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殺し屋探偵×ルパン三世・後編



「で、心当たりは?」


レヴィ率いる雷撃隊が部屋から撤退した後、メルは不二子から話を聞くことにした。ヴァリアーが全くの無実の罪を真に受けて、暗殺を請け負うとも思えないし、何より不二子の訴えを手放しに信じる気にもなれないからだ。メルの苛むような視線を受けた不二子は、心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「ないわよ」


「忘れてたにせよ、一応誰なのかは知っていたわけだし、多少なりの付き合いがあったんでしょう?」


「違うわよ、ミラノのバーで飲んでたら口説かれたの。それなりに値の張りそうなゴールドの指輪を、やたらと自慢してくるのがウザかったのよね。落とし文句が古臭いうえに、脂ぎった手でベタベタ触ってくるし、ムカついたから飲ませるだけ飲ませて潰した後に、会計押し付けて帰ってやったわ。もちろん、財布と指輪だけ頂いてね」


「…ちなみに、それっていつの話?」


「3年前だったかしら」


「…フェデリコ・フェリーノが骨になって見つかったのが1年半前。最後に生きてる姿を見せたのは3年前」


「…あら?」


「遺体は無一文だったうえに、いつも身に着けていた9代目からの贈り物のゴールドの指輪も無くなってた」


「…アラララララ〜。不二子ちゃん、やっちゃったなぁ〜」


「殺ってないわよっ!」


おどけながら両手を上げたルパンに、不二子が反論した。とはいえ、これほどまでに説得力に欠ける申し開きもない。メルは軽はずみに依頼を請け負ったことを後悔した。ローザはケラケラと笑いながら、窓の外に見える建物の陰に身を潜めているヴァリアーの監視員を指さした。


「素直にあそこの下っ端たちに突き出した方がいいんじゃない? ザンザス坊やは大喜びするわよ、チョコレートを貰えるかもね」


「冗談じゃないわよーっ! なんで無実なのに殺されなきゃならないのよ!」


「無実じゃないことでなら殺されてもいいなら、あなた50回は死んでるんじゃない?」


「…まあでもこれで、ヴァリアーが何故この任務を請け負ったのかは、はっきりしたな」


ルパンの呟きに、メルが頷く。


「ボンゴレ10代目候補との内部抗争、そして9代目へのクーデターで処罰されたヴァリアーは今、ボンゴレ内でも危うい立ち位置にいる。その存在自体が、9代目のやり方に反発する反乱因子を刺激しかねないと、組織の解体の話も出てるぐらいだからね」


「組織を維持する為に、ヴァリアーはボンゴレへの忠心をアピールしなきゃならねえ。何者かに殺されたボンゴレ10代目候補の仇討ちなんて、如何にも義理人情のボンゴレが好きそうなことじゃねえか」


「つまり、どういうことよ?」


「つまり、不二子ちゃんが無実かどうかは、奴さんには大して重要じゃないのさ。10代目候補を殺した悪女を、他でもないヴァリアーが討ち、ボンゴレの面目を守った。大事なのはこの事実だけってコト」


「あのお坊ちゃん、人のことをなんだと思ってるのよ…! 今度会ったらとっちめてやる!」


不二子がザンザスへの怒りを燃やす中、メルはルパンのへらへらとした横顔に目を遣った。やはりこいつ、相当頭がいい。恐らく、メルに依頼などしなくても、ルパン1人の力でもこの件は解決できたはず。それなのに何故、報酬を吹っ掛けると宣言したメルに、わざわざ依頼をしたのか。メルは不二子の無実の証明よりも、そちらの方に気を取られてしまった。


「で、どうするつもりなの、メル?」


「…状況証拠だけを見れば、峰不二子が言い逃れできる隙間は無い。ここは視点を変える」


「視点?」


「峰不二子が殺したか殺してないかは置いておいて、どうして峰不二子が槍玉にあげられたのかを考える。はっきり言って、本部へのアピールとしては、フェデリコ・フェリーノの仇討ちという手札は弱い。ザンザスさんだったら、もっと良い手札を用意するはず」


