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殺し屋探偵とスクアーロ、時々ヴァリアー 前編



『依頼だ、segugio』


電話口から聞こえてきた声に、メルは思わず腰を抜かしそうになった。殺し屋を開業して約10年、『彼』から電話が掛かってきたことなど一度としてない。電話の相手であるザンザスは、ぶっきらぼうな、それでいてどこか楽しんでいるような声で、その依頼内容を伝えてきた。


「ウチのカス鮫のpartner(パルトネル)になれ」


「…はぁ」


なんだか面倒くさそうなことになったと、メルは直感的にそう感じた。














「これより作戦X-19、パターンAの作戦会議を開始する」


まるで騎士の円卓のような円形状のテーブルを囲んで、任務に参加するヴァリアーの隊員達が席に着いている。部屋の中央に位置する大画面のスクリーンの前には、議長役であるレヴィが電気傘を手に直立していた。彼らから少し離れたところにある、壁際の2人掛けのソファには、「物見遊山」と称して会議を覗きに来たベルとマーモンが座っている。


「今回の標的はこの男だ。本名は不明だが、便宜上『イワン』と称することにする。イワンはここ最近、イタリア国内に活動拠点を広げつつある麻薬の密売人だ。ボンゴレの宿敵とも言えるロシアンマフィア、『キーテジ』の息が掛かっていることが確認されている」


レヴィの背後のスクリーンに、標的である男の顔写真が映し出された。一見しただけではとても麻薬の密売人とは思えないような、気品のある顔立ちをした男だった。いかにも高級そうな紺色のスーツを身に纏い、ブロンドの髪はよく整えられている。


「レヴィ隊長ー。キーテジ絡みだから『イワン』っつーのは思考停止すぎて王子のカンに障りまーす」


「作戦会議中だ! 部外者は黙っていろ!」


レヴィがそう言い切らないうちに、ヒュンッと空を切る音が聞こえた。ベルがレヴィに向かって無数のナイフを投げ付けたのだ。ナイフはレヴィの顔のすぐ脇を通り、背後のスクリーンに映るイワンの顔写真に突き刺さる。


「なにが作戦会議だよ、バーカ。さっさと見つけてさっさと殺せばいいだけの話じゃん。邪魔してくる奴らは全員ブチ殺せばいいんだし?」


「ちょっとベル、ウチの備品をダーツボード代わりにするのはやめるようにって、何度言わせるんだい? あのスクリーンだってタダじゃないんだ、補修費は君の給料から差し引いておくから」


「黙っていろ!! キサマら、ここで殺されたいのか!!」


「は? オマエ今、王子のこと殺すっつった?ししっ、オマエのそのツラをダーツボードにして遊んでやるよ」


議題から脱線して殺気立ったやり取りを始めた幹部2人に、一般の隊員たちは巻き込まれまいとその場から距離を置いた。レヴィとベルが各々の武器に手をかけたその瞬間、バァンッと大きな音を立てて会議室の扉が開く。


「う゛お゛おぉい!! さっきから煩えんだよ、このクソボケカスども!!」


お前の方が煩い、と隊員の1人が呟いたのも気にせず、ヴァリアーのNo.2であるスクアーロは室内に足を踏み入れた。速足でスクリーンの前まで移動すると、左手の義手に仕込んである長剣で、ナイフの刺さったスクリーンに映る、イワンの顔写真を指す。まるで標的の首元に剣を突き付けているかのようだった。


「今回の標的は、上流階級のカスども相手にヤクを売っ払ってる、正真正銘のクソ虫野郎だぁ!! そして今夜、ある音楽家夫婦にヤクを売る取引が行われる!! だがウチの役立たずどもが肝心の取引が行われる時間帯を掴み損ねた!! 仕方ねえから3時間後の16時から音楽家どもを尾行して、連中をesca(餌)に標的がノコノコ現れたら、そこで取っ捕まえる!! 吐かせることが山のようにあるから指示が来るまで殺すんじゃねえぞぉ!! 以上!!」


ほぼ一息でそこまで言い終えると、レヴィに向かって「この程度のことを伝えるのに何分かかってやがるんだぁ!!」と怒鳴りつけた。レヴィがムッと表情を歪め、ベルはその様子が可笑しかったのかケラケラと笑ってナイフを仕舞った。


「ホントこの組織、ロクな幹部いねー」


「スクアーロもレヴィも、君にだけは言われたくないだろうね」


「…おいスクアーロ、肝心の尾行作戦の概要を説明していないぞ」


「あ゛?」


先ほどとは打って変わって、何故かニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう言ったレヴィに、スクアーロは泣く子も黙るようなひと睨みを向けた。するとそこへ、またもや扉の開く音が聞こえてくる。次に会議室に入ってきたのは、これまた何故か上機嫌のルッスーリアだった。


「できたわよ〜っ! 我ながら完璧な出来だわ! プロデュース業でも始めようかしら〜♪」


「あ゛ぁ?」


「え、もしかしてスクアーロ隊長、尾行作戦のこと知らねーの? ししっ、ウケる」


「なに言ってやがんだぁ? 尾行なんざその辺の野良犬でも出来るだろうがぁ」


「本当に聞いてないんだね、ボスも人が悪い。ま、それは今更か」


「う゛お゛おぉい!! 話はわかるように言え、たたっ切られてえのかぁ!!」


「あらあら、スクちゃんったら! そんな調子じゃ、レディをエスコートなんて夢のまた夢よ〜? あなたも恥ずかしがってないで、早くいらっしゃいな〜!」


ルッスーリアがその場でスキップをしながら、部屋の外にいる誰かに声をかける。ルッスーリアに呼びかけられたその人物は、室内の者たちにも聞こえるような大きな溜息を吐き、渋々といった様子で部屋の中に足を踏み入れた。スクアーロはその人物の姿を目に入れた瞬間、思わず度肝を抜かれた。
その女は、アメリカンスリーブの黒いドレスを身に纏っていた。シンプルなデザインに、プラチナネックレスの白がよく映えている。足には黒のハイヒール、手には黒のクラッチ、そして下ろされた髪は彼女の本来のものとは違うブロンドの金色である。スクアーロは一瞬、その女が自分の思っている人物であるのかどうか確信が持てなかったが、彼女が声を発するとすぐに自分の見当が正しいことを確信した。


「別に恥ずかしがってるワケじゃないんだけど」


「んもう、パルトネルに似てイケズね! それにしても、普段もっさい格好してるから隠れちゃってるけど、この子なかなかのモノ持ってるわよ〜!」


「さっきからこの調子なんだよ。スクアーロ君、なにか言ってくれない?」


「…そういうことかぁ。で済むとおもってんのか、このクソボスゥゥゥゥゥッ!!!」


わざわざ元の赤毛を染めてまでドレスコードに身を包んだメル、そして先ほどからニヤついている幹部連中の発言で、スクアーロは全てを悟った。つまり、標的の取引相手である音楽家夫婦の尾行をするのは自分とメルで、上流階級の者たちに紛れ込む為、メルにそれらしい格好をさせたと言うわけだ。そして、その発端はどうやらボスであるザンザスらしいことも、マーモンの発言で理解した。しかし、理解はすれど納得するかどうかは別の話だ。スクアーロは怒り任せに、スクリーンに映るイワンの顔写真を真っ二つに切り裂いた。


「あーあ、これもう使い物になんねーな。スクアーロ隊長、弁償しろよ」


「ヴァリアー内にも女の隊員はいるだろうがぁ!! なんで外部のこいつに頼みやがるんだぁ!?」


「え、スクアーロ君の発案じゃなかったの? じゃあ私帰る、今日はローザが寄越してきたジャック・ダニエルズを飲もうって決めてたんだから」


「ちょっとちょっと待ちなさいよーっ! それじゃつまんな、ゲフンゲフン、せっかく綺麗にした意味がないでしょ!」


「本音が漏れてやがんぞカマ野郎!!」


スクアーロがルッスーリアの派手な頭に思いっきり拳骨を落とすと、「いったぁ〜い」と叫びながらメルの小さな背中へと隠れた。露わになっている細い肩に手を置き、まるで悪戯をした子犬のような目でスクアーロを覗いてくる。その仕草と表情の気色悪さに、スクアーロはもう一度拳を握り締めた。


「ししっ、仕方ないっしょ、ボス命令だし。それに隊長と探偵なら相性もバッチリっしょ?」


「金の問題はボスが片付けてくれるみたいだし、僕らは特に問題ないよ。ただし副産物は僕に流してよね、小銭稼ぎ程度にはなるから」


「それにホラ、ちゃんとスクちゃん用のスーツも用意したのよ〜! 私が贔屓にしてるデザイナーが手掛けたアルマーニのスーツ! 結構高くついたんだから、ボスにテキーラぶちまけられたりしないでよね〜」


「こんのクソカスどもぉ…!!」


すっかりノリノリになっている他の連中に怒りを覚えながら、スクアーロはメルに振り返る。ルッスーリアの仕業か、完璧にメイクが施されたその顔は、スクアーロの見知ったものとは大きく印象が異なっていた。正直に言うと、スクアーロは一瞬でも「似合ってるな」と思ってしまったのだった。


「あ゛〜…テメェはそれでいいのかぁ?」


「依頼を受けた以上は断る理由がない。それに見合う分の報酬は用意してもらってるんだし。…まあ、私は何でも屋じゃないとだけは言っておくけど」


「俺に言うな、このカスどもとボスに言え。…イワンの野郎を取っ捕まえた暁には、野郎のツラをミリ単位で切り刻んでやるぜぇ…!!」


事の発端とはいえ、自分の上司と同僚に当たる訳にもいかず、スクアーロは標的であるイワンにこの怒りをぶちまけようと決心した。メルはというと、酒のつまみにと買ってきたチーズを冷蔵庫に仕舞い損ねたことを思い出し、憂鬱さに溜息を吐くのだった。













作戦開始時刻の16時を少し過ぎた頃、スクアーロとメルはヴァリアーの備品である黒塗りの高級車に乗り、『esca(餌)』こと標的の取引相手である音楽家夫婦が現れることになっている音楽ホールに向かっていた。運転手はもちろんヴァリアーの隊員で、他にも無数の隊員が餌の監視をしている。餌の一挙一動がヴァリアーに筒抜けとなっており、全ての報告がスクアーロに届くようになっていた。


『こちらquattro。escaが自宅を出ました。車は黒のベンツ、コンスタンツィ劇場まで約15分といったところ』


「了解、5分後にコンスタンツィ劇場に入るぜぇ。見失いやがったら肉屋の朝市に並べてやるからなぁ!」


スーツの袖のボタンに仕込んだマイクで、隊員達に指示を出す。メルは煙草を吹かしながら、隣に座るスクアーロの姿を一瞥した。
如何にも高級そうなブラックスーツに、赤いポケットチーフが華を差していた。トレードマークの銀髪は「目立つから」という理由で黒く染められ、シルバーの髪留めで一つに束ねられている。「イメージはゴッドファーザーUのロバート・デ・ニーロ」と宣言したルッスーリアにより前髪はオールバックにされた為、生来の美形さがこれでもかと言わんばかりに露わになっていた。ちなみに、よりイメージに近づける為に口ひげを付けるか付けないかで30分ほど揉めていたが、最終的にはルッスーリアが折れて付けないことになった。


「なんだぁ、ジロジロと」


「いや、こう改めて見ると、スクアーロ君って美形だよねと思って」


「あ゛ぁ? 顔が良くて剣の腕が上がるんなら両手を挙げて喜ぶんだがなぁ!」


そう叫んで仕込み剣の手入れを始めたスクアーロに、せっかく正直に褒めたのにとメルは呆れてしまった。まあ、この世には顔の美醜が二の次である人物が星の数ほどおり、自分もその1人であることを知っているので、それ以上は言及しなかった。


「…ところで、コンスタンツィ劇場に向かうって言ってたけど」


「あ゛ぁ」


「私の記憶では、今日から『魔笛』の世界ツアー公演だった気がするんだけど」


「あ゛ぁ、escaはヨーロッパじゃそこそこ名の知れた音楽家だからなぁ。来賓席で優雅に観劇だとよぉ」


スクアーロが顔をしかめながらそう言うと、メルはスクアーロ以上に顔をしかめて煙草を揉み消した。スクアーロはそこで、メルが過去に「オペラは嫌いだ」と語った時のことを思い出した。なんでも、ソプラノの高音を聞いていると、ヒステリックだった母親の記憶を思い出すからと、そう言っていた。


「う゛お゛ぉぉい、頼むから人前でそんな渋い顔するんじゃねえぞぉ!!」


「わかってるよ。『まあなんて素敵なコロラトゥーラ、まるでオウムの鳴き声のよう』とでも言っておけばいいんでしょう」


「…テメェの母親だってのに、よほど嫌ってやがるんだなぁ。とっくにくたばってるんだろぉ?」


「9歳の頃、目が覚めたら私の部屋の扉の前で、首からぶら下がって死んでたよ」


メルが平然と言ってのけた言葉に、一瞬だけ車内の空気が凍り付いた。しかし、人の生き死にの話など、この業界では珍しいことではない。スクアーロは「そうかよぉ」と呟いて、腕時計で時間を確かめた。


「時間だ、行くぞぉ」


「わかった」


スクアーロがそう声をかけると、スクアーロ側の座席の扉が開いた。先んじてスクアーロが車を降り、メルに向かって手を差し出す。メルはその手を取って、スクアーロにエスコートされるままに車を降りた。後部座席の扉が閉まるのを確認してから改めてスクアーロを見ると、完璧としか言いようのない微笑を携えながらメルの手を引いてきた。


「行こうか、mia tesoro」


「…sì」


普段の10分の1にも満たない声量で、如何にもイタリア男らしい振る舞いをし始めスクアーロに、メルは思わず「これがヴァリアークオリティか」と感嘆した。メルも仕事上、変装をしたり別人のように振る舞うことはあれど、ここまで完璧にはできそうにない。


「…今日は肌寒いわね、amore」


「ああ、その通りだね。中に入ろう」


メルとスクアーロは、一見ただの上流階級の夫婦としか思えないような洗練された足取りで劇場内へと足を進め、他隊員からの連絡を待つことにした。












一方、ヴァリアーの本拠地である古城のモニタリングルームでは、ベルとルッスーリアの大爆笑が響き渡っていた。モニターには、作戦中のメルとスクアーロの姿が映っている。


「しししっ、スクアーロ隊長マジでウケる! mia tesoro(僕の宝物)だってさ!」


「シチリア産の色男はやっぱり違うわね〜。ああ、それにしても我ながら完璧なコーディネートだわ! メルちゃんの方もサマになってるし、目の保養だわ〜」


酒のグラス片手にモニターを見ながら、2人はゲラゲラと笑っている。マーモンとレヴィはその様子を呆れたように一瞥した。


「よくもまあ、そんなしょうもないことでそうゲラゲラと笑えるね」


「何だよマーモン、つまんねーこと言うなよな。あのスクアーロが探偵をエスコートしてるってだけで笑えるじゃん」


「でも、メルちゃんの方もエスコート慣れしてるわよね〜。さすがは元資産家の令嬢ってところかしら?」


ルッスーリアはデスクの上に無造作に置かれた、メルの出自に関する資料を手に取った。ザンザスの命令により、ヴァリアーの作戦に本格的に参加させると決まった時、疑り深いレヴィが念には念を入れてと調べ上げたものであった。特に隠そうともしていないのか、メルの出自は余りにもあっさりと調べがついた。


「それにしても、見れば見る程こっちの世界とは関わりの無さそうな生まれよねぇ…。どうして『工場』になんか入って、裏の人間なんかになったのかしら?」


「ししっ、それ王子の前でも同じこと言えんの?」


「君は特例だよ、放っておけば戦争の火種になってたって可笑しくない。ま、どうだっていい話だろう。一度こっちの世界に足を踏み入れれば、二度と元の世界に戻れはしないんだから」


「ま、そう言われたらオシマイなんだけどねぇ〜」


ルッスーリアは資料を元の場所に戻し、再びモニターに映る2人へと視線を戻した。




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