情報屋ソロモンの名を知らぬ者は裏社会にはいない。

「・・・なんて話があった筈だけどもねぇ。」


イタリアのあるホテルのスイートルームにて、ソロモンは呟いた。自分の『友人』である一人の男にパーティーに招待されイタリアにやって来たはいいが、思わぬ事態が起きた。部屋の周りを複数の男に囲まれたのである。先程微かに開けた扉の向こうから、男の声が聞こえた。


「探偵!もはや逃げ場はないぞ、おとなしく出てこい!」


「・・・誰だい、探偵って。」


自分は探偵ではなく情報屋だ。しかし、マフィアと思われる男達は、自分のことを『探偵』と呼んでいる。どうやら、部屋を間違えたか、もしくは偽の情報をつかまされたか。どちらにせよ、自分以外の誰かが標的であるのは、間違いないらしい。


「・・・さて、どうするかね。」


ソロモンは持参したティーカップに備え付けの紅茶を注いだ。その紅茶を飲んですぐ、ホテルの安い紅茶を淹れたことを後悔する。ティーカップの中に入った紅茶を床に捨て、改めて状況を確認する。


「部屋から出たらすぐ撃ち殺されそうな勢いだねぇ・・・。どうやら妨害電波も流されてるみたいだし。」


先程から自分の携帯電話は圏外であるし、備え付けの電話も全く機能しない。いっそのこと相手が強行突破でもしてくれれば勘違いに気がつくのだろうが、余程『探偵』とやらが警戒しなければならない相手なのか、その様子もない。ここはおとなしく、自分の友人が自分を迎えにくるのを待つしかないか。ソロモンは自分のトランクケースの中から一冊の本を取り出し、栞が挟んであるページを開いた。















いよいよ物語も佳境に近づいてきた頃、急に天井から物音がした。


「?」


痺れをきらして天井から入り込んできたか。ソロモンは本に栞を挟み、銃を構える。音のした方に銃を向け、撃つ。サイレンサーをつけている為、撃った際に激しい音はしなかったが、天井に銃弾が当たった瞬間破裂音がなる。


「うわっ。」


天井から声が聞こえた。その声にソロモンは疑問を抱いた。こもって聞こえにくいとはいえ、間違いなく女の声だったからである。ソロモンは椅子の上に立ち、天井の穴に手をかけ、一気に天井を剥がした。


「・・・っと!」


剥がされた天井と共に女が降ってきた。女は両手両足を床について着地する。ソロモンは少なからず、自分の予想とは違った結果に狼狽していた。


「びっくりしたー・・・。案外脆いんですね、このホテル。」


女は服についた埃を払い、やがて顔をあげた。ソロモンにも見覚えのある、至って普通の顔だった。ソロモンとは面識はないが、裏社会では想定な有名人だ。


「・・・探偵とは君か。メル・ジャッロ。」


「そういうあなたは情報屋ソロモン。」


メルが埃に塗れた手を差し出してきたので、ソロモンはポケットから取り出したハンカチ越しに握手した。


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