300000hit&10000clap | ナノ

HQ影山夢



夢主は連載夢主等のキャラクターではなく、完全に独立したこの話だけの夢主となっておりますので、名前変換は『デフォルト苗字』『デフォルト名前』を変換してください。
夢主は影山厨の変態で、夢主一人称での話となっております。この時点で受け付けないと思った方はどうぞターンバック。
















朝5時の烏野高校。まだ空は薄暗く、気温はぶっちゃけ寒い。校舎はもちろん鍵が閉まってる。そんな中、学校の敷地の一番西にある第二体育館からは、2人分の声とボールの音が聞こえてくる。私はというと、最高の特等席から、最高の景色を眺めている。


「あぁん…! 影山くん、今日も素敵…!」


学校のすぐ裏側の林、その中に生えてる一本の木の上で、双眼鏡とノートを手にした私は鼻血が出そうになるのをこらえながら、バレーの練習をしている影山くんを見ていた。


















烏野高校に入学したその日から、私は影山くんに心を奪われてしまった。
あの入学当初の憂いを帯びた表情も、バレー部に入ってからの重荷を全て下ろしたかのような穏やかな表情も、授業中に睡魔と戦うのに一生懸命な表情も、練習中の真剣そうな鋭い表情も、影山くんが見せる全ての表情にもう完全ノックアウトされてしまった。朝も昼も夜も、考えるのは影山くんのことばかり。
しまいには、影山くんの全ての表情を見ていたくて、影山くんを陰からこっそり観察するのが私の日課となった。そう、朝も昼も夜も、欠かすことなく!


「あぁっ! 今のトス、すごいドンピシャ! レシーブめっちゃ乱れてたのに! さすが影山くん!」


私は首から下げた画板に取り付けたノートに、『レシーブ:Cパス』『トス:Rブロード』と書きこむ。影山くんが好きなバレーについても、今までカケラも知らなかったので1から勉強した。そしたら、影山くんの上げているトスがどれだけ凄いものかということにも気づいて、ますます影山くんが好きになってしまった。それがわかって以来、今までの『影山くん観察ノート』に加えて『影山くんバレー観察ノート』が加わった。おかげで毎朝早起きして、帰りも遅くなっちゃったけど、でもバレーをする影山くんが見られるなら全然辛くない!

バレー観察ノートの内容は、今やってるサーブレシーブからの攻撃の練習だけでなく、ロードワークのタイム計測から腕立て伏せの回数計測まで、ありとあらゆる影山くんデータを記録している。前回の記録より良い記録が出たりすると、私の方が嬉しくなってしまったりする。

…わかってる、私のやってることって完全にストーカーのそれだってことは。でも、私は影山くんとどうこうなりたいなんて、そんなおこがましいことは望んでいない。私はただ、影山くんがバレーをしているところや、影山くんがテストに頭を悩ませているところ、影山くんが美味しそうにお昼ご飯を食べているところを見て、幸せな気分になりたいだけなのだ。従って、影山くんに危害を加えるつもりは一切ない。そんなことするぐらいだったら自害します。腹切ります。


「よし、今日の朝練はこれで終わり! しっかりクールダウンしろよ!」


「ウス!」


はっ、もう練習終わりの時間か。影山くんを見ていると時間が流れるのが速いなぁ…。あぁっ、クールダウン中の影山くん素敵! 滴る汗が色っぽい! タオルを差し出してあげたい! あ、美人のマネさんが差し出してあげてる、羨ましい…。

けど私は影山くんにはタッチしない、それがポリシー。いついかなる時もいかなる場所でも、踊り子には触れてはいけないのがルール。だって影山くんと対面したその瞬間に、すっごい気持ち悪い顔することが容易に想像できるもん。絶対「デュフフ」とか言っちゃいそうだもん。現に今言ってるからね。自分で自分が怖い。

ああもう、なんでこんなに影山くんが好きなんだろう? 私、これまで超無気力というか、何にも興味が持てないというか、むしろ世の中くだらねーって斜め下に見てたヤツなんだけどなぁ。なんだか、影山くんの真っ直ぐさを見ていると、私はものすごく心が痛いような、それでいてキュンッてなるような、そんな感覚になるんだ。少し前まで人生とかなんてクソゲーとか思ってたけど、今は影山くんのおかげで人生楽しい! 人生ってマジ神ゲー!


