ETUの王子様、ジーノが妙にご機嫌だったので、なにかあったのかなとなんとなく椿が話し掛けてみると、ますますにこやかな王子が軽やかに口を開いた。

「ああ、これから僕、監督のことを名前で呼ぼうと思ってね」

その瞬間、椿の体が硬直する。
嘘だ、そんな関係だったんですか、いつのまに。当たり前の疑問の後、椿の心に浮かんだのはひとつだった。
(……うらやましい)
思えば椿も、ちょっとした好意を監督には持っているわけだ。
たとえ監督を名前で呼ぶことをジーノが勝手に決めたとしても、そんな大胆な行動に移れることがまず羨ましかった。
ただ、監督の名前を心の中で唱えるだけで精一杯な自分には、なにもかも到底無理な話だと、椿は廊下に座りこむ。
(猛、さん、か……猛さん……あああ、俺には無理だ……)
はああああ、と大きなため息を吐いた時、椿の頭がぽんと軽く叩かれた。

「……なにやってんの椿。腹でも壊した?」
「たっ……!」
「おう、なんだ元気そうじゃん」

今まさに考えていた、達海監督その人の登場に椿は飛び上がる。慌てて立ち上がり挨拶をすると、達海は眠そうに欠伸をしてから周りを見回した。

「ところでジーノ見なかった?……アイツ、監督の名前呼び捨てにするってほんと度胸あるよなあ」

そうですね、アハハ。そんな返事をしながらやはり椿は悔しい思いを噛み締める。
特別扱い、ずるいです、監督。(……言えないけど)
しかし、そんな思いが伝わったのか、達海は唇を尖らせて椿を見た。

「……ひょっとしてお前も俺のこと変に呼びたいクチだったりする?」
「い、いや、違いますっ、その……あの……」

心を見透かしたような達海に、椿は慌てて首を振る。
特別扱いはされたいけど、とても自分からなんてまだまだ。自分で自分をまだ認められないのに。
うう、と言い澱むそんな椿を見て、達海は犬みたいだと笑った。

「あ、そう?まあ名前以外ならいいけどね。それとも俺がダイスケくんとでも呼ぼうか」

名前を呼ばれた瞬間、普段からあまり落ち着きのない心臓が、いよいよこれは恋だ、危険だと騒ぎだす。
(俺の名前知ってたんですか、ほんとに呼んでくれるんですか、でも、あんまり呼ばれたら心臓に悪いっス……!)
言いたいことは全部胸の中に吐き捨てたせいで椿の体の中に言葉があふれかえった。
あんまり混乱したせいで、椿が「あ」とか「う」しか言えなくなってしまうと、達海は面白そうにその姿を眺めてから、椿に背を向ける。

「冗談だよ。からかって悪かった」

そうしてゆっくり遠ざかっていく背中を、胸を押さえて椿が見つめていると、最後に達海が振り返った。

「椿のそういうとこ、面白いから好き」
「すっ……」

じゃあなー、と間延びした声が響く廊下に立ち尽くした椿が走り出すのは3秒後。そのあとキッチリ有里に叱られた椿を見て、また達海は愉快そうに笑った。





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