いくらボンゴレの次期ボス候補だった男と言えど、フェデリコ・フェリーノの序列は3番目。現ボス候補の沢田綱吉の次に、ボスになる可能性の低かった男だ。更にはボンゴレ9代目の秘蔵っ子であるという事実とは裏腹に、組織内の地位は決して高くはなく、目ぼしい功績もない。第一、その死すらも「いつの間にか死んでいた」と語られるような影の薄い男だ。そんな男の仇討ちなど、ザンザスが対本部用に担ぎ上げるほどの手札とは思えない。


「なるほどなるほど。どうせならもっとボンゴレの敵!って感じの奴をターゲットにした方が、ヴァリアーとしても格好がつくしな」


「ああ、なんて可哀想なんでしょう、あたしったら。悲劇のヒロインがこんなに似合うなんて、美しいって罪だわ」


「あなた実は楽しんでるでしょ」


己の境遇に酔ったようにわざとらしい涙を拭く仕草をした不二子に、ローザが呆れたように呟いた。
するとそこへ、『ピピピピピ』という携帯電話の受信音が響く。その音に反応したルパンが懐から携帯電話を取り出して電話に出ると、嫌というほど聞いた男の声が聞こえてきた。


『おーいルパン、首尾はどうだ?』


「おう次元、も〜バッチリ。一足先に探偵サマとお楽しみ中だぜ〜」


「次元? あら、変わってちょうだい」


ルパンの不快な冗談を無視したメルとは逆に、ローザは心なしか目を光らせてルパンから携帯電話を奪った。


「ハァイ、次元大介。防弾チョッキは着てきたかしら?」


『よう、ミス・ヘイへ。とんだドレスコードを指定されたもんだ。一張羅を着て向かってるぜ』


「そう。シャワーは浴びてこなくていいわ。どうせ血で汚れるのだから」


『最高の誘い文句だな』


「なによなによ、イチャついてないで返してチョーダイ」


ルパンがローザから携帯電話を奪い返し、その場にいる全員に会話が聞こえるようにスピーカーモードに変更した。


『明日にはイタリアに着く。ま、それまで不二子のアマがくたばらないよう、気張るんだな』


「明日ァ〜? ちょっと、五エ門の奴は一体どこの秘境で修行してたのよ?」


『おぬしに知らせる義務はない』


「な、なによ、ずいぶん不機嫌じゃない」


『決闘が相手の都合でおじゃんになって、消化不良なんだとよ』


「ほー、そいつはまあ、ご愁傷サマ」


『相手の御仁は忠義を重んじ、主に仕える西洋には珍しい剣豪。主君からの呼び声となればやむを得んとはいえ、拙者の斬鉄剣はまだ疼いておる…』


明らかに気落ちした五エ門の声に、不二子が反応に困っている。メルが面倒くさそうに次の煙草に火をつけた時、予想だにしない名前が携帯電話の向こうから聞こえてきた。


『スクアーロ殿はまっこと、一組織の構成員にしておくには勿体なき剣豪よ…』


「…スクアーロ?」


スクアーロといえば、つい先ほど不二子を襲ってきた組織、ヴァリアーの幹部だ。彼がメルの腐れ縁であることはさておき、そんな男の名前が五エ門の口から出てきたことに、メルは少なからず驚いた。


