じゅうまん | ナノ
メルとスクアーロ
異常に声が大きく、粗野で、乱暴で、傲慢。そんな男にだって紅顔の美少年と持て囃された時代はあった。その時代から彼を知るナナシからすれば、古い腐れ縁、スクアーロの現在の状態は同情せざるを得ないほどに酷いものだった。
「久しぶり、スクアーロ君」
「・・・・・・よぉ」
ボンゴレ創設以来のクーデター、ゆりかごから2ヶ月後、ナナシは痩せこけて憔悴しきったスクアーロに対面した。
ナナシがその報を知ったのはゆりかごから1週間経った寒い夜であった。首謀者のザンザスは処刑、企てに加担したヴァリアーの者は全てボンゴレの懲戒尋問を受けている最中だという。
「たった数人で本部をほぼ壊滅状態にしたんだから大したものよ。だからこそ、ボンゴレはストーブみたいにカンカンだけどね」
アイボーは相変わらずの笑みを浮かべつつ淡々と述べた。
「ボンゴレの懲戒尋問はアメリカンポリティシャン並の厭らしさで有名よ。いつまで続くと思う?1ヶ月か、1年か、それとも死ぬまでか」
「9代目が死ぬまでには終わるんじゃない。死んでから再開する可能性も大有りだけど」
行きつけのレストラン「ヘイ・ジュード」でエスプレッソコーヒーを飲みながら談笑とはいえないような会話を交わす。アイボーにとってはただの世間話だ。
「何よ、変な顔しちゃって。らしくないわね」
「変な顔って・・・別にそんな顔してないし」
「眉間にシワが寄ってるわよ。そんなに心配?」
「別にそんな」
「あなたってほんと、そういうとこに関しては鈍いのよね」
ナナシは自分がどんな顔をしているのかわからないしアイボーの言っていることの意味もわからなかった。ニヤニヤと笑みを浮かべるアイボーに腹が立ちながらも、エスプレッソコーヒーを飲み干して席を立つ。
「私には関係ないし、スクアーロ君はそう簡単におとなしくなるタマじゃないし、あんたに私のあれこれを勘繰りする権利もない。変なこと言わないでよねアイボー」
店主のバッソに代金を支払い、ナナシは早々に出ていった。アイボーは笑みを崩すことなく乱暴に閉じられた扉を見る。
「とんでもなく頭はいいくせに、自分の感情に関してはウサギ以下の頭しか働かないのよね、ナナシは」
「やだ、ベルちゃん大丈夫?」
「あいつらマジぶっ殺す。王子に向かって無礼にも程があるっつーの」
「それで、しっかり録れたかい?」
「当たり前だろ、王子を誰だと思ってんだよ」
懲戒尋問を受けてヴァリアー本部に戻ってきたベルは靴の底に隠していた小型盗聴器を取り出しマーモンに渡した。マーモンは盗聴した内容を確認すると満足そうに懐に隠す。
「後々いい脅迫材料になりそうだからね。ざっと1千万は稼げるかな」
「ム・・・金の亡者めが」
「うるせーよムッツリ。で、スクアーロはまだ帰ってない訳?」
「ええ。ボンゴレに拘束されてからこれで2週間よ・・・。大丈夫かしら・・・」
スクアーロはゆりかごを企てた重要人物としてボンゴレ本部に拘束されている。ヴァリアー本部も監視されているが、9代目の温情によりある程度の自由は得られているが、スクアーロは全てをボンゴレに禁じられている。ヴァリアーの人間とは接触できず、外出すらままならない。スクアーロにとっては真っ当な拷問よりも過酷な仕打ちだ。
「オッタビオのヤローは何してんだよ。自分だけボンゴレ本部の人間みたいな顔しやがって」
「ベルちゃん、今はオッタビオに頼るしかないわ。あまりそういうことを言っては・・・」
「やだね。あんなヤローに頼るぐらいだったら全員ぶっ殺してこっから逃げる」
ヴァリアーの副リーダー、オッタビオは幹部らとの交渉の為ボンゴレ本部に駐留している。しかし、交渉というのは名ばかりで、実際はヴァリアーへの処罰を決めるコミッションに参加しているのだ。ヴァリアーの人間がヴァリアーに処罰を与える。何ともつじつまの合わない話である。
「ぼくらには今以上に目をつけられないようにしながらこちらの駒を集めることしかできないのさ。後のことは、オッタビオとスクアーロに任せるしかない」
「けっ、つまんねーの。王子そのうちキレて暴れ出すよ」
「早くスクアーロが帰ってくるといいんだけど・・・」
若きヴァリアー幹部達は、今するべきことをするべく、密かに事を進めるのだった。
「これはこれは、ナナシ・ジャッロ。本部においでになるとは珍しい」
「・・・・・・」
誰だっけ、と思いつつもナナシはそのことを口にしなかった。男の名前はオッタビオ、以前にスクアーロから話だけは聞いたことがあるが、いくら記憶力が優れているナナシとは言え全く興味のない人間の名前と顔をいつまでも覚えておくほど頭の中に余裕はない。考えることも頭の中に入れることも日に日に増えていくのだから。
「スクアーロ君に、会いたいんだけど」
「なりません。尋問中は誰にも会わせてはならないとのお達しです」
「ゆりかごから今日で2ヶ月。1人の尋問に2ヶ月も時間を費やすだなんて、ボンゴレの名が泣くね」
「9代目がお決めになったことです」
「そう。じゃあ家光さんにお願いするから結構」
話が進まないことがわかるとナナシはさっさと背を向けて家光がいるであろう顧問室に向かうことにした。ナナシの背を見つめながらオッタビオが問う。
「・・・あなたは何故スクアーロにそうも会いたがるのです?」
「古い知り合いの心配をするのがそんなに責められなきゃならないこと?」
「いいえ。ですが彼に肩入れしてもあなたには何の得もないはず。彼は反逆者で、罰を受けるべき男です」
確かにそうだ。ナナシがスクアーロと会って話をしたからと言って、何かが変わる訳ではない。しかし、ナナシは脚を止める気にはならなかった。
「私の友人なんて、普通に裁判したら真っ先に死刑になる奴らばっかりだよ」
ナナシは今度こそ名前も知らぬ男の前から消えた。
「30分だ。それが限界だぞ」
「大丈夫です。多分、30分もいらないと思いますし」
家光に案内され、ナナシは本部の留置部屋の前まで来た。見た目はただの客室だが、窓もなければ凶器になるようなものもない。簡易なベッドとトイレとシャワーが揃っているだけの、最低限の設備しかない。ベッドの上には、すっかり痩せこけたスクアーロが静かに座っていた。
「久しぶり、スクアーロ君」
「・・・・・・よぉ」
本来の美貌もこれでは形無しである。ろくに睡眠も取れていないのか目の下には隈がくっきりと現れ、眼だけがギラギラと異様な輝きを見せている。ゆりかごで負った怪我以外にあちらこちらに痣のような痕が見えているのを見ると、尋問中に殴られでもしたのだろう。
「テメェが来るなんざ珍しいなぁ」
「どんなもんかと思ってね。案外キてるみたいだけど」
「う゛お゛ぉい、冗談言うなぁ・・・・・・。俺はまだいける。あいつが戻ってくるまでくたばる訳にはいかねえんだぁ」
スクアーロは荒れた髪をグシャグシャと掻き乱して、血走った瞳でナナシを見た。あいつとは、処刑されたと言われているザンザスのことか。
「生きてるの、ザンザスさん」
「あ゛ぁ、生きてる。あいつは戻ってくる。見てろよナナシ、あいつは更なる怒りを持って戻ってくるぜぇ」
「そっか。見てくれよりも、精神の方は元気そうだね」
ナナシは持参してきたギネスの缶ビールをスクアーロに投げて寄越した。
「私が住んでるアパートの3階の真ん中の部屋に住んでた薬中がついに診療所にぶち込まれたから、ヴァリアーがクビになったらおいでよ。仕事はいくらでもあるだろうから」
スクアーロが返事を返すよりも早く、ナナシはさっさと留置部屋から出ていった。スクアーロはすぐさま缶を開けて、久々のビールの味を楽しみながら閉じられた扉を見つめた。
「変わった奴だよなぁ、あいつも」
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