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殺し屋探偵×名探偵コナン



殺し屋探偵番外編の『殺し屋探偵×名探偵コナン』と微妙に話が繋がってますが、読んでなくても大丈夫なようになっています。















細かな雨が降りつける明け方のことだった。メルは片手にコーヒーの入ったマグカップを持ち、そしてもう片方の手に弾の入った銃を持ち、人を訪ねるには些か不躾な時間帯に家を訪ねてきた訪問客を見下ろした。


「…ここは保育所じゃなかったと思ったけど」


その訪問客は、イタリアの街の早朝には不釣り合いな、アジア人の少女の姿をしていた。そしてもう1つ、不可解なことがあった。その少女は、明らかに身の丈に合わない、大人用の白衣で身体を包んでいたのだ。その少女はメルの瞳を強い眼差しで睨め付け、子供らしく甲高い、なおかつ子供らしくなく落ち着きの払った声で名乗った。


「私の名前は宮野志保。…組織でのコードネームは『シェリー』」


彼女が喋ったのは流暢な英語だった。そして、彼女が名乗ったコードネームにより、メルは彼女の正体がいともたやすく理解できた。そして、彼女の『目的』すらも。


「『segugio』…メル・ジャッロ。あなたに依頼があるの」







「私を、このイタリアから逃がしてほしい」



















宮野志保、否、シェリーは目の前の人物を見上げた。本来ならば見上げる必要のない人物だが、今の身長では視線を上に上げないと彼女の顔を見ることができない。自分が幼児化したという事実を、改めて知らされることとなった。


「…それで、その『APTX4869』とやらの効果で幼児化したあんたは、監禁されていたビルから抜け出して私のもとまで来たと」


荒唐無稽にも思えるシェリーの説明を、メルは煙草を燻らせながら聞いていた。シェリーは黙って頷き、数時間前の出来事に思いをはせる。
組織に抵抗を示した為に気絶させられ、目が覚めた時にはどこぞと知れぬ場所に監禁され、しかし紆余曲折あって何とか脱出することができた。ところがダストシュートから外に出てみれば、それまでいた日本の研究所ではなく、組織の隠れ家の1つであるイタリアの廃墟ビルに監禁されていたことを知った。


「土地勘も無い、頼れる相手もいない、そんな国に投げ出されて一時は絶望したわ。恐らく、最初から始末する気だったんでしょうね。ついでに臓器でも売ろうって魂胆だったのかしら」


不安に苛まれそうになるのをごまかすかのように、言葉が口をついて出た。そんなシェリーの気持ちを知ってか知らずか、メルは黙って煙草を燻らせている。いっそ叫び出したくなるほどの沈黙の中、メルの口から出たのは無慈悲な冗談だった。


「生憎だけど、私は精神科医じゃない。精神分析なら他を当たるんだね」


シェリーは崖の間際で背中にナイフを突きつけられたような、そんな気分になった。だが想像はしていたことだ、どこの誰が薬の効果によって身体が幼児対抗したなどという事実を信じるだろう。しかし、シェリーも行き当たりばったりでメルのもとへ来たわけではない。


「ええ、そう言うと思ったわ。あなた以外の誰に言っても、返ってくるのはその答えでしょうね。例え私が黒の組織にまつわる情報を提示したとしても、あなた以外の連中は私を『妙な子供』程度にしか思わない」


メルの煙草を持つ手が僅かに動いた。シェリーはなるべく冷静を装い、次の句を繋ぐ。


「今はこんなナリだけど、私も裏の人間よ。あなたのところに来たのは、私の話を信じれるぐらいには頭の回る人物だと知っているから。…そして、黒の組織を嫌っていることも。『アマレット』なんてコードネームまで用意されてるなんて、捕らぬ狸の皮算用とはこのことね」


「…Va bene(わかった). あんたが黒の組織の人間ってことは信じる」


メルが溜息を吐きながら、煙草を灰皿に押し付けて揉み消した。シェリーも末端とはいえ組織の人間だ、組織のボスである『あのお方』がメルを引き抜きたがっているのは知っていた。そして、メルがその要求を幾度も断っていることも。ただの日本人の子供がそんな事情を知っているはずがない。実際の年齢が何歳であれ、シェリーが組織の人間だということは、メルにとって信じられるだけの事実だった。


