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HQ夢主&烏野&牛若の話



「地域奉仕活動?」


8月末、夏休みもそろそろ終わりに近づいてきたある日の練習後。大量のゴミ袋を持ってきた顧問の武田が言った言葉に、クールダウンをしていた日向はきょとんとした表情を浮かべた。明らかに言葉の意味がわかっていない日向や西谷などの部員に、武田は丁寧に説明をする。


「要するに、ボランティアですね。烏養くんはじめ、烏野商店街の方には様々なところでお世話になっていますから。感謝の気持ちを表すために、みんなで商店街の掃除をしましょう、ということです」


「東京合宿の遠征費も、結局商店街の人たちが中心になってカンパしてくれましたしね」


「いいか、自分ひとりじゃバレーはできねえし、勿論コートの中の6人だけでもバレーはできねえんだぞ。応援してくれる人や、支えてくれる人がいてこそ、お前らはバレーができてるんだからな。そのことをゆめゆめ忘れないように!」


「「「はい!」」」


烏養の言葉に、烏野男子バレー部の全員がいっせいに返事をする。生徒たちには聞こえないように「…と言ってもあのオッサンたちは趣味道楽でガキどもの世話焼いてるだけなんだけどな」と呟いた烏養に、武田は小さく笑った。


「よぉーしっ! めちゃくちゃキレイにすんぞーっ!」


「日向が掃除すると余計に散らかりそう」


「なんだと月島コラーッ! 谷地さん、頑張ろうな!」


「うん! 掃除もまともにできないマネージャーなんて、社会に出たら即刻解雇だもんね…! 身命を賭して商店街を綺麗にしやす!」


「シンメイヲトシテ?」


「王様、頭の悪さが露呈してるからやめて」


「命をかけて、みたいな意味だよ」


夏休み前に入部した仁花は、今ではすっかり男子バレー部に馴染んで日向ら同学年たちと談笑していた。その様子を微笑みながら見ている潔子に、田中と西谷が見惚れている。


「はぁぁぁぁ、潔子さんが笑ってらっしゃる…! 世界は美しい…!」


「田中と西谷、その顔やめろ発禁ものだぞ」


「誰が発禁ものだコラ! こんなイケメンフェイスに向かって!」


「龍、それは無理があるぜ!」


「1年も2年も元気だなあ」


「旭、オッサンか!」


「老け顔だしな」


「うっ、大地もスガも人が気にしてることを…!」


「お疲れ様ですっ!」


部員たちがクールダウンをしている中、明るい声と共に体育館の扉が開く。真っ先に日向が振り返ると、アイスの入った袋を抱えた凛々が笑顔で立っていた。


「凛々!」


「女バレの保護者から差し入れ頂いたんですけど、量が多いんで男バレにお裾分けです!」


「やったあ! アイスだ!」


「あざーっす!」


凛々が仁花にアイスを渡すと、田中と西谷がアイス目当てに仁花を囲んだ。ビクッと驚く仁花の隣で凛々がニコニコと笑っていると、ふと武田が持っているゴミ袋に気付く。


「武ちゃん、それどうしたんですか?」


「これはですね、練習後にみんなで烏野の地域奉仕活動をするんです」


「チイキホーシカツドウ?」


「予想してたけど君もほんと頭悪いよね」


月島が呆れる中、武田が再び説明をする。言葉の趣旨を理解したらしい凛々はへぇーと息をつく。


「なるほど! それでしたら、私も手伝います!」


「え! いいのか、凛々?」


「うちのコーチも商店街の人ですし、それに男バレの恩人は私の恩人でもありますから!」


「さすが凛々! 心は男バレ部員だな!」


「おっしゃあ! 凛々、商店街をすげー綺麗にしてやろうな!」


「うん! やっちゃん、一緒に頑張ろうね!」


「ウィッス!」


「このクソ暑い中、おまけに練習後だってのに無駄に元気だね」


練習を終えてなおやる気満々の凛々や日向などのメンバーに、月島が面倒くさそうに溜息を吐いた。














クールダウンを終えた男子バレー部の面々と凛々は、学校からそう遠く離れていない烏野商店街までやってきた。しかし、そこに広がっていた光景は、想像を遥かに超えるものだった。


「なんじゃこりゃ!?」


「ひでえ散らかりようだな…。そういえばこの間、夏祭りだったもんな」


「んのヤロー、どいつもこいつもポイ捨てなんぞしやがって!」


先日あった夏祭りの名残か、商店街のあちらこちらに焼きそばやかき氷などの空き容器や、ペットボトルや空き缶などが落ちて、辺りは散乱としている。田中などの血の気の多い面々が憤慨する中、月島は面倒くさそうな顔を隠しもしなかった。


「よし、気合入れて掃除すっぞ! 1年はあっち側、2年はそっち側を掃除してくれ。3年はこの辺を掃除すんぞ」


「うっす!」


「よし、みんな頑張ろう!」


「おぉーっ!」


凛々と日向を先頭に、1年生6人が大地に指示された方へ向かった。早速ゴミ拾いを始めようとする日向を、仁花が一旦止める。


「あ、日向待って! ゴミの分別しないと!」


「そっか! さすが谷地さん!」


「常識でしょ、君とか王様は『火つければなんでも燃えるだろ』とか言って全部燃えるゴミにいれそうだよね」


「うるせえ、実際燃えんだろ!」


「えっと、じゃあ紙屑とかの燃えるゴミは日向と影山。プラスチックとかの燃えないゴミはツッキーと俺。ペットボトルとかの資源ゴミは谷地さんと凛々で拾おっか」


「よし、一緒に頑張ろうねやっちゃん!」


「それじゃ、ゴミ拾い開始ーッ!」


仁花から燃えるゴミ用のゴミ袋を渡された日向と影山は、さっそく燃えるゴミを探して辺りに散っていった。月島も面倒くさそうにしながらも真面目にゴミ拾いを始め、山口がその背を追った。仁花もそれに倣って近くの空き缶を拾うために屈み、立ち上がろうとしたその時、仁花の身体がふらついた。咄嗟に凛々が支えて転びはしなかったものの、仁花はあわあわと慌てて凛々に頭を下げる。


「わ! ごごごごごごめんなさい!」


「やっちゃん、大丈夫? ここのところ、部活ずっと頑張ってたもんね。疲れが溜まってるんだったら、休んでても大丈夫だよ?」


「い、いや! 私なんかより日向たち選手の方が辛いんだから、こんなところで私がへこたれるわけには…! 多分、昨日の夜遅くまでバレーの勉強してた、私の自己管理が甘いのが原因だから! 気にしないで!」


「今日も暑いし、無理しなくていいからね。やっちゃんが凄く頑張ってるの、みんな知ってるんだから」


「ううう、優しさが身に染みる…。ありがとう、でも私が頑張りたいから!」


仁花はバチンと自分の頬を叩き、気合を入れてゴミ拾いを始めた。凛々はどことなく心配そうに仁花を見ながら、自身も仁花に倣ってゴミ拾いに取り掛かった。














数十分後、あらかたのゴミを拾い終えた一同は、満杯になったいくつかのゴミ袋を一か所にまとめていた。その量を見て感嘆する日向に向かって、月島が竹ぼうきを放り投げる。


「ほら、まだ終わってないんだからさっさと道掃いて」


「投げるなよ!」


「じゃあ、これ捨てに行ってきますね!」


仁花がゴミ袋を持ってゴミ置き場へ向かう。どことなく頼りない足取りの仁花に、凛々が慌てて駆け寄った。


「やっちゃん、私やっとくから少し休んでていいよ?」


「だ、大丈夫! ついでに武田先生に追加のゴミ袋もらってくるね!」


「あ、やっちゃ…!」


仁花が笑顔を浮かべてゴミ置き場へ向かおうと、商店街の突き当りの道を曲がった。



ドンッ!



「ぴゃっ!?」


すると何かとぶつかったような鈍い音が聞こえてきて、仁花が尻もちをついた。それに気付いた日向達が振り向くより先に、凛々が仁花に駆け寄る。


「やっちゃん、大丈夫!?」


「も、もうしわけないれす…」


「すまない、大丈夫か」


「え?」


聞き覚えのある声に、立ち上がろうとする仁花に手を貸していた凛々が顔を上げた。日向、影山、月島、山口が遅れて駆け寄ってくると、そこにいる人物に声を上げて驚く。


「ウシワカ!?」


「牛島さん!」


「えっ、若ちゃん!?」


そこにいたのは、白鳥沢の大エース、牛島若利その人だった。驚いて動きが固まった6人を気にせず、若利は仁花が持っていたゴミ袋を拾って仁花に渡す。


「俺の不注意ですまない。大丈夫だったか」


「い、いえこちらこそ前方不注意で…」


「え、えっと、若ちゃんどうしてここにいるの?」


「ロードワークの最中だ。自宅から烏野を通って青城まで行き、そこから往復して自宅へ戻るルートで走っている」


「え、烏野から青城まででも相当な距離なのに!?」


(くっそ、負けられねえ…! 俺も距離増やそう…!)


山口が驚く中、日向と影山が密かに闘志を燃やしている。仁花が若利に向かってぺこぺこと頭を下げていると、ふと糸が切れたように力なくへたり込んだ。


「や、やっちゃん!? 大丈夫!?」


「谷地さーん!?」


「ご、ごめんなさい…ちょっと立ちくらみが…」


「貧血? 山口、僕の財布使っていいから冷たい飲み物買ってきて」


「わ、わかったよツッキー!」


あわあわと慌てふためく日向を気にせず、月島は仁花からゴミ袋を受け取り、近くの店先の丸椅子に彼女を座らせた。山口が急いで買ってきたスポーツドリンクを受け取った仁花は、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ご、ごめんなさい…。私は大丈夫だから、気にしないでくらはい…」


「最近、王様にトス練つき合わされたり、休む暇なかっただろうからね。明日も練習だし、掃除ぐらい休んでていいよ」


「うぐっ、す、すんません谷地さん…」


「い、いえいえいえ! みんなの方がいつも頑張ってるのに、私がこんなんじゃマネージャー失格…」


「谷地さんだってめちゃくちゃ頑張ってるぞ! 谷地さんはいつもオレらの面倒見てるんだから、たまにはオレらが谷地さんの面倒見る!」


日向の男前な発言に、凛々は心の中で拍手をした。仁花が感動に打ち震えている中、ぶつかった張本人の若利は仏頂面ながらも申し訳なさそうに佇んでいる。


「すまん。俺がぶつかったせいだな」


「い、いえ! もとより私が自己管理を怠ったのが原因なので…。少し休めば良くなると思うので!」


「では、その間は俺がお前の代わりを務めよう」


「へ?」


「商店街の掃除をしているんだろう。調子が戻るまで、俺が手伝う」


「なぬ!?」


「あと飲み物代は俺が払おう。いくらだ」


淡々と腰のランニングポーチから財布を取り出した若利に、その場にいる全員が目をまん丸にして驚く。若利の突飛な言動に慣れている凛々ですら、驚きを隠せずに若利の顔を見上げる。


「え、若ちゃん、練習は?」


「今日はオフだ。ロードワークは日課でやっている」


「いや日課なのは知ってるけど」


「え、ちょっと待って。君、牛島さんと知り合いなの?」


「え? 言わなかったっけ? 私と若ちゃ、じゃなくて牛島さん、幼馴染なの」


「えっ!?」


初耳だったのか、山口が声を上げて驚き、月島も珍しく驚きの表情を見せている。日向、影山、仁花の3人は夏休み前に若利に遭遇した際、その事実を知らされたので特に反応は見せなかった。


「凛々、俺は何をすればいい」


「えーっと…。じゃあ、道掃いてもらっていい?」


「わかった」


「えっ! ちょ、ちょっと凛々、いいの!? 本当に手伝ってもらっちゃって…!」


「あの人、言ったら聞かない人だから…。ああ見えて、本人なりに気遣いするタイプだからね」


耳打ちしてきた山口に凛々がそう答えると、日向が「気遣いするタイプ…?」と不服そうに眉を寄せた。あくまで『本人なりに』であり、本人が全く意図していないにも関わらず誰かの怒りを買うことも多いので、恐らくまたもや無自覚に日向の怒りを買ったのだろう。凛々はそのことに心の中で謝りつつ、若利に竹ぼうきを渡した。


「おーい、お前ら順調かー?」


そこへ様子を見に来たらしい菅原が手を振りながらやってきて、若利とばっちり目が合った。「!?」と驚きの表情を浮かべた菅原が、咄嗟にファイティングポーズを取る。


「う、ウシワカ!? 何故ここに!?」


「いや、これはかくかくしかじかで…」


「手伝いに来たぞー」


「ちゃんと真面目にやってるかー?」


そこへちり取りを持った大地と、ゴミ袋を持った旭がやってきた。そして同じように若利と目が合うと、2人とも「!?」と驚いて旭は咄嗟に大地の背中に隠れようとした。


「ウシワカ!?」


「ひ、ひえっ、なんでここに!?」


「いやあの、これは色々とかくかくしかじかで!」


「おーいお前らやってるかー!?」


「頼れる助っ人、田中さんの登場だぞー!」


「ぎゃー! 田中さんとノヤさんストップ! 説明が追いつかない!」


「なにこれめんどくさっ」


「?」


商店街の端でギャアギャアと騒ぎだした面々を、仁花があわあわと心配そうに見ていた。















凛々たちから事の次第を聞かされた菅原ら2、3年生は、快く若利を迎えて掃除を再開した。とはいえ、あらかたのゴミ拾いは終えたので、あとは道を掃いて細かいゴミを掃除するのみとなっていた。


「牛島さーん、こっち掃いてもらっていいっスか−?」


「わかった」


西谷が声をかけると、竹ぼうきとちり取りを持って若利がすぐに向かった。コミュニケーション能力が影山に負けず劣らず欠如している若利と、真っ先に打ち解けたのは西谷だった。女性に対しては人見知りする西谷も、相手が男、それもよく知るバレー選手であるともなれば、持ち前の度量の大きさですぐに若利と打ち解けていった。その様子を見た凛々は、心から安堵する。


「はー…。よかった、ちゃんと打ち解けて…」


「なにその心配? どんだけコミュ力低いの、牛島さんって」


「違うの、あの人はコミュ力が低いんじゃなくて、コミュニケーション取る気が全くないの!」


「余計だめじゃんそれ」


月島が冷静にツッコむ中、凛々はやはり心配そうに若利を見ていた。若利という人は、本人なりに気遣いはするし、性格は至って良いのだが、とことん他人に興味がないのだ。それ故に他人とコミュニケーションを取るという発想自体なく、必要な時に必要な対応を取ればそれで十分だと思っているのである。凛々は昔から、そういう若利のことが心配でならなかった。


「昔、あの性格が災いして、ジュニアチーム時代のキャプテンを怒らせちゃったことがあって…」


「何やらかしたの?」


「チームメイトとの絆を深めるためにって、キャプテンがバーベキューを企画したんだけど…。『バレーの練習をしたいから』って断っちゃって…」


「うわ、王様とかが言いそう」


「うるせえボゲェ! バーベキューなんか行くに決まってんだろ! 肉食えるのに!」


「そういうことじゃないよ影山!」


予想だにしていないところに食って掛かった影山に、山口がツッコんだ。意味がわかっていないように首をかしげた影山を無視し、「いつもどんな練習してるんスか?」「白鳥沢のリベロさんはどんなプレーするんですか?」などと西谷に質問攻めにあっている若利に、月島は目を向けた。


「ま、ちょっと印象変わったね。もっとこう、冷酷無比って感じの人かと思った」


「ムヒ? 蚊にでも刺されたの?」


「王様に似てて、案外ポンコツだってことがわかった」


「ねえ何で無視したの今!? ツッキーこら、こっち見んかい!」


指摘する気も失せたのか、頭の悪い発言をした凛々を無視して月島は掃除を再開した。するとそこへ若利がやってきて、凛々の持っているゴミ袋へちり取りのゴミを入れてくる。


「あ、もういっぱいだね。次の袋ださないと」


「貸せ、捨ててくる」


「いいよ、私捨ててくるよ! 若ちゃんはノヤさんとお話ししてなよ」


「そうか、なら任せた」


若利は素直に凛々にゴミを任せ、西谷のもとに戻って再び質問攻めに合う。その様子を見て凛々は嬉しそうに笑い、ゴミ袋の口を閉めてゴミ置き場へ向かおうと後ろを振り返った。


「!?」


すると、後ろの方で異様に落ち込んでいる旭の姿が目に入り、思わず肩を跳ねて驚く。


「旭さん、どうしたんですか!? またネガティブ発症してますよ!?」


「凛々…。いや、西谷と牛島くん、楽しそうだなと思ってさ…」


「?」


「そりゃそうだよな、相手はあの白鳥沢のエースなわけだし…。俺なんて図体だけが取り柄だったのに牛島くんは俺より背も高いし、パワーだってあるしメンタルも強そうだし…。同じエースとして落ち込むっていうか…」


どうやら、いつもは自分にくっついてくる西谷を若利に取られてしまったことから、自分と若利を較べてしまって落ち込んでいるらしい。相変わらずのマイナス思考な旭に、凛々は溜息を吐きながら笑う。


「旭さんだって凄いアタッカーですよ! 旭さんは旭さん、若ちゃ、牛島さんは牛島さんです!」


「凛々…」


「じゃあ今日は私がノヤさんの代わりになります! 旭さん、情けねーこと言ってないで自信持ってください!」


西谷の似てないものまねをしながら、凛々は旭の背中をバシバシと叩いた。旭は少しは立ち直ったのか、小さく笑いながら頭をかいた。


「うん、そうだよな、較べても仕方ない話だよな…。自分でもわかってるんだけど、どうしてもな…」


「そうですよ! 旭さんは烏野の自慢のエースなんですから!」


「ありがとうなぁ、凛々。なんか俺、凛々には慰められてばっかだな」


旭は申し訳なさそうに笑って、まるで子供に対してそうするように凛々の頭を撫でた。凛々は一瞬驚いたものの、すぐに嬉しそうに笑ってされるがままにしている。


「あ、ご、ごめん! 凛々、親戚の子供に似てるもんだからつい…」


「いえいえ、こんな頭でよければどうぞ撫でてください! その代わり、あとで旭さんのお尻触りますけど」


「な、なんで俺の尻をそんなに触りたがるの!?」


「いや、いいお尻の筋肉してるなあと思って…。私、筋肉フェチなんで!」


旭は女子のような悲鳴を上げて、自分の尻を手で隠した。筋肉フェチである以上に、旭のこの反応が楽しみでセクハラしてしまうところがあるのだが、凛々はそのことは黙っておいた。


「…」


旭とキャッキャッと戯れている凛々に、それを遠くから見ていた若利はわずかに眉を寄せる。若利は、質問攻めしてくる西谷に一旦断りを入れてから、凛々のもとへつかつかと歩み寄った。


「凛々」


「ん?」


声をかけられた凛々が振り返ると、若利に首根っこを掴まれてグイッと引っ張られ、旭から引き離された。凛々と旭が驚く中、若利は少しも変わらない表情で凛々を見下ろす。


「あまり他人に迷惑をかけるな」


「えっ、ちょっ、それあんたが言うか!?」


「?」


「どうしたんスかー?」


凛々が若利に異論を唱えていると、若利を追って西谷が駆け寄ってくる。どうしたのかと言われても、旭も凛々も状況が理解できていないので、誰も説明ができなかった。


「とりあえず離して! ジャージ伸びる!」


「わかった」


若利が凛々の首根っこを離す。乱れたジャージを直しながら、凛々は腑に落ちないといった表情で若利を見た。


「無自覚に他人のハートを傷つける若ちゃんに、迷惑かけるなとか言われたくないですー!」


「そうだったのか。何か気に障ることを言っていたのならすまなかった」


「ちょ、そんな素直に謝られちゃうと何も言えないじゃん…! …旭さん、セクハラしてすみませんでした、これからは気を付けます」


「い、いや、別に気にしてないけど…」


素直に謝罪した若利に倣い、凛々もセクハラ被害者である旭に頭を下げて謝った。その様子を見ながら、西谷はゲラゲラと笑って面白がっている。


「おもしれーっスね、あの2人!」


「う、うん、そうだな…」


「要するにアレっすよね、凛々が旭さんと仲良くしてるから妬いたんですよね?」


「「へ?」」


西谷の一言に、凛々と旭が揃って声を上げる。若利も声こそ上げなかったものの、驚いたように目を丸くしていた。


「え、そうなの?」


「知らん」


「本人じゃん! なになに、凛々ちゃんが取られたと思ったの〜?」


「殴るぞ」


「調子乗ってスミマセンでした」


「ぶふっ! …牛島くんって、案外普通の人なんだな」


「面白い人っスよ! ま、ウチの旭さんには敵わねーっスけどね!」


「え、それは面白さが?」


「エースとしてに決まってるじゃないっスか!」


「に、西谷…!」


感動して泣きそうになっている旭の背中を、「もっとドシッと構えててくださいよ!」と西谷が叩いた。旭は痛さに呻きながらも、安堵と喜びの混じった笑みを漏らした。


「お前らサボってないで掃除しろー」


「あ、すみませんっ! さ、掃除の続きしましょう! 若ちゃん、こっちのゴミ袋もって!」


「わかった」


「じゃ、私らはこのゴミ捨ててきます!」


「おう! 旭さん、俺らはあっち側の掃除しましょう!」


「よし、やろうか」


菅原に注意された凛々ら4人は、気を取り直して掃除を再開した。













「お疲れ様。これ、商店街の人たちからの差し入れ」


「「「あざーっす!!」」」


掃除を終えた男子バレー部一同と凛々、そして若利は、商店街近くの公園に集まって、潔子から配られた差し入れの缶ジュースを飲んでいた。日陰で座って休んでいたのが効いたのか、仁花の体調もすっかり良くなって、今では自分の代わりに掃除をしてくれた若利に、武田ばりの謝罪をしている。


「本当にありがとうございましたっ! この御恩は子々孫々にまで語り継いで忘れません!」


「語り継いでまで気にしなくてもいい。体調は大丈夫か」


「シャチ! おかげさまでピンピンしております!」


「シャチ?」


「やっちゃんが元気になってくれてよかった〜。でも一応、帰りは誰かに送ってもらった方がいいよ!」


「だいじょうぶ! オレが送る!」


「翔陽! それじゃ安心だ!」


「僕は不安極まりないけど」


「うるせー月島コラぁー!」


同学年たちとワイワイと騒いでいる凛々を、若利はじっと見ている。そこへ大地がやってきて、差し入れの余りの缶ジュースを若利に差し出した。


「はいこれ、掃除手伝ってくれたお礼にもう1本」


「気にしなくてもいい、俺は責任を取っただけだ。差し入れも貰ってしまったからな」


「はは、こっちの感謝の気持ちだから、ありがたく受け取っといてくれよ」


「…そうか。では、有り難く貰っておこう」


若利が缶ジュースを受け取ると、大地は満足げに笑って若利の隣に立ち、はしゃいでいる1年生らを見る。


「凛々の幼馴染なんだってな。どうだった、烏野の凛々は?」


「いつもと変わらない」


「まあ、常に自然体って感じだもんな。おーい、凛々!」


「はい!」


大地の呼びかけにすぐに応え、凛々がとてとてと駆け寄ってきた。大地は凛々にも差し入れの余りの缶ジュースを差し出し、ニカッと笑う。


「はい、手伝ってくれたお礼」


「え! いいんですか?」


「おう。一生懸命働いてくれたからな。どこかのハゲにも見習ってほしいんだが」


「俺だって真面目に掃除しましたよ!」


菅原にいじられていた田中が、心外だと言わんばかりに大地に抗議した。その様子に笑いながら、凛々はありがたく大地から缶ジュースを受け取る。


「それじゃ、いただきます!」


「おー、飲め飲め」


「あ、若ちゃん、手伝ってくれてありがとね!」


「さっきも言ったが、俺は責任を取っただけだ。わざわざ礼を言われるほどのことでもない」


「もー、そういう言い方! そういう時は素直に『どういたしまして』って言えばいいの!」


「そうか。どういたしまして」


「はい、よくできました!」


明るい笑顔で見上げてくる凛々に、若利は「何故そんなに嬉しそうにしているのかわからない」とでも言わんばかりに首をかしげた。その様子を隣で見ながら、大地は微笑ましそうに笑っている。


「良いコンビなんだなー、お前ら」


「?」


「さ、明日も練習だし、飲み終わったら帰れよー」


「「「はい!」」」


「あ、牛島くん。この後ヒマだったら、飯でも食いに行かないか? 白鳥沢がどんな練習してるかとか聞きたいし」


「ああ、構わん」


「よ、よかった…! ロードワークが途中だから、とか言うんじゃないかと思った…!」


「確かに途中だが、腹が減っているからな」


「そういうことじゃないんだけど!」


「?」


安堵したかと思ったら頭を抱えだした凛々に、再び若利が首をかしげた。


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