裏社会で最も蔑まれる男、「映画監督」「ゲス野郎」エミールの始末をメルが依頼されたのは、メルがまだ15歳の時である。既にその時、工作のスペシャリストであったメルは、表社会でも活動していたエミールを、誰からも殺しだと疑われることなく暗殺した。しかし、エミールを蔑み、殺したがって殺し屋に依頼をする人間は他にもいた。依頼された殺し屋のうちの一人が、この時殺し屋活動を始めたばかりのローザである。













何故エミールがそこまで蔑まれ、命を狙われたか。エミールはもともとごく普通のカメラマンであった。しかし、表社会で映画監督として失敗してから、エミールは裏社会で活動しはじめた。エミールは一般人を誘拐してきては「出演」させる、スナッフビデオ、ポルノビデオを制作した。表社会からひょっと出で現れたよそ者であり、表社会を巻き込まないという裏社会のルールを破ったエミールを、裏社会の人間が嫌わないはずがない。そんな者たちから依頼を受けたメルは、エミールを殺すために策を練り、実行に移した。あるバーで酒を飲んでいたエミールに接触し、目的の場所へ誘導した。その日は、強風の吹き荒れる夜だった。


「あの、エミール・ロバート監督ですか?」


「ん?ああ、そうだが、何故僕を知っている?」


「実は私、ある映画雑誌の編集者をしていまして、雑誌で『世に埋もれた名作10選』という企画があるのですが、それにロバート監督の監督作、『assassino』を紹介したいのです。そこで、監督にインタビューを・・・。」


「何だって!?・・・ついに、ついに私の作品に時代が追いついたのだ!ハハハハハッ、ざまあみやがれ腐れ批評家ども!」


エミールが立ち上がって高笑いをする。バーの客はあちこち騒ぎに騒いでいるため、エミールに全く関心をよせない。編集者の振りをしたメルは話を続けた。


「この騒がしいバーでは何ですから、どこか落ち着いた店へ移動しませんか?」


「ああ、そうだな!マスター、これで勘定を!何、釣りはいらんよ!それでワインでも飲むといい!」


エミールは自分が飲んでいた酒代より多い金額をカウンターに置いた。陽気な足取りで店を出る。メルは紙幣の置かれたカウンターに自分も紙幣を何枚か置いて店を出た。














「ありがとうございます、監督。」


「いいや、こちらも楽しい時が過ごせた。」


メルの何の意味も成さないインタビューを終え、エミールは満足そうな顔で席を立った。自分が評価されたことにご満悦のようだ。二人で店を出ると、店主が店の明かりを消し、看板を裏返す。店じまいのようだ。


「あっ、お送りします。車を回してきますから、ここで待っていてください。」


「いや、悪いね。」


メルは足早に立ち去る。上機嫌のエミールは鼻歌を歌いながら店の前で待つ。風がエミールを吹き付ける中、一際大きな強風が吹き荒れた。すると、頭上からガキンッ、という金属の音がした。


「ん?」


エミールが上を見上げると、ビルの上に立てられていた錆びた大きな看板が、エミールの頭上に迫ってきていたーーーーーー。












メルの策はこうである。まず、どこかのバーで飲んでいるであろうエミールを偽のインタビューでメルが用意した店におびき寄せる。エミールの行きつけのがなり声や音楽で騒がしいバーならば、小声で話せば話の内容などわからないし、もし見られたとしても酔っ払いの記憶力など当てにならない。それに変装をしていっているので、警察が事情聴取に訪れたとしてもメルと気づかれることはない。おまけに、マスターを買収するには十分なだけの金を置いてきた。荒くれの酔っ払いを相手にしているマスターなら、あの紙幣の意味がわかるだろう。次に、メルが用意した店でインタビューをした。実はこの店は、メルがこの時のためだけに準備した、ただの廃屋である。実際はあんな店はどこにもない。店主も裏の人間だ。インタビュー最中、メルの仲間がビルの上に立てていた看板を剥がしておき、メルが合図をしたらその看板を落とす。周りにはまるで、強風の為に看板が剥がれ、落ちたように見える。事実、エミールの死は強風による事故と処理された。イタリアの警察はずぼらな為、大した捜査などしない。この程度の工作で十分なのだ。メルは依頼主から報酬を得て、ますます殺し屋としての格を上げた。この暗殺の日がメルがローザと出会う、2日前のことである。


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