個人授業 (生徒×先生) 補習始めるぞ、頭上から声が聞こえると同時に教科書で頭を小突かれて、サンジは窓に向けていた視線をゾロへと移した。いってェなァ、とたいして痛くもない頭を押さえ大袈裟に非難の声を上げる。 クーラーのない学校では、ただ座っているだけで汗をかいた。僅かな風を頼りに下敷きで顔を扇ぎ、残りページ少ないノートを机の上に広げる。ゾロは主のいない机から椅子を引くと、背もたれを壁に向けてサンジの前に腰を下ろした。 「こう暑くっちゃやる気出ねェ」 「だったら赤点なんか取ってんじゃねェよ」 おれだって面倒くせェ、と教師らしからぬ発言をしたゾロは閉めきっていた教室の窓を開けた。途端にうるさくなる蝉の鳴き声に、体感温度が増したような気さえしてサンジは顔をしかめる。 部活の合間なのかジャージ姿のゾロは、無造作にシャツの裾を掴むとパタパタと風を送り始めた。よく引き締まった腹筋がちらりと見えて、サンジはうっと息を呑むと視線を宙にさまよわせる。首筋を伝う汗なんかも今は目に毒だった。 「先生、補習! 早くやろうぜ!」 「おお」 ゾロが教科書をめくる姿を頬杖をついて眺めながら、シャーペンを手に取った。外から聞こえてきたバットの軽快な金属音に無理矢理意識を移す。誰もいない教室はどこか異様で、外から聞こえる生徒の声や蝉の鳴き声がどこか浮ついているサンジを現実に引きとめてくれていた。 「でもお前、補習なんか必要ねェよな」 ゾロは教科書をめくる手を止めたかと思うと、特に表情を変えることなくサンジの顔を覗き込んだ。ノートの上に汗が落ちた瞬間、逃げるように椅子を引けば床が擦れる音が妙に響く。 決して勉強ができるわけではないが、一言一句逃さぬよう授業を聞いているからかゾロの教える教科はいつも満点に近かった。それなのに突然赤点を取れば誰だって不審に思うだろう。 わざと赤点を取ったことを認めるべきなのか、それともしらを切ろうか、サンジは目を白黒させながら暫し逡巡した。 「あー…はは、さすがにバレるか」 「普通分かんだろ。なんのつもりかは知らねェけどな」 ゾロ自身、特に追及する気はないのか教科書を閉じると大きく欠伸をした。ただ、夏休みにゾロと二人きりで過ごす機会が欲しかったのだ。我ながら、随分と突拍子のないことをしたものだとサンジは苦笑を零す。 「話したかったんだよ、アンタと」 「へェ」 「…聞かねェの。理由」 もう少し驚くなり、嫌悪を示されるなりするのだと思っていた。ゾロが何を考えているのか、表情から読み取ることはできない。サンジは拍子抜けするあまり、墓穴を掘ってしまったと自己嫌悪する。 ゾロは興味なさそうに窓の外へ視線を移すと、窓枠に肘をかけて頬杖をついた。机の下できつく拳を握りしめなから、サンジはおそるおそるゾロの反応を伺う。気がつけば、外から聞こえるのは蝉の鳴き声だけになっていた。 「理由」 「…え?」 「卒業したあとなら、聞いてやってもいい」 にやりと笑みを浮かべたゾロは、来週の追試忘れんなよと淡々と続けてみせた。教室を出ていくゾロを呆然と見送ったあと、頭に浮かぶ疑問を解こうとサンジは躍起になる。まさか、最初から全てバレていたとでもいうのだろうか。みるみる内に顔が赤くなりあと一年半、そう一人ごちると体育館に向かうゾロの姿を見つけ、窓から身を乗り出した。 「待てるか! クソ教師!」 振り向きもせず後ろ手でひらひらと手を振ったゾロに、サンジは覚えてやがれと緩む口元も隠さずに教室を飛び出した。 (20120724) |