ローザがボンゴレの依頼を初めて受けたのは、イディナ・メンゼル暗殺事件の2年前である。当時15歳でメルと出会ったばかりのローザは、高い狙撃技術を持ちながら、なかなか殺し屋として大成しなかった。安い依頼を受けてはやっと食い繋ぐ日々。ローザはメルと知り合ってからは、毎日のようにヘイ・ジュードで余った食材で作った本来より安い食事を食べて暮らしていた。
「なんでローザにはなかなか仕事が来ないのかね。」
「本当よ。こんな名スナイパー、なかなかいないわよ。バッソの作るパスタは美味しいけど、いい加減正規のメニューから好きなのを選んで食べたいわ。」
バッソは笑顔で皿に盛りつけられたジェノベーゼにチーズを振り撒いた。バッソなりのサービスだ。スピーカーからモトリー・クルーの『テイク・ミー・トゥ・ザ・トップ』が流れている。ジェノベーゼとグラスに入れられた赤ワインがローザの元に運ばれる。
「ありがとうバッソ。はあ、好きなだけワインが飲みたいわ。」
「ワインだって安くないからね。バッソはサービスした方だよ。」
バッソは困ったように苦笑し、調理器具を洗いはじめた。
「そういえば、バッソは喋らないわよね。」
「バッソは喋らないんじゃないの。喋れないの。」
そう言ってからメルはコーヒーを飲んだ。ローザといえば、さほど驚くこともなく、そうだったの、とでも言いたげな顔でバッソを見る。バッソはゆっくり頷いて、喉を指指し、何かを潰すように手を握った。喉が潰れた、と言いたいのだろう。
「昔はとあるバンドのベーシストだったんだけどね。喉を潰されてバンドをクビになって、ドラッグに溺れて、こちらの仲間入りを果たしたって訳。」
「へえ。道理でレコードのセンスがいいと思ったわ。」
バッソは嬉しそうにローザに向かって笑う。曲が終わりに近づくと、メルの携帯電話が鳴った。
「あら、今流行りの携帯電話ってヤツ?」
「そ。ちょっと待ってて。」
メルが店の外に出る。その間、ローザは生ハムの切れ端の入ったジェノベーゼの味を堪能していた。『テイク・ミー・トゥ・ザ・トップ』が終わり、セックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・U.K』が流れはじめる。ローザはこれまた自分が好きな選曲に、鼻歌を歌いながらバッソに向かって親指を立てる。気を良くしたバッソがジェノベーゼの上にさらにチーズを乗せた。たっぷりのチーズが絡んだジェノベーゼを、ローザは大口を開けて食べる。
「ローザ。」
ふと、扉から顔だけ出してメルがローザに声をかける。ローザは振り返るが、まだジェノベーゼが口の中に入っているので返事ができない。目だけで「何?」と訴えた。
「ねえローザ、ボンゴレからの殺しの依頼、受けない?」
ローザは危うく、口の中のジェノベーゼを噴き出しそうになった。