300000hit&10000clap | ナノ

殺し屋探偵×ルパン三世×名探偵コナン・後編



「ローザ、手を借りたいんだけれど」


珍しくいつもとは逆に、ローザの家を訪ねてきたメルの姿に、家主は目を丸くして驚いた。とはいえ、友人の来訪を拒絶するほど無粋でもない、ローザはコーヒーを淹れて迎えてやった。


「あなたがわざわざ足を運んでくるなんて珍しい。私の手を借りるってことは、イーストウッドをご所望かしら?」


「今回は用心棒を頼みに来たんじゃないよ。殺しの仕事が入ったから、あんたに手伝ってほしい」


メルの言葉に、ローザは囃すように口笛を吹いた。『探偵』と称されるように、裏社会における事件解決の依頼を多く受けているメルであるが、本業は殺し屋だ。メルの偽装工作の腕前は同業者の中でも指折りであり、その腕を活かした殺しの方法を取る。如何に自然死に見せるか、如何に痕跡を残さないか、それがメルの殺し屋としてのセールスポイントである。


「クライアントの趣向か知らないけど、ちょっとばかり制約が多くてね。『狙撃による射殺』がお望みなんだと」


「ふうん、あたしの十八番じゃない。いいわ、報酬の分け前は?」


「それは依頼者に別途請求する。少なくとも、私の報酬と同等か、それより少し下くらいにはなるんじゃない」


「あら、気前がいいこと。少なくともボンゴレじゃないわね、どこの誰からの依頼?」


「ヴェスパニアという国があるでしょう。そこの要人だよ」


メルはコーヒーを飲みながら、ソファの上に置きっぱなしになっている新聞を指した。ローザが新聞に目を向けると、そこにはヴェスパニアで行われる日本との国交50周年を祝す記念行事の記事が載っていた。母と兄を同時に亡くすという悲劇に襲われた王女、ミラが女王に即位してから初めての国交行事ということで、国外でも盛んに報道されている。


「ヴェスパニアねぇ…別に縁もゆかりもないでしょうに、よくまあそんな辺境へ行くものね」


「私はもとより顧客も仕事も選ばない主義。幸い手も空いてるんだから、依頼を受けない理由もないでしょう」


「あらそう。まあいいわ、それじゃあ銃の手入れをしなきゃ。『審判の日』はいつかしら?」


「3日後、ヴェスパニアで行われる記念行事の日。入国の手配は私がしておくから、あんたは標的の頭にでかい穴を開けてやる準備をすればいい」


「Va bene.(わかったわ)」


ローザはメルにウインクを返すと、武器庫になっているローザの私室へと消えていった。メルは頭の中で、依頼者の提示した条件をクリアしつつ、確実に標的を殺す方法をシミュレートする。その姿は『探偵』などではなく、紛れもなく『殺し屋』の姿そのものであった。

















3日後、ヴェスパニアの桜は散りゆく寸前の盛りの時を迎えていた。いよいよコナンらが危惧していた、ヴェスパニアと日本の国交50周年の記念行事が行われようとしている。式典が行われる丘の周辺には武装したSPたちが闊歩し、ミラの射殺予告に備えて目を光らせていた。正装姿のミラが専用車の中で待機する中、会場となる桜の木の周辺には両国の要人、そして報道陣がカメラやマイクを手にざわついており、上空には報道ヘリが飛んでいる。唯一の女王の招待客であるコナン、蘭、小五郎の3人は、緊張した面持ちで周りの人々を見ていた。


「すげえカメラの数だなこりゃ。ヘリまで飛んでるぞ」


「ミラさんが女王様になって初めての国交行事だから、外国でもニュースになってるんだって。今朝のテレビでやってたよ」


「そんな大事な式典、絶対に邪魔させたりしないんだから!」


まるでSPたちのように目を光らせる蘭に、小五郎はやれやれと溜息を吐いた。そんな中、コナンは一抹の不安を覚えていた。本当にこれで大丈夫だろうか。何か、見落としてるところがあるんじゃないか? 深い思案と推理の海に沈みながら、コナンは思考回路を巡らせる。


「ちょっと、レポーターはまだなの!? もうすぐ式典が始まるのよ!?」


そんなコナンの集中を途切れさせるように、日本語の金切り声が聞こえてくる。コナンが声の方に目を向けると、日本のテレビ局の関係者らしき中年女性が、周りのスタッフたちに怒鳴りつけていた。


「すみません、今タクシーでこちらに向かっているそうなんですが、どうやら目的地を間違えて伝えていたらしくて…」


「だからちゃんと迎えを手配しておけって言ったじゃないの! ヴェスパニアからの中継なんて前例がないんだから…!」


「!」


そのやり取りを聞いた瞬間、コナンはある1つの疑問に辿り着いた。


(あの車に取り付けられていた爆弾…あれは本当にミラさんを狙ったものなのか?)


爆弾は『エンジンを入れたら爆発するように仕掛けられていた』とキースが言っていた。だが、その瞬間にミラが車に乗っているとは限らない。何故なら、ミラは女王という立場であり、わざわざ移動のために車まで足を運ぶようなことは周りがさせないからだ。エンジンのかかっていない車にミラが乗り込み、それからエンジンをかけるのではなく、運転手が前もって車を動かしてミラを迎えに行くのが普通だろう。即ち、仕掛けられていた爆弾が爆発するとき、確実に死に至るのはミラではなく、運転手だ。


「…ぼく、ちょっとトイレ!」


「えっ? ちょっと、コナンくん!?」


急に駆け出したコナンを蘭が不思議に思うも、コナンは全速力でトイレではなく、会場の警護の指揮を執っているキースの部下、カイルのもとへ向かった。カイルは駆け寄ってくるコナンを見つけると、小走りでコナンのもとまでやってきてくれた。


「どうかされましたか?」


「カイルさん、ちょっと聞きたいんだけど、ミラさん専用車の運転手さんって誰なの?」


「女王専用車の? あの車の運転手は代々王家に仕える使用人一族が務めていますが、先月に当代の運転手が加齢による視力低下を理由に運転手を辞めたばかりです。その後を継ぐ予定だった者は、以前ジラードの専属運転手を務めていた経歴から、キース様が危険性ありと判断して除外しました」


「じゃあ、今は誰が?」


「今は後続の運転手が育つまで、キース様が代理を務めていらっしゃいます。女王の命に関わることだから、と…」


カイルの返答に、コナンはある1つの確信を得た。
犯人の目的はミラではない。キースの方だ。
キースは今現在、最も女王に信頼されている男、そしてジラード一派を完全に沈黙させるほどの力を持つ男なのだ。キースを邪魔に思う輩がいることは簡単に予想できる、むしろいない方が不自然だ。
恐らく、ミラへの殺害予告はフェイクで、本命がキースであることを覚られないためのものなのだろう。更にこの行事の最中にキースの殺害に成功すれば、『ミラを狙った凶弾が、ミラではなくキースに当たった』と誰もが思うだろう。キースはミラの傍らから離れることはない、そう思わせることは容易いことだ。本来の目的を錯覚させることで、足取りを掴まれないようにしているのかもしれない。


「コナンくん、カイルさんと話し込んだりして、どうしたの? トイレの場所わからなかった?」


そこへ、コナンを心配してか蘭がやってくる。だが、今のコナンには蘭をごまかすだけの余裕もなかった。子供らしいふるまいも忘れて、コナンはカイルに詰め寄る。


「カイルさん、キースさんってミラさんの傍にいるよね!? 今はどこにいるの!?」


「こ、コナンくん? そんなに慌ててどうしたの?」


「犯人の目的はミラさんじゃなくて、キースさんかもしれないんだ!」


「えっ!?」


コナンの言葉に、カイルと蘭が驚きの表情を浮かべる。蘭がどういうことかコナンに問う中、カイルはキースに連絡を取るため、素早く無線を手に取った。


「カイル様!」


しかしそこへ、カイルの部下らしきSPが慌てた様子で駆け寄ってきた。息を切らしたSPは呼吸を落ち着かせる暇もなく、すぐにカイルに報告をする。


「たった今、群生林の監視をしているSPの1人の姿が消えたと報告がありました!」


「なんだと!?」


「カイルさん、キースさんは!?」


「此処をずっと真っ直ぐ行ったところにある、王族専用の駐車場です! 車の中で、ミラ様と待機されているはず…!」


カイルが言い終わるのを待つことなく、コナンは指差された方へと走っていった。


「コナンくん!」
















「ミラ様、お時間です」


「…ええ」


一方、狙われているのがミラではなく自分自身だと気付いていないキースは、強張った面持ちのミラと共に車を降りた。車の周りには何人ものSPが目を光らせており、キース自身もどこかに潜んでいるかもしれない狙撃手に備えて気を張っていた。


「キース…」


「ご安心を、ミラ様。この命に代えても、あなたをお守りします」


『キース様、カイルです! 応答願います!』


ミラを安心させるため、キースがやんわりと微笑んだその時、無線からカイルの切羽詰まったような声が聞こえてきた。その様子を不審に思いつつ、キースは無線に応える。


「どうした、カイル?」


『先ほど、群生林の警護を担当していた者が1人、姿を消したとの報告を受けました!』


「なに!? すぐに捜索にあたれ、間もなくミラ様が会場へ行かれるんだぞ!」


『それがキース様、犯人の狙いはミラ様ではなく…!』


「キース様!」


カイルがそこまで言いかけた時、林の中から腕を負傷したSPの男が現れ、キースのもとへとふらつきながら駆け寄ってきた。驚いたミラが傷ついた男に駆け寄ろうとするのをキースが止め、部下にミラを任せた。


「どうした、なにがあった!?」


「……さえ……れば……」


キースやその部下が質問するも、負傷した男はか細い声で何やら呟いている。キースが何を言っているか確かめようと背を屈めた。


「……キース様、あなたさえ……お前さえいなければ!!!」


痛みのためか歪んでいた表情が、急に一変した。男はカッと眼を見開き、憎悪に満ちた眼差しをキースに向けながら、懐から銃を取り出してキースに向ける。キース自身や周りのSP、そしてミラが「しまった」と息を呑んだ、その時。





ズドォォォンッ!!!





「うがっ!?」


どこからともなくサッカーボールが飛んできて、凄まじい勢いで男の横面にぶち当たった。男は衝撃に叫びつつ、いざ撃たんと構えていた銃を手から取りこぼし、そのまま吹っ飛んで地面に倒れこんだ。周りの者たちが訳が分からないとでも言うように呆然とする中、勢いを削がれたサッカーボールが転がり、軽い脳震盪を起こして気を失っている男の身体にぶつかった。


「…ま、間に合った…!」


そこへ、全速力で走ったせいか息を切らしたコナンが、ほっとした様子でキースたちのもとへ駆け寄ってくる。その後を追うようにして、心配そうに眉をひそめた蘭もやってきて、ミラとキースは驚いたように2人のもとへ駆け寄った。


「コナン! 蘭!」


「コナンくん、どうしたの!? 急にサッカーボールなんか出して、おまけに蹴ったりして!」


「じゃあ、あのボールはコナンが…!?」


「う、うん、お行儀悪くてごめんなさい。それよりキースさん、大丈夫だった!?」


「え、ええ…。本当にありがとうございます、コナン様。しかし、これはいったい…」


ミラとキースはいまいち状況が掴めないでいたが、コナンに命を救われたということだけは理解したようだった。コナンはキースたちのもとへ来る最中、明らかに様子がおかしい男がキースに近寄る光景を遠目に見て、咄嗟にキック力増量シューズを稼働させ、ボール射出ベルトから射出したサッカーボールを男に向かって蹴り飛ばしたのだった。その結果、キースの暗殺を未然に防ぐことに成功したのである。


「実はね、命を狙われてるのはミラさんじゃなくて、キースさんの方なんじゃないかって」


「えっ?」


コナンはキースとミラに、これまでのあらましと自身の推理を説明した。その場にいる誰もが、標的がミラではなくキースだったなどと思いもしなかったようで、驚きの表情を浮かべている。そんな中、ミラは白い手袋に包まれた細い指を震えさせ、その蘭によく似た顔がサァーッと青ざめていった。


「キ、キースが…! そんな、そんなことって…!」


「ミラ様、どうかお気を確かに! 若輩とはいえ、私もフィンガー家の当主です。命を狙われることなど、覚悟の上です」


「嫌! 嫌よ、キースが死ぬなんて…! そんなの絶対に嫌!」


とうとう我慢できなかったのか、ミラは大粒の涙をこぼしてキースに抱き付いた。頭上に咲き誇る桜の花とこの状況に、母と兄のことを思い出したのかもしれない。キースは柔らかく微笑みながらミラの肩を掴んで離し、懐からハンカチを取り出してその涙を拭った。


「私は決して女王を残して死んだりは致しません。ですから、どうぞ泣くのはおやめください」


「キース…」


「間もなく式典が始まります、女王の眼が真っ赤なようではいけません」


少しの沈黙の後、ミラはキースの言葉に力強く頷いた。キースのハンカチで涙をぬぐい、鼻をすすって気丈な瞳を取り戻す。背筋をシャンと伸ばし、ミラは会場へと一歩足を進めた。


「参りましょう」


「御心のままに」


その誇り高い姿に、コナンも蘭も何だか嬉しくなってくる。会場へ向かうミラの警護を部下に任せ、キースは気を失って倒れている刺客の男のもとへ向かった。


「この男は…5年前にジラードの専属運転手を務めていた男か」


「ってことは、キースさんに恨みが…?」


「そうやもしれません。この男から女王の専属運転手という名誉ある職務を奪ったのは、私ですから」


刺客は先ほどカイルが言っていた、キースが危険性ありと判断してミラの専属運転手から除外された男のようだった。他のSPが手際よく刺客を拘束し、女王専用車から少し離れた場所に停まっている黒塗りの車に押し込んだ。キースはその光景を見届けた後、改めてコナンに深く頭を下げて礼を言う。


「本当にありがとうございました、コナン様」


「ううん、なんにもなくてよかった!」


「な、なんかよくわからないけど…ミラさんは大丈夫なんですよね?」


「ミラ様の身辺の警護は万全です。それに、犯人の目的はミラ様ではなく私で、その犯人も捕えたことですし、この度の式典は問題なく行われるかと」


「そっか、よかったぁ…!」


「お2方も、どうぞあの桜のもとへ。私は後始末をしてから向かいます」


緊張が解けたのか、蘭は心の底からの笑顔を浮かべた。蘭につられるようにコナンも笑顔を浮かべたが、しかしコナンには1つ気になることがあった。いや、正確に言えば『気になる人物』がいた。その人物の正体を探るため、部下たちに指示をしているキースを残し、コナンは蘭と共に会場へと向かった。
















いよいよ、会場となる桜の木の下にミラがやってきた。多くの人々が若き女王、ミラに注目しており、報道陣はカメラを向けている。ミラの周りには後始末とやらを終えてきたキースや、彼をはじめとしたSPたちが集い、いざという時に備えている。


「この桜の木を、先代の女王である亡き母は心から愛していました。そして私もこの桜と、この花が象徴する何よりも大切な友人のいる日本という国を、心から愛しています。この日を迎えられたことを、この美しい桜に感謝します」


一斉に拍手と歓声、そしてシャッター音が響く。そんな中、コナンは1人、とある女のもとへ近づいた。報道陣の列の最後尾に立っていたその女は、手に持った一眼レフカメラでミラを撮影しており、その腕には報道記者であることを示す腕章が付けられている。一見、なんら怪しいところのない、女性記者のように見受けられる。


「こんにちは、お姉さん!」


子供らしく挨拶をしてみせたコナンに、その女はゆっくりと振り向いた。コナンの姿を見るなり眉を寄せて、しっしっと追い払うように手を振る。


「坊や、悪いけど君と遊んでいる暇は無いの。仕事中なんでね」


「なんのお仕事してるの?」


「見てわからない? 撮影だよ、新聞記事のためのね」


「あれれ〜? おかしいなぁ、だってお姉さん…カメラマンなんかじゃないよね?」


獲物を捕らえたようなコナンの視線を受けておきながら、その女の表情はぴくりとも動かなかった。そのことがいっそう、コナンの頭の中で導き出された推理が正しいのだと確信させる。コナンは次の句を待つことなく、女を追い詰めにかかった。


「女王さまを待ってる最中、他のカメラマンはみんな桜の木を撮ってたのに、お姉さんは一枚も撮らなかったよね? この桜は先代の女王さまが愛した桜、そしてこの桜の下で女王さまと王子さまが亡くなった。そんなおいしいネタの写真を、新聞記事に載せないはずがないもんね?」


「…なるほど。外から見てる時にはわかっていたことも、実際に自分がやるとなると上手くいかないものだね」


女は否定するでもなく、肯定するでもなく、感心したようにコナンを見下ろした。コナンは女の顔、服装をじっと見る。至ってラフな、まさにカメラマンらしい格好だ。恐らく、銃器は隠してはいないだろう(もとより参加者の所持品確認は徹底的に行われているのだ)。


「お姉さんは…武器は持ってないみたいだけど、何をするつもり?」


「言ったでしょう。私は仕事中だと。目的なんて、それ以外にはない」


「させないよ。怪しい動きをしようものなら、僕だけじゃなくて周りのSPさんたちだって見逃さない。それに、キースさんを殺そうとした男は捕まえたよ」


コナンが勝ち誇ったようにそう言うと、女はゆっくりコナンの方を向いた。そして、その能面のような冷たい眼差しが、わずかに熱を帯びてくる。女はコナンを嘲笑うかのように、ニヤリと口角を吊り上げて笑った。


「やっぱり、ね」


「?」


「後々面倒を生む可能性もあったけど、使えると判断して放っておいた価値があった。いい目くらましになってくれた」


「…なに?」


「坊やがどんな推理をしたのか言ってあげようか。あの女王専用の車に仕掛けられた爆弾は、女王を狙ったものではなくその従僕を狙ったもの。そして女王への脅迫文は、その本来の目的を隠すためのフェイク。違う?」


女がさらりと述べた言葉に、コナンは異様な不安を感じた。その言い方はまるで、それが真実ではないと、その推理は間違っているとでも言うかのようじゃないか。女はミラに向けていたカメラを下ろし、コナンに向き直る。


「真実の裏側に、別の真実があるという可能性を、考えもしなかったんでしょう。真実は1つしかないと、思い込んでいる」


女はカメラをコナンに向け、パシャリとシャッターを切った。コナンは顔を背けながらも、女の悪どい笑みから目を離せないでいる。報道ヘリのローター音が、やけに耳についた。


「君たちが捕まえたであろう男は、キース・ダン・フィンガーに個人的な恨みがあって、奴を殺そうとした。けれど、奴の王家への忠誠心だけは確かなものだよ。例え嘘であったとしても、女王への脅迫文なんて書けるような男じゃない」


「!!」


「君たちが捕まえた男と、私は無関係だよ。落ち葉払いもろくにできないような男、こっちから願い下げだね」


その時、コナンはもう1つの真実を悟った。


(脅迫文の送り主と、車に爆弾を仕掛けた犯人は別の人物だったんだ…!)


最初、コナンは車に爆弾を仕掛けた犯人が、キースを殺害するという目的を悟られない為に、ミラへの脅迫文を送り付けたと推理していた。しかし、それは違っていた。もしキースの殺害を企む者が先ほどの男であり、彼があの脅迫文を送り付けたとするならば、その目的は『キースの死は本来、女王を狙ってのもの』だと周りに思わせるためと考えるのが一番理にかなっている。つまり、『脅迫文通りにミラを射殺しようとしたが、誤ってキースに弾が当たってしまった』という構図を作るのが、犯人側にとって一番理想的なのだ。ところが、そうではなかった。まずはじめに車に爆弾を仕掛けられ、その次にキースを直接射殺しようとした。先ほど捕まった男は、脅迫文とは一切関係のない、全くの『イレギュラー』だったのだ。


(じゃあ、あの脅迫文の送り主の本来の目的は、ミラさん…!?)


「とはいえ、君の推理は1つだけ合ってるよ。結果的に、だけどね」


「…!?」


「あの脅迫文がフェイクで、本来の目的がキース・ダン・フィンガーにあるという推理自体は、正しい。そもそも、今の女王はオブジェみたいなもの、壊れたなら新しく作り直せば済む話。どうせ殺すなら、実質的な支配者であるその従僕を殺した方がよっぽどいい」


「…まさか…!」






バンッ!!!






その時、1発の銃声が響いた。周りから悲鳴が上がり、どよめきが上がる。小五郎が咄嗟に蘭を伏せさせ、キースがミラを庇うようにその前に立った時、2発目の銃声が鳴り響いた。






バァンッ!!!