「…って、いけない。私もさっさと降りなきゃ遅刻だ…」


ノートと双眼鏡を背負っているリュックにしまい、私はそろりそろりと木を降りる。ホームルームまであと15分。それまでに教室に行って、ホームルームからいきなり寝そうになっちゃう影山くんの姿を拝まなくては…。あぁ、なんて楽しい学校生活! こんな学校生活なら永遠にループしててオッケーなのに!
















お昼休み、私はお昼のパンを食べながら、物凄いスピードで物凄い量のお弁当を食べている影山くんを見ている。今日もきれいな盛り付けのお弁当だ、きっとお母様が愛情こめて作ってるんだろうなぁ。そんなお弁当をお米ひと粒たりとも残さないで綺麗に食べる、そんな影山くんがただただ尊い…! いっぱい食べる君が好き…!

そしてもう少しすれば、影山くんと同じバレー部の日向くんがボール片手に「練習するぞ!」って来るはずだ。そしたら影山くんは日向くんと一緒に、第二体育館で練習する。たまに同学年の山口くんと月島くんとか、先輩の田中さんや西谷さん、菅原さんとかが混じったりする。もちろん、その最中も私はしっかり影山くんを見てるけどね! ただ、さすがにお昼休み中に木に登るのはちょっと時間がかかるので、第二の特等席である2階の特別教室から見るのだけれど。


「影山ーっ! 練習すんぞーっ!」


ほら、来た。さて、私も準備するとしますか。学習机の横のフックにひっかけたリュックを取ろうとした、その時だった。


ドンッ!!


「あっ!」


「わっ!?」


私の机の脇を通って影山くんのところに向かっていた日向くんと、リュックを取ろうと机横に伸ばした私の手が、ぶつかってしまった。ぶつかった衝撃で、私は手にしていたリュックを床に落としてしまい、中に入っていたノートやペンケースが飛び出してしまった。しまった、お昼のパンをリュックの中から取り出した後、チャック閉じるの忘れてたみたいだ! 中には影山くん観察ノートと、影山くんバレー観察ノートも入ってるのに!


「ご、ごめん! 痛くなかった!?」


「何やってんだ日向ボゲ! ナナシノさん、大丈夫っスか」


「えっ、あっ、だっ、だだだい、だいじょうぶですっ」


ひゃーっ!! 影山くんに話しかけられちゃったーっ!! ヤバイヤバイ、めっちゃどもっちゃったよーっ!! 日向くんが申し訳なさそうに謝ってくれてるけど、でも色んな意味でそれどころじゃないーっ!!


「ほ、ほんと、だいじょうぶ、だいじょうぶなんでっ、ぜんぜん気にしないでっ!」


とりあえず優先事項は、影山くん観察ノートを2人に見られる前にリュックに戻すことだ。私は日向くんと影山くんがノートやペンケースを拾おうとしてくれたのを慌てて制して、急いで床に散らばった私物をリュックの中に押し込んだ。


「ノートとか汚れてねえっすか、大丈夫っすか?」


「だだだだだだ、大丈夫です、ハイ! ちゃんと綺麗です!」


「ほんとごめんな、ナナシノさん! 今度から気を付ける!」


ああ、私のノートの心配までしてくれるなんて、影山くんの優しさが五臓六腑に染みわたる…! 私はノートになりたい…! にやけそうになるのを堪えて、何とか平常心を保っていると、影山くんと日向くんはバレーをしに行ってしまった。ほっ、とりあえず最悪の事態は免れた…。


(って、めっちゃ乱暴にリュックに突っ込んじゃったけど、ノート大丈夫かな!? 破れてたりしたら死ぬ!)