『剣帝への道なる修行に明け暮れているそうだ。拙者のもとに果たし状が届き、決闘を行うことになった次第だ』


「相変わらず古臭い男ねぇ」


「…つまり、スクアーロ君はザンザスさんからの招集により、石川五エ門との決闘を中断して帰国したと。それ、いつの話?」


『そんな昔のことでもねえぜ、ざっと5、6時間前か?』


「峰不二子、あんたがヴァリアーに襲われたのは?」


「ホテルに着いたのが10時だったから、5時間くらい前ね。五エ門と変わらないわ」


「…なるほど、これでザンザスさんの意図が見えてきた」


「えっ?」


不二子が驚きの声を上げる。今の会話のどこに、峰不二子の暗殺任務を命じた男、ザンザスの意図を知る要素があったのか。ルパンはどんどんこの件にノってきたメルの様子に、ニヤリと笑った。


「ずっと疑問だったんだよ。なぜ峰不二子ほどの女の暗殺任務の作戦隊長が、レヴィ・ア・タンなのか」


「?」


「少なくとも、奴の力量じゃ峰不二子、ましてやその背後のルパン三世の暗殺は不可能。ヴァリアーの中でそれができる戦力は、ザンザスさん自身か、スクアーロ君の2人以外にいない。本当に峰不二子を殺すつもりなら、スクアーロ君に命令を下すはず」


『だからその鮫野郎を呼び寄せたんじゃねーか? この斬鉄剣馬鹿との決闘を反故にしてよ』


「それだったら雷撃隊が峰不二子を襲うこともない。スクアーロ君がザンザスさんに呼ばれたのは、別件の任務を任せるためだったとしたら? そしてその任務こそが、ヴァリアーの本命だったとしたら?」


「…つまり、不二子ちゃんの暗殺は『ダミー』だってことか?」


「その可能性が高い。普段のヴァリアーなら絶対に請け負わない任務、頭ごなしに信用して実行に移すのはザンザスさんの信奉者のレヴィ・ア・タンぐらいなものだからね。まあ、本当に殺せたらラッキーくらいの気持ちではいるんじゃない」


「だから人を何だと思ってるのよっ!」


メルの推理を聞いた不二子は、再び激昂して近くにあったクッションを殴った。そんな不二子に構わず、メルは煙草を灰皿でもみ消して不二子に詰め寄る。


「峰不二子、最近ボンゴレ関係で何か変わったことはなかった?」


「だから無いわよ、ボンゴレとはこれっぽっちも関わってなかったんだから」


「じゃあボンゴレでなくても、イタリア国内で何か変わったことは?」


「イタリア…。あ、そういえば」


不二子が思い出したように手をポン、と叩いた。メルの目つきが変わる。


「ちょうどヴァリアーに襲われる前よ。イタリアに滞在する時は必ず泊まるホテルなんだけど、いつもは私のお気に入りのフランス製のオーガニックの入浴剤を用意してるのに、その時は違う入浴剤だったのよ」


「違う入浴剤?」


「そう、香りがキツめの薔薇の入浴剤だったわ。今にして思うと、火薬の匂いを誤魔化す為だったのかもしれないわね。いきなりシャワールームが爆発したんですもの!」


「…どこのホテル?」


「ローマで一番の高級ホテルよ。名前は『オードリー』だったかしら」


メルは冷め切ったコーヒーを一口飲み、頭の中をフル回転させる。その様子をルパンたちがジッと見ていると、急に立ち上がってパソコンのもとへと向かった。


「なんだなんだ、黙ってないで名推理をお披露目してくれよぉ〜」


「あのホテルのオーナーはボンゴレの元幹部。それも先代の頃からの古参で、9代目のボス就任に最後まで反発していた」


「お?」


「今じゃ隠居して息子がシマを取り仕切ってるけど、その影響力はいまだにボンゴレ内部に轟いてる。つまるところ、ボンゴレ本部が一番危惧してる、ザンザスさんを持ち上げそうな連中だよ」


メルがパソコンを操作すると、とある老人と、その老人の面影を色濃く残す中年の男の顔写真が画面に映る。ルパンと不二子がその画面を覗くと、急に不二子が大きな声を上げた。


