HQ夢主と白鳥沢主将の遭遇
凛々は何故か不良に強い。過去に、如何にもなガラの悪い男に絡まれていた友人の仁花や、しつこくナンパされている潔子を助けたりなど、あまり自慢にならない実績もある。しかし、そんな凛々にも敵わない存在はいる。それは変態だ。
(…な、なんでこんな混んでるんだろ…身動き取れないぃ…)
蒸すような暑苦しさと圧迫感に苛まれながら、凛々はようやく掴めた手すりを離さないように握りしめた。ここは電車の中、凛々は馴染みの整体外科病院での定期検診を終え、病院の最寄り駅から5駅ほど離れた自宅の最寄りへと帰る最中である。なのだが、人身事故か何かがあったのか、電車の中は身動きが取れなくなるほど人で溢れかえっている。
(あと3駅…あと3駅ガマンすれば家に着く…! お腹空いたし昨日録画したVリーグの試合見たい…!)
そんなことを考えて息苦しさを紛らわせながら、凛々は今か今かと窓の外の光景を見ていた。まだ次の駅には着きそうにない、凛々は溜息を吐きたくなってきた。その時だった。
ぐわしっ
「うぎゃあっ!?」
急に臀部のあたりを襲った感覚に、凛々は思わず叫び声を上げた。周囲の視線が一斉に凛々に集まるが、凛々はその視線を気にすることもできない状況にあった。恐る恐る後ろを振り返り、今まさに自分の尻をわしづかみにしている若い男の顔を見る。
「…あ、あの…」
「え?」
「手、離してくれませんか…なにと間違えて掴んだのか知りませんけど…」
自分が何を言っているかもよくわからないまま、凛々は混乱状態の頭を振り絞って呟いた。これはあれだ、いわゆる痴漢というやつだ。話には聞いたことはあるが、実際に体験したことはなかった、いやしててたまるか。完全に思考停止状態に陥っている凛々とは逆に、当の痴漢本人はすっとぼけた顔をして首を捻っている。
「何を言ってるのかわからないけど、勘違いじゃないか?」
「…はい? いや、でも…」
「おいあんた! 言いがかりをつけるのもやめないか! ずっと見てたが、その人は痴漢なんかしてないだろ!」
ただでさえ正常な判断ができない状況かだというのに、すぐ隣にいた中年のサラリーマンらしき男が凛々と痴漢の間に割り込んできた。凛々が呆気に取られて何も言えずにいると、ごった返すような人々からひそひそと囁き声が上がる。
「なに、痴漢冤罪?」
「あー、女子高生の小遣い稼ぎか」
「なっ…!?」
嘲笑交じりの声が聞こえてきて、凛々は頭に血が昇って手すりを握る手に力を込めた。要するに、自分が嘘をついていると思われているのだ。ただでさえ何が何だかわからないというのに、おまけに謂れのない疑いをかけられ、凛々は怒りやら悔しさやらで顔を真っ赤にして唇を噛んだ。ここが電車の外で、相手が何の気兼ねもなく退治できるような如何にもなゴロツキだったら、即座に急所を蹴り上げてやったのに。そんなことを思ったその時、凛としたアルトヴォイスが聞こえてきた。
「ちょっと待ってください、彼女の言うことが嘘と決めつけるのはまだ早いでしょう」
その芯の通った美声に、あたりが一瞬静まり返る。すると、人の波をかき分けて、白いブレザーにチェックのスカートという制服姿の女性がやってきて、凛々を庇うように中年男との間に入り込んだ。驚いた凛々が自分より10cm近く背の高い彼女の顔を見ると、凛々がよく知っている人物であった。
「あ、白鳥沢の…!」
凛々に手を差し伸べた救世主、それは一時期は凛々も志望した白鳥沢学園女子バレー部の栄えある主将、空知小鳩その人であった。小鳩は凛々に振り返り、安心させるように柔らかく微笑んでから、並んで立っている中年男と痴漢に向かい合う。その女子高生離れした俳優の如き美形さに、2人の男が一瞬気圧されていた。