そこで影山くん観察ノートの安否確認がまだなのを思い出し、慌ててリュックの中を確認する。授業用ノートなんかどうでもいいけど、影山くん観察ノートと、影山くんバレー観察ノートには折り目1つすら許されないんだよ!
まず最初に手に取った、影山くんの学校生活を綴った影山くん観察ノートは無事だった。ちゃんと数分前に書いた、今日の影山くんのお弁当の具の記述もしっかりある。ひとまずほっとしたところで、もう1つの大事なノート、影山くんバレー観察ノートの安否を確認せねば。





ガサゴソ…ガサゴソ…





…ん? あれ? 出てこない?
え? 待って、おかしくね? あれ? これもしかして無くね?
えええええええええええええええええええええ、あれぇっ!? 私はもう一度リュックの中を探る。無い。やっぱり無い。どんなに探しても無い。


(おおおおお、落ち着け私! どこだ、どこに置いてきた!? 朝練の時にはちゃんとあったはず、まさか移動教室の時か!? 今日の移動教室は確か化学と体育とあと何だっけ!?)


必死で記憶の中を巡り、影山くんバレー観察ノートの行方を辿る。あれが他人の目に触れたら、私が影山くんストーカーなのが世に晒されてしまう! ましてや影山くん本人に見られようものなら…!


(影山くんに嫌われて警戒されようものなら、もうあのバレーする時のかっこよすぎるご尊顔を見れなくなっちゃうーっ! いや、ゴミを見るような目で見られたら、それはそれでご褒美なんだけど…。いやいや、それよりもこんなストーカーにハアハア見られてると知ったら、影山くんの気分を害してしまう!)


自分が気持ち悪い自覚なんてできてる、それでも影山くんを見ていたいのだ。もちろん影山くんにはバレないように! 私みたいなのに見られてるなんて知ったら、気持ち悪くて仕方ないだろうからね!
っていうか、それどころじゃない。それよりもノートの回収だ。他人の目に触れる前に、何とかして回収しなければ! 私はまだ食べてる最中のパンをリュックの中に突っ込んで、すぐさま心当たりのある場所をしらみつぶしに当たることにした。ああ、昼休みバレー中の影山くん…! 是非ともこの目に収めて、ノートに記録したかった…!














…お、おかしい。今日行った教室は全部探した。念のため、今日入ったトイレの個室まで探した。最悪の事態を覚悟しつつ、職員室の落し物置き場も訪ねた。なのに無い。どこにも見当たらない。どうするんだよ私、もう放課後だぞ!? 放課後といえばバレー部の練習、バレー部の練習といえば世界一かっこいい影山くん!影山くんのバレーを見れないまま家に帰るなんて、私に死ねと言っているも同然! うわああああ、どうしようほんとどうしよう! 思い出せ私、他にノートを置いてきそうな場所!


(…あれ? そういえば、朝練の時以降、ノートを見た覚えがない…。まさか、林の中に落としたとか!?)


それだ! きっと朝、影山くんバレー観察をした後、木を降りる最中にノートを落としたんだ! 多分、その時もリュック開けっ放しだったのかもしれない…。ストーカーの癖に、こんなに危機感薄くて大丈夫なのか…。ストーカー失格だな、私…。いやむしろストーカー極めてる方が危ないんだけどね。


「それじゃあ、今日のホームルーム終わりー。部活の奴は練習頑張れー。それ以外は気をつけて帰れよー」


「失礼しまーす」


担任の挨拶を皮切りに、ホームルームも終わった。影山くんはいつも、先生が挨拶し終わったその瞬間に席を立って、真っ先に体育館へ向かう。ああ、影山くんのそんなストイックなところが好き…! とかそんなこと言ってる場合じゃない、早くノートを探しにあの林に…!


「ねー、影山くーん! 今日、みんなでカラオケ行くんだけど、影山くんも行かない?」


影山くんに倣って私も教室を出ようとした時、クラスメイトのな…な…なんだっけ…。確かナガノさんとかそんな名前だった気がする、漢字は書けないけど。とにかくクラスメイトのキャピキャピした感じの女子が、影山くんに声をかけた。このアマ、見てわからねえのか! 影山くんはこれから練習に行くんだよ!


「スンマセン、練習なんで」


「そっかぁ〜。今度、休みの時とか一緒に行こうよー!」


ナガノさん(仮)は案外、引き際は良かった。影山くんはナガノさんとその後ろの男女にぺこりと頭を下げ、猛ダッシュで体育館へ走って行った。ぶっきらぼうに見えてちゃんと礼儀正しい、そんなところが素敵…!