「キースさんっ!!」


「キースっ!!」


コナンとミラが叫んだ時、全てが遅かった。銃弾を受けたキースは呻き声すら上げず、その場に倒れた。コナンはすぐに、キースとミラのもとに駆け寄る。ミラは青ざめた顔で倒れたキースのもとに跪き、青ざめた顔を歪ませてキースの身体を揺さぶった。そこへカイルをはじめとしたSPたち、そして蘭と小五郎が駆け寄った。


「キース! しっかりして、キース!」


「キースさん!」


「…ダメだ、頭を撃たれてる…。この銃創じゃ、即死…」


「そんなはずがないわ! キースは死んだりなんかしないわ、だって…!」


小五郎の言葉に、ミラが気丈に叫んだ。女王の矜持か涙を流すまいと唇を噛み、ピクリとも動かないキースの黒いスーツをぎゅっと握りしめる。コナンが睨むように犯人の一味らしき女の方を見ると、女はコナンには目を向けず、幾台かの報道ヘリが飛んでいる空を見上げた。


「さすが、シモ・ヘイヘの再来。完璧な仕事ぶりだよ」


(あいつ、空を見上げて何を…? まさか、あのヘリから狙撃されたって言うのか!?)


コナンが信じられないといったような表情で空を見上げた。今日は風が凪いでいるとはいえ、ヘリコプターなどという不安定な場所から、的確にキースをヘッドショットするなど。よほど技術のあるスナイパーの仕業だ。更に、この報道陣の数の多さでは、報道ヘリを怪しむどころか、むしろあって当然だと思わざるを得ない。完全に予想外の一発だ。


(恐らく、一発目はわざと外して、キースさんがミラさんを庇うように仕向けた。そして次の二発目でキースさんを狙撃すれば、誰もがミラさんを庇ってキースさんが撃たれたと思う…! 完璧にしてやられた…!)


コナンが悔しさに唇を噛む中、辺りは混乱に包まれ、その混乱に乗じて女はその場から去っていく。コナンは女を追おうとしたが、キースの死に顔を撮影せんと群がる報道陣に遮られ、女を追うことができない。一斉に向けられたカメラからキースを隠すように、ミラがキースの身体を抱きしめた。


「やめなさい! キースは死んだりなんかしていない! だってキースは…!」


「そりゃ〜そうだよなぁ。なんたって、女王サマに『死なない』って約束したんだから」


その時、ミラの腕の中からこの場に似つかわしくない間延びした声が聞こえてきて、シャッター音が止んで辺りが一瞬静まり返った。ミラやコナンらが驚いたように声の主、ミラに抱かれているキースの亡骸に視線を向ける。その時、「よっと」という小さな掛け声と共に、頭から血を流して倒れていたキースが起き上がる。報道陣が一斉にどよめき、その場から去っていく最中だった女が立ち止まって振り向いた。


「…どういうこと、そんなはずが…」


「いやいや、さすがはミス・ヘイヘ。見事に急所をぶち抜かれてんじゃねーか、防弾使用のマスクにしておいてよかったぜ」


「そ、その声、もしかして…!」


ミラが震えた声を発すると、キースは血が伝う自分の顔に手をかけ、ベリッと音を立ててその端正な顔を剥いだ。そこに現れた忘れもしない猿顔に、コナンはあんぐりと口を開けて驚く。キース、いや、キースと思われていた者の正体に、辺り一面がどよめいた。


「ごきげんよう、女王サマ、それからおチビ探偵。ルパン三世、ここに参上〜!」


「なっ…」


「ルパン!?」


キースの顔の下にいた者、それはミラやコナンとも縁のある世界一の大泥棒、ルパン三世その人であった。ミラとコナンが驚きのあまり腰を抜かしそうになっている中、ルパンはにんまりと笑みを浮かべて報道陣に愛想を売っている。


