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街の灯2




なけなしの給料を握り締めて、サンジは足取りも軽く町へ繰り出す。男からもらった一輪の花はすっかり枯れてしまったが、あれから花売りの男のことを思い出さない日はなかった。それがどういう意味を為しているのか気づかざるを得ず、はじめのうちはうろたえたサンジだったが、もう一度男に会いたいという想いが日々強くなり胸をしめつける。
そうして一度認めてしまえば簡単なもので、相手が盲目だとか、同性だとか、そんな障害は全く目に入らなかった。男がまた同じ場所にいるのか分からぬ不安を抱えながら、角を曲がる寸前一つ深呼吸をすると意を決して足を踏み出す。すると、以前と変わらぬ男の姿がそこにはあった。ホッと息をつき曲がっていたネクタイを正すと、自らを奮い立たせる。

「花、売ってもらえるか」
緊張のあまり少し声が裏返ったことに舌打ちをしたい気持ちになった。男がサンジのいる方向へ顔を向けたとき、ピアスが触れ合って涼しげな音を立てる。バスケットの中を覗けば、淡い緑色をした珍しい花がもう数え切れるほどしか残っていなかった。目の前の男の瞳と同じ色だと、サンジは思わず口元を綻ばせる。男の目は光を映さなくとも、サンジには眩いほどきらきらと輝いて見えた。きっと、宝石なんかよりもずっと価値がある。

「もう来ねェのかと思った」
「え、わ、おれのこと分かんの…?」
サンジの問いかけに当たり前だろ、と憮然とした表情をした男は一度肩をすくめるとバスケットに腕を伸ばした。バスケットの縁を確かめるように指先でなぞり、花を見つけると筋張ったその手でそっと茎を摘まむ。この町で花売りの少女を見かけることは珍しくなかった。サンジは花のように可憐な彼女たちを見るたび鼻の下を伸ばしたものだ。それが今、華奢とは形容しがたい男がバスケットを抱え、花を売る姿を見て美しいと感じている。なんとも、不思議な気分だった。

「お前が来たのが今日でよかった」
「…え?」
その言葉に呆気に取られていると、男の手がサンジの指先に触れた。情けないが、緊張にぴくりと肩が跳ねる。さほど変わらない背丈のせいか、あまりにも距離の近い男の顔先から逃げるように少し背を反らす。
そんなサンジに気づいているのかいないのか、男は特に気にする様子もなくサンジに残りの花束を握らせた。予約分だ、と長い睫毛が目元に影を作った。手の中の花と同じ色をした男の睫毛が太陽の光に照らされて、少し白っぽくなる。

「今日の花は特別きれいだって、よく売れる」
「……確かに、すげェきれいだな」
男は興味深そうにへェ、と頷いてそりゃ見てみてェなとサンジから手を離した。その姿にサンジはちくりと胸が痛むのを感じ、動かない男の瞳をそっと覗き込んだ。近づいたサンジの顔に視線が向けられることはない。そのことを寂しく感じながらも、みすぼらしい格好をしている己を見られずに済んでいることにどこか安堵していた。目の前の男も決して裕福ではないことは分かっている。それでもどこか、変なところで意地を感じていた。見るからに富裕層であろう男が高級車から降りてくる姿を眺め、足元に視線を落とす。
そうしてからいくらだ、と代金を払おうとしたサンジに男は不機嫌そうに眉を寄せた。今日は絶対受けとらねェぞと拗ねたように唇を尖らせて、帰り支度をはじめてしまった男に焦りが募る。もう少し話していたい。頑として金を受け取らないであろうことは、なんとなく想像ができた。まだ名前すら知らない男のことを、少し分かったような気がしてサンジはなんとなく背筋を伸ばす。そんな中、必死に男を引き止める言葉を探していた。

「あー、っと昼飯でも一緒に食わねェか?」
「悪ィが金がねェ」
あ、と思わず声が出そうになるのを咄嗟に抑え込んだ。仕事が見つかったとは言え、その日暮らしをするのがやっとな給料では男の昼食代を払ってやるほどの余裕はなかった。それにこの辺りにはもう高級レストランしか残っていない。それどころか、こんな身なりでは入り口にだって入れてもらえやしないだろう。それ以前に、二人分の食料を買うことでさえギリギリの状態だった。
「おれが作ってやるよ」
咄嗟にそう言ったはいいが、苦虫を噛み潰したような顔をしてその先を言いあぐねていると男が訝しげに眉を上げた。てめェに料理ができんのかとでも言いたげな態度にムッとして、一度食べたら一生忘れられねェぞと大仰な物言いをする。
実際、料理の腕に自信があるのは確かだった。高級レストランのコックにも引けを取らないという自負もある。男は緩慢にまばたきをすると、楽しそうに口端を上げた。

「でも、ここから家まで遠いのをすっかり忘れちまってた」
男の目が見えていたらきっと、一瞬で嘘だとバレてしまうであろう。それほどサンジの態度は不自然だった。嘘をつく罪悪感に俯くと顔を歪めるが、それでも努めて明るい声を出す。

「じゃあおれんち来るか」
おめェには狭いだろうが、そう続けた男の言葉にどことなく違和感を感じるが、誘いに乗ってくれたという事実に浮かれてそんな疑問はすぐに霧散していった。男の家は市場を抜けてすぐの場所だと聞いた。うんと美味い飯を食わせてやろうと、久しぶりに料理人として腕が鳴る感覚に浮き足立つ。隣にいるのが意中の男なのだと思えば尚のことだった。人ごみの中なかなか前に進めずにいる男に気づき、サンジはハッとして腕を伸ばす。一度躊躇してから、男の手を取って離さないようしっかりと握り締めた。

(20120930)


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