「残念だねー。他はだれ誘うー?」


「そうだねー、せっかくだからみんなと仲良くなりたいもんねー」


ナガノさんは近くの女子とキャピキャピ話してる。ま、私には関係ない話だ、さっさとノート回収に行こう。そう思ったその矢先、ナガノさんが私の方を一瞬見てきた。本当に一瞬だけ、私とナガノさんの目があう。


「…ねえ、宮本くーん! 今日の放課後ってヒマー?」


そして、すぐに逸らされた。わかりやすく、見て見ぬ振りとやらをされた。
…うん、まあ仕方ないよなぁ。私、中学の時にはクズで通ってたから。運動部の人とか、めちゃくちゃ馬鹿にしてた。別にプロになるわけでもないのに、なに頑張ってんのって。なんの意味があって、そんな無駄でしかないことしてんのって。バカみたいって。心の中ではずっとそう思ってたし、口に出したこともあった。その時は、クラスの運動部の女子みんなから総スカン食らったな。

だって、知らなかった。何かに一生懸命になって、文字通り命を懸けて頑張ってる人が、あんなにかっこいいだなんて。影山くんに会うまで、知らなかった。

私が影山くんのストーカーをしてる理由はそれだ。無い物ねだり。私には、影山くんにとってのバレーのようなものはない。何にも頑張れない、何にも本気になれない。バカなのは私だ。他人を見下さないと、自分が見下される側の人間だって思えてしまうから、そうしていただけ。

でもさ、私も変わったんだ。頑張ってる人を見ても、もうバカにしたりなんかしない。すごいすごいって、頑張れって、キミならできるって、応援したくなるよ。だから、影山くんのこと、応援したい。でも、影山くんには私のこういうクズ極まりないところ、見られたくない。ちっぽけな自尊心。何とかって小説に出てくる虎みたいだ。


(…ノート、探しに行こう。気持ち悪いストーカーなんだから、せめて周りに迷惑かけないようにしないと)


私はキャピキャピ騒いでるナガノさんたちを見て見ぬ振りして、ノートが落ちているのであろう体育館裏の林へと向かった。













(…といっても、今は練習中…! 誰かに勘付かれたら、その瞬間に終わる…! 忍者のようにしなやかな動きでノートを探せ、ナナシ…!)


体育館からは練習中のバレー部の掛け声が聞こえてくる中、私は雑草をかきわけてノートを探していた。ボールの音に混じって聞こえてくる掛け声は絶えることがなくて、バレー部のみんなが必死に練習してるんだろうなっていうのがよくわかる。中でも影山くんの声は、ひときわ凛としていて聞き惚れてしまう…! 今まで視覚だけで影山くんを追っていたけど、これはこれでなかなかオツなものがある…! 今度、ボイスレコーダー買おうかな…!


「…っていうか、マジでどこにあんの…? こんなに見つからないもの…?」


もちろん影山くんの声だけに夢中になってるわけじゃない、ちゃんと手と視覚を駆使してノートを探しているわけだが、なかなか見つからない。ちゃんと特等席の木のあたりを探してるのに、どういうことなんだこれは。まさかとっくのとうに誰かに拾われて、インターネッツに晒されてプギャーされてるとか!? ダメだダメだ、大切なものが手元にないとどんどんネガティヴになっていく…。


「おーし、10分休憩な!」


「ウス!」


「影山ー! レシーブするからサーブ打ってくれー!」


「あ、俺も入る!」


そんなこんなしてるうちに、バレー部はどうやら休憩に入ったらしい。相変わらず休憩中に休憩しない人たちだなぁ。あの声はおそらく、西谷さんに日向くんに違いない。サーブレシーブの練習がしたいから、影山くんにサーブをお願いしたというわけだ。まあ影山くんのサーブは凄いもんね! 威力も速さも天下一品で、あれにコントロールがついたらもう敵なしだもんね!

って、それどころじゃないんだよ。休憩中は体育館の外に出てきて、水道で顔洗ったり風にあたったりする人もいるんだから、下手を打てば私の存在がバレてしまう。ここは一度、身を伏せてジッとしておくべきか。まあさすがに、誰もこの林の中まで来たりはしまい…。


「オラ日向! 打つぞ!」


「来いやァッ!」


ドゴォッ!!!