「…最大級の反則だよ。ルパンがバックにいるなんて、聞いてない」


「俺様は世界中のかよわいレディの味方だからな、うひゃひゃひゃひゃ」


脱力するように溜息を吐いた女に向かって、ルパンがウインクをした。コナンですらイラッとするような表情に、目に見えて女の顔が歪んでいく。


「ちょ、ちょっと待ってよ! キースがルパンだったってことは…本物のキースは!?」


「心配しなさんな、女王サマの大事なボディガードはお仕事中だぜ」


「だ、大事なって…! っていうか、あなたいつからキースに化けてたの!?」


「そりゃ女王サマが『キース、死んだりしちゃイヤ〜!』って抱き付いてきた時よりずっと前から…」


「サイテーよ、このヘンタイ泥棒!!」


「あいたっ!」


(おいおい女王さま、カメラの前だぞ…)


顔を真っ赤にしてルパンの頭を叩いたミラに、コナンが苦笑いを浮かべた。マシンガンのようなシャッター音に紛れ、こうなった以上はいつまでもここにいては危険だと判断し、女は舌打ちを1つしてから足早にその場から去る。そのことに気付いたコナンが女を追おうとすると、ルパンに腕を引かれて止められた。


「やめときなおチビ、あいつには手を出さない方がいい」


「なっ、でも…!」


「向こうもプロだ、逃げ道は完璧に用意されてる。下手に追いかけると、二度と日本の土を踏めなくなるぞ」


「…!」


ルパンの真剣そうな声色に、コナンは驚きつつも、その忠告に従った方がいいのだと悟った。だが、あの女が悪だと知っていて、それを見逃さなければならないというのは、コナンの探偵としてのプライドに傷がつく。そのことを知ってか、ルパンはいつものふざけたニヤケ顔でコナンの背をバシバシと叩いた。


「ま、おチビがキースを助けたおかげで、奴さんは今ジラード派の炙り出しで大忙しだ。お前さんはよくやったよ」


「え?」


「とにかくまあ、女王サマの腰が抜けちゃったようだから、一旦休憩〜! ほらほら、カメラも散った散った!」


「ちょっと、腰なんか抜けてな…っ!」


「ミラ様、まだ御身が安全と決まったわけではありません。ルパン殿の言う通り、一度お車へお戻りになりましょう」


「…わかったわ。蘭、コナン、一緒にいてくれる?」


「もちろんです! さ、立てますか?」


ミラは蘭に手を借りて立ち上がり、コナンとルパンと小五郎、カイルをはじめとしたSPたちに連れられて、一度車へと戻った。














ミラたちが車の中で気を落ち着かせている最中、コナンとルパンは「トイレに行ってくる」と言って車の中を出て、人に話を聞かれる心配のない林の中へとやってきた。コナンが気になっていたことを質問すると、ルパンはおどけながらも返答した。


「さっきの話だと、式典前に襲われていたキースさんは本物のキースさんってことか?」


「そのとーり。あそこで本当に狙われてるのが自分だと気付いたキースは、式典寸前で俺と入れ替わって、自分はジラード派の反乱分子の尻尾を掴みに行ったのさ。いやいや、最初に会った時は悪ぶってるだけの優男だと思ってたが、なかなかデキる男になったもんだ」


「なるほど…アンタはいつからヴェスパニアに?」


「脅迫文がああだこうだという話を聞いて、ちょっくら様子を見に来たのさ。そしたら3日前くらいにキースの奴が俺の居場所を突き止めてきて、女王さまの警護に協力してほしいと頼んできたワケよ。いやぁ、さすが俺様直々にダーティな色男になるための秘訣を教え込んだだけのことはある、俺の居所を掴めるんならもう一流だな」


どうやらキースはヴェスパニアの為に汚れ仕事を一心に担う為、ルパンに『裏』の世界の仕組みを教わったようだ。それが良いか悪いかはさておき、キースの命を救ったことだけは確かだった。そしてコナンは、一番の疑問をルパンに投げかける。


「…さっきの女、あれは誰だ?」


「…あれはイタリアで『探偵』と呼ばれてる殺し屋だ。お前さんの同業者なようで、真逆の存在だな」


「『探偵』…」


「そんでもって、ヘリからキース、じゃなくて俺を狙撃したのは『ミス・ヘイヘ』と呼ばれてる凄腕スナイパーと思われる。恐らく、もうとっくにヘリから降りて逃げてる頃だろうな。正真正銘の『裏』の人間だよ」