「けど、あんたは誤解している。私の本業は殺し屋、副業に知恵貸しをやっているに過ぎない。そういう依頼は逃がし屋にするんだね」


「言ったでしょう。あなた以外の誰に言ったところで、子供の戯言だと思われるのがいいところよ。それに、そいつらに黙って仕事をさせられるだけの報酬も、今の私には用意できない」


「お人よしのボンゴレにでも頼めばいい。9代目なら喜んで力を貸してくれるんじゃないの」


「駄目よ、ボンゴレでは顔が広すぎるし、有名すぎる。私を逃がす最中のどこかの段階で、組織の奴らに感づかれるわ」


よほど黒の組織と関わりたくないのか、矢継ぎ早にシェリーの依頼を断ろうとするメルに、シェリーはそうはさせないと言わんばかりに食いついた。今のシェリーにとって、メルは釈迦が垂らした蜘蛛の糸なのだ。


「じゃあ、あんたは私に報酬をいくら用意するつもり?」


「…」


「まあ、あんたが少しでも自分の口座を弄ろうものなら、そこから居所が割れるだろうけど」


「…ええ、そうね。だから大金を用意することはできない。…けど、あなた好みの『謎』だったら用意することができる」


メルの顔つきが変わった。よし食いついた、シェリーはこの機を逃さんと次の一手に取り掛かる。羽織っていた白衣の胸ポケットから2枚のフロッピーディスクを取り出し、そのうちの1枚をメルに差し出した。


「このフロッピーの中には『あのお方』についてのある情報が記録されている」


「…ある情報?」


「その情報が何なのかまでは、私にもわからない。わかっているのは、2枚のフロッピーからなる『暗号』を解きさえすれば、その情報を読み取れるということだということだけ。…『探偵』の血が騒ぐんじゃない?」


メルは静かにシェリーと、シェリーの持っているフロッピーを見つめた。興味を引くことには成功したようだ。


「1枚は今、前金代わりに渡すわ。けどもう1枚は、私を無事にイタリアから逃がした後よ」


「……40点、ってところだね。まあ及第点としてあげる」


メルはそう言って、シェリーが差し出したフロッピーを受け取り、自分の懐に入れた。これで交渉成立だ。シェリーは思わず深く息をつきそうになったが、まだ油断はしてはいけない。問題はこれからなのだから。


「それで、あんたはこれからどうするつもり」


「…日本へ行くわ」


「日本?」


「私と同じ、APTX4869を服用して幼児化したと思われる日本人がいる。まずは彼に会うつもりよ。それからは…」


「そこまででいい。つまり、私はあんたをイタリアから脱出させて、日本へ送ればいいと」


メルは何か考え込むように沈黙し、しばらくすると何か思いついたのか、立ち上がって部屋の奥へと引っ込んでいった。シェリーが居心地悪そうにメルが消えた部屋の奥を見ると、メルは私物らしき洋服と大きめのバケツ、そして黒い染料の入っているポリタンクを持って戻ってきた。


「まず、さっきから悪臭が酷いから、シャワー浴びて。これ服」


「なっ…! し、仕方ないでしょ! ダストシュートを通ってきたんだから…!」


「それから、今あんたが着てる服は処分するから、この染料につけておいて。完全に染まったら細かく切り刻んで、このゴミ袋の中に入れておいて。白衣のまま捨てて奴らに感づかれないとも限らない。あと部屋が汚れるのは御免だから、バスルームで作業するように」


「…わかったわ」


「私は準備のために出かけるから。腹が減ったら冷蔵庫の中にあるものを適当に食べていいけど、それ以外のものには絶対に触らないように。…ああ、未開封のジムビームだけは例外ね。手を付けるとローザがうるさい」


メルは早口でそう言うと、コートを羽織って足早に部屋を出ていった。残されたシェリーは押し付けられた服やバケツを手に、外から鍵をかけられた扉を見つめる。裏切ったとはいえ、あれほど嫌っている黒の組織の人間を、監視無しに部屋に置いておくなど。ボンゴレをお人よしなどと言ったが、彼女も案外お人よしなのかもしれない。


「…いや、単純に私が『segugio』を頼るしか生き残る道が無いから、ね」


シェリーはメルに言われた通り、諸々の用具を抱えてバスルームへと向かった。
















それから数日、シェリーはメルの家で過ごした。さして良い待遇を受けたわけではないが、組織の人間がシェリーを探しに踏み込んでくることもなく、至って平和に過ごしていた。しかし、あまりにも何事もなさすぎて、メルに対して疑問すら沸いてくるほどだった。思わずメルに「いつになったらイタリアを出れるのか」と問うと、メルは決まって面倒くさそうに「準備中」と答えるのだ。
そんなある日、メルはごく庶民的な子供服と、子供用のキャリーケースを購入してきた。更にはそれだけではなく、使い古した感のあるおもちゃに、今のシェリーの身長の半分くらいの大きさのぬいぐるみまで用意してきた。そして、それらをすべてシェリーに渡し、そしてこう言った。