「あーっ! こいつ、あの時のセクハラオヤジじゃない!」


「セクハラオヤジ?」


「仕事で行ったパーティー会場で会ったんだけど、いきなりお尻を鷲掴みにされて、プッツンきちゃってタマを蹴り飛ばしてやったのよ! それでもムカつきが収まらなかったから、尻の穴にウォッカの瓶をぶち込んでやったわ。ボンゴレ関係の奴だったなんて、初めて知ったわよ」


「ちょっとちょっと不二子ちゃん、全然関係ないオレの下半身がションボリしちゃったんですけど…」


「…それ、もしかして結構重要な席でやったんじゃないの?」


「まあ、アメリカのカジノ王、ジョニー・ブランド主催のパーティーだったからね。そこそこ重要だったんじゃない?」


メルだけでなく、ローザとルパンが残念なものを見るような目で不二子を見た。電話の向こうで次元と五エ門が深い溜息を吐いているのが聞こえる。冷静になって考えてみた結果、自分がまあまあ各方面に様々な恨みを買っていることを理解した不二子は、しばらくの沈黙の後にテヘッと舌を出して笑った。


「こ、これも愛嬌じゃないの〜。普通の男だったら、笑って許すでしょ?」


「…つまり、峰不二子は命を狙われるだけの理由があって狙われた。そしてそのケツにウォッカを突っ込まれたどこぞの馬の骨は、上手いことヴァリアーを焚きつけて峰不二子の暗殺を企んだ。大方、親の七光りを使って、ザンザスさんを正統なボンゴレボスとして担ぎ上げてやるとでも言ったんでしょう。まあさすがに、女に下の口から酒を飲まされたなんて言えないだろうから、最もらしい理由を考えたと」


「ところが、それに簡単に乗っかる御曹司サマじゃない。適当に任務を引き受けておいて、その裏で自分を利用しようとした連中の裏を鮫ヤローに掴ませる。そいつらは正に、日本人のボーヤを10代目に据えるという9代目の意向に反する『反乱分子』だからな」


「その玉無しを本部に差し出して、自身にクーデターの意志がないこと、ボンゴレへの忠心をアピールする、ってことね。あのお坊ちゃまも、なかなかの策士じゃない」


「その代わり、あたしが割を食らってるけどね!」


『おぬしの自業自得であろう』


五エ門に正論を言われた不二子は、バツが悪そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。しかし、メルにはこの推理に多少なりの自信があった。それだけヴァリアーという組織、そのボスであるザンザスのことをよく知っているということだ。


「…ただ、それだけじゃ峰不二子の無実の解明にはならない」


しかし、ルパン三世からの依頼は『峰不二子がフェデリコ・フェリーニを殺していないことを証明する』ことであり、不二子の暗殺の謎を解き明かすことではない。メルは再び思考の海に沈んで、糸口を探し続ける。


「峰不二子、フェデリコ・フェリーニから盗ったゴールドの指輪って、どこにやったの」


「もちろん売ったわ。新しいドレス代にもならなかったけど」


「それ、どこに売ったの。イタリア国内?」


「スペインのワケあり専門の『鑑定士』のところよ。有名どころだから、あなたも知ってるんじゃない? さすがにボンゴレの刻印がついた指輪を、イタリアで売ったりはしないわよ」


「ああ、あそこね。確かに有名どころだわ、盗品専門の買取屋としてはね」


「逆に言えば、盗まれたものを探すときは真っ先にそこを当たる。もし峰不二子と会った後もフェデリコ・フェリーニが生きていたら、そこから指輪を取り戻してるかもしれない。あれは9代目からの贈り物だからね、奴にとっては命よりも大事なもののはず」


「お、いい風が吹いてきたじゃねーの。ここでこのルパン様の出番ってわけだな」


そう言ってルパンは懐から、次元たちと通話しているものとは別の携帯電話を取り出した。


「あの鑑定士のおっちゃんには、よくお宝を買ってもらっててよ。さすがは元ルーブルの職員だけあって、なかなか審美眼のある奴でなぁ」


「泥棒のコネクションってわけね。思わぬ協力ねぇ、メル?」


「…チッ」


ルパンの力を借りることが不服なのか、メルは隠しもせずに舌打ちをした。その様子にローザがケラケラと笑い、ルパンは「あっちゃ〜」などと呟いて冷や汗をかいている。しかし有力な情報源であることに変わりはない、メルは黙って電話をかけるルパンをじっと見ていた。


「Hola! 久しぶりじゃないの、鑑定士のダンナ。…あ? あれはダメだって、いくらアンタ相手でも売れないね。いい女とお宝は独り占めしたいタチなんだよ。それはそうと、ちょーっと聞きたいことがあるんだけど」


軽口を混ぜながら、ルパンは相手に本題を切り出す。ルパンが交渉してる間、ローザはもう一つの携帯電話越しの相手、次元と冗談のやり取りをしていた。


「忘れもしないわ、あなたを初めて見た時…。どうやって脳天に風穴を開けてやろうか、そのことばっかり考えてたの」


『気が合うな。俺はあんたからどうやって自分のタマを守るか、そればっかり考えてたぜ』


「ふふ、せいぜい今を謳歌しておくのね。いい女と死の瞬間は、いつまでも待ってはくれないのよ」


『参ったもんだ。女だけでなく、死神にもモテモテとはな』


「…そーかい、なるほどねぇ。ありがとなダンナ、今度いいお宝を持ってってやるよ。Hasta luego!」


ルパンが電話を切り、その猿顔をにんまりとほころばせた。メルは思わずイラッとして眉を寄せたが、黙って結果報告を持つ。


「探偵サマの推理通り、フェリーノの部下が指輪を買い戻しに来たらしいぜ。不二子ちゃんが指輪を売った3日後のことだってよ」


「じゃあ、これであたしが殺してない事は証明できたわね!」


「少なくとも、あなたがフェデリコ・フェリーノを潰した時に殺ってないことは、証明されたわね」


「何よ、煮え切らない言い方ね!」


「はじめからあなたのこと、誰も信用してないんだもの」


「失礼しちゃうわ全く!」


「まあよかったでねーの、不二子ちゃ〜ん。ところでご褒美なんかは頂けるんでしょうか、むふふふ」


ローザの一言に怒って脚を組んだ不二子に、ルパンが鼻の下を伸ばしながら擦り寄る。不二子はルパンの顎を撫で上げて、目も眩むような微笑みを見せた。


「そうね、釣った魚に餌をあげないのは可哀想だわ。今夜、私の部屋に来ていいわよ」


「お、お、お? 珍しいでないの不二子ちゃん、ようやくオレ様の魅力に気付いてくれた?」


「余計なことを言うから三枚目で終わるのよ。さ、わかったらさっさとホテルを用意して。言っておくけど、あたしはスイートルームじゃないと泊まらないわよ」


「ありゃりゃ、やっぱりいつもの不二子ちゃんなのね〜…」


がっくりと肩を落とし、ルパンはソファに寝転がった。人の家で勝手にくつろぐルパンに腹を立てたメルは、その足を蹴り飛ばしてソファから退かした。


「用が済んだなら小切手だけ置いてさっさと帰って」


「女ってのは、いつだって俺に冷たい…」


「…私の本業は殺し屋だけど、ICPOにも多少なりと顔は利くんだからね」


「うげっ、とっつぁんは止してくれ。この間、壮絶なデッドヒートの末にようやく逃げ切れたんだから」


お馴染みの天敵、銭型の所属するICPOの名前を出され、ルパンは素直にソファから立ち上がって懐から小切手を取り出した。自分のサインを書いた後、メルに差し出す。


『なんだかわからんが、もうイタリアに行かなくていいってことか』


『いや、構わん。このままイタリアへ行くぞ』


「お? どーしたよ五エ門、急に乗り気になっちゃって」


『スクアーロ殿はイタリアにおるのだろう。ならばこちらから出向いて一戦交えるまで』


「あなたの腐れ縁よりも剣馬鹿ね、彼」


「なんでそこで私に言うの」


どっと疲れが押し寄せてきたメルは、力ない声で突っ込んだ。












「…と、いうことがあったんだけど」


「ケッ、あのいけすかねえアマも殺れねえとは、レヴィの野郎も使えねえなぁ!」


数日後、メルは別件の依頼の受け渡しで訪れたバーで、偶然仕事終わりのスクアーロと出くわし、酒を共にしていた。ルパンからの依頼の話や、不二子が無実であったことなどを話すと、不愉快そうに眉を寄せる。


「あのアマ、よりによってリボーンのクソガキ伝いに老いぼれジジイに文句を付けてきやがった。まあ、あのクソビッチがフェリーノから指輪を盗ったことは事実だから、それはそれで大目玉を食らってたがな」


「ふうん、それでどうなったの」


「家光の野郎がグチグチと言ってきやがったが、こっちはクーデターを焚きつけてきやがった鼻摘まみ者の元幹部を本部に突き出して、それでおあいこだ。何のためにフェリーノの仇討ちなんて大義名分を掲げといたと思ってんだぁ!」


「ザンザスさんの一人勝ちってことか。ま、上手いこと二枚舌を使ったね」


「う゛お゛おぉい、あいつを誰だと思ってやがる! どうしようもねえクサレ外道だが、いずれボンゴレのボスとなる男だぜぇ」


「…忠臣がいるってのは得だね。ザンザスさんといい、峰不二子といい」


そう言ってメルは懐から、ルパン三世のサインが記入された小切手を取り出した。まだ金額は記入されていないその小切手を、スクアーロがちらりと一瞥する。


「テメェにしては珍しいな、あのルパンと手を組むとは」


「手は組んでない、依頼を受けただけ。スクアーロ君と同じように、仕事とプライベートはきっちり分けるタイプなの」


「う゛お゛ぉい、俺はプライベートが仕事に邪魔されてんだぁ!! 早く石川五エ門と殺りあいたくて仕方ねえんだよぉ!!」


「…まあ、私もやり合いたい相手はいる」


「あ゛?」


メルは小切手を裏返す。そこにはフランス語で『さようなら』『また会おう』を意味する『au revoir!』という言葉が書かれていた。


「奴の『本当の顔』はどんな顔か、十分魅力的な謎だよ」


メルはニヤリと悪どい笑みを浮かべ、小切手を懐に戻した。











「それにしても、珍しいじゃないの、ルパン。あなたがあの『探偵』に色目を使うなんて」


高級ホテルのスイートルーム、絹のように滑らかなベッドシーツの上で、不二子は窓際に腰掛けるルパンを見やった。愛銃の手入れをしていたルパンは、ニヤリと笑って不二子の問いに答える。


「ご先祖様の血かね。『探偵』と聞くと、ついついちょっかいかけたくなるのさ」


「ふうん…このあたし以外の女、おまけにあんな赤毛のチビに夢中ってワケ?」


「冗談よしてくれよ、俺は不二子ちゃん一筋だぜ」


「どの口が言ってるんだか。…ねえ、ルパン? ベッドが冷たいんだけど?」


妖艶に笑う不二子に笑みを返し、ルパンは銃を置いてベッドに向かった。香水の香りが鼻をつく。煙草と火薬の匂いが染み付いた部屋の記憶を、塗り替えるように。


「ま、男のロマンってやつかな」


「ロマン?」


「いい女と、お宝と、宿敵ってものに、男はどうしても惹かれちまう生き物なのさ」


そう言ってルパンは、仄かな明かりを灯していたベッドサイドのランプを消した。


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