「…くそっ!」


コナンが悔しさに地団太を踏む。己の推理の甘さを思い知らされた挙句、ルパンがいなければ相手の思惑通りにキースが殺されるところだった。何より、自分が最も忌み嫌う『悪』に、この自分がしてやられたという事実が、悔しくてならない。


「まあそんなカッカするなよ、お前さんの推理は外れちゃいなかったんだ」


「結果的に、な! 第一、もし脅迫文通り、狙われていたのがミラさんだったりしたら、取り返しのつかないことになってた!」


「結構じゃねえか、結果的に誰も死ななかったんだ。それに、お前さんの推理がなけりゃ、式典前に男に襲われた時、キースは死んでたかもしれねえ。そこで助かってたとしても、『探偵』や『ミス・ヘイヘ』の思うつぼになっていたかもしれねえ。そうなるかもしれなかった未来を変えたのはお前さんの推理だ、違うか?」


「…」


「ガキがなんでもかんでも背負い込むじゃねえよ。面倒なことはオトナに任せときなさ〜い!」


「知ってんだろ、俺は見た目通りのガキなんかじゃな…」


「高校生なんて十分ガキだってーの。ほれ、可愛いガールフレンドが心配してんぞ」


そう言ってルパンが指さした方を見ると、なかなか戻ってこないコナンを心配したらしい蘭が小五郎と一緒にコナンを探していた。ルパンに背を突かれ、コナンは釈然としないながらも蘭たちのもとへと走る。コナンを見つけた蘭は、ほっとした表情を浮かべて駆け寄ってきた。


「コナンくん! なかなか戻ってこないから心配しちゃったよ」


「あんなことがあったばっかりなんだ、あんまりチョロチョロすんな!」


「蘭ねえちゃん、おじさん、ごめんなさい…」


「あんま怒んないであげてよ、少年はオッサンの連れションに付き合ってくれてたんだから〜。いやさぁ、年取ると小便の出が悪くて悪くて」


シュンとするコナンの頭をワシャワシャと撫でくり回しながら、ルパンが間の抜けた笑顔を浮かべた。「うひゃひゃひゃ」という妙に気が抜けていく笑い声に、コナンは何だか心の中に重くのしかかるものが軽くなったような感覚がした。車の中に戻ろうと蘭に手を引かれた時、コナンはルパンに振り返った。


「おじさん!」


「あ?」


「…ありがと!」


子供らしい、はっきり言ってわざとらしいコナンの笑顔に、ルパンはこれまたわざとらしい笑顔で返した。


「ど〜いたしまして、おチビ探偵」

















「ふうん…あのルパンがね。それなら無理もないわ、別に気を落とすことはないわよ」


「慣れない慰めなんてするもんじゃないよ、ローザ。…自分が一番わかってる、ルパンが出てきたら全てが台無しだってことぐらい」


ヴェスパニアの隣国の飛行場からイタリアに戻る最中の飛行機内にて、メルは何度目かもわからぬ舌打ちをした。メルによるキース・ダン・フィンガーの暗殺計画は、途中までは何の問題もなく遂行していた。途中で妙な子供に茶々を入れられたものの、それが計画の頓挫に繋がるほどの異分子となることもなかった。だが順調だった計画は、唯一にして最大のイレギュラー、ルパン三世の存在によって、ことごとく崩れ落ちた。


「まあ、あの調子だと依頼主も檻の中へブチ込まれるだろうし、どちらにせよ報酬は見込めないわね。観光先でスリにあったとでも思って割り切りなさいな」


「…弾代は払うつもりはないからね」


「報道局の買収費用で自腹を切ったあなたが哀れだから、請求しないでおいてあげるわ」


「前金、もう少しふんだくっておけばよかった…」


現実的な問題に痛む頭を押さえながら、メルは潜入用の小道具であるカメラの画面を眺めた。その画面には、こちらを睨むようにして佇む少年の写真が写っている。計画が問題なく遂行するか、自分の眼で確かめなくては気が済まない性質ゆえに報道カメラマンに扮して潜り込んだが、思わぬ邂逅を果たすこととなった。


「筋はいい。ただ、余計なものに縛られているね」


「余計なもの?」


「『善悪』なんてものにこだわらず、己の好奇心にもっと素直になれば、いい『探偵』になれるかもよ」


メルは氷のように冷たい指で、『Delate』のボタンを押した。


[ back to top ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -