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かざぐるま




島中、浮かれた雰囲気が漂っている。それも、長い間この島を支配していたアーロンパークが陥落したからだ。
ウソップは宴が始まってからずっと、得意の嘘で人々を楽しませている。よく数時間も喋り続けていられるなと感心も半分、呆れも半分感じながら、ゾロは酒を呷った。ルフィは生ハムメロンを探しに行ったきり姿を見ない。サンジは、両脇に女をはべらせて鼻の下を伸ばしている。
そういえばあいつ仲間になったのか、と今更なことをゾロは思った。この宴の主役と言っても過言ではないナミの姿は、あれから一度も見ていない。
手にしていたジョッキを傾けると、酒とも判別できない雫が唇を濡らす。いつのまにか空になっていたジョッキを地面に置き、身を乗り出して酒の在り処を探した。
つまみの乗っていた皿も、いつのまにかサンジの残していった生ハムメロンだけになっている。それを手に取り齧りつくと、メロンの甘味と生ハムの塩味が一緒くたになって舌を刺激した。奇妙な味だな、そう感想を浮かべ、ゾロはへたを皿の上に放り投げる。それから、酒を探しに行こうと腰を上げた。
「傷はもう大丈夫なのか」
「ああ、治った」
「あんな傷がすぐ治るわけ…あァ、まァそれはいい、ナミを見てないか?」
人ごみの中遭遇したゲンゾウは、弱ったとでも言いたげに首の後ろを掻いている。頭上で回っていたはずの妙な風車は、いつの間にか姿を消していた。
ゲンゾウは離れた場所にあるナミの家など、思いつく限りの場所へ足を運んだ帰りらしい。ノジコでさえもしばらくナミを見ておらず、困り果てているとゲンゾウは続けた。村の人々もナミにきちんと礼を言いたいのだろう。それが嫌でどこかに隠れているとしても、ナミの性格ならば不思議ではなかった。
「今日はせっかくの誕生日だというのに…まったく」
「あいつ、誕生日なのか」
「ああ、それなのに姿も見せんとは困ったやつだ」
急いでケーキを用意したと言うゲンゾウの視線の先へゾロも顔を向ける。そこには何段か数えるのも億劫なほどの特大ケーキがあった。同じく巨大なチョコレートのプレートには、「なっちゃんお誕生日おめでとう」と書かれている。
まァ例え誕生日だろうと、おれには関係ねェ。ゾロはテーブルから新しい酒瓶を引っ掴み、歯でコルクを抜いた。

