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殺し屋探偵とスクアーロのパルトネル時代



学生の本分は勉学である。ともすれば、我々『工場』の生徒の本分は、『犯罪』にあると言えよう。


「メル! そっちは片付いただろうなぁ!」


「問題ないよ。そっちの方は?」


「う゛お゛ぉい、俺を誰だと思ってやがる!?」


薄暗い廃墟ビルの中で、後にイタリアの裏社会全域にその名を轟かせることとなる2人、メルとスクアーロのコンビは、足元に転がる息絶えた男たちを見下ろした。その男たちは、つい先ほどその手で殺害した、麻薬の密売人であった。
イタリア国内のとある場所に建設された学校では、マフィアや殺し屋のもとに生まれた子供を対象に、ありとあらゆる裏社会で生きる術を教えていた。時には盗みを、時には脅しを、そして時には殺しを。そこは最早、教育機関としての『学校』などではない。ただ次代のマフィアを作り上げるための製造機関でしかなく、裏の人間は揃ってこの機関を『工場』と呼んでいる。
そしてこの『工場』には不定期で行われる、とあるカリキュラムがあった。年齢、実力を問わず、男女2人のペアを組み、定められたペアが力を合わせて課題となる任務を遂行する、というものである。通称『パルトネル授業』、パルトネルとはイタリア語で『相棒』という意味だ。


「国内に入り込んだネズミどもの駆除とは、『工場』もマシな課題をよこしやがる。くそったれイワンどもを切り刻むお勉強ならいくらでもしてやるぜぇ」


「…本物なわけないでしょう。そんなイタリア裏社会の面子がかかるような大仕事、私たちみたいな末端の学生にやらせるはずがない。多分、教官あたりが作り上げた幻覚だよ」


「んだとぉ!? クソが、いい加減にマネキン以外のものを斬らせろってんだぁ!!」


メルの推測を聞いて激高したスクアーロは、足元に転がっている男の死体を蹴り上げた。その感触は紛れもなく生身の人間そのものであったが、今回の課題は『密売人の殺害、及びその死体の始末』であるため、この死体の始末をしない限りは幻覚が消えることもないだろう。メルはあらかじめ用意していた『掃除』用具を取り出し、最後の段取りに取り掛かることにした。


「とりあえず、こいつら浴室に運んで、そこでバラすよ。水道はまだ生きてたはずだから」


「う゛お゛ぉい、もっとマシな仕事はねえのかよぉ…。俺は屠殺業者じゃねえんだぁ!」


「仕方ないでしょう、これが今の私たちの本分なんだから。ほら、このシーツ使って」


見るからに嫌そうに顔を歪めるスクアーロを促し、メルは胸から血を流している死体をシーツでくるんだ。スクアーロの一級品の剣裁きにより、出血量は最低限に抑えられているものの、流れ落ちる血で周りのものを汚さないようにするための配慮である。血痕一滴から瞬く間に真実は明るみになる、メルはそのことを誰よりもよく知っていた。


「幻覚のボディを解体するなんざ、クソみてぇな話だぜ…。俺の剣はそんなことをするためにあるんじゃあねえぞぉ!」


「ここは我慢してよ。そのうち、本気の斬り合いができるでしょう」


「あ゛?」


「聞いたよ。剣帝テュールに決闘を申し込んだんだってね」


剣帝テュールとは、ボンゴレファミリー直属暗殺部隊、ヴァリアーの現ボスである。『剣帝』の異名通り、類まれな剣の使い手であり、その剣技を前にして生き残れた者は1人としていないという。度々授業をサボっては名の知れた剣士たちと決闘を繰り返すスクアーロが彼との斬り合いを望むのは、メルにとっては至極当然のことであった。
ところが、スクアーロはメルの問いかけに、今まで見たこともないような渋い表情を返した。スクアーロの機嫌をごまかすことが目的で振った話題であっただけに、メルは顔に出さないまでも驚く。


「なに、まさか断られたの」


「……『君が学校をきちんと卒業したその時にお相手しよう』だとよぉ」


「…はぁ、さすがボンゴレというか…」


「あの腰抜けジジイがぁぁぁっ!!! この俺を下に見やがって、今に野郎の素っ首を斬り落としてやるぜぇぇぇっ!!!」


苛立ちを抑えきれないのか、スクアーロは八つ当たりをするように、運んでいる最中の死体を廃墟の浴室に放り投げた。イタリア裏社会におけるお人よしの代名詞、ボンゴレの人間らしい受け答えに、メルは思わず呆れてしまう。確かに、スクアーロはまだ11歳と幼いが、彼が最初に殺人を犯したのはたった5歳の頃だ。生まれついての剣士であり、暗殺者である彼を前にして、そんな気の抜けることを言ってのけたのだから、テュールもまた大物である。


「まあ、予約はしておいたんだし、その時に存分に斬り殺せばいいんじゃない」


「当たり前だぁ!! あのタマなしのケツの穴に手前の剣を突っ込んで、まだガキだった頃に俺を殺しておかなかったことを後悔させながら死なせてやる!!」


「それは良い考えだね」


殺意に燃えるスクアーロを横目に、メルはこれ以上燃料を注ぐのもごめんだったので、適当に相槌を打った。そんなやり取りをしたのが、スクアーロが剣帝との決闘を果たすこととなる3年ほど前のことであった。

















3年後、既に殺し屋としてそれなりに名を馳せていたメルは、ある噂を聞いた。


「聞いたか、ヴァリアーのボスにあの9代目の息子が就任したそうだぞ」


「ヴァリアー? テュールはどうした、まだ隠居には早いだろう?」


「それがどうも、おっ死んだらしいぜ。新しいボスの右腕に殺されたんだとよ」


「あのテュールを!? そんな奴を飼いならすとは、あのお坊ちゃんもなかなか度胸のある奴だな」


依頼を受けて行く先々でそのような話題を耳にし、メルは「剣帝を殺してやる」と息巻いていた昔のスクアーロのことを思い出した。『工場』を出て以来、彼とはボンゴレでちょくちょくと顔を合わせていたが、その頃の彼はボンゴレ9代目ボスの子息であるザンザスという男に熱を上げており、テュールのことなど記憶の隅に追いやったかのようだった。だからかその噂を耳にした時、「ああ、本当に殺したんだ」くらいの感想しか抱かなかったというのが本音であった。


「まあ、驚かないけど」


剣については全くの無知であるメルにも、スクアーロの剣技が優れていることは、パルトネルとして共に行動していく中でその身をもって理解していた。人を殺す為、己を生かす為、誰かに尽くす為に磨き上げられたその剣技は、いっそ美しいとさえ思えるほどであった。きっと、その手で屠った剣帝の剣すらも吸収し、スクアーロの剣はますます強く、そして美しくなるのであろう。その光景は、例え目の当たりにしなくても、推測の余地すら無いほどにありありと思い浮かべることができる。


「…せっかくだから、勝利を祝う酒でも奢ってあげようかな」


そんなことを思いつつ、メルは傷を負ったスクアーロが入院しているという病院へ、何気なしに足を運んでみた。















「う゛お゛ぉい、何度も言わせるんじゃねえ! 野郎の剣技を真の意味で理解するには、左手を持たない野郎と全く同じ境遇になる必要があった、だから自分で左手を斬り落としてやったんだぁ!! わかったかぁ!!」


「………ごめん、全く理解できない」


病室のベッドの上でそう怒鳴り散らしたスクアーロに、メルは率直な感想を述べた。その反応が気に食わないのか、スクアーロは包帯まみれの身体を乗り出し、改めてメルに利き腕でもある左腕を見せつける。その白い腕の肘から先の部分が、完全に失われていた。


「剣帝に斬り落とされたとかじゃなく、自分でやったっていうんだから…。スクアーロ君は優秀だけど、たまに理解できない」


「ああそうかよ、テメェになんざ理解されなくて結構だぜぇ!! どうせ女にはわかりゃしねえからなぁ!!」


「男だったとしても理解できたかどうかはわからないけどね。…まあ、命があって何より」


「う゛お゛ぉい、ここでくたばってたまるかぁ!! これから大仕事が待ってやがるんだからなぁ」


「…大仕事?」


不敵に笑うスクアーロに、どういう意味かと問いかけようとしたが、その表情を見てすぐにそれが無駄だと悟った。恐らく、ザンザスと組んで何かを企んでいるのだろうが、例えメルがその真意を問いかけても、彼の忠節が答えさせはしないだろう。それでもメルにヒントのような言葉を残したということは、その企みによほどの自信と、そして期待があるのだ。


「まあ、早く傷を治しなよ。ザンザスさんに捨てられないうちに」


「う゛お゛ぉい!! 俺はどこぞの商売女じゃねえんだぁ!!」


「冗談だよ。まあ、ザンザスさんは君のおかげでヴァリアーのボスに就けたようなものだし、重宝してくれるんじゃないの」


「あいつがそんなタマかよぉ。相手が誰であろうが、使えなくなったら容赦なく捨てる野郎だぜぇ。だが、そうでなくちゃ俺がこの剣を捧げた意味がねぇってもんだぁ。吐き気を催すぐらいクソ野郎だがなぁ!」


スクアーロがそう叫んだ瞬間、どこからともなく飛んできた酒瓶が、メルの頭の真横を通り抜けてスクアーロの頭を直撃した。いきなりの衝撃に「あ゛だっ!?」と声を上げたスクアーロと揃って振り返ると、病室の入り口の前に話題の張本人であるザンザスが立っており、睨み殺さんばかりの眼力でこちらを見下ろしていた。その光景を目にしたメルは、心の中で「やばっ」と呟く。


「おい、探偵。『誰』が、『誰』のおかげで、『何』に就いたって?」


「……ご優秀な配下をお持ちのようで、ザンザスさんの躾の賜物でしょうね」


「う゛お゛ぉい、ザンザス!! 怪我人に酒瓶ブン投げてんじゃねえ!!」


「うるせぇドカスが、俺が剣帝に代わってバラしてやろうか」


スクアーロの抗議など意にも介さず、病院内は禁煙だというのに煙草に火を付けながら、ザンザスは病室を出てその場から去っていった。神出鬼没に現れたかと思えばさっさと消えていったザンザスに、メルは「いったい何しに来たのだろうか」と疑問に思わずにはいられなかったが、それ以上にテキーラまみれになっているスクアーロが哀れに思えたのだった。


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