メルは自分の行きつけのレストラン『ヘイ・ジュード』でランチを取っていた。苦めのコーヒーを飲み、夏野菜たっぷりのアラビアータを食べる。元ミュージシャンの店主、バッソが流すレコードの選曲はセンスがいい。メルの行動パターンには、決まってこのレストランでのランチが組み込まれている。そして、その行動パターンを知る者が、ヘイ・ジュードにやって来た。扉に取り付けられたベルがカランカランとなる。


「chao.メル・ジャッロ。」


どこか艶のある女の声にメルは顔を上げた。咄嗟に左手に銃を持ち、右手でフォークをパスタに絡ませる。女はメルの正面の席に座った。メルは女の顔を見て眉をしかめた。顔の左半分は絶世の美女であるが、前髪を垂らして隠された右半分の顔は、ケロイドの生々しい痕で覆われていたからである。まあ、ギリギリ美人かな、とメルは女の顔からパスタに視線を移した。


「はじめまして。あたしはローザ。あなた、殺し屋メル・ジャッロよね?」


「そうだけど、依頼ならこのパスタが無くなってからにしてくれる。」


「残念、依頼じゃないのよ。今日はあなたにクレームしにきたの。」


ローザはバッソにコーヒーを注文する。ローザの顔を見たバッソがギョッと目を見開くが、すぐにコーヒーの準備に取り掛かった。ローザはさほど気にする様子もなく、その細く長い足を組み直した。


「あなた、一昨日あの『ゲス野郎』を始末したでしょ。」


ゲス野郎とはエミールのことか。メルはローザの全身をじっくり観察した。懐に銃を隠し持っている。細いように見える身体には、スラッとした筋肉が程よく付いている。そして、僅かな血の匂い。どうやら、同業者のようだ。恐らく自分に獲物を横取りされた苛立ちをクレームしにきたのだろう。


「悪いね。あんたの獲物取っちゃって。」


「・・・何で、わかったの?私、エミールが標的だったなんて、言ってないわ。」


「あんたはどう見ても殺し屋でしょ。あとはあんたの台詞から推察した。」


「・・・ふうん。」


バッソがコーヒーを運んでくる。ローザは一口飲んで、その苦さに舌を出したあと、カップの中に角砂糖を2つ入れた。


「まあ、そういうことよ。折角きた依頼だっていうのに。酷いわ、あなた。」


「そりゃあ申し訳ない。だからといって報酬を折半するのはごめんだから。」


「あら、残念。でもあなた、工作の天才だとは聞いていたけど、本当に上手いのね、周りを騙すのが。」


「それが仕事だからね。」


メルはパスタを食べ終え、すっかり冷めたコーヒーを一気に口内に流し込んだ。胸ポケットから煙草を取り出し、ジッポで火を点ける。


「早死にするわよ、ラッキーストライクなんて吸ってると。」


「ただの俗説だって、肺癌発生率No.1なんてのは。」


ローザはクスクスと笑う。気を利かせたバッソが新しいコーヒーをメルのカップに注ぐ。レコードから流れている曲が終わり、新たな曲が流れはじめた。


「あら、ドクター・フィールグッドの『She Does It Right』じゃない。趣味がいいわね。」


「・・・パブロックを聞くようには見えないけど。」


「よく言われるわ。」


二人の間に笑みが浮かぶ。これが、後の名コンビ、メルとローザの邂逅であった。

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