散歩がてらしばらく島の中を歩き続けていると、いつの間にか村の外れまでやってきていた。遠くに聞こえる喧騒と、日の傾き出した空が足元から伸びる影を薄くさせる。目の前には、見渡す限り青い海と、丘の上に座り込むナミの姿があった。ナミがまっすぐに見据えるその先には、十字架の形に括りつけられた細い丸太が立っている。随分簡易的だが、墓なのだろうとゾロにも分かった。
立ちすくむ木を固定させるため、他より盛り上がった土の上には、古びた風車が刺さっている。風が吹くたび、それはくるくると軽快に回る。
止め処なく流れるカラカラという音を耳に湛えながら、ゾロは迷いもなく足を向けた。ナミは近づくゾロに気がついているのだろうが、振り向くことはしない。
「おい、風車のおっさんが探してたぞ」
「知ってる。あんた、歩き回って平気なの?」
「寝りゃァこんな傷すぐ治る」
振り返ったナミは深々とため息を吐き、ほんと怪物ばっかと呆れたように眉を寄せた。ナミの手の中で小さな紙切れが風に吹かれ揺れている。
ふと、ゾロはゲンゾウの頭から風車が消えていたことを思い出した。ここに置いてきたということか。あの風車がどんな理由で帽子に差されていたのか、知ったところでどうにもならない。
ゾロはナミの隣に腰を下ろすと、手の中の酒を呷った。村の騒ぎから逸れてしばらく経つ。残りの酒は心許ない。酒瓶を地面に置き、意味もなく回る風車を眺めた。
「これ、私のお母さんのお墓なの。アーロンに殺された」
同情を誘うような言い方でもなく、ナミはからっとそのことを告げた。
ゾロは眉を上げただけで、相槌すら打たなかった。思い出すだけで辛いはずの出来事を、わざわざ話す必要はあるのだろうか。ウソップやサンジは、ノジコから話を聞いて知っているのだろう。ゾロはいつの間にか眠ってしまっていたが、基本的にはルフィと同じ考えだった。話したいのなら黙って聞いてやればいいと、ただ腕を組む。
ナミの手中の紙には、二つの曲線が交差し合う、見たことのない記号のようなものが描かれていた。
「…ねえ、私のこと、船に乗って欲しいと思ってる?」
「おれがどうこう言って変わるもんじゃねェだろ。仲間なことには変わりねェし、別にどっちでもいい」
今は包帯の下に隠されている刺青を、ナミはそれでもまだ、隠したがるように右手で覆った。その手にきつく力が込められたのが見て取れる。
ゾロは酒瓶を手に取ると、一口、喉を潤すように酒を呷った。それに、どうせルフィが無理矢理連れてくだろ。ゾロがそう続けた瞬間、ナミが突然声を上げて笑い出した。
別に笑われるようなことは言ってねェぞ、ゾロは顔をしかめる。ルフィがナミを手放すわけがないことぐらい、誰にだって想像できるはずだ。ナミの右手から力が抜け、ゆっくりとその手が左腕から離れていく。
「ありがと、ゾロ」
「あ? 何が」
「いろいろよ、色々」
礼を言われるようなことをした覚えは全くなく、ゾロは首を傾げる。ナミはただ、けらけらと子どものように笑っていた。
大人ぶっているが、ナミもゾロも、まだガキでしかないのだ。とても海賊団とは呼べない代物だと、年端もいかない少人数の仲間たちを思い浮かべる。
そのとき背後から、また戻ってきちまった! といつの間にか聞き馴染んだ声が聞こえてきた。ゾロとナミは振り返り、ルフィ! と同時に声を張り上げる。
ルフィの口の端からは、大きな肉の骨がはみ出している。ゾロはまだ食ってやがったのかと呆れながら、名前を呼んで駆け寄ってくるルフィへ口端を上げた。
「そうだ、ルフィにも言っておくわ。色々ありがとう」
「何がだ? おれなんもしてねェぞ」
「別に! ただ言いたかっただけ」
「ふうん、変なやつ。あ、そういえばお前ら生ハムメロン! どこにあるか知らねェか!」
まだ見つけてねェのかとゾロが苦笑してすぐ、ナミは腹を抱えて笑い出した。ルフィはそんなナミを見てなぜか満足げな顔をしたあと、同じように声を上げて笑った。ゾロは二人の笑声に挟まれながら、一体なんなんだと眉を上げる。
そのとき、丘に向かって走ってくるウソップとサンジの姿を見とめた。互いの存在に気がついたウソップが、おーいと手を振り上げる。
「お前らこんなとこにいたのかよ。すっげー探したぜ」
「ナミさんがお誕生日だと聞いて一番に伝えたくて男サンジ! 全力で駆けつけました!」
肩で息をするウソップとは反対に、サンジは鼻の下を伸ばしながらどこから調達したのかナミに花束を差し出している。そういえば誕生日なのだと、ゲンゾウに聞いたばかりのことをすっかり忘れていたゾロは、一人頭を掻いた。
「ナミお前誕生日なのか! おめでとう! そりゃめでてェ宴だ宴!」
「あっ、おいルフィてめェ! おれがまだおめでとうって言ってねェだろうが!」
「宴ったって、ここ数日騒ぎっぱなしじゃねェか」
ウソップがやれやれとため息を吐きながら肩をすくめる。口々にナミの誕生日を祝い、ゾロも宴に戻ろうと立ち上がった。
背を向けて歩き出す仲間を見ても立ち上がろうとせず、海へ顔を戻したナミを不審に思い、ゾロはおいと声をかける。小刻みに揺れるナミの肩からは、悲しみか喜びか、どちらの感情によるものなのか推し量ることはできなかった。ただ、ありがとうと小さく呟くナミの声は震えていた。
「お、おい泣くなよナミ! お前は笑ってなくちゃダメなんだからな!」
「そうだぞ、おめーせっかくの誕生日なんだぜ」
「ナミさんには笑顔が一番似合うよ!」
揃って焦り出した男たちに、ナミは顔を上げると一度鼻を啜り、強く頷いた。それを見て安心したのか、仲間たちはまた先へと進み出す。
「おい、さっさと行くぞ。ナミ」
「分かってるわよ」
目元を乱暴に拭ったナミは、みかんを一つ取り出して、風車の横に置いた。力強い足取りで立ち上がると、フンと鼻を鳴らしてゾロの腹を掌で思いきり叩く。うげっ! と悲鳴を上げて倒れ込んだゾロにべえっと舌を出して、ナミは笑いながら歩き出した。
全然治ってないじゃないの。捨て台詞を吐かれ、ゾロはふざけんな! と悪態をつく。少しはしおらしくなっていると思いきや、凶悪さは全く変わっていない。
ルフィが思い出したように出航は明日の朝だと力強く言い放った。それはナミが一緒に船に乗ると、信じて疑わない声音だった。
ウソップもサンジも、ついにグランドラインかと、胸をときめかせている。それも、ナミが一緒にいることが前提なのだろう。ゾロは腹を押さえながらも立ち上がり、早くしなさいよと嘯くナミを睨みつけた。
太陽は沈み始め、辺りは空や海のような青に包まれている。風は止み、いつしか風車の音も聞こえなくなった。

(20130704)


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