「私は彼女が嘘をついているようには見えませんが。あなた、本当に触っていないんですか?」
「なっ、触ってないって言ってるだろ! 」
「何だよ、そいつの仲間か!? 悪知恵ばっかりつけて、これだから最近の子供は…」
逆上する男たちに一歩も引かない小鳩に、凛々は不安に思いながらも何も言うことができずにいた。小鳩は至って冷静に受け答えをし、背中越しに凛々の手をやんわりと握って凛々を安心させる。
「仲間? 悪知恵? それは、どういうことでしょうか?」
「どういうことって…痴漢冤罪をでっちあげて、この人から示談金をぼったくろうって寸法だろ!」
「はっ!? そ、そんなことするわけ…!」
「言い訳は聞きたくないね! 何だったら、次の駅で降りて駅員のところに行ったっていいんだぞ!」
凛々の尻をわしづかみにした痴漢が勝ち誇ったように放った言葉に、やましいことは一切していないにも関わらず、凛々は言葉が詰まってしまった。ところが、小鳩はその冷静な表情を一切崩さず、落ち着いた様子で頷いた。
「わかりました。ではそのようにしましょう」
「え?」
「え!? あの、でも…!」
「駅員さんに間に入ってもらって、どちらが正しいのか決めていただきましょう。もちろん、あなたがたが正しい場合には、私もそれ相応の謝罪はしますので」
「…い、いいんだな!? 学校や家に連絡がいくと困るんじゃないか!?」
小鳩の言葉は予想外だったのか、男たちは目に見えてうろたえている。するとタイミングよく電車が次の駅に着き、男たちの側のドアが開く。乗り込んでくる乗客はほぼほぼおらず、扉付近の乗客たちは4人に道を開けるように一度電車を降りた。
「構いませんよ。さあ、どうぞ」
「ふ、ふん! 後悔しても知らないぞ!」
後に引けなくなったのか、中年男と痴漢は並び立って電車を降り、凛々と小鳩もその後を追って電車を降りた。急展開についていけず、困ったように小鳩の顔を見上げる凛々に、小鳩はまるで王子様のような落ち着いた笑みを見せる。
「大丈夫だよ、私がいるから」
「は…はいっ…!」
その笑顔に見惚れ、小鳩の頼もしさに思わず泣きそうになりながら、凛々は速足で歩く男たちの後を追い、駅員のもとへと向かった。
男たちから一方的な事情を聴いた駅員は、4人を駅員室へ通して話を聞くこととした。4人は向かい合わせに置かれている椅子にそれぞれ腰を下ろし、間に駅員を挟んで話し合いの体勢を取る。少し落ち着いた凛々が今度こそしっかり反論してやると鼻息荒く息巻いていると、小鳩はブレザーのポケットから携帯電話を取り出し、操作し始めた。それを見た男たちがこれみよがしに小鳩を責める。
「おい、こんな時にケータイなんかいじるんじゃないよ! これから話を…」
「いえ、その必要はありません。駅員さん、警察の方を呼んでくださいませんか」
「え!?」
開口一番に小鳩が言い放った言葉に、凛々を含めた他の4人が呆気にとられた。小鳩は携帯電話の画面を印籠のように男たちに見せつける。その画面には、携帯電話のカメラで撮ったものらしいムービーが映っていた。
「この電車はウチの後輩たちが通学のために使うんですが、近頃この電車で2人組の痴漢が出るという話を聞きましてね。これがかなり悪質で、1人は実行犯、1人は被害者が声を上げたり抵抗した時に実行犯を庇って、まるで痴漢冤罪であるかのように仕立て上げてその場から逃れるそうです。これはウチの後輩が被害にあった時に、もう1人の後輩が撮っていたムービーなんですが」
「あっ…」
「同じ人、同じ路線、同じ手口で何度も繰り返していれば、目をつけられて当然です。もちろん証拠はこのムービー以外にもあります、言い逃れはできませんよ」