「おわっ!?」


「あっ! ボールが!」


「この下手くそーッ!! 裏の林までボール飛ばすなんざ、どういうレシーブの仕方してんだボゲェ!!」


(へ?)


ちょっと耳を疑うような発言が聞こえてすぐ、私の後ろの方からガサッという音が聞こえた。恐る恐る振り返ってみると、雑草と枝だらけの地面の上を、バレーボールがコロコロと転がっている。その光景に、私は全身からサーッと血の気が引いていくように感じた。


「ご、ごめん! 俺がタイミング悪く扉開けたから…」


「東峰さんは悪くないです! このド下手くそがレシーブもろくに上げられないのが悪い!」


「んなっ! 上手くなりてーから練習してるんだろうがーっ!」


「はいはい落ち着け。幸い学校の敷地内だし、勝手に入っても怒られないから、さっさと取ってくれば大丈夫だから」


つ、つまり、影山くんのサーブを日向くんがレシーブしたものの、あまりにも影山くんのサーブが凄すぎてレシーブを弾いてしまい、そこへ運悪く外で涼もうとした東峰さんが体育館裏側の扉を開けて、その開いた扉からボールが私のいる林の方まで飛んできた、と…。どんなピタゴラスイッチだ!! しかもめっちゃボールと距離近いんですけど!! ヤバい、さっさとこの場から離れないとエライことに…!


「ったく、俺のサーブでそれなら、及川さんのサーブなんて触ることもできねえぞ!」


「わかってるっつーの! ってか何でお前が取りに行くんだよ! 俺がミスったレシーブだぞーっ! 俺が取ぉるっ!!」


「んなっ、負けるかァァァッ!!」


ホラーーー!!! 絶対やると思ったんだ、あの息ぴったりコンビ!!! 2人揃ってボールめがけて全速力で走ってくるぅぅぅ!!! 私の鈍足じゃ逃げるのなんて無理無理無理!!!


「あった! ボール…ってあれ? ナナシノさん?」


「あ? …あ、ナナシノさん、ちわっす」


「…ち、ちわっす…」


あぁ、終わった…。私の影山くん観察ライフ…。短いけれど楽しい人生だったな…。いや、まだ諦めるのは早いぞナナシ。ここを何とか誤魔化せば、私の影山くん観察ライフ続行も夢ではない!


「れ、練習お疲れさまです…。こんなところで会うなんて奇遇だね…」


「ってか、なんでナナシノさんはこんなところにいんの?」


「え、えぇっとそれは…。実は私、こういう木とか自然に溢れたところが大好きで…。よくスケッチしに来るんだー、あはは…」


「へー! そうなんだ、確かにここ『自然』って感じだな!」


よっしゃ、日向くんは信じた! 実際はスケッチどころか絵心皆無だし、自然に溢れたところよりもクーラーの効いた室内の方が好きだけど! 影山くんは私には興味がないのか、地面に転がっているボールを拾いに行っていた。そんなバレーボール一筋なところが素敵…!


「…ん? なんだあれ」


その時、影山くんが上空を見上げながらそう呟いた。私と日向くんが、ふと影山くんの視線の先を見る。その時、何とかこの場を誤魔化そうとフル回転していたわたしの思考回路が、ビシッと音を立てて凍りついた。
影山くんの視線の先、それは私の特等席となっている木の上で、その木の枝に見覚えのあるノートが引っかかっていた。そ、そ、そ、それは間違いなく、私の影山くんバレー観察ノートぉぉぉぉぉっ!!! そんなところにあったのかよ、気付かねえよそんなん!! ここ昼間でもまあまあ暗いんだぞ!! っていうか、どんな落とし方をしたらそんなことになるんだよーっ!!


「なんだありゃ!? ノート!?」


(や、やばばばば、ヤバいヤバいヤバい!! 完全に注目の的、ここはどうにかして2人を体育館に返し…!!)


「落とすか」


へ? と思ったその瞬間、影山くんが手に持っていたボールを頭上に軽く投げ、木の枝に引っかかってるノート目掛けて高いトスを上げた。針の穴を通すような正確なトスはノートに直撃し、そのまま真下に落ちた。きゃあああ、超ナイストス、さすが影山くん! ってそうじゃない!! 恐れていたことが起きてしまった!!


