「エラリー・クイーン、お好きなんですか。」


先程天井から降ってきたメルは、今では部屋をうろついて物色している。机の上に置いた本を手に取り、表紙を眺め回す。


「トランクケースの中にも、ありましたよね。エラリー・クイーン。」


「シリーズものはね、一冊読んでしまうと全部読みたくなってしまうのでね。君は好きなのかい。」


「まあ、職業柄か、探偵ものは好きでしてね。」


「なるほど。」


穏やかに会話を交わしているが、決して状況は変わっていない。自分たちは男達に囲まれたままなのだ。


「そろそろ強行突破されるんじゃないかい?」


「その心配はありませんよ。このホテルはボンゴレ所有のホテルです。奴らはボンゴレと同盟を組んでいるから存在できているような弱小ファミリーですから、このホテルに傷をつけるようなことはしません。」


メルはパラパラと本をめくる。ソロモンは、メルを外の連中に引き渡せばこの状況からは脱せるな、と考えていた。しかし、ソロモンはメルがこの状況の中からどうするかが気になった。ソロモンはトランクケースの中から持参した紅茶を取り出し、分量を細かく量りはじめる。紅茶でも飲みながら、メルの行動を観察することにした。


「君も飲むかい?上質のジョルジだ。」


「いいですね。頂きます。」


メルは本を机に一旦置いてソファに腰掛けた。適温にした湯をティーポットに注ぎ、しばらく置いた後、ティーポットからティーカップへ紅茶を注ぐ。メルは紅茶の香りを存分に楽しんだ後、一口飲んだ。


「美味しい。」


「そりゃあよかった。」


メルはゆっくりと時間をかけて紅茶を飲む。ソロモンが飲み終えた頃にはメルのティーカップの中はまだ半分ほどしか減っていなかった。ティーポットの中の紅茶がまだ熱いうちにティーカップに注ぐ。


「さて、そろそろですかね。」


メルがティーカップを置いた。それと同時に右隣から爆音が聞こえる。ソロモンは表情に出すことはなかったが、内心狼狽していた。


「まずは、巻き込んでしまって申し訳ありません。もうしばらく待てばバッツドルフさんがあなたを迎えにきます。」


「・・・君は、何故ここにいる?」


「・・・それを話せば長くなるんですが。」


「構わないよ。私の友人が来るまでの、時間潰しだ。」


メルは一つ頷き、紅茶を一気に飲み干した。


「まず、私は本当は今爆破したこの隣の部屋にいました。あなたの友人、バッツドルフさんからの依頼で、このホテルに隠されたチェラーレファミリー・・・、外にいる連中のファミリーですが、チェラーレファミリーのボンゴレへの上納金を探しに来たんです。」


「バッツドルフのボンゴレ嫌いは筋金入りだからね。それに、チェラーレファミリーといえばバッツドルフから恩恵を受けたファミリーの一つじゃないか。」


バッツドルフは武器商人だ。主に旧ソ連製の銃を取り扱い、顧客は世界中にいる。しかし、かつてイタリアでの商売をボンゴレに邪魔されてから、ボンゴレとは犬猿の仲なのだ。更に、チェラーレファミリーはかつてバッツドルフから銃を買っていたファミリーの一つだ。バッツドルフは、自分の敵に屈するという裏切り行為をしたチェラーレファミリーを、決して許しはしなかった。


「で、その上納金はこの部屋・・・、正しくはこの部屋と、今爆破した方とは反対の、ここの左隣の部屋の壁の中に隠されていたんです。だから、連中はこの部屋だけでなく左隣の部屋も囲んでいます。そこで、私は天井を伝って右隣の部屋に爆弾を仕掛けて、ここで待機してます。」


「・・・?何故、右隣の部屋を爆破させたんだい?壁に穴を空けるなら、左隣の部屋か、もしくはここを爆破すればいい。幸い、このホテルの壁は丈夫なようだし、被害は大きくはならないだろう。」


「それなんですよ。普通、部屋を爆破させたのは『壁に穴を空ける為』だと思うじゃないですか。じゃあ、壁に穴を空けた次にやることといえば、穴の中の上納金を奪うことですよね。そこでのこのこ現れる私を捕まえようと、連中はするでしょう。しかも爆破させる部屋を間違えてる。こんなアホなカモいないでしょ。そこで私がいるだろうと踏んで右隣の部屋に入ってきた連中を・・・。」


再び右隣から爆音が聞こえてきた。その瞬間、ソロモンはメルの策を理解する。


「・・・叩きのめす、と。」


メルは立ち上がり、外に繋がる扉をわずかに開く。どうやら、全員が馬鹿正直にメルの策に嵌まったらしい。メルは扉を完全に開き、こちらにもう大丈夫ですよ、と示す。


「実を言うと、上納金はもう取り出して天井裏に置いておいたんです。バッツドルフさんが来たら渡そうと思ってたんですけど、まだみたいですね。」


メルは扉を閉めてまたソファに腰掛ける。ソロモンは紅茶を流し込んだ後、メルに向かって拍手をした。


「お見事。」


「あの情報屋ソロモンに手を叩いて頂けるなんて、光栄です。」


実際光栄などと思ってはいないのだろうが、ソロモンはその言葉を受けとった。メルは懐から煙草を取り出す。ソロモンは敬意を込めて、机の端に寄せていた灰皿をメルの正面に置いてやった。


「バッツドルフさん、遅いですね。」


「それまで私と談笑でもするかい?」


「そうします。」



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