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月夜のブラックホール




眠れないのですか、と赤く妖しい光を放つ月を望むゾロさんに後ろから声をかけると小さく頷くのが目に入った。
一度、アクアリウムバーに降りてからお酒を二本くすねてくる。それをゾロさんの元に持って行くと口角を上げて笑ってみせた。

「私もご一緒させて頂いてもよろしいですか」
「よし、乾杯しようぜ」
丸々酒瓶をぶつけあうと楽しくなってヨホホと声に出して笑った。たまにはこうして瓶から直接お酒を呑むのも悪くない。

「今日はとても楽しかったです。主役のあなたより楽しんでしまいました」
「それはなによりだ」
ライオンちゃんのとさかに視線を向けたあと、夜空を見遣った。こんなに美しい夜空をまた見れるようになったのはルフィさんや新しい仲間たちのおかげだと想いを馳せる。いつか幸せが壊れるのが恐ろしいと考えてしまうほど、今日は楽しかったのだ。


「なァ、おめェも眠れねェんならちょっと付き合え」
甲板に思いきり酒瓶を置くと、ゾロさんは深い血のような深紅の鞘から鯉口を抜く。刀身は月明かりに照らされて怪しく光を反射してみせた。

「でもゾロさん…あなたまだ傷が癒えていないのでは」
ときどき傷の痛みに堪えているのか辛そうに眉を寄せている姿を思い出し、小さく首を振る。今だって眠れないのは痛みのせいではないのかと、あのとき何もできなかった自分がとても情けない。
もう、一度は死んだ身であるしラブーンには悪いが仲間の元へ向かうのも悪くないとすら思っていた。それなのに目の前で繰り広げられる死の応酬を見ていて尚、救いたいと思いこそすれ手足は動かなかった。


「もう治った」
「そんなわけないでしょう!」
思わず声を荒げてしまい、なんでお前がムキになるんだとゾロさんは訝し気に首を傾げた。内を渦巻く得体の知れない感情に、名前をつけるとしたら多分嫉妬だ。


「剣舞なら別にいいだろ」
「…はい」
何度か押し問答を繰り返したあと結局折れて、ゾロさんの動きに合わせて剣を抜く。彼の持つ刀の喜びがひしひしと伝わってきて、私まで楽しくなり彼の身体を気遣うことすら忘れてひたすらに剣を交わしあった。



こんな夜は鬼徹が暴れたがるのだと、お酒を水のように流し込みながら彼は言う。鬼徹という名を聞いて思わず笑ってしまった。

「あなたは随分と扱いづらい刀を持っているのですね」
「ああ。こいつは俺にしか飼えねェ」
笑いながら何度も頷くとゾロさんも楽しそうに笑った。私たちの持つ剣も、楽しそうだと赤い月を眺めてそう思う。

この月が私を醜い想いへと掻き立てたのかもしれない。でも、この気持ちは嘘でもまやかしでもない。心臓を持たない自分が胸を高鳴らせているとは、なんだか滑稽だった。


「みんな、あなたを祝福しています」
「ああ。おめェの剣にも礼を言わせてくれ」
「私からも、もう一度おめでとうと言わせてください」

彼は自分の持つ三本の刀に手をやり、赤子をあやすようにそっと撫で続けた。彼の愛をひとり占めする刀たちはとても上機嫌で、夜が明けるまで六人で呑みながら随分と長い間静かな時を過ごして語り合った。

(20111111)


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