199*年*月*日。ドン・エストラーネオに何百体ものモルモットの飼育を命じられてから早数年。ドクトル・エミリー・ハーミットがプロジェクトから抜けてから開発は停滞していた。ドクトルの残してきた成果のおこぼれを弄くる日々が続いたが、先日ようやくまともな実験結果が完成した。No.696をドクトルに披露する為、ドクトルをアメリカからわざわざ呼び寄せたのだ。ドクトルは1人の赤ん坊を連れて、研究施設までやってきた。


「ドクトル・ハーミット。またお会いできて感激の極みであります。そちらは娘さんで?」


「ドン・エストラーネオ、久しぶりだな。あぁ、娘のアリスだ。で、私を呼び寄せた意味を聞きたいのだが」


「あぁ・・・。ついに完成したのです。史上最強の殺人兵器が!」


手足を拘束され、目隠しをされたNo.696がドクトルのもとに連れて来られた。このモルモットの身体には生前、六道全てを巡った記憶が刻み込まれており、その記憶故にか本人もコントロールすることのできない潜在能力が秘められていた。我々はNo.696の片目を、辛苦を味わわされながら開発した精密機器を搭載した特殊な人工眼球にすげ替えることでNo.696自身がその能力に干渉できるようにした。その後、眠る間も食べる間も与えずに訓練を積み、完全に能力をコントロールできるように仕立てあげた。No.696は実戦訓練でも圧倒的な成績を残している。ドクトルに見せても遜色ない成果である。


「いかがですか、ドクトル。No.696の操る幻術のクオリティは裏社会でもトップクオリティで・・・」


ドン・エストラーネオは自信満々でNo.696を披露する。ドクトルは赤ん坊を抱いたままNo.696に近寄り、何秒間か注視した後顔を歪めてこう呟いた。


「くだらんな」


「・・・・・・・・・は?」


「くだらん、と言ったのだ。聞こえなかったのか、ドン・エストラーネオ?」


「くだらない・・・ですと?このNo.696が!?」


ドン・エストラーネオは激昂した。ドクトルはあくまで冷静に、No.696を見下ろす。ドクトルの言葉に、No.696でさえ驚愕しているように見えた。


「六道を巡った記憶など誰も彼もが持っているものではない。例えこの実験体が優れていようと、大量生産が不可能ではないか」


「大量生産などせずとも、この1体だけで十分です!!」


「第一、この実験体の能力を引き出すのには、専用の人口眼球が必要なのだろう。私は人間の可能性を求めている。機械に頼らねば能力を引き出せない機械の奴隷など、全くもってくだらんな」


「な・・・・・・!!」


「このようなマシン、私のアリスの足元にも及ばん」


ドン・エストラーネオはすっかり沸騰した薬缶のようになってしまって、No.696の目隠しを解いた。No.696の人工眼球があらわになる。


「見せてやれ、No.696!お前の幻術を!」


No.696は抵抗することもなく幻術を行使した。人工眼球が光った瞬間、周りの空間が歪む。相変わらず特定人物だけに幻覚を見せることは苦手なようだ。天井が崩壊し、床が奈落へと変わっていた。吐き気を催す程に酔いそうな幻覚だ。


「あぅ」


ドクトルに抱かれた赤ん坊が声を上げた。すると突然、歪んでいた空間が、普通の研究施設に戻った。まるで空を切るかのように、何事もなかったように。


「!?」


「な・・・!」


一番驚いているのはNo.696だった。No.696は拷問のような扱いを受けて取得した自分の幻術に、それなりに自信を持っていたのだ。その幻術が、いきなり消えてしまったのだから驚くのも当然だ。


「無駄だ、アリスの放つ磁波は幻覚を打ち消す。全く、お前は本当に謎が多いなアリス!やはりお前は素晴らしい!」


「・・・僕がその赤ん坊に劣っていると?」


No.696はドクトルを睨んだ。ドクトルはNo.696を見下し、吐き捨てるように言う。


「あぁ。人間の未知を極めた私のアリスに、貴様のような人間以下のモルモットが敵う訳がない」


「・・・ッ!」


「幻術、マインドコントロール、身体能力の強化、憑依、それらが貴様の潜在能力であることはわかった。しかし、その能力を自分の力で発揮することのできない貴様などに興味はない。何が特殊な人工眼球だ、くだらん」


「僕だって好きでこんな瞳をつけられた訳じゃないッ!!!」


「貴様の事情など知ったことか」


ドクトルの言葉に、No.696は憎悪と絶望を混ぜたような表情を見せた。ドクトルはNo.696に全く興味を示さず、我々に背中を向けた。


「ホテルで夫が待っているのでな。失礼する。もう二度と会うこともないだろう」


激怒したドン・エストラーネオにも俯いてしまったNo.696にも全く関心を示さないで、ドクトルは研究施設から出ていった。それ以来、二度と来ることはなかった。












「おかえり、エミリー、アリス。あぁ君、彼女にキーマンを入れてやってくれないか」


「かしこまりました」


「フン、くだらんものを見せられた。キルシュ、やはり来る必要などなかったぞ!」


「私に言われてもね。呼ばれたのも君だし行くと決めたのも君だよ、エミリー」


「私のアリスに敵う人間などこの世にはいない!そうは思わないか、キルシュ!」


「あぁ、そうだね。だが私はアリスと同じくらい君も素晴らしいと思っているよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・な、何をふざけたことを言っている」


「生憎、私はジョークが苦手でね」


「ど、どの口が言うかっ!!」


「暴力はやめてくれないかな、エミリー。アリスの教育上良くない」


「黙れっ、この気障男っ!!」





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