小鳩が冷徹にそう言うと、痴漢男と中年男は揃って椅子から立ち上がり、走って部屋から逃げようとする。ところがすぐさま痴漢男の方を駅員が取り押さえ、中年男の方は騒ぎを聞きつけてやってきた別の駅員が取り押さえた。往生際悪く暴れながら叫ぶ男たちの姿に、凛々はポカンと開口せざるを得ないでいる。小鳩は床に伏せてじたばたとする男たちを見下ろしながら、凛としながらも冷たい声を発した。
「…ウチの後輩に散々怖い思いをさせておいて、呑気に自分の欲望を満たせ続けられると思ったら大間違いですよ」
その時、凛々だけでなく駅員2人の脳内によぎった言葉は、「何この人かっこいい」の一言だけだった。
「本当にごめんなさい、巻き込んじゃって…」
「い、いいえ! むしろ私の方が助けてもらったんですし!」
駅での捕り物劇を終えた凛々と小鳩は、駅内にあるコーヒーショップで向かい合ってお互いに頭を下げていた。小鳩が『巻き込んでしまったお詫びに』と凛々に奢ってくれたものの、凛々が『助けてくれたお礼に』と小鳩にご馳走したため、結局は何ら変哲のないお茶会である。気持ちを落ち着かせるためにと小鳩が注文してくれた牛乳たっぷりのカフェオレを飲みながら、凛々は小鳩の整った顔立ちを正面から見た。
(ネット越しに見るのと近くで見るのとじゃ全然違うなぁ〜…本当にキレイな人だぁ…)
「本当にごめんね、あの人たちに逃げられるわけにはいかなかったから…。駅員さんのところまで連れて来られたりして、怖かったでしょう」
「いいえっ、むしろあそこで何も言えなかった自分が、もうほんとに情けなくて…!」
「仕方ないよ。パッと見、普通に見える人からあんなことされたら、本当のところはどうであれ『自分の間違いなんじゃないか』って思っちゃうものだもの。あの2人はそういうのを利用して、何回も痴漢を繰り返してたの」
「んなっ、なんてヒキョーな…! やっぱり一発おみまいするべきだった…!」
怒りに拳を握る凛々を、小鳩が困ったように笑いながらどうどうと制した。ミルク入りのアイスコーヒーを飲む小鳩に、周りの客、主に女性客からの視線が集まっている。小鳩が思わず見惚れてしまうほどの美形だということは、凛々だけでなく他の人の目から見てもそうであるようだ。
「でも、空知さんは凄いです! 私なんか何もできなかったのに…」
「そんな、私は大したことしてないよ。それよりも、被害に遭った小谷さんや他の子の方が、よっぽど怖い思いをしたんだもの」
「あ…そういえばさっき、後輩がって言ってましたよね」
「…ウチのバレー部の1年生が、通学にこの電車を使っててね。練習が終わってから帰る電車で、何度もあの痴漢に遭ってたの。電車に乗る時間をずらそうにも、早くするためには練習を途中で抜けなければならないし、遅くしようものなら家族が心配するからって、ずっと我慢してたんだ」
「だから空知さんはあんなに怒ってたんだ…。それであの2人を捕まえようとしてたんですね!」
「怒るのもそうだけど、部員が全力でバレーに集中できる環境を作るのも、主将の仕事だから。この後のことを怖がりながら練習してる子がいるなら、それを何とかする。それだけだよ」
それが当然だと言わんばかりにさらりと言ってのけた言葉に、凛々は心の中で「か、かっこいいぃ〜〜〜ッ!!!」と叫んだ。周りの女性客たちもそう思ったのか、顔を真っ赤にしながら黄色い声を上げそうになっているのを堪えて、バタバタと足をばたつかせている。
「でも、今日は本当にごめんね。帰りも遅くなっちゃって…」
「い、いえ! 大丈夫です、家もすぐそこですし…」
「でも心配だから、家まで送るね。ご両親にも巻き込んでしまったこと、謝らないといけないし」
「え!? いやいや、そんなことまでしなくても大丈夫ですよ! 私が自分で説明しますし、それにお母さんは『なんで痴漢の急所を蹴り上げなかったの』って逆に怒ると思いますし!」
「そ、そうなの…? パワフルなお母さんだね…」
凛々の発言に苦笑する小鳩だったが、凛々を家まで送るという意志自体は変わらなかったらしく、アイスコーヒーを飲み終わっているにも関わらず凛々の前から離れることはない。何となく凛々が急いでカフェオレを飲み終えると、小鳩は空いたグラスを凛々の分まで食器返却口へと運んで行った。
「あっ、すみません!」
「ううん。じゃあ、送っていくね」
「え、でも空知さんは…」
「私は大丈夫、そんなに家も遠くないし」
「えぇっと、でも悪い気が…」
「小谷さんがちゃんと家に帰るところ見て、安心してから帰りたいの。だめ?」
「うっ…! ま、眩しい…!」
後光がさすような微笑みに、室内であるにも関わらず凛々は目が眩んだ。身近なところにいる女神、潔子とはまた違ったベクトルの美しさである。凛々はまるで光に向かって飛んでいく虫のように、小鳩の笑顔に頷かざるを得ないのであった。
駅を後にした凛々と小鳩は、駅から徒歩で15分ほど離れた凛々の家へ並んで向かっていた。
「へえ、お父さんが整体師なんだ! それで牛島くんと仲がいいんだね」
「はい! もしよかったら白鳥沢女バレの方もいらっしゃってください!」
「そうだね、肩や膝を痛めてる子も多いし。牛島くんが通ってるところなら安心できるから、勧めてみるよ」
なんてことのない世間話をしながら、凛々はある1つのことに気付いた。それは、小鳩の口から凛々にとっての幼馴染、牛島若利の名前が出ると、小鳩の瞳がいっそう輝くのである。その瞳を、凛々は常日頃からよく見ている。そう、烏野女子バレー部の主将、道宮結が澤村大地を見る瞳と、同じ色をしていた。
「もしかして…空知さん、若ちゃ、じゃなくて牛島若利のこと、好きなんですか?」
「えっ!? い、いや、あの、その、何のことだか…!」
凛々が尋ねてみると、小鳩は驚いたように眼を見開き、顔を真っ赤にして否定した。図星を突かれた時の反応まで結とよく似ている。凛々の見上げてくる視線から逃れるように、小鳩は速足で歩き始めた。
「た、確かに牛島くんはモテるし、バレーも凄いし、素敵な人だとは思うけど、でも大丈夫だから! 自分の身の程はわきまえてるし、小谷さんと牛島くんの邪魔は…!」
「俺がどうかしたか」
普段のアルトヴォイスが裏返って甲高くなった小鳩の声とは逆の、よく通る低い声が聞こえてきて、凛々も小鳩も足を止めた。凛々が先へ先へと歩んでいった小鳩のもとへ駆け寄ると、気がつけば凛々の家である小谷整体院の看板が小鳩のすぐ横にあった。そしてその傍には、ちょうど整体院から出てきたところであったらしい、牛島若利その人が立っている。小鳩はただでさえ赤かった顔を更に赤く染め、今にも倒れそうなほどに驚愕していた。
「うしっ、うしじまくっ」
「若ちゃん!」
「凛々、それから空知? なぜここにいる」
「それはかくかくしかじかで…っていうか若ちゃんもなんでウチに来てたの? 今日、予約入ってなかったよね?」
「次回の予約日に急な練習試合が入ったから、今日に変えてもらった。かくかくしかじかとはどういうことだ、空知」
若利に尋ねられた小鳩は、パクパクと口を開けているが何の言葉も発することができないでいる。まるで痴漢に遭遇した先ほどまでの凛々のようだった。小鳩はとても説明できるような状況ではないので、凛々がこれまでの経緯を説明する。
「…ということで、空知さんに助けてもらったんです、ハイ」
「…………」
すると、常に仏頂面の若利の顔が、凛々ですら見たことがないほど歪んでいった。眉間に皺を寄せて凛々を見下ろし、その細い肩をがしっと掴んでくる。
「若ちゃん?」
「大丈夫か」
「え? う、うん、空知さんが助けてくれたし。それに触られただけで他には何もされてないし…」
「馬鹿か、お前は」
