log | ナノ
ミッドナイト・メロウ




「秋は空気中の水蒸気量が少ないんだと」
だから月がはっきり見えるらしいぜ、言いながら背中にぴたりとくっついてきたコックは船の手すりに手を回した。肩に顎が乗せられて鬱陶しく感じるが、ここでコックを邪険に扱えば後々面倒だということは学習している。少々肌寒かったしちょうどいいと放っておくことにした。ここで酒でも出してもらえれば万万歳だ。やんわりと風が吹き込んで、できれば熱燗がいいと酒のことで頭がいっぱいになる。

「お前って案外ロマンチストだよなァ」
「バカ言え」
思いきり顔をしかめて、にやにやと嘲るような笑みを浮かべているであろうコックを横目で睨みつける。
「だってそうだろ、一人で月なんか眺めちまって」
「そういうてめェはラブコックを気取ってる割に現実主義者だ」
海面に浮かぶ月に視線を向けてから、だからてめェは女にモテねェんだと鼻で笑ってやった。憤慨するであろうコックににやりと口端を上げるが、いつもならすぐに飛んでくる蹴りもなく違和感に眉を寄せる。遅れてふーん、とつまらなそうに呟く声がすぐ耳元で聞こえてくると腹に腕が回された。静かに凪いだ海の上で歪な月がゆらゆらと揺れている。

「晩酌のお誘いにきたってのに、ロロノアさんは興味がないようで」
「てめェ…卑怯だぞ」
そうくるかと不満に唇を尖らせて言葉を詰まらせた。手や足が出る喧嘩は別だが、口喧嘩ではこちらが不利になるのは目に見えている。コックはそんなおれの反応も楽しむかのように服の裾から手を滑り込ませて、腹巻の上からぽんぽんと腹を撫でた。飽きずそうしながら、おれだってレディ相手ならいくらでもロマンチストになってやれるさと大業に嘯いてみせる。それから耐え切れずといったように、突然喉を鳴らして笑い出した。いつもながら不可解な行動に、覚えず眉根が寄る。

「なあんてな、実はもう用意してあるんだよ」
だから断られると困るんだとコックが言ったのち、首筋に唇を落とされる。用意してあるのなら最初からそう言えばいいものの、一々面倒な男だと思う。だが、熱のこもった頬を自覚してしまえばそれ以上否定することは叶わなかった。折角だから月見をしようと言い出したコックに頷くと、一度キッチンへ向かいつまみや酒を持って甲板に戻る。用意されていた熱燗を見とめた瞬間、なんだかむず痒くなった。



「そんなに月が好きなら、おれが連れてってやろうか?」
延々と回り続けるコックの舌にいっそ関心しながらも丸々と太った月を見上げた。煌々と光を放つそれは、夜が更けるほどくっきりと姿を浮かばせる。そんなとき、突拍子もなく告げられた言葉に思わず酒を呷る手をとめて隣のコックに顔を向けた。酔ったふうでもない男の姿に何も答えずにいると、特に気にとめる様子もなくコックは空を見上げた。

「おれの足なら、おめェを連れて空だって駆け上がれるぜ」
「ハッ、てめェじゃ月に辿り着く前に死ぬのがオチだ」
「うーわ、かわいくねェ!」
大げさに顔をしかめると、コックは煙草の煙を空に向かって吐き出した。それに別段、月が好きなわけではない。月に行きたいとは思わないが、空を飛ぶのはなかなか楽しそうだと考え込む。ただコックに連れて行かれるというのは癪だった。ぬるくなった熱燗をとっくりごと呷ると、新しい酒瓶を開ける。

「ゾロと二人なら重力だってどうにかなりそうな気がするのになァ」
「てめェは驕りすぎだ」
どこか浮かれた声を出したコックの言葉に声を上げて笑った。そんなおれの反応に不満そうに唇を尖らせると、愛の力は偉大なんだぜとますます大層なことを呟いてみせる。目の前の男を現実主義者だと謳ったばかりだが、前言撤回する。しかしロマンチストというわけでもなく、こいつは最早ただのアホだと腹を抱えた。

「おれはてめェの飯食って、酒呑んでりゃそれで充分だ」
それ以外は別段なにも望んじゃいねェよ、思ったままを口にすれば、コックは口から煙草を取り落として月明かりでも分かるほど顔を真っ赤にした。無理矢理腕を引いて倒れ込んできた男の唇を奪うと、初めは戸惑いを見せていたがすぐに調子を取り戻していく。そのまま甲板に押し倒され、月はコックの頭に隠れてしまった。きらきらと光る金糸に目を眇める。

「なに笑ってんだよ、ゾロ」
「ははっ、てめェの頭、月みてェ」
「そりゃ、おれのことも好きってことか?」
にやりと口許に笑みを浮かべた男に返事はせずに、頭を引き寄せて続きをせがんだ。別に月が好きなわけではない。だが目の前の男はどうだろう、そこまで考えたとき凪いでいたはずの海が大きく船を揺らした。打ち寄せられた波によって、水面に映る歪な月は海と混ざってしまったのだろう。

(20121103)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -