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謎解きはおやつのあとで




「なんだこりゃ…今日はチョコの日かなんかか」
「おうおう、マリモにしちゃァ珍しくいい線つくじゃねェか」
日課の鍛錬を済ませて、酒のついでにつまみでももらおうとダイニングの扉を開いた。その瞬間、押し寄せてきた甘ったるい匂いに思わず鼻をつまんだ。キッチンに充満するその香りは、酒の肴には到底なりそうもない。テーブルの上に置かれた様々な種類のチョコレートを見とめて顔をしかめた。これだけの菓子を作っておきながら、コックはまだキッチンで何か作っているらしい。あまりにも甘ったるいそれに、匂いだけで食欲が減退していくのを感じる。

「今日はバレンタインだぜ」
「へェ」
そんなことはどうでもいいから早くつまみを作ってもらえないものかと、憮然として腕を組む。ぺらぺらと浮かれたように言葉を紡ぎ続けるコックには隙がない。話に割って入ることもできないまま、脳へ伝うことなく耳から耳へコックの言葉を受け流した。どうしたものかと息をつこうとして、甘ったるい匂いを肺いっぱい吸い込んでしまう。匂いだけで胸やけがしそうだと、げんなりした。

「バレンタインってのは、女が男にチョコをやる日なんじゃなかったか」
「バーカ、好きな相手に贈る日なんだよ。男も女も関係ねェ」
それにナミさんやロビンちゃんがおれの作ったチョコレートを食べて喜んでくれたら最高に幸せじゃねェかと、コックは軟体動物のようにくねくねと身をよじらせた。気色悪い動きだと思いつつ、人間でもそんな動きができるのかといっそ感心してしまう。甘いものは嫌いじゃないが、さすがにこの匂いには堪えられそうもない。鳩尾辺りがもやもやと気持ち悪くなってきた。アクアリウムバーへ避難して、つまみはリフトで下ろしてもらえばいい。我ながらいい考えだと、テーブルの上からコックへ視線を移す。

「おい、コック」
「お前は」
途中、鍋をかき混ぜ続けているコックに言葉を遮られてしまった。さっさとこんな甘い空間から出たいというのに、話はまだ続くようだ。ぶっきらぼうに、なんだと返事をする。ここでコックの機嫌を損ねてしまえば、つまみを作ってもらえなくなってしまう。鍋の底をじっと見据えて黙り込んでしまったコックに、言いたいことがあるなら早く言えとカウンターに向かった。鍋の中は、湯せん中のチョコレートがとろとろと身を溶かしている。熱気によってますます香り立つ甘い匂いにまた鼻をつまんだ。

「おれはよ、バレンタインだろうが、チョコはもらうより、あげる方が好きなんだよ」
そりゃあもちろんレディからもらえたらうれしいけど。そう続けたコックに、そうだろうなと頷く。このチョコレートの数々だって、ナミやロビンだけじゃなく、仲間みんなを喜ばせるために作っているのだ。人に与えられるより、与えることを好む男だということはよく知っている。そういうところが鼻持ちならないが、嫌いではなかった。瞬時に浮かんだ考えを打ち消すように小さく首を振る。

「お前は…誰かにチョコもらいてェとか、あげてェとか思わないの」
「あァ?」
話があらぬ方向に飛んでいき、片方の眉を吊り上げた。完全に溶けているはずのチョコレートを、コックはかき混ぜ続けている。訝るように視線を向けて、おれはチョコよりつまみが食いてェと素直に告げた。弾けるように顔を上げたコックは、まじまじとおれの顔を見て、なははっと奇妙な笑い声を上げる。

「おれは人を喜ばせるのが好きだが、残念ながらてめェは別だ」
「どういう意味だ」
「さァ、なんだろうな」
コンロの火を止めて、コックは鍋ごと持ち上げるとテーブルの中央にそれを置いた。気取った足取りで横をすり抜けていき、ダイニングの扉を開けて芝生甲板にいる仲間たちへ声をかける。新鮮な空気がダイニングに入り込んで、少しだけ甘ったるい香りがやわらいだ。扉を開け放したまますぐにキッチンへ戻ると、イチゴやバナナといったフルーツに串を刺していく。腕を組んでその手元を意味もなく眺めながら、近づいてくる仲間たちの喧騒に耳を傾ける。

「おい、つまみは」
「今はおやつの時間だぜ。大人しくおれからのバレンタインチョコでも食ってろ」
クソ剣士、と小バカにしたように鼻で笑われる。胸くそ悪い野郎だと舌打ちをして、テーブルの上のチョコレートを忌々しげに見遣った。甘ったるいそれで視覚と嗅覚を刺激されたのか、胃がむずむずする。ちっとはそのマリモ頭で考えてみな。コックの言葉はダイニングに飛び込んできた仲間たちの声にかき消され、よく聞こえなかった。

(201302 拍手文)


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