「なぬ!?」
若利の突拍子もない暴言に、凛々は素っ頓狂な声を上げた。対する若利は凛々の反応に力が抜けたのか、先ほどまでの凶悪と言っていいほどの形相が少し和らぎ、呆れたような視線を凛々に向ける。
「馬鹿とはなんじゃい、馬鹿とは! ちょっと、若ちゃん聞いてんの!?」
「…いや、いい。やはりお前はお前だったな」
「なにそれ!? むきゃー、人を小ばかにしてー!」
ぷんすかと憤る凛々から手を離し、若利はいまだに思考回路がショートしている小鳩に振り返る。思わず後ずさる小鳩に、若利はずいっと近づいて、そして頭を下げた。
「空知、凛々が助けられた。感謝する」
「えっ!? い、いや、そんな、とりあえず顔上げて牛島く…!」
「だが、他の部員のためとはいえ、危険な真似はするな。相手が逆上して襲ってきたらどうする」
「あ…。ご、ごめんなさい…確かに軽率でした、小谷さんも巻き込んじゃったし…」
「? 俺が今、言ったことに凛々は関係ない。空知自身の身の安全のことを言っている。お前は白鳥沢の主将であり、正セッターの身だ。お前に何かあっては、白鳥沢全体の問題になる」
若利の言葉に、小鳩が心の中で「か、かっこいいぃぃぃ…!!」と叫んだ。その反応を見て凛々は、小鳩が若利のどこに惹かれたのか何となくわかった気がした。この男は全くの天然で、こういうことを言えてしまう男なのだ。
「でも、本当にありがとうございました、空知さん!」
「えっ、あっ、うん…! でも、本当に巻き込んじゃってごめんね、小谷さん」
「ですから、助けてもらったのは私の方ですよ! それと、できれば凛々って呼んでください! 苗字呼びは慣れてないんで!」
凛々が明るい笑顔を小鳩に向けると、小鳩もまた凛々に柔らかな微笑みを浮かべた。
「うん、凛々。もう謝るのはやめるね」
「はい!」
「…凛々、整二さんが帰りが遅いのを心配していた。早く家に入れ」
「え、お父さんが? 心配性だなぁ…。あ、でも空知さんは…」
「俺が送っていく。礼はまた時間がある時にすればいい」
「…え? え、ええええええ!? そ、そんな、うし、牛島くんの手を煩わせるなんて…!!」
「もう夜も遅い、何かあったらどうする」
「わ、私みたいなでかい女を狙う人なんかいないよ!」
「身長は関係ないだろう、空知は女性なのだから」
とどめと言わんばかりの一言に、小鳩は今にも卒倒しそうなほどだった。もちろん、言った張本人には一切の他意は無い、凛々はある意味小鳩に同情した。若利の嘘のない真っ直ぐな言葉に翻弄され、そして心に深い傷を負った人物を、男女関係なく知っているからである。とはいえ、若利がこういうことを言うのは珍しい。同じ白鳥沢バレー部の主将同士、若利は小鳩のことを信頼しているのだろう。凛々はそのことが、何だか羨ましく感じられた。
「で、では、お、お願いします…!」
「ああ」
「あ、空知さん! お礼はまた今度、ちゃんとしますから! 若ちゃん、しっかり送って行ってあげてね!」
「当然だ。お前も整二さんたちに事情を説明しておけ」
「はーい! それじゃあ、空知さん! また!」
「う、うん! またね、凛々!」
笑顔で手を振る凛々に手を振り返し、小鳩は緊張で震える足取りで、若利と共に帰路についた。
おまけ・巴がいなかった理由
「…ということで、もう大丈夫だと思うから、安心して練習してね」
「ちょい待ち小鳩! なんじゃそりゃ、そんなことがあったんなら早く言ってよ! ってか、あたし連れてってよ!」
「巴連れてったら暴力事件に発展しちゃうじゃーん。インハイ前にそれはダメっしょ」
「そうそう、前に痴漢ヤローに出くわしたとき、そいつの歯を何本折ったっけ?」
「9本!」
「自慢げに言うなタコ!!」
「そ、そういうわけです…なんかごめんね巴…」