「あ、あああ、あの、待っ…!」


「何だろ、誰のノート?」


私が待ってと言う前に、日向くんと影山くんがそのノートをひょいっと手に取り、パラパラとめくって中身を見た。あ、オワタ。私の人生、完全にオワタ。失意やら絶望やらで真っ青通り越して真っ白になる私を気にせず、2人はノートの中身を目に通していく。そして、予想外の発言をかました。






「す、すげえ!! 何だこれ、めっちゃお前のこと分析されてんぞ!!」






…ん?


「今日の朝練のトスのことまで、めっちゃ詳しく書いてある! まさかどっかの学校のスパイの仕業じゃ…!?」


「す、スパイ…!? 及川さんならやり兼ねねえ…!」


「いや、待てよ…。ひょっとしたらスカウトマンのノートだったりするとか!? くっそ、ぜってー負けねえからな影山!!」


…あ、あれ? おかしいな、あれ私の書いたノートだよね…? なんか、影山くんも日向くんも、食い入るように私の影山くんバレー観察ノートを読んでる…。あれ、普通はストーカーの仕業と思って気持ち悪くなったりするんじゃないの…?


「ナナシノさん、よくここ来るんだよな!? なんかこう、サングラスかけてるスカウトマンとか見なかった!?」


「え…い、いや、見てないけど…」


「なっ、昨日のサーブ練、そんなコース絞れてねえのか…! クソ、今日はコントロール意識して打つ…!」


…なんか、本当に予想外の方向に話が進んでいる。いやでも逆に、影山くんが気分を害したりしなければ、スカウトマンの仕業だって思われてもいいか…。


「…ん? あれ、この字どっかで…」


「なにっ!? 影山、スカウトマンと知り合いなのか!?」


「いや、知らねえけど。…この字、もしかしてナナシノさんの字っスか?」


「ぴゃいっ!?」


思わぬところで名前を呼ばれ、私は変な返事の仕方をしてしまう。え、いや、まあ、確かにそれ私の字、っていうか私のノートなんだけど。それよりも再びオワタ、絶対気持ち悪るがられる、でも影山くんに真っ直ぐに見られると嘘なんかつけない。私は恐る恐る首を縦に振った。


「ご、ごめんなさい…! でも、もうこういうことはしないから…! だから…!」


「マジっスか!? じゃあこれ、借りてもいいっスか!?」


「…えっ?」


だけど、影山くんは私の予想に反して、キラキラとした目で私を見てきた。あれっ、おかしくない? 普通はゴミを見るような目で見られるんじゃないの? 私、その覚悟はしてたよ?


「自分でもバレーノート書いてるけど、こんな細かく的確に書けてないんで。参考にしたいんすけど、いいっスか!?」


「え、あ、う、うん…」


「あざっす!」


そう言って影山くんは私に頭を下げてきた。いや、いいの? キミが頭を下げてるヤツ、筋金入りのストーカーだよ? そんなヤツにお礼とか言っていいの?


「影山だけずりー! ナナシノさん、俺のもねーの!? 無かったら俺も書いてくれよ!」


「え…あ、あの、いいの…?」


「「?」」


「私、勝手に影山くんのこと見て、勝手に書いてただけだよ…? それに私、バレーは高校入ってから勉強したし、あんまり役に立たないと思…」


「えっ!? あんなめっちゃ詳しく書いてあんのに!? 俺も高校からバレーの勉強するようになったのに、ナナシノさんスゲーんだな!」


日向くんが妙にキラキラとした、尊敬の念のこもった目で私を見てくる。…いや、気にするところそこじゃない。『勝手に見てた』ってとこ気にしようか。逆に心配になる私の気持ちなど露知らず、影山くんも日向くんと似たような目で私を見てきた。