「明日、日本に発つ。明日着る服を適当に選んで、それ以外のものはキャリーケースに突っ込んで」


「え?」


多少の疑問があったものの、シェリーは言われた通り服を適当に選び、それ以外のものをキャリーケースに積んでおいた。まるで旅行の前のようだ、そんなことを思いながらも、組織の目を掻い潜って逃亡する時に向けて覚悟を決めた。
そして翌日、シェリーが目覚めると、メルは荷造りをしているところだった。メルはシェリーに気付くと、懐から何かを取り出してシェリーに差し出した。


「はい」


「…? なんなの、これ」


「偽造パスポート」


ほとんど本物と遜色ないパスポートに、シェリーはほんの少し頼もしいような気持ちになった。やはり、メルを頼って正解だった。ところが、その安心感はパスポートを開き、そこに載っている写真を見た時に完全に崩れ落ちた。
パスポートに載っていたのは、シェリーとは似ても似つかない、別人の少女の写真だった。髪の色こそ近いものの、目の彫りの深さや鼻の高さは完全にイタリア人のものである。驚いたシェリーがメルを見上げると、メルは涼し気な顔でシェリーを見下ろしていた。


「あんたの行方が知れない以上、連中は空港警察か入管あたりに構成員を派遣してる可能性が高い。いくらあんたが幼児化したことを知らないとはいえ、日本人の女がイタリアから出国したとあれば目をつけるだろうから、あんたにはイタリア人のふりをしてもらう」


「けど、この写真じゃすぐに偽造だってばれるわ!」


「それは問題ない。今からあんたに変装してもらう」


「はあ!?」


「とりあえず、黙ってそこに立ってて」


メルにそう言われ、シェリーが半信半疑ながらも黙って立っていると、メルはありとあらゆる化粧道具を取り出してシェリーに変装用のメイクを施し始めた。その手慣れた様子に、恐らくメルにとって変装は慣れたものなのだろうことが伺える。


「…まるで明智小五郎みたいね」


「誰、そのなんとかコゴローっていうの」


「日本で有名な名探偵よ。変装の名手で有名なの」


「ふうん、変装なんて学生時代にかじっただけだけどね。…まあ、こんなものでいいでしょう」


メイクを終えたシェリーが鏡を見てみると、パスポートの写真によく似た彫りの深い顔立ちの自分がそこに立っていた。ある程度の勝算があって、あの偽造パスポートを用意してきたということだったようだ。メルは荷造りを終えたキャリーケースを持つと、自分にも変装用のメイクを施し始めた。


「…ねえ、そろそろ教えてほしいんだけど」


「何を?」


「これからの計画よ。私をどうやって日本にまで逃がすつもり?」


シェリーがそう尋ねても、メルは手を止めることも、シェリーに目を向けることもなかった。


「まあ、すぐにわかるんじゃない」


















「…しんっじられない…!」


それから約12時間後。長時間のフライトを終え、シェリーは無事に日本の成田空港へと到着した。しかし、それは予想外の方法でだった。


「は〜い、イタリアからお越しの皆さ〜ん! バスまでご案内しますので、こちらにどうぞ〜!」


「…まさか、旅行代理店の観光ツアーを利用して日本まで来るなんて、思いもしなかったわよ…!」


シェリーをイタリアから脱出させ日本まで送る方法、それはイタリアの旅行代理店が組んでいる日本の観光ツアーの利用客となり、観光に来たイタリア人母娘のふりをして日本までやってくるという方法だった。イタリアの空港でそのことを理解した時、シェリーは思わず「馬鹿じゃないの!?」と叫びそうになった。


「逃がし屋が使うようなルートは、ほぼ確実に組織の連中に睨まれてる。もちろん船や飛行機なんかの公共機関も監視の目はあるだろうけど、幸いあんたは幼児化してるし、奴らの目も掻い潜れるでしょう。それに、旅行代理店が日本までの航空券を手配することなんてごく普通のこと、連中は怪しみもしない」


「…確かに行きはいいけど、でも帰りはどうするつもり? 言っておくけど、私はイタリアに戻るつもりは…」


「それはもう手を打ってある。あそこの女子トイレに行くよ」


メルはガイドの女性に声をかけた後、シェリーの手を引いて女子トイレへと入った。トイレ内に人の姿は無いが、一番奥の個室の鍵が閉まっている。メルとシェリーはその個室の前に立ち、メルが扉にきっちり三回ノックをする。


「bambino(坊や)、出番だよ」


メルがそう声をかけると、個室の扉が開いて中にいた人物が現れた。そこにいたのは、今のシェリーが着ている服と全く同じ服を着て、全く同じ容姿をした、赤ん坊ほどの身長の人物だった。思わず呆気に取られているシェリーに、その人物は笑って挨拶をする。


「ちゃおっス、シェリー。話は聞いてるぞ、面倒なことになったな」


「え…」


「なんだ、裏の人間のくせに俺を知らねえのか。俺の名はリボーン、職業は…」


「無駄な口を叩かなくていい。あんたを日本に送り届けるという依頼は果たした。ここから先はあんたの好きにすればいい。そいつに荷物を渡して、そして私に報酬を渡してもらう」


「…わかったわ」


シェリーはキャリーケースの中からフロッピーディスクを取り出し、メルに手渡した。メルはフロッピーを自分の懐の中に入れ、シェリーからキャリーケースを受け取ったリボーンの手を引き、その場を後にしようとする。シェリーはとっさに、メルの服の裾を掴んで引き留めた。


「あ…待って!」


「…追加の依頼?」


「いえ、ただ…。…ありがとう」


「…しばらくそこにいて、少し時間が経ってから外に出た方がいい。あと、メイクは1日経った後に水洗いすれば取れるから」


シェリーがそう言うと、メルは表情を変えることなくそう言い残して、今度こそ去っていった。最後に助言を残してくれるところといい、やはりなんだかんだ言って、彼女はお人よしなのだろう。


「…さて、ここから工藤新一の家に行かなきゃ…。その最中で組織の連中に感づかれないとも限らない、慎重に行かないと…」


シェリーはひとまずメルの助言に従い、しばらくトイレの個室で時間が経つのを待つことにした。

















「これで貸しは返したぜ、『segugio』」


「…これごときのことで貸しを返したつもりになられてもね」


空港のロビーで並んで座り、メルとリボーンは仲睦まじい母娘の振りをしながら、そんなやり取りをしていた。日本でシェリーとリボーンが入れ替わり、リボーンと共にイタリアに帰国するというところまでが、メルの作戦だった。そのために家光を通じ、かねてから貸しを作っていたリボーンに協力を取り付けたのだ。


「約束通り、情報代は振り込んでおいたぜ。黒の組織が開発している毒薬…ボンゴレにとって脅威となり兼ね無えからな。しかし、いいのか? 勝手にそんな情報を売っ払って」


「ほとんど無償で依頼を引き受けてやったんだから、これくらいの見返りがあってもいいでしょう」


「はっ、したたかな女は嫌いじゃねえ。だが報酬は報酬で手に入れたんだろう、そのフロッピーの暗号の解読は終わったのか?」


「そんなものは初めから無いよ」


メルの言葉に、リボーンは驚いたように眼を見開いた。報酬としてシェリーから受け取ったフロッピーに記録されている、暗号化された組織のボスの情報が、始めから無いだと? メルは懐から2枚のフロッピーを取り出し、冷たい眼で見つめる。


「よく考えなくてもわかること。自分の姉が死んだ任務の詳細も知ることができないような末端の構成員が、組織のボスに関わる情報なんて掴めるはずがない。あれはあのクライアントなりの、私に依頼を断られないための一世一代のハッタリだったってこと」


「…わかってて引き受けたのか?」


「むしろ、本当に組織の情報なんて渡されてたら、黙ってあの小さな頭を撃ち抜いていただろうね。私は鍵のかかった箱をこじ開けて、その中身を覗き見るのが趣味。だけど、目についた片っ端からパンドラの箱を開けて回るほど愚かじゃない。見たい奴が勝手に見ればいい。『segugio(私)』の仕事ではない」


そう言ってメルはフロッピーを2枚まとめて折って割り、近くのゴミ箱へと投げ捨てた。これ以上、あの組織に関わることは無い。メルはいつかの任務の時のように、さっさとイタリアに帰りたいと、そう思った。


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