じゅうまん | ナノ
殺し屋探偵がFBIに依頼を受ける話
※エストラーネオ壊滅から8年後、骸達は復讐者の牢獄にいるという設定です。
煙草が切れたので買いに行った。ただそれだけの単純な行動の最中、ナナシは黒い車の中に連れ込まれた。
「ナナシさんですね?我々はFBIの者です。急な無礼をお許しください。事は急を要する為、率直にお話します。あなたに依頼したいことがあるのです」
「・・・アメリカ人はエスコートの仕方も知らない訳?」
車の中には黒服の男が3人、1人は運転席に、2人は後部座席にナナシを挟んで座っていた。FBIに依頼されることは何も初めてではない。ただ、アポ無しの挙げ句乱暴な扱いを受け、ナナシは呆れたように皮肉を口にした。
「申し訳ありません。ですが一刻も早く解決せねばならない事案なのです」
「テロリストがイタリアにでも逃げてきたっていうの」
「正にその通りです」
適当に言った言葉が当たった為、ナナシは多少なりとも驚いた。黒服の男はファイルに入った書類をナナシに差し出す。
「2日前、イスラム系反米テロリストグループがホワイトハウスの爆破予告をネットの動画サイトにアップしました。我々は早急にアジトを突き止めテロリスト共を確保しましたが、参謀と思われる1人の男だけは我々が来る前に逃亡したのです。我々は行方を追っていましたが、先日ミラノ空港で目撃情報があり、現在捜索中なのです」
「で、見つかりそうにないから私に助けを求めてきたと」
「お恥ずかしい限りです」
ナナシは似たような依頼を以前にも解決したことがある為、ある程度FBIからも信頼を得ている。退屈そうな依頼ではあるが、報酬は破格だ。ナナシはファイルを受け取った。
「男の名前はナジム・アジャンタ。詳しい情報は書類をご覧下さい」
「わかった。ところで、あんたさ」
「はい?」
「煙草、持ってない?」
「へぇ、つまんなさそうな依頼ね」
家に帰れば当然のようにアイボーがコーヒーを飲んでいた。依頼の内容を聞けば興味なさそうに呟く。
「ま、引き受けたからにはちゃんとやらないと」
「真面目ねぇ、あたしだったら適当に済ますわ」
アイボーの言葉を聞き流し、ナナシはファイルの中の書類を確認する。
テロリストグループはイラク人のみで構成された組織。ナジム・アジャンタの詳しい出身地は不明。主に組織では武器の仕入れや作戦参謀の役割を担っていた。歳は39歳、顔の左半分に入れ墨―――
「・・・ん?」
「どうしたの?」
「この男、イラク人じゃない」
ナナシはナジム・アジャンタの写真をよく見た。この男は、間違いなくイラク人ではない。
「こいつはイラクの近隣国のマリジアの人間だね」
「あら、何故?」
「この入れ墨はマリジアの山村部に住む原住民の文化で、それが普通のマリジア人にも伝わったものなの。マリジア人は子供でもこの入れ墨を入れてる。この特徴のある紋様、間違いなくマリジアのものだ」
「あたし、あなたがそんなに中東国の文化に詳しいだなんて思いもしなかったわ」
「私の父親が経営してる会社の工場がマリジアにあって、よくマリジア人とは顔を合わせたんだよ。だから知ってるの」
「ふぅん」
マリジアは閉鎖的な民族国家で、知名度はそれほどのものではない。しかしナナシは、その国のことをよく知っていた。
「そうなると話が違ってくるな」
「何がどう違うのかしら?」
「マリジアはどちらかと言えばアメリカ寄りの国家で、2年前まではイラク寄りの政権だったけど国民は当時の政権を非難していた。政権が変わるまで都市部では毎日のようにデモや暴動が起きていた。そんな国の人間がイラク人で結成された反米テロリスト共の仲間になる?」
「さぁ、思想がテロリスト共のそれと一緒だったんじゃない?」
ナナシはパソコンの電源を付けてマリジアについて調べ始めた。しばらく黙って画面と睨めっこをしていると、何か見つけたのか小さく声を上げる。
「アイボー、見て」
「悪いけど眼に余計な光は入れないようにしてるの」
「じゃあいいや。これ2年前の新聞の写真なんだけど、ここにナジム・アジャンタが写ってる」
「何故?テロリストにインタビューでもしたの?」
「違うよ。アイボーも聞いたことぐらいはあるんじゃない?マリジアの山村の子供達が突然行方不明になって、その事実を政府は7年間ずっと無視し続けたって話」
「あぁ、随分前に聞いた気がするわ」
2年前、現政権が発表し露見した事件である。9年前、マリジアのとある村落で年端もいかない子供達が突如として行方不明になった。しかも事件はいくつかの村落で同時に起き、更には1つの村落で一気に数十人という子供達が消えたのだ。しかし当時の政府は都市部でのデモや暴動などの対応だけで精一杯で、報告を受けていながら知らぬ振りに徹していたのである。事件の規模から組織的な犯行と見なされ、消えた子供達は恐らく人身売買により闇に消えたとされていた。
「ナジム・アジャンタは事件当時の村の写真に写っていた。つまり彼は、あの事件の当事者だった訳だよ」
「成る程ね・・・」
「まぁ、これでナジム・アジャンタが何故イタリアに来たかがわかった」
「え?」
アイボーが心底驚いたような声を出した。まさか、もう?とでも言いたげにナナシを見る。ナナシは口の端を吊り上げた。
「じゃ、私ちょっと出てくるから」
雨が降っていた。男は傘も差さずにある場所へ向かう。捜した果てに見つけた、その場所へ―――
「やっぱり、ここに来ると思ったよ。ナジム・アジャンタ」
目的地であるビルの前に、1人の赤毛の女が立っていた。自分の顔とは何もかもが違うラテン系の顔を見つめながら、男、ナジムは被っていたフードを取った。
「あなたは・・・」
「私はナナシ。あんたを捜すよう依頼された」
「そうですか・・・。ここにあなたが立っているということは、ここが『エストラーネオファミリー』の元実験所でよかったんですね」
ナジムは少しも表情を崩さず、細長い眼でナナシを見据えた。
「9年前、闇に流れた子供を金に糸目をつけずに買い漁っていたマフィアがあった。子供を対象にした人体実験を行っていた、エストラーネオファミリー。どんなに子供を買っても次の子供が必要になる。人身売買専門の密売人達はマリジアのような混乱した国から子供を誘拐してはエストラーネオに売っていた」
ナジムの目的、それはエストラーネオファミリーにあることは、少し考えればわかることだった。ナジムは俯きがちにボソボソと声をひそめて語る。
「いなくなった子供達の中に、私の娘もいた・・・。娘は一体どこに消えたのか、それがわかったのは愚かにも2年前でした。他の村の子供達も誘拐されていたことも、組織的な犯行だということも何も知らなかった・・・」
「マリジア人のあんたがテロ組織に入ったのは、子供達の行方を追う為に裏の人間との接点を作る必要があったから。違う?」
「ええ、そうです。学もなければ金もなく、力もない私が裏の世界との関わりを持つ為には、テロ組織に加わるしか手段がなかった。・・・しばらくして武器の仕入れを任されるようになってから、親しくなった武器の密売人が教えてくれました。あの時は裏に出回った子供はみんなエストラーネオが買っていた、と・・・。しかしエストラーネオは既に壊滅していて、実験体の子供達もほとんど死んでしまったと聞いた時・・・私は絶望しました。せめて、最後に娘がいた場所がどんな場所だったのか知りたくて、ここへ来ました」
ナジムはナナシの背後に立つビルを眺めた。5年前にエストラーネオの実験所の跡地を取り壊され、今ではエストラーネオとは全く関係のない一般企業の本社ビルが建っている。
「駄目な父親ですね、私は・・・。行動を起こすには何もかも遅すぎた。私がぼやぼやしているうちに、エストラーネオは滅び、ここも普通のビルになってしまった・・・。私のヘルガ、こんな父を許しておくれ・・・」
ナジムは膝から崩れ落ち、その場で嗚咽を漏らした。ナジムを見下ろすナナシは、自分でも驚く行動を取った。
「ついて来て、ナジム・アジャンタ」
「え・・・?」
地面に突っ伏すナジムを無理矢理立たせ、その手を引いた。
「エストラーネオファミリーは壊滅したし実験対象にされた子供達も全員死んだ。だけど、3人だけ生き残った子供がいる」
「!」
「会わせてあげるよ。FBIの連中に見つからないうちに、急いで」
復讐者の牢獄、そこに収容された3人の少年に会いに、ナナシとナジムは面会に訪れた。
「クフフ、珍しい客ですね。あなたが僕を尋ねてくるなど、夢にも思いませんでした」
「あんたに用があるのは私じゃない。六道骸、柿本千種、城島犬。彼が話したいことがあるんだってさ」
「・・・誰?」
ナジムを見て千種と犬は警戒した表情を見せた。しかし、骸だけはナジムの顔の入れ墨を見て、ナジムが何者であるか悟ったらしい。
「成る程・・・。彼はNo.85246、ヘルガの父親ですね」
「なっ!骸さん、マジですか!?」
「私の娘を、ヘルガを知っているのですか!?お願いします、教えて下さい!あの子が、ヘルガが何を話していたか、どのように死んでいったか!」
「・・・優しい人でした。自分がどんなに辛い目にあっても他人を気遣う、心優しい人でした。・・・自分の食事も他人に与えて、みるみる痩せていって・・・そのまま・・・」
骸達の表情が陰りを見せた。とうとうナジムはその場に突っ伏して泣き叫んだ。ナナシはただ黙って、そこに立ち尽くした。
「これで一見落着ね。しかし、あなたがそんな情けをかけてやるなんて、驚きだわ」
「・・・別に」
ナジムをFBIに引き渡した後、ナナシはナジムの感謝の言葉も聞かず早々に家へ戻った。アイボーはニヤニヤと笑いながらナナシを見る。
「父親でも思い出した?」
「・・・何を馬鹿なことを言ってるの?」
「あなたから母親の悪い話は聞いても、父親の悪い話は聞かないわ」
「ふざけないでアイボー。第一、もう縁は切った人間を何で思い出さなきゃならない訳?」
ナナシは溜息を吐いて自室に戻った。アイボーは笑みを崩すことなく乱暴に閉められた扉を見遣る。
「わかりやすいわね、本当」
※マリジアという国は実在しません。
匿名リクエスト。リクエストありがとうございました!