「プロのアナリストが書いたもんかと思うぐらい的確でした。ナナシノさん、プレーヤーになったりしないんスか?」


「と、とととと、とんでもない! 私、運動音痴だし…!」


「じゃあ、アナリストになればいいと思います! こんな的確な分析できる人が、バレーに関わらないの、勿体ねえし! ウチのバレー部のアナリストとか、どうっスか!?」


いや、影山くん。キミのそういう純粋なところ、もう萌え死にしそうなほど素敵だと思うけど、ストーカーにストーカー行為を促進しちゃダメだよ。御身のことをお考えになろうか。私が現状で満足せず、暴走しない保障がどこにあるの? いや影山くんに迷惑かけるぐらいなら入水するけど。


「で、でもほら、私こんなんだから…。不真面目な人が入ったりしたら、影山くんたちに迷惑が…」


「? ナナシノさん真面目じゃないっスか。このノートだって、めっちゃ努力してバレーの勉強して書いたんだろうなって、わかります」


思わず耳を疑った。めっちゃ努力した? 私が? 私、ただ影山くんのことが好きなの拗らせて、勝手に勉強してただけだよ?


「俺もバレー好きですから、わかります。ナナシノさん、バレー好きなんですよね。でなきゃ、こんなすげーノート書けません」


いや、私が好きなのは影山くんで、バレーが好きなのは影山くんが好きだからだよ。あれ、それだと私もバレーが好きってことになるのかな? なんだか頭こんがらがってきた…。
でも、嬉しい。別に見返りとか求めてたわけじゃないけど、でも影山くんに認められたみたいで、嬉しい。ヤバい、なんか泣きそうになってきた。でも影山くんはそんなこと関係なしに、そんな私の涙腺を決壊させる、ド級の一言を放ってくる。






「だから、ナナシノさんのこと、すげえと思います」






……影山くんは、どうしてそんなにかっこいいんですか。そんなことを言われたら私、涙腺がダムのように決壊してしまいます。そうなのかな、私、誰かにすげえって言われるような、そんなヤツになれたのかな。ただの気持ち悪い、ちっぽけな自尊心を抱えた、ストーカー女の私でも。


「おーい、お前らもう休憩終わるぞー!」


「あ! す、スンマセン! すぐ戻ります!」


「じゃあ、これ借ります! あざっした!」


「あ…」


そこへ主将の澤村さんらしき声が聞こえてきて、日向くんと影山くんは体育館の方へと戻っていった。むろん、私の影山くんバレー観察ノートと一緒に。…あれ、他の人が見たら間違いなくストーカーのものだとバレるよな。特に月島くんあたりとかだと、確実にドン引きするよな。やっぱり私の人生、終わったか。


(…でも、それでもいいや。影山くんの役に立てたのなら、気持ち悪いストーカーで)


アナリスト、アナリスト。頭の中にはその単語が反芻する。アナリストになったら、私も影山くんみたいになれるかな。影山くんみたいに、キラキラしたかっこいい人になって、影山くんの役に立てるかな。


(それから、影山くんをもっと至近距離で拝めるのかな…!? あの完璧な造形のお顔とか、引き締まった筋肉とか、正確無比なトスを上げる美しい指とか、近くで見れるのかな!? それなんてユートピア!?)


まあそれ以前の問題で、私はストーカーなんだけども。でも影山くん公認なら、ストーカーしてても許されるかな、デュフフ。そんな気持ち悪い考えを浮かべながら、体育館から聞こえてきたボールの音と影山くんたちの掛け声に耳を澄ませた。

















「なあ影山、なんであのノートがナナシノさんのってわかったんだ?」


「字が綺麗だったから」


「へ? 字?」


「授業中、黒板に書かれた文字が文字に見えない時とかあるだろ。死ぬほど眠い時とか」


「あー、わかる! なんか文字読んでても、全く内容が頭に入ってこないことあるよな!」


「でもナナシノさんの字は、どんなに眠くてもちゃんと読める。俺が今まで見てきた中で一番、綺麗な字だと思う」


「へー。習字とかやってたのかな?」


「多分な。で、めっちゃ練習したんだと思う。そういう字だからすぐわかった」


「お前、けっこう人の細かいところ見てるよな。そういうの勉強で活かせれば、もうちょっとマシになれんのにな!」


「お前に言われたくねえんだよボゲェ!!」















その後、ナナシは男子バレー部のアナリストこと、影山の公認ストーカーになったとかなってないとか。



[ back to top ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -