センスの良い服に香水、気の利いたトーク、細すぎず柔らかい体。
やっぱり素敵だなあ、と愛車の助手席に座る女性を見つめながら、しかしジーノは内心苛立っていた。
なぜ今車内で女性と一緒にいるのかというと、恋人である達海の態度に臍を曲げたから。
好きと10回言ったらようやく1回愛を囁きかえすような人で、先程上げた女性の魅力的な部分を全く持っていない彼。
(今日だって、あんなにキスを拒まなくても)
人前でスキンシップを取るのを気にするから、あまり触らせてもくれない。そんな恋人に拗ねた。
だったら、自分の思うように愛してくれる人と浮気してしまえと思ってしまったのだ。
元来そういうことは当たり前にしてきたし、と思いながらジーノは自宅の近くまで向かう。
夜は更け、家に行きたいという女性のリクエストに特に反対する気もない。
(どうせタッツミーは、僕のことなんかどうでもいいだろうし)
この女性も、遊びなのはわかっているのだから、と思いながら運転していると、女性が指を差した。

コンビニに寄ってちょうだい?ありがと、ちょっと待ってて。

そう言って小さな歩幅で歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら、ジーノはなんとなく携帯を開いた。メインディスプレイには、『新規メール』の文字が表示されている。
誰だろうと素直に思い、それを開くと差出人は『タッツミー』。

「……!!」

なんてタイミングだ、と恐る恐るメールを開くと、彼と同じようにシンプルな文字がジーノの目に映った。

『今日来ねえのな。腹でも壊した?大丈夫か?』

表示されている時計、今の時間はいつも達海が眠い眠いといいだす時間。
(起きてたの?)
確かに明日はオフだけれど、約束はしていなかったし、彼を抱いてもいつも、嫌だ、ばっかりで。行為が嫌いなんだと思っていた。
(でも)
嫌だ嫌だって言いながらもしがみついてくるところも、好きだよって笑顔で言うと唇を尖らせてもごもごと文句を言うところも、香水に興味がなくて細くて、エレガントじゃないところ。
こうして、気にしてくれるところも。
好きだ、と思うと涙が出そうになる。

「……なにやってるんだ、僕は」

車のハンドルに頭をのせて、ジーノは少しだけ肩を震わせた。


「あれ、来たの?腹大丈夫か?」
「……うん…」

そのあとジーノは、彼女に言い訳をして、通い慣れたクラブハウスまで車をとばしてきた。
ドアを開けるといつもの達海の部屋、とぼけたような表情に迎えられる。

「タッツミー……」
「ん?なに、……どした…?」

疑うことなんてかけらほどもしていない恋人にたまらず、やっぱり細い体を抱きしめると、ジーノの態度に疑問を持ったらしい達海は特に抵抗もせず、ジーノの背中に腕をまわす。
(こんなにくっついても、彼女の残り香にすら気付いてくれない)
それでも、達海の体のあたたかさに自分のしようとしたことを思い出し、ジーノは達海を抱きしめたまま、堪えるように震えた。

「……ジーノ?」
「…タッツミー、……ごめんなさい」
「……謝られる理由がわかんねえんだけど、どうした?落ち着いてからでいいから言え、な」

背中にあった手が頭に移動する。じゃれる時のようにぐしゃぐしゃにするのではなく、優しい指先に耐えられなくなって、胸の内を吐き出した。

「タッツミーのせいだよ」
「うん」
「彼女といい感じだったのに、君を思い出したら全てに腹が立って、浮気なんかできなくなっちゃって」
「うん」
「前は出来てたのに、無理だった。……どうしてこんなに好きなんだろ」
「……ジーノ」

低い声で名前を呼ばれ、ジーノが顔を上げるとジーノの頬を両手で挟み、達海がため息を吐く。
(不機嫌、……違う、呆れてる)
びくりと反応したジーノに達海は苦笑してみせた。

「……お前が変だった理由ってそれか。うーん、まあ未遂だったら別に、なあ。女を抱きたい時だって」

あるよな、と笑う達海。確かに笑っているのに、目が、寂しそう。
胸がひどく締め付けられるような目だった。
(……泣きそうな目)
そんな目なのになぜ泣かないんだろうと思った時、達海の代わりにジーノの目から涙が溢れる。ジーノの睫を濡らした涙に驚いた顔をした達海、その目に情けない姿が映っていても、格好悪いだなんてもう、いっていられなかった。

「……ごめんなさい」
「ぐ、苦しい、ジーノ」
「嫌わないで、嫌わないでタッツミー」

もうしないから、お願い。
何度も情けない声を出して、苦しいほどに、かたく細い体を抱きしめる。
ぽろぽろと零れる涙が達海の肩を濡らして、吐く息が髪を揺らす。こうしてくっついているのがこんなに愛しいのに。
(どうして満足できなかったんだろ)
不思議だ、馬鹿だなあと思うと、涙は止まらないのに今度は笑いが込み上げてくる。
ちぐはぐなジーノに感づいたのか、黙って抱きしめられていた達海は、ぽんとジーノの背中を叩いた。

「……なに笑ってんの」
「ううん、……タッツミー、ごめんね、好きだよ、好き。僕のハニーでいて」
「わかったよ、もう。……お前、泣きすぎ…、ニヒヒ」

ゆっくりとジーノの背中を撫でて、達海が苦笑した。

「……そんで俺は、ジーノに甘すぎるね」

はあ、と小さくため息をついた達海が、ジーノの体をぎゅっと抱きしめる。
そして少しだけ真面目なニュアンスを含んだ声で達海は、「もうしちゃだめだかんな」と呟く。
その声に、ジーノは涙目のまま何度も頷いたのだった。





end
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -