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殺し屋探偵とスクアーロ、時々ヴァリアー 後編



esca(餌)こと、標的イワンの取引相手、バッシス夫妻はメルとスクアーロが劇場内に入ってから約10分後にやってきた。スクアーロの着ているものにも匹敵する高級そうなスーツを身に纏う夫と、赤い派手なドレスに身を包んだ妻は、関係者らしき男に案内され、仲睦まじそうに来賓席へと向かう。メルは4階のボックス席から、その様子をオペラグラス越しにちらりと一瞥した。


「…あの女の爪」


「あ゛ぁ?」


「親指の爪の先だけ、マニキュアが剥がれてる。多分、車の中で爪を噛んでいたんじゃない? 薬が切れかけてイライラしてるのかもね」


隣で足を組むスクアーロにそう言うと、呆れたような目で睨まれた。連中はあくまで餌であり、本命はこの後に出てくるであろう取引相手の方なのだから、余計な詮索は無用だ、と目で訴えてきている。メルは素直にオペラグラスを仕舞い、次々と観客で埋まっていく座席を見下ろす。


「…ケッ。どうやったらお前みてえな、何でもかんでも答えを導きたがる女が育つんだろうなぁ」


「?」


「隙あらばコロラトゥーラを奏でてるような母親に育てられたぐらいじゃ、お前みてえな変人は生まれねえだろうによぉ」


スクアーロは何の気なしに、そのような冗談を口にした。皮肉的な言い方ではあるが、彼からすればメルを褒めているつもりであった。メルもスクアーロの思惑通り受け取り、またくだらない冗談を返してくるだろうと、スクアーロは踏んでいた。
ところが、メルは何か思い出しているかのように、静かに目を閉じた。予想とは違う反応に、スクアーロは思わず目を丸くしてメルを見る。やがてメルが瞼を開くと、これまで見せたことのないような、懐かしそうな表情を浮かべた。


「それは、父のせいだろうね」


「あ゛ぁ…?」


「私が『こうなった』のは、確実に父のせいだよ。いや、父の『おかげ』と言った方がいいのかな…。私は今の自分を、まあまあ気に入っている」


郷愁に浸るというより、思慕しているかのような声色に、スクアーロは何とか驚きを隠した。裏の世界に身を置く者にとっては、過去というのは概ね忌まわしきものである。スクアーロにとっても自分の出自や過去というものは、叶うことならばその手で切り裂いてしまいたいと思うこともあるような、捨て去るべきものの象徴であった。
ところが、メルにとってはどうやらそうではないらしい。本来、こういった話は軽々しく口に出すものでも、聞き入るものでもない。だが、スクアーロは隣に座るメルの、彼女にとって重要なものであるらしい『過去』が、どうしても気になってしまった。


「…う゛お゛ぉぉい。一体、何があった?」


「…話せば長くなるよ」


そう言ってメルが目を伏せた時、四方のボックス席や階下の観客席から、盛大な拍手が聞こえてきた。オペラグラス越しに下を見下ろすと、オーケストラピットに立つ指揮者が立ち上がって、観客に向かって一礼している。時計を確認すれば、間もなく上演時刻となるところだった。


「まあ、このオウムの大合唱が終わった時に、スクアーロ君がまだ聞きたいと思ってたなら話すよ」


「…そうかよぉ。それまでに標的が釣り上げられりゃあ御の字だがなぁ」


メルとスクアーロは如何にも上流階級のカップルのように、オペラグラスを構えた。


















結局、上演中にイワンは現れず、尾行は続行されることとなった。この後バッシス夫妻は、先ほど鑑賞した『魔笛』のカンパニーが主催するパーティに出席することとなっている。パーティ会場に向かう黒いベンツをヴァリアーの隊員たちが監視、尾行し、メルとスクアーロは先行して会場へと向かう。隊員が運転する白いロールスロイスの車内で、メルとスクアーロは並んで煙草を燻らせていた。


「さっきの話の続きだけど、まだ聞きたいと思ってる?」


嫌いなオペラを聞いたせいで疲れたのか、メルが若干ぐったりしたような声でスクアーロに問う。長く語るのも面倒くさい、とでも言わんばかりの投げやりな言い方であった。気配りをするタイプの者であれば「また今度でいい」とでも言ったのだろうが、あいにくスクアーロはそういったタイプの人間ではない。気になったことは、とことん気になるのだ。


「会場まであと、30分は車を走らせなきゃならねえんだぁ。くだらねえラジオ番組を聞くよりは、退屈しのぎにはなるなぁ」


「…そう。さっきも言った通り、長くなるよ」


メルはそう言うと煙草の火を揉み消し、空いた手を膝の上に置いた。すっかり夜になり、暗くなった窓の外を見つめ、静かに語り始める。


「私の父はドイツ人でね、割と新しいドイツ車メーカーの経営者だった。資産家の娘だった母と結婚する程度には達観した人だったけど、根からの仕事人間だったよ。途上国に車のパーツの工場を作っては、世界中に車を売りに行く毎日。母はそんな父を嫌っていたけど、熱心なカトリックだったからね。帰ってくるたびに『悪魔』と罵りはしても、離婚はしなかったよ」


そのことは、スクアーロも知っていた。学生時代に一度、メルの出自を調べたことがあったのだ。メルは隠そうともしていないのか、過去を消そうとした痕跡も無く、あっさりと調べがついた。メル・ジャッロという名前が偽名であることも、メルの本名が何という名前かも、スクアーロは知っている。


「私はというと、ミラノの屋敷で悠々自適…とまではいかなかったけど、まあ何不自由なく暮らしていた。母のヒステリーが多少煩わしかったこと以外は。父はほとんど家には帰って来なかったけど、その月の最初の月曜日には必ず帰ってくるんだ。と言っても、服と本を取りに帰ってくるだけで、私が起きる前には姿を消していたけどね」


メルは手持ち無沙汰になったのか、新しい煙草を取り出して銜えた。スクアーロが火を差し出すと、メルは特に礼を言うでもなく煙草に火をつけ、そして一服する。


「…私が4歳の頃だった。父が帰ってくる予定の日、私はいつも通り7時に目を覚ました。すると、枕元に一枚のメッセージカードが置いてあった。カードに書かれていたのは、たった一文。『Liebe Engelchen.(愛しの小さな天使へ) お土産のアイスクリームはどこにあるだろうね?』 これが私が生まれて初めて解いた謎だよ」


「謎?」


「『アイスクリーム』を保存するのだから冷凍庫の中。台所の冷凍庫では、母に見つかって捨てられる可能性があるから、父の部屋にある普段は使われていない冷凍庫。私の推理は見事に的中した。私はそれが嬉しくて、父に返事のメッセージカードを書いた。今言った推理も付け加えてね。父が帰ってくる前の晩に枕元にメッセージを置いておくと、次の朝には2枚の父からのメッセージと入れ替わっていた。『BRAVA!』、そう書かれたメッセージと、次の謎が書かれたメッセージにね」


どこか楽しそうに語るメルは、長い付き合いであるスクアーロですら見せたことのないものだった。なかなか会う機会の無い父と娘の、細やかな心の交流。スクアーロにとっては吐き気を催しそうなほどに生ぬるい話だが、メルにとっては人生の機転であるかのようだった。


「父は帰ってくる度に、必ず私の枕元に謎を置いていった。ある時は父の会社で起きた盗難事件の犯人を当てたり、ある時は行方不明になった近所に住む老人の猫を見つけたり、まるで子供向けの探偵小説だったよ。私は翌月の月曜日、父が帰ってくる日までに、その答えを導き出す。結果は全て『BRAVA!』、その日は決まって爽快な気分で目覚められたね」


「…なるほどなぁ。『segugio』の誕生、ってワケかぁ」


スクアーロはつまらなさそうにそう呟いた。思っていたよりも、呆気ない話だった。父との絆を結びつけるために解いていた謎が、今のメルの原点だったなどと。正直、失望さえ覚えるような話であったが、メルはスクアーロの吐く溜息を遮るように、次の句を繋ぐ。


「ある日、父からのメッセージにはこう書かれていた。『Liebe Engelchen. クレオはどこにいるだろうね?』 クレオっていうのは、母が飼っていた白い猫ね。高飛車で太ってて、誰にも懐かない猫だった。いつも通り推理をしながら居間へ行くと、母が『夜の女王』みたいにキンキンと喚いてた。『クレオがどこにもいないのよ! 昨日の夜までは家にいたのに!』ってね。私は父が隠したんだろうと思って、母を無視して情報集めに向かった。…そして導き出した答えは、当時の私にはなかなかショックだったね」


それまでどこか弾むようだったメルの声が、途端にトーンダウンした。メルは煙草の灰を落とすと、懐かし気にフッと笑った。


「クレオがいたのは、母とよく訪れていた教会の庭、その土の中。首と胴体が分かれていた状態で見つかったよ」


メルの言葉に、それまで退屈さえ感じていたスクアーロがハッと息を呑んだ。メルはスクアーロの反応を特に気にすることも無く、淡々と語っていく。


「まあ、蓋を開けてみれば何てことの無い話だよ。クレオは家を抜け出して外へ出た。その時、近くで遊んでいた子供に石を投げられて、驚いて道路へ飛び出した。そこで運悪く車に引かれて首と胴が真っ二つ、罪悪感を感じた子供が協会の庭に埋めた。…うちにペットドアがあって、母が戸締りをろくにしない家主だったなら、よくある不幸話で終わってただろうね」


スクアーロはそこで、メルの言わんとしていることを悟る。つまり、メルの生家には猫が出入りする為のペットドアは無く、猫が外に出る為には誰かが扉か窓を開けなければならない。しかし、メルの母はその前の晩、しっかりと戸締りをしていたのだろう。そして、前の晩まで猫は家にいた。つまり、誰かが悪意を持って扉を開け、猫を外に出したのだ。


「父の出す謎はエスカレートしていった。猫が死ぬのは可愛い方で、ある時は犬が死んだし、ある時は人が死んだ。白骨遺体を掘り当てたことだってある。だけど私は、その謎も次々と解いていった。父が置いていく謎が難解であれば難解であるほど、過激であれば過激であるほど、私の灰色の脳細胞は真実を求めて活性化していった。私は楽しんでいたよ、まるでテレビゲームで遊ぶ子供のように」


「……」


「そんな日々が終わりを告げたのは、12月の寒い日のこと。父が帰ってくる日の前日、私は先月に父から出題された謎が、あと一歩のところで解けなくて焦っていた。朝から晩まで自分の部屋で、頭を捻らせて情報を照らし合わせて、日付が変わる寸前にようやく謎が解けた。その後はいつも通り、枕元に父へのメッセージを置いて、安心して眠りについた。目覚めた時、枕元には『BRAVA!』のメッセージカード。…その後に見た景色のことを、私は一度たりとも忘れたことはない」


メルが目を細め、まだ吸い切っていない煙草を揉み消した。


「部屋の扉の前に、母が首を吊った状態でぶら下がっていた。そして、母が羽織っていたカーディガンのポケットに、父からのメッセージカードが入れられていた」


スクアーロは思わず息を呑んで、隣のメルを見た。語る内容に反し、恐ろしく冷ややかな眼をしていた。その表情に悲しみの色は無く、彼女の真意をスクアーロですら読み取ることができない。


「…なんて、書いてあった?」


いつも発している大声からかけ離れた、静かで重い声が出た。メルは肩の力を抜くように小さく息を洩らし、後部座席の背もたれに寄りかかってスクアーロを見返す。


「『Liebe Engelchen. 母さんを殺したのは誰だろうね?』 …いつも通りの文章で、そう書いてあったよ」


「殺したぁ?」


「さっきも言ったと思うけど、母は熱心なカトリックでね。自殺なんてするはずがないんだよ」


「…誰が殺したのか、その答えをお前は知ってるのか?」


「当然。そのメッセージを見て、10秒もしないうちに真実に辿り着いたよ」


スクアーロは、母親の死体を前に推理にふける、幼い日のメルの姿を空想した。恐らくメルの母は、他でもないメルの父に殺されたのだろうとスクアーロは思った。そして、その答えを、年幼いメルは導き出してしまった。今まで何故、生まれも育ちも恵まれていたメルが裏の世界に来たのか疑問に思っていたが、スクアーロは今の話で納得がいった。このようなことを体験しておきながら、表の世界で平然と生きられるはずがない。


「その後、父の代理人と名乗る男に連れられて、私は『工場』に入った。それからすぐに母と暮らしていた屋敷は売りに出されて、父は二度と帰って来なかった。捜してはみたけど、既に行方をくらましていて、父はおろか代理人と名乗った男の手がかり一つすら掴めなかった。父の会社の人間ですら、まるで最初から父はいなかったかのようなことを言っていて、幼いながらに混乱したよ。でも、私にはわかる。父は必ず、私のもとへ現れる」


「……」


「だから、私は待っている。あの時の謎の答えを父に伝える、その時を」


メルの言葉は、確かな信念に満ち溢れていた。その声色は、スクアーロが初めてメルと出会った頃から、何一つ変わっていない。母親が死に、父親が消えたその瞬間から、その為だけにメルはここまで生きてきたのだと、スクアーロはすぐに理解した。スクアーロはニヤリと悪どい笑みを浮かべて、メルに煙草を差し出してやった。


「う゛お゛ぉぉい! なら食い逸れないよう、ボンゴレにはケツを振っておいた方がいいだろうなぁ!」


「全く持ってその通りだよ。君たちのところが良いお客さんでよかった」


メルはスクアーロに薄く笑みを返し、煙草を一本手に取った。


















パーティ会場のホテルに到着したメルとスクアーロは、餌の監視を隊員たちに任せ、さっそく最上階のメインホールへと向かった。ホール内には既に何人かの招待客がおり、その中に本来の標的、イワンが紛れていないかどうか、スクアーロが鋭い眼で招待客たちを見定める。


「…今のところはまだ、居ねえようだなぁ」


「変装してるって線は?」


「この俺がチャチな変装を見逃すと思ってやがるのかぁ? あそこの太ったジジイがヅラなだけで、あとの連中は正真正銘のゲテモノ面だぁ」


粗暴な口の利き方をしながら、見惚れてしまいそうなほど上品にシャンパングラスを口に運ぶスクアーロの姿に、メルは思わず吹き出しそうになってしまう。ところがメルが吹き出す寸前に、ウェイターに扮したヴァリアー隊員がスクアーロのもとへとやってきた。


「失礼、空いたグラスをお受け取りします」


「ああ」


「…escaに異変が。メインホールではなく、何故か地下に向かいました。現在はnoveとquattroが尾けています」


「…動きやがったかぁ。そのまま監視を続けろ」


「了解」


ウェイター姿の隊員はスクアーロから空いたグラスを受け取り、そのまま別の招待客の方へと去っていった。スクアーロはメルの肩をやんわりと抱いて引き寄せ、そして耳元で囁いて指示を出す。


「メル、お前も地下に行け。俺はここに残って、そっちがハズレだった時に備えておくぜぇ」


「先に言っておくけど、面倒が起こった場合は報酬は弾んでもらうよ」


「いくらでもボスに出させる。…さっさと行けぇ」


「…了解」


メルは手に持っていたシャンパンを一口で呷り、空いたグラスをスクアーロに渡して地下へと向かった。道中、招待客らしき者たちや、ホテルの従業員に扮したヴァリアー隊員などとすれ違いつつ、特に何の障害も無く地下へ向かうエレベーターへと乗り込む。途中、一般客と思わしき者が何人かエレベーターに乗り込んできたが、メル以外の全員が1階のロビーで降りた為、地下へ向かうのはメル1人だけだった。
チン、という甲高い音と共に、エレベーターが地下へと到着する。地下の空間にはビリヤードやダーツといった遊技場がある為か、通路に男性客の姿がちらほらと目についた。改めて辺りを見回すと、遊技場の入り口前にあるソファに、携帯電話の画面を見ている1人の男が腰かけている。ヴァリアーの隊員の1人で、『nove(9番)』というコードネームで呼ばれている男だ。メルは辺りを見回して、視線が少ないことを確認すると、noveのもとへゆっくりと近づいた。


「…餌は?」


「そこの女子トイレの中だ。俺もquattroも入る訳にはいかない。隊長からは『探偵に任せろ』との指示を受けている」


「…人使いが荒いなぁ」


とはいえ、現在この場にいる隊員の2人ともが男性の格好をしているので、周りから怪しまれずに餌の様子を伺えるのはメルしかいない。メルは素直に女子トイレの中を覗いた。大理石の壁に囲まれ、広々としたそこに人の姿は無かったが、一番壁際の個室の扉が閉まっている。そして、その扉の向こうから、2人分の荒い息が聞こえてきた。手洗い場の台の上には列状に並べられた白い粉と、紙幣を丸めてストロー状にしたものが放置されている。大理石の床には透明な包装がいくつも落ちていた。


(…あぁ、なるほど。そういうことね)


すぐさま気配を消してその場を離れ、noveのもとへ戻る。呆れたように溜息を吐いて「お楽しみ中みたいだよ」と告げると、noveは渋い顔をした。メルが指輪に仕込んでいた無線機でスクアーロに呼びかけると、すぐにスクアーロからの返事が返ってくる。


『どうしたぁ』


「餌は今、地下の女子トイレでコカインをキメてお楽しみ中。ただ、床に落ちてたコカインの包装が真新しかった。もしかしたら、とっくに取引が終わってるかもよ。早く標的を探した方がいい」


『…それは面白くねえ話だなぁ! だが、俺の方にも知らせがあるぜぇ』


「?」


『イワンの野郎なら今、俺の脚の下で気絶してるぜぇ!』


あまりにも脈絡のないスクアーロからの知らせに、メルは思わず「は?」と呟いた。メルの前に立つnoveも同じような反応をする中、スクアーロはいつも通りの大声でがなり立てる。


『パーティの招待客の中に、やけに周りを気にしながらトイレに駆け込みやがった野郎がいてなぁ。怪しんで尾けてみれば、ダストボックスの裏に隠されていたヤクを取り出してやがった。どうやらこのホテル自体、イワンの野郎とグルのようだなぁ!』


「…ああ、なるほど。そいつをふん縛って金の取引場所を聞いて、そこに張り込んだってワケね」


『この連絡が来るちょうど30秒前に野郎がノコノコ現れやがったから、さっさと一発ブチ込んで試合終了だぁ! これで薄ら寒い上流どものツラを見ずに済むぜぇ!』


「手間をかけた割にはアッサリ終わったね。ま、さすがスクアーロ君ってところか」


相変わらず仕事の速い元パルトネルに素直に感嘆しながら、メルは小さく笑った。何より、標的を捕獲するという任務が完了したということは、メルもこれでお役御免ということだ。


「じゃ、私帰るから。報酬は3日後までに振り込んでね」


『ちょっと待ちなさいよーっ!! そんなのツマンナイじゃないのーっ!』


急に無線に割り込んできた声に、メルは思わず眉をしかめる。本部に待機中のはずのルッスーリアのようだった。どうやら、ずっとスクアーロとの無線を傍受していたようで、何故かぷりぷりと怒りながらメルに突っかかってくる。


『せっかくだからパーティに戻ったらいいじゃないのよーっ! スクちゃんとラブラブ上流階級カップルの振りして、美味しい高級ワインでも飲んでいきなさいよ! 1人寂しくジャック・ダニエルズを飲むよりよっぽど良いと思うわよ〜?』


『う゛お゛ぉぉい、勝手に割り込むんじゃねえ!! あんなクソの掃き溜めになんぞ二度と行くか、さっさと本部に戻ってこのクソ野郎を洗いざらい吐かせなけりゃならねえんだよ!!』


『えー。スクアーロと探偵、大爆笑モンだったのに。つまんねーの』


『ああ、探偵。パーティ云々はどうでもいいけど、その服もヴァリアーの備品なんだから、ちゃんと返してよね。そんなモノでも、売れば食事代くらいは工面できるんだから』


「…報酬が振り込まれてるのを確認したら返すよ。それじゃあ、ザンザスさんによろしく」


次々と舞い込んでくるヴァリアー幹部たちの無線に呆れつつ、メルは無線が仕込まれているピアスと指輪を取り、目の前にいるnoveに渡して早々にその場を後にした。ヴァリアーは支払いが迅速で後腐れないので良い仕事相手だとは思うが、こういった余計な口をいちいち挟んでくるところだけが不満である。そもそも、ベルやルッスーリアといった幹部たちが興味があるのはメル本人ではなくスクアーロであって、メルは間接的に迷惑を被っている訳だ。そんなことを考えると、どっと疲れが湧いてくるような感覚がしてくる。


(とりあえず着替えよう、ハイヒールを一刻も早く脱ぎたい…。スクアーロ君も、さっさとあのスーツ脱ぎたいとか思ってるんだろうな)


きっとルッスーリアたちに向かって怒鳴っているであろうスクアーロの姿を想像しながら、メルはエレベーターへと乗り込んだ。
















その翌日、メルが口座を確認すると、報酬は既に振り込まれていた。無理やりではあるものの、着飾ってスクアーロにエスコートされるだけの仕事だったにも関わらず、それなりの値段を用意してくれたようだった。メルはマーモンに告げた通り、ルッスーリアに着させられた服やアクセサリーを返す為、ヴァリアー本部を訪れた。すると、予想だにしていない人物がメルを迎えた。


「…まさかザンザスさん自ら、私を迎えてくれるなんて思ってもみなかった」


「ハッ、あのカスザメに女の扱い方を教えたのは誰だと思ってやがる」


ヴァリアー本部の古城の門前で煙草片手にメルを迎えたのは、他でもないボスのザンザスであった。さすがにザンザスに「これ返します」と服類の入った紙袋を渡すわけにもいかず、メルはそこに立ち往生する。


「…スクアーロ君は?」


「『キーテジ』絡みの連中は、どいつもこいつも口が堅くてな」


「ああ、なるほど。拷問の真っ最中ですか」


恐らく、昨日捕獲したイワンに情報を吐かせるため、ヴァリアー本部の地下にある拷問場で仕事に明け暮れているのだろう。その光景はあまりにも簡単に予想できた。


「…あの、これお返しに来たんですけど」


「いらねえよ、そんな安物。くれてやる」


「…そうですか」


あまりにもあっさりと受け取りを拒否され、メルはなんだかなと溜息を吐きたくなる。そんなメルの様子など気にする様子もなく、ザンザスはメルを睨むように見下ろす。


「おい」


「?」


「あのドカスのエスコートは、それなりだっただろう」


心なしか妙に面白がっているような様子のザンザスに、メルは今度こそ溜息を吐いた。ルッスーリア達といった幹部連中だけでなく、ザンザスもメルとスクアーロの『デート』を面白がっていたわけだ。メルは困ったような小さな笑みを漏らし、「ザンザスさんのご教授の賜物ですよ」とお世辞を言ってから、日頃から思っていることをそのまま伝えた。


「まあ、私のパルトネルですからね。優秀でない訳がありませんよ」


メルのその言葉に、ザンザスは鼻で笑って「だろうな」と呟いた。



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