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足りないだらけ




優しく上下に動くその手は何度も背中を行き来して、震える身体をそっと抱きとめる。
大丈夫だとおれの好きな低く掠れたその声で耳元で囁かれ、背中が粟立つ。恐怖と興奮が入り混じりゾロの背中に腕を回してきつく抱きしめれば格納庫の床が軋んだ音を立てた。
床だけじゃない、メリー号全体が打ち付ける雨や航路を奪う強い風に悲鳴を上げる。ギイギイと木が軋む音を立てるたびに身体をすくませた。

そんなおれにゾロはただ、抱きしめられることを許しその上落ち着かせようと背中を撫でることで応えてくれる。
ゾロはおれの過去や過ちを知らないし一生言うつもりもない。それにおれ自身バラティエで出会うまでのゾロの過去を一切知らない。

宥めるように背中を動く手の感触を感じながら、ほうと息をつく。ゾロの優しさはときにきつく突き刺さる。それに付け込んでいるのは自分自信だというのに、何を傷ついているのかと鼻で笑った。


「ゾロ」
「ん」
ゾロが痛がるぐらい腕に力を込めるが、それでも一度蘇った過去はそう簡単に消えてはくれない。

大量の食材に囲まれるこの場所でさえ安心はできずにいた。もう一度あの場面に直面したら、仲間に自分でもなんでも食わせてやる。
そう思う半面、ジジイのときと同じように仲間を殺そうとするかもしれない、一度考え出すと嵐の夜は震えが止まらなくなる。

その瞬間ガタガタと格納庫の扉が音を立てて揺れ、大量に木箱に詰まれた林檎が何個か床に転がった。
はらはらと涙が零れると、ゾロは腕に縛り付けてあるバンダナを解いて不器用におれの目を擦った。力が入りすぎていて正直痛いが、すごく嬉しかった。

嵐のとき限定で見せる弱さや、ゾロの優しさに少しでいいから甘えさせてくれと、誰もいないのに許しを請う。


「すきだ、好きだよ」

人の気持ちを無下にできない奴だと知っているから、嵐の夜だけ取り返しのつかなくなったこの気持ちを吐露する。ゾロにフラれるのが怖くて言い訳を用意しなければ告げることのできない自分が酷く情けなく思えた。


「おめェはずるい」
「…うん」
睨みつけてくるゾロの額に額を当てて知ってると呟いてから唇を優しく吸うと、船が大きく揺れて思わずゾロと一緒に格納庫の床に倒れ込んだ。

(20111211)


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