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揺れるのは




映画Zのお話。ネタバレを含みます




物足りない。自分の中の大切な一部が欠けてしまったかのように、全身が落ち着かなかった。重たい瞼をゆっくりと持ち上げれば、見たことのない天井が視界に広がる。何度かまばたきをして、ルフィは痛む腕を持ち上げた。遅れて身体に包帯が巻かれているのに気づき、毛布を剥ぐと慌てて飛び起きた。サングラスをかけた男の顔が脳裏に浮かぶ。こんなところで寝ている場合ではない。奪われた帽子のことを思い出し、ぎりりと歯ぎしりをする。
そうしてから、ルフィは部屋の隅で刀を抱えて胡座を掻いているゾロに視線を向けた。ゾロは目を瞑ったまま、微動だにしない。一見眠っているように見えるが、ゾロを纏う空気からしっかりと意識があることを感じ取っていた。

「おれは、負けたのか」
立ち上がると、ゾロの元まで歩みを進める。目の前で立ち止まり、ゾロ、と問いかけるように名前を呼ぶ。すると、ゾロはのんびりと瞼を開いた。それは危機感などまるで感じていないような所作だった。ルフィを見上げようと首を仰いだため、ピアスが揺れて音を立てる。普段あまりかけることのない眼鏡が少しだけ鼻先を滑った。何も答えようとはしないゾロを見据え、ルフィはただ、きつく拳を握り締めた。男の、ゼットの言葉が脳裏に浮かぶ。サングラス越しに覗く鋭い双眸を焼き付けるよう目を閉じる。

この二年で強くなったと、そう思っていた。自信もあった。だが、ゼットの言う通り己の力を過信していたとルフィは右肩を強く掴む。銃弾で撃ち抜かれたそこは、まだ傷が塞がっていないため血が滲んだ。銃弾の痛みなど、生まれてこの方味わったことがなかった。肩から手を離すと、掌が赤く染まる。
二年前絶対的な力を前に、ゾロも、仲間も失いかけた。そして、目の前でエースを失った。もう、あんな思いはしたくない。これからは何も失わないようにするための二年だった。全部守ると決めたのだ。ルフィは唇を噛み締めて、血のついていない方の手でゾロのピアスに触れた。ぴりりと右肩がひきつれるように痛む。ゾロは一度そこに視線を向けたが、すぐにルフィに向き直った。ルフィはゾロの耳の縁を指先で辿り、次いで耳たぶをやわやわと揉む。眉間にしわを寄せてハンッと鼻で笑ったゾロは、ルフィの腕を掴んでそれをやめさせた。

「てめェは、負けたのかよ。ルフィ」
小バカにするように、ゾロは右目を細めた。ルフィはぐっと眉間に力が入るのを感じ、搾り出すようにどういう意味だと言葉を紡ぐ。事実、セカン島での戦いで気を失ってから、いつ治療を受けたのか、ここがどこなのかさえ分からない。試すように見上げられて、ゾロのピアスから手を離した。

「おれは、帽子を取り返しにいくぞ」
「ああ」
「まだ、終わってねェ」
終わってねェんだ。離れていこうとしたゾロの腕を掴んで、筋張ったその手を確かめるように指先で甲を撫でる。着いてきてくれるか、そう視線で問いかければ愚問だとでも言いたげにゾロは鼻を鳴らした。かちり、とゾロの腕の中にある刀の鍔が音を立てる。三本の内、どれなのかは分からなかった。

外は雨が降っているようで、激しい水音が世話しなく聞こえてくる。ザアアと何もかも遮るようなその音に紛れて、仲間たちの声が微かにルフィの耳に届いた。そうして、おでは正義のヒーローだと騒ぐ、楽しそうなガリの声が聞こえる。そこでやっとサニー号を置いてきたドック島に戻ってきたのだと、ルフィは合点がいった。サニーはフランキーに任せていたから心配はない。もう一度、ゼットの元へ乗り込むにはちょうどいい。
ゾロは顔を上げたルフィを見て口端を上げると、手を解いて立ち上がった。三本の刀を帯刀し、器用に片方の眉を持ち上げる。

「行くんだろ、海賊王」
ゾロの手が伸びてきて、ぐしゃりと頭を撫でられた。身体の一部が欠けてしまったような感覚が、少しだけ満たされるのを感じる。ルフィはにしし、と笑みを零すと力強く頷いてみせた。

「よし! んじゃあ、まずは肉だな!」
閉めきられていた部屋の扉を開けると、一直線に仲間たちの元へ向かった。ゾロは目を丸くして、遠ざかるルフィの背中に視線を向ける。まったく、しまらねェなァ、そう喉を鳴らすと遅れてルフィのあとを追いかけていった。

(20130124)


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