだろうから、凛々ちゃんの予言通りだろうね〜」


「といっても、油断は禁物だぞ。いつダークホースが出現するかわからないからな」


「当然だ。全日本入りは通過点であって、目標ではないからな」


「頼りになるな、ウチのスーパーエースは!」


「ほう、チームメイト同士で信頼を深めるのは感心だな。だがテメェら…それより先にすることがあるんじゃあねえのか?」


その時、途端に聞こえてきた低くしゃがれた声に、若利以外の全員がビクッと反応した。恐る恐る声のした方へ振り返ると、そこには鬼の形相をした監督の鷲匠が仁王立ちしており、まだちらほらと膳に残っている朝食を見下ろしていた。


「くっちゃべってる暇があるんなら、さっさと飯食って練習しろってんだ、このヘタクソどもがァァァ!!!」


食堂中に響いた怒鳴り声と、同じく食堂中に響いた選手たちの「すんませんっしたーっ!!」という叫び声を背に、若利は黙々と空いた食器を片付け始めるのだった。
















「し…死ぬ…」


過酷な練習が終わり、宿舎に戻った選手たちは疲れのあまり、転げ落ちるようにそれぞれの布団に寝転がった。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、たった一人だけ平然としている若利は、黙々と練習着から着替えている。天童はその様子を寝転がったまま見上げて、その化け物じみたスタミナに感嘆すると同時に、思わずドン引きした。


「うへぇ…。多分、世界が滅亡したとしても若利君は生きていけそうな気がする」


「なに言ってんだ天童」


「クリスマスだってのに縁起でもないこと言うなよ」


「クリスマスだってのにクリスマスらしいことの1つもできてなーい!! ケーキ食べたーい!!」


叫ぶ天童を意にも介さず、若利はスポーツバッグの中から代えの練習着を取り出す。その時、バッグの中に入れたままの携帯電話の画面に、トークアプリの通知が表示されていることに気付き、画面を確認した。


「…」


「若利、どうかしたか?」


「いや。…少し走りに行ってくる」


「えっ、まだ走るの!?」


若利は練習着の上からジャージとウインドブレーカーを羽織り、寝転がるチームメイト達の合間を縫って部屋を出た。部屋に残された天童らが「やっぱり若利君は終末を生き残れると思うんだ」「確かに」「否定できない」などといった話をしているのを後ろに、真っ直ぐに玄関へと向かう。外に出てみると、肌を突き刺すような冷たい風が吹いており、今が12月であることを否応なく実感させた。若利はポケットから携帯電話を取り出して、改めて届いていたメッセージを確認する。


【メリークリスマス! 合宿がんばってる?】


メッセージは凛々からのものであった。凛々の母親の手作りのものであろう、大きなホールケーキの画像と一緒に、サンタクロースの格好をしたマスコットキャラクターのスタンプが送られてきている。白鳥沢に入ってからというもの、クリスマスになると合宿中の若利のもとに毎回届くお馴染みのメッセージだった。


【合宿終わったら、何日か遅れのクリスマスパーティするからうち来てね!】


【あと、全国優勝祈願も兼ねて!】


ただの画面に並んだ文字の羅列だというのに、ニコニコと笑う凛々の表情が思い浮かぶというのだから、不思議なものだと若利は思う。練習に追われ、全国大会を前にし、クリスマスなど祝っている暇もないというのが本音だが、凛々のことを思い浮かべる暇ができることは良いことかもしれない。そんなことを思いながら、若利は凛々へ【わかった】とだけ返答し、真冬の街道を走り始めた。


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